
ルクセンブルグのヘリコプター救急 ![]()
欧州で最も小さい国ルクゼンブルグでは、ルクセンブルグ・エアレスキュー(LAR)がヘリコプター救急機関として活動している。しかし今日の状態が出来上がるまでには、関係者の苦難に満ちた努力が必要だった。
LARが非営利法人として設立されたのは1988年である。それ以前ヘリコプターが必要なときは、国境を接する周辺諸国――ドイツ、フランス、ベルギーの応援を受けていた。
当時、ルクセンブルグ消防庁に勤務するルネ・クロスターは、自国の救急体制がきわめて不十分であることを強く感じていた。国土面積は2,586平方キロ。東京都(2,030平方キロ)の3割増だが、鬱蒼たる森に覆われ、その中を曲がりくねった道路が走っている。救急車だけでは患者のところへ到着するのに時間がかかり、多くの生命が無駄に失われる恐れがあった。患者の運が悪ければ、救急車が起伏の多い道を走ってくるのに長時間を要するからである。
クロスターは、この事態を解決するにはヘリコプターしかないと考え、役所の中で何度も上申した。しかし、その話になると誰もが反対するのである。救急業務に責任を持つ消防庁の長官などは、あからさまに「そんなことは、私を倒してからやってくれ」とまで言うのだった。日本ならば「オレの目の黒いうちは許さない」ということだろうか。厚生大臣も頭から「駄目だ、駄目だ」と叫ぶばかりで、まともに話を聞こうとしなかった。
何故そういうことになるのか。消防庁や厚生省が救急ヘリコプターを使おうとしなかったのは、自分たちの仕事が奪われると感じたからである。つまり人命救助という本来の任務より前に、みずからの立場を護るという気持ちの方が強かったのだ。
ところが、そうした議論をしているうちに、政府高官の息子が交通事故で死亡するという事件が起こった。救急車の到着までに45分を要したからで、このときヘリコプターがあれば、息子は死なずにすんだかもしれないと思われた。
そこで先ず、必要の都度、隣国へ応援を頼むのではなく、救急ヘリコプターに常駐して貰うことになった。依頼先はドイツ救急飛行隊(DRF)で、ヘリコプター1機とパイロット2人を借り受け、実務に当たると同時に、ルクセンブルグとしてノウハウを教わることになった。そのうえで、 ルクセンブルグ自前のエアレスキューを整備することにしたのである。言い換えればドイツの支援がなければ、ルクセンブルグのヘリコプター救急は開始できなかったであろう。
こうして、さまざまな論議や事件の果てに、1988年LARの設立が公式に認められた。実際の飛行がはじまったのは翌89年3月1日で、使用機種はBO105CBSである。そして最初の1週間で7件の救急飛行がおこなわれた。
それでも、抵抗勢力の抵抗はつづいた。最大の抵抗勢力は依然として最も身近な救急機関そのものであった。これはヘリコプター救急が始まると必ず起こる問題で、一種の被害者意識ともいえるものである。そのためLARが発足してからも、国の支援資金は燃料代しか出なかった。しかも、その燃料代たるや飛行距離に応じた救急車と同じ金額だったのである。また当初の事務所は飛行場の一角に置いたトレーラーだったし、格納庫の代わりにはテントが使われた。
やがて1992年からは年間固定費として定額900万フランが支給されるようになった。もっともLARの年間経費は8,000万フラン以上だったから、せいぜい1割程度の援助に過ぎない。
しかし、ルクセンブルグ大公の皇太子、アンリがLARを支援するようになった。これで各地のさまざまな団体がLARに寄付をしてくれた。それでもLARの資金的な基盤はきわめて脆弱だった。というのは、国民の会費が基盤だったからで、会員数は61,000人余り。全人口44万人の15%程度である。会費は個人会費が1,000ルクセンブルグ・フランで、30米ドルくらいに相当する。また家族の会費は2,000フランだった。
しかしヘリコプターが飛ぶようになると、国土がせまいために素晴らしい効果を示した。出動件数の7割が10分以内に患者のもとへ到着できたのである。国境付近の遠いところでも16分しかかからない。こうして国民の多くが救急ヘリコプターの存在意義を認めるようになった。
年間出動回数は平均460件程度だった。救急現場から病院へ患者搬送をするヘリコプターはBO105CBSで、これはLARの所有機である。1995年5月にはAS350が1機追加された。任務は病院間搬送で、ときには国外へ飛ぶこともあった。 この2号機の追加によって、1機は必ず現場救急のための待機を続けることが可能となった。
今ではLARは2機のMDエクスプローラーを救急業務に使っており、さらに2001年1月からが3機目を警察業務に飛ばしている。かくてルクセンブルグの全土が8分以内に救急ヘリコプターでカバーされるようになったのである。
LARは非営利の救急機関である。従業員は42人だが、ほかに20人の嘱託が存在する。
(HEM-Net、2002.11.7)
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