外傷センターの整備は緊急の課題

――PartU――

益子 邦洋

(日本医科大学付属千葉北総病院 救命救急センター)

 交通事故により毎年死亡する者の数は、平成13年の警察庁統計では9000人を下回ったが、厚生労働省統計では依然として1万人を超えている。一方、負傷者の数はその100倍にあたる約100万人であり、年々増加傾向にある。

 交通事故死傷者の減少は国家的課題であるとの認識から、内閣府、国土交通省、警察庁、総務省消防庁、厚生労働省、その他多くの機関が、これまで官民挙げたさまざまな研究をおこない、その結果を施策に反映し、継続的な活動をしているにも関わらず、目に見える顕著な効果は得られていないというのが現状であろう。

 従来、交通事故対策は主として"車"、"道路"、"人"、の三つの視点を中心として検討され、対策が立てられてきたが、筆者は、どちらかというとこれまで後回しにされてきた感の否めない第4の視点、すなわち"医療"の面から見た課題の抽出と効果的な対策が、今こそ求められているのではないかと考えている。

 交通事故対策としての医療を考える際には、交通事故を目撃した一般市民等(バイスタンダーという)による現場での応急救護処置、救急隊員による観察・判断・処置ならびに病院選定、事故現場から病院までの搬送、病院で行われる医療、の4つの因子に分けて検討する事が必要であるが、本稿ではこの内、医療機関の問題に関して述べてみたい。

 重篤な交通外傷患者の尊い生命を死の淵から救い、後遺症の軽減を図るためには、適切に選別された外傷患者を、適切な外傷診療施設へ、適切な時間内に搬送する外傷診療システムを構築する必要がある事が以前から指摘されている。しかしながら、わが国でこれまで、重度外傷患者の診療に主要な役割を果たしてきた救命救急センターが、果たして適切な外傷診療施設といえるか否かについては明らかにされてこなかった。

 筆者は、平成13年度厚生科学特別研究「救命救急センターにおける重傷外傷患者への対応の充実に向けた研究」研究班(主任研究者:杏林大学救急医学教授、島崎修次氏)の一員として救命救急センターにおける外傷診療の実態調査をおこなったので、この結果の一部を紹介する。

 本研究は全国の救急救命センターにおける外傷患者への診療実績を把握することを目的に計画され、2000年1月から12月までの1年間の外傷死亡症例をアンケート調査したものである。全国の救命救急センター158施設中、120施設(76%)から回答を頂き、病院到着時心肺停止例を除く死亡症例数は1757例であった。

 これらの死亡症例について、予測生存率別に症例数を示したのが図1である。やや専門的になるが、予測生存率とは、外傷患者の解剖学的重症度(ISS : Injury Severity Score)と、病院到着時の意識状態、呼吸数、収縮期血圧から導かれる生理学的重症度(RTS : Revised Trauma Score)を基に算出した生存確率(Ps : Probability of Survival )であり、0.1は10%、1.0は100%の生存可能性をそれぞれ示している。

 すなわち、グラフの左側へ行くほど死亡する確率が高く、逆に右側へ行くほど助かる可能性が高くなる。予測生存率が0.5以上、即ち50%以上の確立で助かる可能性があったにも関わらず、結果的に死亡した症例は予測外死亡症例と呼ばれ、今回の検討では853例(52.5%)であった。


(図1)

 これらの予測外死亡症例のうち、実際には救命する事が極めて困難な、グラスゴーコーマスケール(GCS)5以下の重症頭部外傷と年齢80歳以上の高齢者を除いた症例は633例(外傷死亡例の39%)であり、これを修正予測外死亡症例とした。

 外傷死亡症例中に占める修正予測外死亡症例の割合を施設別に示したものが図2であるが、その比率が,65%以上と高率である施設(助かる可能性の高い外傷患者が多数死亡している施設)が10施設存在する一方,同比率が20%未満の施設(助かる可能性が高い外傷患者は余り死亡していない施設)が10施設であり、診療成績に関して大きな施設間格差のあることが明らかになった。


(図2)

