社会システムとしての
ドクターヘリ運航に向けて

原 英義
(朝日航洋救急医療担当部長)

はじめに

  救急医療関係者をはじめとする多くの方々による粘り強いドクターヘリコプターの普及啓発活動が今ようやく実を結び、2001年度から厚生労働省によりドクターヘリ配備促進の予算化がなされました。そして、この配備を希望する県に対する補助事業として、初年度の2001度は、全国5か所(岡山県、静岡県、千葉県、愛知県、福岡県)にドクターヘリの配備が開始されました。 

 私ども朝日航洋、中日本航空、カワサキヘリコプタシステムの3社は、1999年10月から1年半の間、この事業に先立つ試行的事業と、その半年前の4月からの静岡県浜松救急医学研究会の「医療用ヘリコプター研究」にヘリコプター運航会社としてそれぞれ協同して参画し、その技術の開発、研鑽や関連情報の収集、知識等の習熟、蓄積を重ねてきました。

 このことから3社は、昨年度は4月の岡山県ドクターヘリ配備を初めとして静岡県、千葉県、愛知県の計4か所のドクターヘリ促進事業に対して、協同して採用されることとなり、2002年度も継続してその任を担っております。

 ちなみに私ども3社が対応して来た本年3月末時点での累計実出動件数は、約2,100件(静岡県約980件、岡山県約480件、千葉県約120件、愛知県約35件、神奈川県485件)を数えることとなりました。

運航体制

 一般にドクターヘリとして利用されているヘリコプターは、座席数が6席から8席程度、航続およそ2時間、巡航時速は約200km、したがって飛行距離は直線でおよそ400km前後となります。

 ドクターヘリは医師による初期治療を15分以内に開始することが目標とされており、担当区域は拠点となる救命救急センターを中心として半径50kmから70kmが目安と考えられております。したがって、ヘリコプターの航続能力から見た場合には、燃料補給をすることなしに連続して3回程度の出動が可能となります。

 現在、日本でドクターヘリ専用に改造装備され、主として使用されているヘリコプターはMD902、EC135、BK117があり、その3機種の概要は次の通りです。

MD902

全長11.85m、ローター直径10.34m、全高3.66m、最大全備重量2,722kg、キャビン容量4.89m3、航続距離 540km、最大巡航速度 254km/h)、乗員1名、同乗者4名+患者1名、ストレッチャー2名分(含予備)、搬出入は後方または側面のどちらでも可能

EC135

全長12.16m、ローター直径10.20m、全高3.51m、最大全備重量2,830kg、キャビン容量4.90m3、航続距離 630km、乗員1名、同乗者4名+患者1名、ストレッチャー2名分(含予備)、搬出入は後方から

BK117

全長13.00m、ローター直径11.00m、全高3.85m、最大全備重量3,350kg、キャビン容量5.00m3、航続距離550km、最大巡航速度247km/h、乗員1名、同乗者5名+患者1名、ストレッチャー2名分(含予備)、搬出入は後方から

 [注]上表3機種とも患者2名の場合は同乗者が1名減る

機体価格と運航料金

 これらドクターヘリコプターの機体価格は、装備によって異なりますが、新製機で4〜5億円です。発注してから受領するまでの期間は早くて半年。これを組み立てて日本の耐空証明を取得し、飛行可能となるまでに約2か月間が必要となります。現金即金払いによる購入が一般的で、運航会社の立場ではその市場性、用途、採算性などを見据えて、相当の覚悟をもって機種の選定と導入を決断することとなります。

 この機体を1年間(うち約1か月間は定期点検整備等で飛行できないため11か月稼働)で、約350時間の飛行に使うと、およそ2億円の費用が必要です。年間の利用回数如何でその価値の高低が計られることとなります。

 たとえば、初年度の1機当たり年間出動目標である300回では1回当たり66万円ですが、欧米先進諸国での年間出動回数は通常600〜800回前後、多い所では1,000回以上の出動があるとのことですから、1回当たり費用は33万円から20万円前後と、さらに低くなることが予測できます。

 また、この費用は固定費を含むドクターヘリすべての運航費ですが、その費用対効果について、厚生労働省のドクターヘリ促進事業の実績が分析され、明らかにされた内容から医療的経済的効果として医療費支払い負担の軽減等が認められるならば、健康保険を適用するなどの問題も視野に入って来ると思われます。

 すなわち受益者負担により、さらにドクターヘリの活用促進にもつながることと思われます。また、ヘリコプター促進事業の補助金のうち、その3分の2は国が、3分の1を県が拠出しておりますが、国の負担分の一部が健康保険の適用による受益者負担へと移行促進されるならば節税効果も上げられることになります。

