「いろは四十七字」再考


 一口に「五十音」といい、文字の数もそれに対応して五十個ある、とついつい思いがちな平仮名・片仮名。しかし実際には46字でしかない。「五十音」と聞いてすぐ頭に浮かぶのが、タテ5×ヨコ10の整然とした五十音図だからであろう。そしてすぐ、ヤ行の「い」「え」とワ行の「い」「う」「え」がア行のそれと同じものであることを思い出す。これでマイナス5字、そして「ん」を加えて46字だ。

 しかし、ついこの間まで、20世紀の半ばごろまでは、ワ行の「い」「え」には別の字が存在した。「ゐ」と「ゑ」である。現在は使っていないから、小学校では教えない。そして、やがて古典学習が始まると突然これらの「見たこともない」文字が登場することになる。書けなくてもいいのだから、小学校でもきちんと、「ゐ」「ゑ」を読ませるくらいのことはさせたらいいのではないか、と筆者などは思う。

 さらに「ゐ」などは、いっそのこと復活させて、「いる(居る)」のかわりに書いて用いると便利でもある。

 「へやにはいる」

では、「部屋に入る」か、「部屋には居る」かわからない。

 「へやにはゐる」

なら、部屋に居るのだな、とわかる。低学年の教科書のような、仮名の分かち書きの必要もない。

 さて、五十音図の配列「あいうえお」や「あかさたな…」はどうしてこうなっているのか。何か必然性があってのことだろうか。ちなみに、発音・発語指導の中では、「あいうえお」は発音の容易な順に「あおうえい」などと並べ替えられてしまったりする。「あいうえお」では、口を大きくしたり小さくしたり、たいへんだ。「あかさたな…」にしても、無意味な音の連続ではないか。

 それに比べて、わが国古来の、いろは四十七字(「ん」を含めると四十八字)はどうだろう。七五調のリズムがとても読みやすく、全体が一編の詩になっているのは周知の通り。

 いろはにほへと ちりぬるを
 わかよたれそ つねならむ
 うゐのおくやま けふこえて
 あさきゆめみし ゑひもせす(ん)

 小学生には難解ではないのか、覚えづらいのではないか、と言われるかもしれない。むろん、前出の「ゐ」「ゑ」は入っているし、歴史的仮名遣いもなじみがなく、難しい。しかし、五十音のヨコの配列だけの「あかさたなはまやらわ」10字よりも、この「いろは…」48字のほうが長くて記憶しにくいということはなく、平仮名を覚えたての子供にしてみれば、むしろ「あかさたな…」の順で覚えるより苦労がない場合もありえるのだ。

 その理由は、「あかさたな…」ではすべて、口の形が「ア」となることによる。これでは文字の音の違いを子音の違いとして聞き分けるしかないので記憶しづらいのだ。いっぽう、「いろは…」では現代語でも聞いたことのある言葉(色、散り、奥山、越えて、夢見…)が出てくるので、全く無意味な音の羅列ではないから覚えるのも難しくはない。

 もし、「色は匂へど散りぬるを…」がどうしても理解困難だというなら、「とりなくこゑす(鳥鳴く声す)…」などの別順四十七音も考案されているので、こちらをつかえばよい。もちろん、最新版を作るべく公募してもいいわけだ。辞書の見出しの配列もこれにしてしまうと26字のアルファベットより多い仮名では合理的でないかもしれないが、文字に親しむ入門期の小学校1年生ならば、現在の五十音図の学習より楽しく平仮名を覚えられるに違いない。

(平成11年9月)


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