 また各都道府県別に、外傷死亡例数と修正予測外死亡の割合との関係を見たものが図3であるが、救命救急センターの外傷死亡例が10例以下の都道府県における修正予測外死亡の割合は55.8%であり,外傷死亡が40例以上の都道府県における36.2%と比較して有意差があり、大きな地域間格差が存在することも明らかになった。

 すなわち、外傷死亡例が10例以下の都道府県内救命救急センターの機能には診療レベルの面で大きな問題がある可能性が示唆されたのである。1年間に都道府県内の救命救急センターの外傷死亡がわずか10例以下ということは、重度外傷が主として救命救急センター以外の施設で治療を受けている地域が存在しているということであり、この事自体も検証を要するといえよう。


(図3)

 本研究結果を受けて、平成14年5月16日に東京で開催された第16回日本外傷学会総会では、本研究班員の大友康裕氏(国立病院東京災害医療センター、救命救急センター長)から、「救命救急センターで診療した外傷死亡例を検討した結果、外傷死亡例の約4割は防ぎ得た可能性がある。」という報告がなされた。

 わが国では、外傷診療水準に関して大きな地域間格差及び病院間格差のあることが学術集会で初めて明らかにされ、わが国において外傷が、如何に「現代社会における無視された疾患」であるかが強調された。

 同日付けで発表された日本外傷学会と日本救急医学会の連名による提言では、外傷診療施設における診療の質を維持、向上させることを目的とした評価と査定の重要性、診療機能評価結果を消防機関等に対して情報開示する必要性、外傷診療施設として公的に認定された外傷センター整備の必要性が謳われている。

 交通事故等により、全身を強打して内臓が損傷され、大出血を来たしている重度外傷患者を救命する鍵は、受傷から1時間以内に外科治療を開始できるか否かにかかっているといわれ、これが所謂 golden hourの概念である。これを達成するためには、事故発生から迅速に110番ないしは119番通報するシステム、救急隊の観察・判断・処置能力の向上、トラウマバイパス(重度外傷患者は緊急手術に24時間対応可能な施設へ搬送)の徹底、ドクターヘリを活用した現場での医療開始と搬送時間短縮、などが重要であることは論を待たないが、これを受け入れ、診療する医療機関の責任が最も重いことはいうまでもない。

 消防本部から重度外傷の受け入れ要請があったら、直ちに外傷診療チームを立ち上げ、患者入室と同時に迅速な診断と治療が並行しておこなわれ、必要とあれば直ちに開頭、開胸、開腹手術や緊急血管内治療(interventional angiography)を施行可能な体制整備をしておかねばならないのである。

 1960年代後半、防ぎ得る外傷死亡(PTD : Preventable Trauma Death)が存在すること,そして外傷死亡におけるPTDの割合が驚くべき高値であることが、米国 National Academy of Sciences が提出した報告書により社会に公表された米国では、この報告がその後の米国における外傷システム構築の原動力となり、外傷センターの認定を始めとして、着々と外傷システムを構築し、PTDを著明に減少させた歴史がある。

人間の生命予後は統計学的数値だけで類推できるものではないが、現代のわが国における39%のPTDは、1970年代前半に米国で把握された数字と近似するものであり、今後の外傷システム構築を考える上で非常に重要な意味を持っていると考えられる。

 最後に、われわれがめざさなければならない外傷センターは、単に交通外傷を初めとした外傷診療の質を担保するだけの施設ではない。救急隊員に対する外傷患者観察・判断・処置法の教育や研修、救急隊員が使用する現場トリアージ基準の策定、救急隊員に対するオンラインでの指示・指導・助言、救急隊員の現場活動の事後検証、一般市民の応急救護処置教育、交通事故と人身傷害に関する学際的研究ならびに調査、などに関して基幹的役割を果たす総合的な外傷研究、教育、診療機関である。

 このような外傷センターの整備は、交通事故死傷者を減少させる上で緊急の課題であり、関係者は叡智を結集して体制整備に向けた努力を直ちに始めるべきである。救命し得る交通外傷患者は着実に救命して後遺症を軽減し、社会復帰させる仕組みをつくらない限り、如何なる交通事故死傷者数削減のための努力も生かされないであろう。

(『アスカ21』第43号、2002年7月25日刊所載)

【参考頁】
 外傷センターの整備は緊急の課題


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