ヘリコプターの役割

 緊急時、災害時においては、すでに警察、消防、海上保安庁、自衛隊など官公庁のヘリコプターによる情報収集、捜索・救難活動が行われておりますが、2001年度からは医療面において、救急医療専用のドクターヘリによる早期治療着手のための対策がとられたことから、ヘリコプターには次のような役割分担が掲げられることとなりました。

  1. ドクターヘリ(医療従事者による早期初期治療着手)
  2. 消防・防災・警察・官庁(捜索・救助)
  3. 消防・防災(救急患者搬送)
  4. 一般機(災害時救急ヘリ)
  5. 一般機(報道、民間自家用、汎用)

運航に係わる法的諸条件

 2000年2月、航空法81条−2の改訂により「捜索又は救助のための特例」がドクターヘリの運航にも適用されることとなりました。つまり、航空法79条、80条、81条の規定は、国土交通省令で定める(国土交通省・防衛庁・警察庁・都道府県警又は地方公共団体の消防機関の使用する及びこれらの機関の依頼又は通報により捜索又は救助を行う)航空機が捜索又は救助のために行う航行については適用しないこととなりました。

 またドクターヘリの担当域内にある空港や自衛隊飛行場の航空管制関係者は、この促進事業に関心を持ち、ドクターヘリ運航に対して多大な配慮がなされる状況下にあります。

 その他のドクターヘリの離着陸場に関する安全許可基準は次の通りです。 

航空法79条(離着陸の場所)
 航空機は、飛行場外以外の場所において離陸し、又は着陸してはならない。但し、国土交通大臣の許可を受けた場合は、この限りでない。

航空法80条(飛行禁止区域)
 航空機は、危険を生ずるおそれが有る区域(原子力発電所・石油コンビナート等の飛行禁止区域及び飛行制限区域)の上空を飛行してはならない。但し、大臣の許可を受けた場合はこの限りではない。

航空法81条(最低安全高度)
 航空機は、一定高度以下の高度で飛行してはならない。但し、大臣の許可を受けた場合はこの限りではない。

 以上のような航空法の各条項と、その適用を受けるヘリコプターを整理すると、次表のようになります。

   

平常時(訓練を含む)

緊急時(救急、災害を含む)

ドクターヘリ

 

79条、80条、81条

 

81条−2の適用(ドクターヘリは防災基準場外離着陸場)

消防・防災、警察、官庁、救急機

一般機(災害救援機)

一般機(報道、民間自家用)

79条、80条、81条

 

 ほかに飛行場外の離着陸場基準が定められております。その種類および内容は次の通りです。

   

ドクターヘリ着陸地寸法

地  上

構築物上

一般基準(下図1) 

機体投影面の1倍以上

機体投影面の1.2倍以上

防災基準(下図2)

機体投影面+20m
障害物高15m以上

認められていない

 


図1 場外離着陸場の一般基準

 


図2 場外離着陸場の防災基準

 

ドクターヘリの装備

 ドクターヘリは現場または飛行中に救急医療をおこなうため、さまざまな医療機器を装着または搭載しております。その概要は次の通りです。

 まず搭載可能な救急医療危機は次の通りです。

 次に機体側の装備品は以下の通りです。

 以上のような医療装備の取りつけ状況は下の写真に見られる通りです。

   

飛行方式

  航空機は、有視界気象状態の下で、パイロットが目視によって外界を見ながら飛行する有視界飛行方式と、管制機関の指示に従って飛行する計器飛行方式、および計器飛行方式と有視界飛行方式との双方によって飛行するコンポジット計器飛行方式により飛行しております。

 ドクターヘリを含む小型飛行機やヘリコプターの飛行は、一般的には、有視界飛行方式によることが多く、たとえば最低安全高度(航空法第81条)以上3000m以下で飛行する場合での飛行高度と有視界気象状態は次のとおりで、これらの条件が満たされ、かつ地上と空とが識別可能な状況下では夜間飛行も可能となります。

 この有視界飛行をおこなう場合の条件は次の通りです。

飛行高度

(1)人家の密集した市街地等は、航空機を中心として水平距離600m以内の最も高い障害物の上300m以上の高度。

(2)人家の少ないところや広い水面上は、地上又は水上の障害物から150m以上の距離又は150m以上の高度。

視   程

(1)  管制区又は管制圏外においては1.5km以上で継続して地上を視認した飛行ができること。

(2) 管制区又は管制圏内においては5.0km以上とする。

雲の高さや地上の障害物件との関係

(1) 管制区又は管制圏外においては、最低安全高度以上で雲から離れ、且つ地表地表又は、水面を引き続き視認して飛行出来ること。

(2)管制区又は管制圏内においては、雲底が地表又は水面から300m以上とする。

 しかし、有視界飛行方式は天候の影響を受けやすく、飛行遅延や飛行不能など、安定した運航サービスの提供に支障を来すことがあります。これを改善するため、ヘリコプターに定められた必要な計器を装備し、計器飛行の技能証明を所持する操縦士が操縦している場合は、計器飛行方式による運航が可能となります。

