
親指シフトに関して、有名人といったら、まずこの人の名前を挙げなければ いけないだろう。ジェームス三木?いえいえ、違います。神田泰典氏である。え? だれそれって?オホンッ、この人こそ、親指シフトそしてオアシス・ワープロ機の生みの親で あられる。生みの親はやはり、大事にしないといけない。 われわれが今日、こうしてお天道様を拝めるのも、ごはんが食べられるのも、親 あってのことである。
さて、この神田氏は現在、ニフティ技術顧問という肩書きを持っておられるが、 富士通での機種開発は引退されたわけである。しかし、元コンピューター会社の役員らしく、 ご自分でもホームページを開いておられる。 しかも、ここには親指シフトに関する資料が山というほど納められている。中でも圧巻なのは、 これまで発売されたオアシス・ワープロ機のほぼすべてのカタログがスキャンされて、 アップされているこのページ である。
諸君の中に、もし元オアシス・ワープロ専用機ユーザーがいたら、ぜひ一度アクセスし、かつての 愛機の姿をそこに再び見い出してほしい。え?いまも押し入れの中にある?ん、そういう奇特な人も 一度はアクセスしてみてほしい。この記事なんか、ちょっと涙がちょちょ切れるよ。
-----------------さて、次に親指シフト入力を行なっている有名人という、カテゴリーだが、 残念ながら、これについてはずらっとしたリストのようなものは存在しないようである。 あそこに一人、ここに一人と紹介されたりはしているが、それほどインパクトのある名前は 見当たらない。つまり、もっといるはずなのだが、あまり知られていないのである。 作家とはなっていても、聞いたことのないような作家じゃしょうがないし。
で、私が独自に調査した範囲では、ワープロ専用機のオアシスはたしかに職業的作家、 とくに量産的な推理作家に昔から愛用者が多いようである。これは作家同士で、ワープロが 普及しはじめたときに、親指シフト入力がよいとアドバイスし合った結果らしい。
当時ワープロ機の購入を考えていた私もいろいろな雑誌の比較記事を参照したが、そういう記事に あの作家もこの作家もオアシスという紹介があったものだ。しかし、これらの名前は一般には 記録されることなく、現在は忘れられてしまっているようだ。だから、有名な親指シフターの リストには載っていないが、実際には作家には使用者が現在でも多い。
そんな中で当時、名前が挙っていた親指な人で、私の記憶にも残っているのは、誰でも知っている ジェームス三木の他には、意外だが、宗教学者の中沢新一と若者社会学の宮台真司がいたようである。 中沢はオアシス専用機で、宮台はMacだったと思う。平成6年に出版された、『私のワープロ考』(メタローグ)という本があるが、ここには普段執筆活動にワープロを使用している著述家が30人ほど 文章を寄せていて、巻末にはそれぞれの使用機種がリストアップされていた。オアシス使用者がかなり 多かったことは確かである。中沢も文章を寄せていた一人である。
この親指シフトで文章を書いている有名人のリストについては、おいおい分かり次第 補充して、意外なメンバーをお目にかけていきたい。(協力お願いします)
と、ここまで書いてから、上記の神田さんにメールでお尋ねしたら、曽野綾子さんと 猪瀬直樹さんという名前を教えていただいた。うーん、かなりの有名作家である。そこで、 うちの「親指な人、作家編」リストとしては、
ととりあえず、させていただく。
で、このメンバーは、私が普段からよく読まさせていただいている著述家とも
不思議に重なるのであるが、「親指シフトを通じた親和性」などというものがあるのだろうか?
この人が抜けてるよ、というのがあれば、ぜひ教えていただきたい。
(2003年12月追記「私たちは,親指シフト・キーボードを支持します」という意見広告に以下の名前を見つけました。 基準はあくまで私が知ってる作家ということです。すんません)
(NICOLA配列JIS化要望書より)
また、作家の他に親指入力の実践者の多い職業としては、新聞記者と法律関係者が挙げられる。 前者については、多量に書くという職業柄、また縦書きのできるパーソナル・ワープロ機というのは、 当時からオアシスしかなかった。もちろん、新聞社のビジネス・ワープロは縦書きである。また、 法律関係者というのは、やはり多量の文書を扱うのであるが、とくに裁判所の事務官はすべて原則 的に親指入力だと聞いたことがある。おそらく、裁判所に納入されている法律文書専用のワープロ機が すべて富士通製であった時期があったのだと思う。これは、通常のパーソナル・ワープロとは違い、 スチール製の机や台座と一体になったビジネス機である。かつては、弁護士事務所にはよく備え付け られていた。法律文書は独特の書式があるので、ふつうのワープロではだめで、それ用の専用機を 必要としたのだ。
(以下、続稿の予定)