<HEM-Netシンポジウム>

ドクターヘリの前途

―― 関係省庁のパネル討論を聴い ――

 2003年10月31日午後、HEM-Netが「ヘリコプター救急システムの構築をめざして」と題するシンポジウムを開催した。

 会場には事業会社および航空関連企業担当者、自治体の消防・防災ヘリ担当者、医療関係者、市民、報道関係者などが集まり、日本のドクターヘリ事業の現状、今後の見通し、展望に関する話に耳を傾けた。

 國松孝次理事長の活動計画説明に続いて、西川渉理事の米国ヘリコプター救急調査報告、小濱啓次川崎医科大学救急医学教授のドクターヘリ事業の取り組みと成果についての報告があり、後半は「ヘリコプター救急システムの構築をめざして」をテーマにしたパネル討論がおこなわれた。

 パネリストは、殿川一郎氏(警視庁生活安全局地域課課長)、北村博文氏(警視庁交通局交通企画課高速道路管理室企画官)、富永昌彦氏(総務省総合通信基盤局電波部移動通信課課長)、吉崎賢介氏(総務省消防庁救急救助課課長)、佐藤陽次郎氏(厚生労働省医政局指導課課長補佐)、中村健二氏(厚生労働省保険局医療課企画官)、横田耕治氏(国土交通省道路局高速国道課課長)、谷寧久氏(国土交通省航空局技術部運航課課長)、安川醇氏(全日本航空事業連合会ドクターヘリ分科会委員長)、益子邦洋氏(日本医科大学付属千葉北総病院救命救急センター長)の関連省庁、事業会社担当者、医療関係者がズラリとひな壇に並んだ。

 厚生労働省の主管事業であるドクターヘリ事業は、現在7カ所で実施されているが、日本全国30カ所にと勢い込んだ本格導入からの進展ははかばかしくない。導入を希望する病院がありながら自治体が財政難を理由に二の足を踏んでいたり、自治体がその気になっても手を上げる病院が出てこないなど、当初の希望的観測をよそにミスマッチが続いている状態だ。

 国の改革や財政再建が進まず、景気が好転しない状況で、厚生労働省からの助成金、自治体や産業機関の負担額の高低は、その事業に対する理解度によって高いものにも低いものにもなるであろう。

「ドクターが患者のところにいち早く駆けつけ、早い段階から治療が始まれば、深刻なケースでも生存率は向上し、予後も相当違ったものになってくる」という「総論」に反対する国民はいない。それなら 一体何故、導入が進まないのだろうか。

 シンポジウムという公の場で、関係省庁(警察、消防、国土交通省、総務省、もちろん厚生労働省も)の方々からできる限り率直なご意見を何いたい、というのが今回の企画の主要な狙いであったにちがいない。

 しかしトップバッターの厚生労働省の発言には驚かされた。医師臨床研修の予算200億円捻出のため、ドクターヘリ事業の16年度予算が危うい、というのである。「導入が進まない現状の分析が必要。防災ヘリとのすみわけや各県には防災ヘリがあるから良い、という意識があるからではないか」との見解が出された。医療課からは「ドクターヘリシステムは治療行為としてのシステムにはなりにくい。国の医療体制の中で考えていきたい」との発言があった。とすれば、試行的事業から5年日を迎えるドクターヘリ事業は、いまだに厚生労働省内で総括されていないのか。消防・防災ヘリとのすみわけについての議論は、主管官庁の推進体制に疑問を感じさせるものであった。

 国土交通省道路局は、今年度末までに高速道路のサービスエリアやパーキングエリアに救急救命活動支援ヘリポートを31カ所設置し、現在使用可能となっている14カ所を順次増やしていく予定、と報告した。本線上では過去に4カ所着陸しているが、園地という形で整備してある場所を使用してもらうことが安全上も望ましいとの見解である。

 警察庁は警察ヘリの位置づけから説き起こしたが、医療関係者の「警察ヘリに医師、看護師を同乗させ、救急ヘリと同じように使うことはできないのか」との問いかけには、「主たる業務は警察活動であり専従は無理。また警察ヘリの双発化は進んでいるが、依然として単発の小型ヘリ1機の県もあり、ヘリの機体構造もドクターヘリ仕様ではない」とコメントした。

 平成14年度は実際に緊急輸送のケースが12件あったとのことだが、警察機は本来の警察任務のために年間400時間近い飛行をしている。本誌は直接取材を通じてそう理解しているが、その上に警察ヘリに医師をという質問自体には疑問を抱かざるを得ない。そんな問いかけは、まず主管官庁である厚生労働省のトーンダウンや関心の低さを問いただしてからの話であろう。 

 警察庁の高速道路管理室からは、「高速道路では大型車の多重衝突が多い。事故処理担当者ですら二次災害にあって殉職している。高速道路上では止まっている状態自体が危険であり、ヘリコプターが飛来してくる状況が警察にリアルタイムに入ってきていない現在、危険を回避するためにまだ解決すべき課題が多々あると思う」と今後の連携について話し合う必要性が述べられた。   

 ヘリコプターの飛来に付随する危険以上に、地上の事故処理現場に追突など、更なる事故が起こる危険があり、現実にそういう事実が多発しているという警鐘なのである。   

 また、現在高遠道路事故に速やかに対応するだけの充分な人員がない、という警察側の発言に対して、医療側からは「それなら警察官を増やせば」という感想が述べられた。確かに16年度は警察官が増員されるが、それは交通事故対策のためではなく、日本での発生も危惧されているテロや治安対策のためなのである。    

