依然として高い
防ぎ得た外傷死亡率

益子 邦洋

(日本医科大学付属千葉北総病院 救命救急センター長) 

 平成14年7月25日発行のアスカ21第43号で筆者は、平成14年5月の第16回日本外傷学会総会で、「救命救急センターに搬送されて死亡した症例の約4割は防ぎ得た外傷死亡の可能性があり、我が国では外傷診療水準に関して大きな地域間格差及び病院間格差がある。」との発表があった事、その後日本外傷学会と日本救急医学会は連名で、外傷診療施設における診療の質を維持、向上させることを目的とした評価と査定の重要性や、外傷診療施設として公的に認定された外傷センター整備の必要性を提言したことなどを述べた。

 このような背景をもとに我が国にも外傷システムを整備する機運が高まった結果、医療機関における外傷診療機能の向上を目的として外傷登録制度が発足し、医師に対する標準的外傷研修コースが開発された。

 外傷登録制度は、日本外傷学会Trauma Registry委員会(委員長:川口市立医療センター、小関一英救命救急センター長)と、日本救急医学会診療の質評価指標に関する委員会(委員長:昭和大学救急医学、有賀 徹教授)が中心となり、全国の外傷診療施設を対象として、インターネットを介した外傷登録システムを構築したもので、平成15年の試行的入力を経て、平成16年からは登録を希望する全国の施設からデータが集積されることとなっている。 

 また、医師に対する外傷研修コースは、日本外傷学会と日本救急医学会の共同委員会(委員長:大阪府立泉州救命救急センター、横田順一朗所長)が開発したもので、JATEC(Japan Advanced Trauma Evaluation and Care)の名称で全国展開が図られている。

 さて、前述したように、重症外傷を診療している救命救急センターで「防ぎ得た外傷死亡の可能性が約4割」という結果は驚くべき実態であり、一般市民にとって納得出来るものでないことは言うまでもない。そこで、平成14年度 厚生労働科学特別研究事業「救命救急センターにおける重症外傷患者対応の充実のための診療実態調査(トラウマレジストリ)の研究」(主任研究者:杏林大学救急医学、島崎修次教授)では、2000年における本邦の救命救急センターの外傷診療実績を再度検証するため、2001年においても同様の調査を行った。本調査は全国の救急救命センターを対象として、2001年1月から12月までの1年間の外傷死亡症例をアンケート調査したものであり、107施設からの回答をもとに、病院到着時心肺停止例を除く1432例の外傷死亡症例について分析した。この研究結果を平成15年11月の第31回日本救急医学会総会で、国立病院東京災害医療センター、大友康裕救命救急センター長が報告したので、今回はこの内容を基に述べる。

 これらの死亡症例について、予測生存率別に症例数の分布を示したのが図1である。予測生存率とは、外傷患者の解剖学的重症度(Injury Severity Score ;ISSで表わされる)と、病院到着時の意識、呼吸数、収縮期血圧から導かれる生理学的重症度(Revised Trauma Score ;RTSで表わされる)を基に算出した値(Probability of Survival; Ps )であり、0.1は10%、1.0は100%の生存可能性をそれぞれ示している。即ち、グラフの左側へ行くほど死亡する確率が高く、逆に右側へ行くほど救命される可能性が高くなる事を示している。予測生存率が0.5以上、即ち50%以上の確率で救命される可能性があったにも関わらず、結果的に死亡した症例は予測外死亡症例と呼ばれ、前回の検討では52.1%、今回の検討では50.2%であった。

 これらの予測外死亡症例のうち、実際には救命する事が極めて困難な、グラスゴーコーマスケール(GCS)5以下の重症頭部外傷と、年齢80歳以上の高齢者を除いた症例を修正予測外死亡症例として、外傷死亡症例中に占める修正予測外死亡症例の割合を施設別に検討したところ(図2)、2000年では、60%以上の施設(予測生存率の高い外傷患者が多数死亡している施設)が13施設存在する一方,同比率が20%未満の施設(予測生存率の高い外傷患者は余り死亡していない施設)が10施設であったが、2001年では60%以上の施設が12施設、20%以下の施設が12施設であり、前年とほぼ同様の傾向が認められた。

 更に、前述したISSが15以上の重症患者数と、外傷死亡例中に占める修正予測外死亡例の割合の関係を施設別に見ると、重症患者の診療人数が多い施設ほど避け得る外傷死亡の割合は減少する傾向が明らかとなった(図3)。

 

 ISSが15以上の重症外傷例の年間診療人数層別に、外傷死亡例中に占める修正予測外死亡の比率を検討すると、年間100例を越える施設では30%、150例を越える施設では24%と、大幅に治療成績が向上していることが明らかとなった(図4)。

 これら2年間の研究結果から、我が国の外傷診療施設には解決すべき課題がある事が明らかになった。即ち、@外傷死亡例中に占める予測外死亡の割合には改善が見られない、A外傷診療機能に関しては救命救急センター間に依然として大きな施設間格差がある、B重度外傷例を週に1例も診療していない救命救急センターでは修正予測外死亡の割合が高く、逆に年間150例以上(週に3例以上)診療している施設の修正予測外死亡の割合は際立って低い、ことが改めて確認されたのである。

 この課題を解決するためには、各施設の外傷診療機能を評価し、これを向上させることと、1施設あたりの重症外傷症例数を確保することが必要である。

 前者については、各施設がそれぞれの施設のPreventable Trauma Death(PTD;防ぎ得る外傷死亡)について調査して課題を抽出し、適切な対処法を院内挙げて考え、実践する事である。例えば、腹腔内臓器損傷によるPTDと考えられる症例がいたならば、腹腔内臓器損傷の診断遅延、不十分な初期輸液など不適切なショックの治療、緊急開腹術の判断遅延、初診医から外科への紹介の遅延、外科医の参集遅延、手術室の対応不備、不適切な外科手術手技、術後管理の不備などのうち、どの部分が原因でPTDが発生したかを調査し、対策を講じる事が肝要である。これがいわゆる診療の質改善プログラムであり、この活動を支援するのが外傷登録制度(Trauma Registry)である。外傷登録システムにはいくつかの診療機能評価指標(クリニカルインディケータ)が組み込まれており、外傷診療のプロセス評価やアウトカム評価が可能となるばかりでなく、自施設の診療機能が全参加施設の中でどのあたりに位置しているかも分かるよう設計されている。

 また後者については、筆者がこれまで度々主張して来たように、学術団体である日本救急医学会や日本外傷学会が政府関係者と協議して、早急に外傷センター構想を立ち上げ、外傷センター整備基準を明らかにし、この基準に従って外傷センターを認定することが必要であると考えている。今回の研究で、我が国においても、多くの外傷患者を診療している施設の治療成績が、少ない数の施設より優れていることが明らかとなった。海外の論文でも、日常的に重度外傷患者の診療を実施している施設では、初療医の外傷診療能力が高く、受傷から1時間以内のいわゆるGolden Hour内に外科治療やカテーテル治療などの根本的治療を行う院内体制が構築されており、外科医の外傷対応能力も高い事が既に報告されている。

 外傷センターの整備を単なる厚生労働省の行政マターとして矮小化してはならない。交通事故死者数の半減は内閣を挙げて解決しなければならない国家的課題である。省庁の枠を越えたスキームで外傷センターの整備を検討し、関係省庁が知恵と財源を出し合って外傷センターを全国的に整備して初めて、交通事故死者数の半減も実現可能な数値目標となろう。

(『アスカ21』第49号、2004年1月25日号掲載)


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