<千葉県ドクターヘリ>

その実績と今後のヘリコプター救急体制

益子 邦洋

(日本医科大学付属千葉北総病院 救命救急センター長)

 ドクターヘリとは、医療機器を機内装備して病院に常駐し、消防機関等の要請により出動した医師が現場から治療を開始し、迅速に高度救急医療機関へ搬送するためのヘリコプターである。千葉県では平成13年10月より、日本医科大学付属千葉北総病院を基地病院としてドクターヘリ事業を開始した。そこで今回は、その実績を紹介し、併せて昨年11月に実施した米国ヘリコプター救急調査結果を基に、将来のヘリコプター救急体制の展望を述べてみたい。

 千葉県ドクターヘリの月毎出動件数は図1の通りであり、平成14年後半からは1ヶ月に約40件の出動実績となっている。


(図1)

 

 平成15年3月までの1年半の出動件数は582件で診療人数は588人、疾患内訳は外傷321例(55%)、脳血管障害90例、心大血管疾患54例、その他123例で、出動地域の多くは当院から50km圏内であった。ドクターヘリ搬送例の重症度は重症71%、中等症23%、軽症6%であり、オーバートリアージ率(中等症+軽症/全症例)は29%であった。

 搬送形態では現場からの搬送525件(90%)、病院間搬送56件(10%)、キャンセル3件であり、北総病院への搬送(Uターン)442人(75%)に対して他病院への搬送(Jターン)は129人(22%)であった。119番通報から治療開始までの時間は27分であり、現場で行われた処置は、静脈路確保279例(88%)、気管挿管22例、胸腔ドレナージ11例、緊急気管切開3例、開胸心マッサージ1例、薬剤投与24例であり、現場滞在時間は12分、119番通報から救急室(ER)到着までの時間は47分であった。

 現場での収縮期血圧が90mmHg 未満であったショック状態の17症例(平均年齢 47歳、ISS 26.1±8.8 生存15例、死亡2例)について、119番覚知から初期診療開始までの時間を検討したところ、ドクターヘリによる実時間は29.1±8.7分であるのに対し、救急車搬送した場合の予測時間は 56.8±20.7分であり、平均28分の短縮効果が認められた。

 これら17症例について、解剖学的重症度(ISS)と生理学的重症度(RTS)から算定される予測生存率の平均は、救急現場で67.8%、救急室(ER)到着時は77.1%と有意に改善した。即ち、大量出血の傷病者が、心臓停止に陥る前に現場で治療が開始されることにより、意識、血圧、呼吸等の生理的状態が現場よりも良くなった状態で医療機関へ搬入されていることが示された。

 事業開始から1年間の成果(図2)では、従来の陸路搬送に比べ、ドクターヘリ導入により、死亡症例や後遺症を残す症例が大幅に減少し、ドクターヘリによる現場からの医療開始と、迅速な高度医療機関への搬送が、重症患者の転帰を改善させたことが明らかとなった。

 
(図2)

 

 総務省消防庁の統計によれば、平成13年の救急搬送4,190,897人の内、119番通報から傷病者が病院へ到着するまでの時間が30〜60分であったのは1,157,403人(27.6%)、60分以上であったものは113,973人(2.8%)であった。重症例の中には、搬送中に急激な病態悪化を来たす症例もあることから、救急車による陸路搬送に時間を要する事が予想されるのであれば、ヘリコプターの活用も当然考慮されなければならない。しかしながら、平成13年に全国で68機ある消防・防災ヘリコプターで搬送された傷病者数は1,668例であり、消防・防災ヘリが捜索・救助、消火など多目的に使用されていることを差し引いても、十分活用されているとは言えない現状である。

 

 そこで筆者はパラメデイック制度の発達した米国のヘリコプター救急について調査するため、スタンフォード大学病院のLife Flightと、リーチ・エア・アンビュランス社を訪問し、その活動実態について調査した。

 スタンフォード大学Life Flightではフライトナースのチームが、またリーチ・エア・アンビュランス社ではフライトナースとパラメデイックのチームが搭乗し、現場活動を行なっていた。

