
<検 証>
東名高速道路多重玉突き事故
―― 2機のドクターヘリが活動した意義と今後の課題 ―― 益子 邦洋 (日本医科大学付属千葉北総病院 救命救急センター長) 平成15年6月23日、東名高速道路において、4名が死亡し13名が重軽傷を負う多重玉突き衝突事故が発生した(図1)。この事故では、豊川市消防本部、新城市消防本部、愛知県高速道路警察隊、豊川市警察署、新城市警察署、日本道路公団の職員等、車両等34台ならびに人員99名による懸命の救助救急活動ならびに消火救難活動が実施された。また、愛知県と静岡県の2機のドクターヘリが現場に飛来して医療救護活動を行なった。
NPO法人救急ヘリ病院ネットワーク(HEM−Net)では、高速道路という特殊な環境において、ヘリコプターを活用した救助ならびに救急医療を迅速かつ適切に行うためには、今回の経験と教訓をヘリコプター運航、救急医療、高速道路交通に係わる者が共有しておく事が大切であると考え、事故事例検討会を平成15年7月16日に全国町村議員会館で開催した。
検討会では、豊川市消防本部、新城市消防署、愛知県高速道路交通警察隊、愛知県ドクターヘリ、静岡県ドクターヘリ、愛知県防災ヘリの各関係者から当日の対応について簡単に報告して頂き、その後、愛知県ドクターヘリスタッフが撮影したビデオを10分間放映したあと討論に入った。討論は、1)119番覚知からドクターヘリ、消防・防災ヘリ要請までの対応、2)ドクターヘリ、消防・防災ヘリ出動要請からドクターヘリ着陸までの対応、3)ドクターヘリ到着後の対応、につき、時系列に従って進行した。
119番覚知からドクターヘリ、消防・防災ヘリ要請までの対応では、救急指令台の判断と対応、先着隊のトリアージと支援要請ならびに現場応急処置、消防、警察、道路公団の連携と現場指揮命令系統、医療機関選定と搬送、ヘリ要請のタイミング等について議論した。事故発生直後における現場活動の課題として、先着した救急隊長による災害規模把握と一次トリアージが十分行えなかったことが指摘された。多数傷病者発生事故では、消防本部が災害の規模をいち早く把握することにより、適切な支援体制を確保すると共に、関係機関への応援要請を迅速に行うことが出来ることから、先着救急隊長による災害規模把握と一次トリアージ実施の重要性が再確認された。また、ドクターヘリや消防・防災ヘリ要請のタイミングは、多数傷病者事故が判明した119番入電時に行うことが望ましいとの意見も出された。
ドクターヘリ、消防・防災ヘリ要請から現場付近着陸までの対応では、出動要請から出動までの時間、搭乗要員確保、資器材準備、飛行中の情報収集、現場との情報のやり取り、着陸場所の選定、着陸の際の地上との連携等について検討し、課題と今後の改善策を探った。ドクターヘリと現場の救急隊或いは高速道路警察隊との直接的な情報の交換は、無線システムの関係で不可能であった。この為、現場の傷病者情報、即ち、負傷者数が何人いて、どのような損傷状況であるかについては、豊川と新城の消防本部指令台を介してドクターヘリ運行管理担当者(communication specialist;CS)に伝えられ、この情報が更にCSからドクターヘリに無線で伝えられた。
災害時においては、関係機関がリアルタイムに情報を共有する事が極めて重要であることから、現場でドクターヘリと救急車両や警察車両が直接交信できるシステムの構築が急務であると言えよう。次にドクターヘリの高速道路本線上への着陸について議論した。愛知県ドクターヘリのCSは豊川消防に対し、高速道路本線上に着陸して医療救護活動を実施できないか調整を依頼した。その理由は、高速道路が上り下りとも交通規制されて通行が遮断され、ドクターヘリが高速道路上に着陸することは技術的に十分可能であると機長が判断したことによる。
しかしながら、道路公団は法的規制等の理由により、高速道路本線上への着陸は許可できないので、付近に臨時離着陸場を確保するよう指示した。その結果、着陸場所は富岡大原運動広場と決定したが、この間、愛知県、静岡県のドクターヘリはそれぞれ7分間と11分間の上空待機を余儀なくされた(図2)。参加者からは、もしもドクターヘリが関係者の協力を得て高速道路本線上に着陸出来ていたならば、負傷者を危険に曝すことなく、より迅速かつ効果的な医療救護活動が実施出来たのではないかとの意見も述べられた。