 ただし定期航空のように不特定多数の一般乗客を対象とする計器運航はまだ認められてはおらず、現時点では特定の顧客を対象とした運航のみが認められているところです。また地上側の航行援助施設の有無の問題から有視界方式で出発し、飛行途中から計器飛行方式に切り替えて飛行するというようなコンポジット計器飛行方式も行われております。安全確実な運航サービスを継続して実施するために、操縦士は計器飛行証明の取得を計画的に実行しており、当社の在籍操縦士の35%が取得済みとなっております。

 また最近1年間でのコンポジット計器飛行方式による就航時間は、同一区間を有視界方式のみによって飛行していたときと比較すると、その飛行時間は約33%も延びております。これらの運航経験は、ドクターヘリ運航の安全性、信頼性を支える重要な蓄積技術のひとつであり、この事が又病院間搬送においても生かされて来るものと確信しております。

今後の取り組み課題

 ドクターヘリの運航について、先進諸外国の方式を見学し、これらを日本の実状に合わせながら試行錯誤を重ね工夫をしてきた操縦士、整備士、運航管理担当者諸氏のご苦労が今ここに確実に生かされつつあります。

 たとえばドクターヘリの場外離着陸場選定のためにドクターヘリ・ハンドブックの作成配布による、関係消防機関との連携による数百箇所以上に及ぶ救急隊(車)とのランデブー地点の把握、そしてランフェブー地点への飛行方法の工夫確立や、出動指示を受けて3分以内に離陸するなど、運航技術面では先進諸外国に追いついてきたと言えるかと思います。

 また、この間にもドクターヘリ運航のためのマニュアル作成配布による安全運航の推進や、関係者の役割、手続きの周知を図るとともに、過去4回東京と名古屋で実施された日本航空医療学会主催の「ドクターヘリ講習会」へは、毎回ドクターヘリ実機3機と講師をそれぞれ派遣してきました。この講習会ではすでに三百数十名のドクターヘリ運航に関心を持つ医療従事者や航空従事者の皆さんが研修終了証を受けておられます。現在の取り組み課題は、ドクターヘリと救命救急センターER、およびドクターヘリと救急隊(車)との通信確保であり、今年度内にはそれぞれの無線機の装備がなされることを期待しております。

 ドクターヘリ運航を社会システムとして定着させてゆくためには、安全運航を確保し且つ適正利潤の確保できる新規安定事業として市場を育成して行くための取り組みを推進することが必要であると思われます。このために次の取り組みを推進してゆくことが重要であると考えております。

  1. 適正事業収入の安定確保。
  2. 事業経費の圧縮、削減。
  3. 運航会社及び運航従事者の経験資格等に関わる詳細基準の策定。

おわりに

 ドクターヘリを社会システムとして定着させ、機能させてゆくためには、国土交通省(航空局・道路局・自動車交通局)・総務省(消防庁・警察庁・総合通信基盤局)・厚生労働省(医政局・保険局)・各自治体などの密接な連携によって、ヘリコプターの運航が支えられることになります。

 ドクターヘリ医療搬送が特殊なものではなく、安全確実な手段として日常的に利用され、社会に受け入れられる運航を推進してゆくことが必須条件であると思います。

 したがって私どもヘリコプター運航会社は、ドクターヘリによる救急医療航空搬送事業が継続安定した社会システムとして定着するために、安全運航の確保を至上命題として対処し、ドクターヘリの利用者である自治体、医療機関および住民からの信頼を得たヘリコプター運航を展開してゆくことがその役割であると認識し、医療関係者を初めとする各方面との連携を密に保ち、ご指導をいただきながら引き続き取り組んで参ります。

  (『救急医療ジャーナル』2002年7月号掲載)

2001年6月、欧州ヘリコプター救急調査の途次、
チューリッヒの街角で一休みする筆者(右)と同行の山野さん


同じテーブルの上を無邪気にはね回るチューリッヒの雀たち
人と鳥の距離が近いほど文明のレベルが高いというのが愛鳥家、山野さんの説。
この写真は期せずして、竹に雀の日本的な構図にもなっている。

(HEM-Net、2002.7.21)


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