<救命率の向上をめざして>

交通事故死「ゼロ」への挑戦

 交通事故死の半減に官民一体となって決意を新たにする現在、誰もが必要性を認めなから一向に進展が見られない施策のひとつに「ドクターヘリ」の通称で知られる救急ヘリコプター網の整備が挙げられる。

 関係省庁間で検討の場が設けられて久しいが、最も活躍が期待される高速道路上の事故発生現場への着陸には、依然として障壁が立ちはだかる。試行期間を経た本格導入段階と位置づけられても導入が進まない以上、自動車運輸業界が主導的に支援に乗り出すくらいの総意形成が急務だろう。

 ドクターヘリのネットワーク整備をめぐるるわが国の現状を語るとき、関係者の間で必ず引き合いに出される代表事例が、2003年6月愛知県豊川市付近の東名高速道路上で発生した多重玉突き事故。12台中6台が焼損し、死亡4人、負傷者6人という惨事を招いた。

 聖隷三方原病院(静岡県浜松市)と愛知医科大学付属病院(愛知県長久手街)の両方から医師をのせたヘリコプター2機が出動したが、道路管理者の日本道路公団から承諾を得られずに10分前後も上空待機を強いられ、次善策として道路脇の空き地への着陸を余儀なくされた。

 現場では対向車線を含めて、すでに車の流れは止まっていた。そのため着陸に必要な場所も本線上にあった。にもかかわらず、ドクターヘリの威力を実証する場面はまたしても訪れなかった。交通事故負傷者のヘリコプター搬送をめぐる論点は、まずは高速道路着陸問題の解決に集約されているといっても過言ではない。

 わが国では、内閣官房内政審議室(当時)を事務局とする「ドクターヘリ調査検討委員会」が2000年6月にとりまとめた報告書を経て、2002年12月には「高速道路におけるヘリコプターの活用に閲する検討会」が今後の方向性を整理している。

 同検討会は、警察、消防、厚生労働、国土交通省道路局の関係4省庁と道路公団で構成され、2000年6月の発足後7回の会合を経て「2次災害の回避」を中心に議論。国交省航空局が不在のままに出された結論は、細かく区切った離着陸の場所ごとに関係機関の事前申し合わせを要するというものだった。

 たとえば、サーピスエリア内に設けられたヘリポートを使用するときも、ドクターヘリの配備病院、地元消防組合、道路公団支社の3者間であらかじめ「確認書」を交わさなくてならない。

 ヘリコプターのローター(回転翼)が巻き上げる風圧の問題はたしかに無視できないが、本線上を高速走行中に突然ヘリコプターが低空飛行で迫ってきたからといって、新たな誘発事故を引き起こすドライバーはヘリコプター救急の先進諸国では皆無。交通や道路の管理者が2次災害発生時の責任追求を恐れる余り、本来助かるべき負傷者を二の次に回しているとの批判は免れない。

 防音壁や照明灯といった障害物が存在する地点への着陸は困難だが、ローター部を除く機体そのものの占有面積は大型車と大きな差はない。田畑への薬剤散布にあぜ道を利用する例を見ても分かるように、それこそ接地部分の広さは車輪だけですむ。

 こうした中、公明党は昨年11月の衆議院総選挙時に掲げたマニフェストで、ドクターヘリ拠点の全国整備を公約。これを受けて今年4月には、浜四津敏子代表代行ら国会議員団が日本医科大付属千葉北総病院を訪れ、ドクターヘリを視察した。

 先の通常国会では、6月の参院国土交通委員会で同党の森本晃司議員が質問に立ち、小泉純一郎首相が「直接離着陸できるよう各省庁が連携して取り組む」と答弁。その後、石原伸晃国交相も「本線着陸ができるようにする」と表明した。

 ドクターヘリの高速道路着陸に向けてようやく一歩前進した感があるが、現在ヘリコプターを運用中の病院は全国わずか8拠点。厚生労働省が2001年度に本格事業として立ち上げてから3年以上経ちながら、思うように導入が進まない最大の理由は、言うまでもなく運航費負担の問題に尽きる。

 立ち上がり当初は国、地方自治体、病院の3者間で3分の1ずつ拠出し合う構想だったが、現実には病院側の負担額が大きすぎるため国が3分の2を負担する枠組みでスタート。国の分担比率か過大との理由で2年日の02年度に国と地方の2分の1負担に改めると、今度は県議会から「既存の防災ヘリの活用が先決」と横やりを入れられる始末だ。

 必要な諸経費全額を税金でまかなうのは、世界中を見渡しても日本とフランスだけ。ほとんどの国は、医療保険制度の枠組みの中で不自由なくやりくりしている。

 國松孝次元警察庁長官が理事長を務めるNPO法人「救急ヘリ病院ネットワーク」では、調査研究報告書の作成やシンポジウム開催などを通じて、関係機関や世論への働きかけを進めるとともに、健康保険制度でヘリコプターの運航費を点数化するよう訴えている。

 2003年ドクターヘリで搬送された2,789人のうち、入院後の追跡調査ができた重症者1,702人の実績は、死者542人だったが、このときヘリコプターがなければ821人が死亡したと推定される。言い換えれば、279人が命を落とさずにすんだわけで、ドクターヘリを導入するだけで3分の1が助かった計算になる。

 わが国では16,765人が死亡した1970年の「交通戦争」当時から30年以上を経て半減にこぎつけた。同じ1970年ドイツではアウトバーンを中心に約21,000人に上る交通事故死を減らす目的でヘリコプター救急網の整備に乗り出し、日本の半分、15年後(1985年)には半減達成を実現した。

 ドイツでは医療機関やヘリコプター事業者ではなく、ADAC(独自動車連盟)が主導的にヘリコプター救急の推進に関与している。日本の自動車業界でも、高速道路着陸に備えたドライバー教育や運航費の独自支援方策などの課題解決に、率先してかかわる姿勢が求められている。(「交通毎日新聞」2004年9月22日付より要約)

(HEM-Net、2004.9.26) 

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