ドクターヘリの高速道路上への着陸に関しては、法的規制や二次災害の問題など、解決しなければならない課題が存在するが、尊い人命を救助する観点に立ち、関係者が早急に検討を開始する必要性が明らかになった。
ドクターヘリ到着後の対応では、医師への医療情報提供と二次トリアージ、現場での医療救護活動と各機関の連携、搬送先病院選定と搬送手段決定について討論した。愛知県ならびに静岡県ドクターヘリ搭乗医師は、消防職員により高速道路から土手を通じてヘリ着陸地点まで担架搬送されてきた傷病者2名とその家族を診察し、点滴処置、頸部固定処置等を施行した。その後、愛知県ドクターヘリ医師と看護師は土手を通って高速道路上に駆け上がり、消防職員によって既に設置されていたトリアージエリアに於いて、6名の負傷者に対して二次トリアージを実施した。
高速道路上には既に死亡していた4名を除いて合計9名の負傷者がいたが(1名は既に救急車で搬送済み)、1名を除きいずれも軽症であり、特に治療を必要としなかった。ドクターヘリスタッフが現着した後は、ヘリ搭乗医師により二次トリアージがなされ、搬送先病院が選定され、搬送手段が決定した。事例検討会では、1組のチームは他チームに現場の治療を依頼して、迅速に高速道路本線上に行って二次トリアージを実施し、治療を必要とする負傷者がいれば直ちに治療を開始することにより、より効果的な現場活動ができる可能性があることが指摘された。
今後はドクターヘリ搭乗スタッフに対して、災害発生時における複数チームによる現場活動の任務分担、消防や警察等との連携について教育・研修を行い、医療救護の質を高める必要があることも確認された。
今回、HEM-Netが呼びかけて東名高速道路多重玉突き事故事例検討会を実施した結果、高速道路における多数傷病者発生事故に際して複数のドクターヘリが迅速な現場活動を行ったことの意義は極めて大きく、我が国の救急医療の歴史に新たな1ページを刻んだと言っても決して過言ではない。
今回の事故では、不幸にして4名の尊い命が失われたが、損傷形態や火災の発生状況等を検討した結果、いずれも医療の及ぶ限界を超えたものであり、搬送や診療の遅れに起因する死亡例はなかった。しかしながら、今後ヘリコプターを活用した救急医療をより効果的に行うためには、解決すべきいくつかの課題も明らかとなった。
消防、警察、道路公団、ドクターヘリ、消防・防災ヘリ等の組織は、大規模事故や災害等において、迅速かつ適切な捜索、救助、救急医療等を提供する事により、国民の生命を守り、被害を最小限に抑える事が求められていることから、対応をより迅速かつ的確にすることはもとより、各組織間の連携の方策についても予め協議し、マニュアル等を通じて現場活動担当者に周知徹底しておく必要がある。また、高速道路を含めた道路上の事故は何時、如何なる場所にも起こり得る事から、道路上ないしは事故現場直近にヘリコプターを安全に着陸させて迅速な医療救護活動を開始出来るよう、関係者が協議する場を設定する事が肝要である。
HEM-Netではこの度、「ヘリコプター救急システムの構築をめざして」のメインタイトルで、平成15年10月31日(金)午後1時30分〜5時30分に全国町村議員会館2階会議室でシンポジウムを開催する運びとなった。このシンポジウムでは、國松孝次理事長による「HEM-Netの活動計画について」、西川 渉理事による「米国ヘリコプター救急調査報告」、川崎医科大学救急医学科 小濱啓次教授による「ドクターヘリの成果」のご講演の後、厚生労働省、総務省消防庁、国土交通省、警察庁の実務担当者の方々によるパネル討論を企画しており、我が国におけるヘリコプター救急のあり方についてご議論頂く事としている。
交通事故の死傷者削減は国家的目標であり、この取り組みには多くの国民が注目している。今回のHEM-Netシンポジウムが本邦におけるヘリコプター救急システムの新たな時代の幕開けになることを願わずにはいられない。
(貴重な写真の掲載を快く承諾して下さいました聖隷三方原病院副院長の岡田真人先生に深謝致します。)
(『アスカ21』第48号、2003年10月25日号掲載)
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