  Life Flightのフライトナーススタッフは、表1に示す高度な医療処置を行うことが出来、医師が現場に赴くのと遜色ないプレホスピタルケアサービスを提供している。このような高度な医療処置を迅速かつ安全に行うため、メデイカルデイレクターと呼ばれる担当医によって現場活動指針(プロトコール)が策定され、基本的手技について定期的な教育・訓練が実施され、現場で困ったときには無線等で直接医師から必要な指示が出され、現場活動に関する事後検証が実施されていた。


(表1)

 

 Life Flightでは、高度な医療処置の技術水準維持のため、フライトナースに対して年2回の技能講習が義務付けられていた(図3)。即ち、メデイカルコントロール体制を基盤としてプレホスピタルケアの質の管理がなされていたのである。


(図3)

 

 リーチ・エア・アンビュランス社でも、フライトナースやパラメデイックの現場活動は、担当のメデイカルデイレクターによって作成された現場活動プロトコールによって厳しく定められていた。プロトコールの内容は、心停止、外傷、意識障害、胸痛発作、喘息発作、激しい腹痛、吐血・下血、幼小児、緊急分娩など、多岐に渡っていた。事後の検証はこのプロトコールに則った活動であったか否かが重要となるため、フライトナースもパラメデイックも、このプロトコールの内容を実に正確に把握しているのは驚きを禁じ得なかった。

 救急隊やパラメデイックなど、いわゆるコ・メデイカルの現場活動に対する事後検証は、消防本部の指導的立場の者による業務管理的検証と、メデイカルコントロールを担当する医師による医学的検証に分けられているが、Life Flightでは、病院所属のフライトナースであるため、現場活動の事後検証は救急担当医によって搬送の都度なされ、必要に応じて本人にフィードバックされるシステムとなっていた。一方、リーチ・エア・アンビュランス社では、業務提携している救急専門医により全ての現場活動記録票が検証され、同様にフィードバックされる体制が確保されていた。

 今回の米国救急ヘリ調査で、病院前救護の質を確保するためには、メデイカルコントロール体制の確保が重要であり、このためには体制の基盤とも言うべきメデイカルデイレクターの存在が大きな鍵であると感じた。フライトナースやパラメデイックが、十分な知識と技術をベースに、見事なまでの病院前救護活動を展開しているのを見て圧倒されたが、これらヘリコプター搭乗医療要員のレベルの高さは、地域救急医療に責任を有する熱意ある医師によって担保されている事を肌で感じた。

 我が国に於いては、ドクターヘリ事業が全国7箇所で実施され、救命率の向上、後遺症の軽減に大きな効果を挙げているが、全国的に見れば未だ一部の地域で実用化したに過ぎない。全国を広くカバーし、どの地域住民も等しく高いレベルの救急医療を享受できるシステムの構築を考えた場合、68機ある消防・防災ヘリの有効活用は緊急の課題であろう。

 消防・防災ヘリには医師は搭乗していないことから、その活用方策は2つの面から検討されなければならない。即ち、医師が当番制等によりヘリコプター基地に待機し、要請があれば航空隊員と共に出動して現場から医療を開始し、然るべき医療機関に迅速に搬送する方式と、メデイカルコントロール体制を確保した上で救急救命士の施行可能な処置について検討し、可能なものから処置範囲を徐々に拡大して行く方式である。消防・防災ヘリが、必要に応じて病院ヘリポートへ向かい、医師をピックアップして現場へ向かう、所謂ピックアップ方式は、1分1秒を争う重症患者の救急医療には不向きである。

 そのためにも各消防本部航空隊は、関係する救急医と連携して、メデイカルコントロール体制を早急に確立することが求められている。また、ヘリコプター救急医療に関わる医師は、自らがチームを組んでヘリコプター基地に常駐し、ドクターヘリと同様の活動を行うか、それとも消防・防災航空隊に関わるMC体制を構築し、自らの責任でプレホスピタルケアの高度化に取り組むかを、地域の関係者と十分協議した上で判断しなければならない。

(「アスカ21」第47号、2003年7月刊掲載)


(リーチ社のA109救急ヘリコプター)


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