 消防庁にも警察と同様の質問があった。「消防防災ヘリが医師、看護師を同乗させ、ドクターヘリのような業務で飛んでくれないものか」というのだが、消防庁は「救急事案は増えており、それにも対応してきているが、消防防災ヘリには消防防災ヘリとしての任務もある。また消防防災ヘリは1機体制で運航している自治体がほとんどである」と答えた。

 それも「道理」なのである。本誌が取材した県の消防防災航空隊のほとんどが1機体制であり、早いものは導入から12年を超える。1機で消火、救助、救急と消防業務にフル出動の状態で、年々歳々運航時間数も増加している。この状況でさらにドクターヘリのような業務をなどということは、日頃マルチな活動を要求されている消防防災ヘリの現実を踏まえると、装備換えの問題もあり不可能だ。 24時間運航で離島から1日に夜中も含めて4回も搬送要請を受け(搬送中に次の要請が入ることもある)、海上保安庁や自衛隊から応援を得ながら患者搬送している航空隊もある。会場にはおそらく消防防災関係者も参加していたであろう。特に発言はなかったが、本誌と同様の感想を持った関係者もあったのではないだろうか。

 ドクターヘリの運航を担当している事業会社側からは、まだ始まったばかりの事業であり、事業を育てていく意味合いもあって、ハード、ソフト両面において、助成金以上規模の取り組みになっていること、また医療側と運航側との役割分担、安全やスムーズな通信の問題、夜間運航の可能性などが話し合われているとの報告があった。

 確かに問題点の幾つかはこのシンポジウムであぶりだされた。しかし、今だにドクターヘリの総括ができないのは、異なる仕組みの警察ヘリや消防防災ヘリの本質と実態を知らずに、ヘリという同一線上でドクターヘリとの比較を試み、そこを頼んでドクターヘリ低迷の活路を見出していこうとの無意識な願望があるからではないだろうか。

 医療関係者は「ドクターヘリの救急搬送件数は7機で2200件、消防防災ヘリは導入から現在までで2000件」といわれるが、そもそも救急専用ヘリと多目的ヘリの「救急件数」を比較することに何の意味があるのだろう。ドクターヘリは「救急搬送」しか出来ないヘリなのだから、大いに飛んでくれなければ税金の無駄遣いなのである。ちゃんと飛んでいること自体を私たち市民は「認めて」いる。それでもどこかと比較しなければ、ヘリの効果に安心できないのであろうか。

 11月27日付の新聞にも、約20兆円ある補助金行政の55%を厚生労働省が占めていて、それに対する2500億円の削減を求められている、という記事があった。僅か7億円強の予算は本当に大丈夫なのだろうか。手をこまねいている間に日本のドクターヘリ事業は市民からも時代からも忘れ去られ、救命率もまた低迷してくるだろう。家族の無念の涙が見えてくるようである。 

 残念ながらこの事態を、誰が、いつまでに、どう解決しようとしているのか、またしていくのかについては、このシンポジウムからは見えなかった。HEM-Netの意志も、役割も明確ではなかった。 

 参加していた医学部学生からは「このままで医療格差是正の問題をどう考えていくのか」、障害を抱えた息子をもつ母親からは「私の息子は脊髄損傷で10年間車椅子生活をしています。最近福岡でドクターヘリで搬送されてくる患者を見ましたが、本当にこんなヘリがその当時あったら」と感想や意見が出された。

 ドクターヘリ事業に関わる人々、またそれを見守ってきた私たちは今後どうすべきなのだろうか。確かに国民はドクターヘリを求めているのだ。

 最後にシンポジウムを締めくくった柳田邦夫氏の特別発言に大きなヒントがあったように思う。「欧米に追いつき追い越せから、1980年代には経済大国になり、日本は倣慢な国になっていった。医療技術ばかりを追い求め、国民の生命、財産維持のための医療や『命の問題』は後回しになった」

「欧米の救急医療普及の理念は、核戦争への恐怖であり、危機感である。これが安全対策の背景になっている。日本人はむしろ弛緩的で危機感を持たず、自分の権利ばかり主張している。専門家社会が抱え込んだ視野狭窄症がそういった現状改革を阻み、現状をねじれた方向へ追い込んでいる。人命救助などの場合は適用除外を増やさなければできない。ヘリ救急の有効性ははっきりしているのだから、リスクを受容しつつ、国民を挙げてコンセンサスを作らなければならないだろう」

「大事なのは『工夫』である。国家が人の命が重要であることをどう位置づけるか考えるべきなのだ。市民、関係者、報道、そして政治家の参加も必要であろう。ドクターヘリを真に国家プロジェクトにしていくためには、社会的な運動を創る必要がある。現状突破の視点は『当事者=患者』の視点を持つこと。個人主義(1人称)でなく、他人事(3人称)でもなく、『あなたとわたしの』という2.5人称の視点を持つこと、私たちの問題として捉えていくことが大切なのである」

 一人ひとりの生命が軽んぜられるのは、国民としてほんとうに切ない、悲しい話である。

(Helicopter Japan、2003年1月号より要約) 

 

【関連頁】
 パネル討論発言要旨(2003.11.14)
 HEM-Netの活動計画について(2003.11.8)
 アメリカ調査報告とドクターヘリの成果(2003.11.11)

(HEM-Net、2003.12.23)


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