幼児期および学童期の言葉の問題(Q&A) <国語科学習編>

* 言葉の問題は、やがて小学校における国語の学習でのつまづきの原因ともなりやすく、そのままにしておくことはできません。ここでは、国語科の学習に影響を与える問題に関して、話し言葉を中心に取り上げ、その解決の手がかりを考えてみたいと思います。


Q
 話しているとき、助詞を抜かしたり、使い方をまちがえたりしてしまいます。

A   日本語の場合、助詞をまちがえると、文の意味が通じなくなることがあるので気をつけなければなりません。
 助詞の抜けた話し方は、幼児から大人まで多く見られます。ふだんから意識して助詞を使うようにするべきなのですが、話し言葉ではなかなか難しいものがあります。 「どこ行ってきた?」「公園行ってきた」という会話では、助詞を使わないで済むような話しかけ方に改善の余地があるわけです。
 ここでは、「どこに?」「だれと?」「なにを?」 のように、聞き手(大人)がきちんと助詞をつけて手本とします。使い方をまちがった場合は、その場で正しい言い方を聞かせるようにします。


Q  長い単語が正しく発音できません。

A   いろいろな原因が考えられます。たとえば「とうもろこし」では、
 @ トーモドコチ ……… 構音要領の未習得(発音の仕方が身についていない)
 A トーモコロシ ……… 音を順序良く記憶・再生する力の不足
 B トーコシ ……… たくさんの音を一度に記憶する力の不足
などがあり、さらにこれらが互いに関係した誤りの例も考えられます。まずは単語を数多く覚える、つまり、たくさんの音のくみあわせのパターンを知っていて発音できることが大切です。
 目で見て記憶するのは得意でも、耳で聞いて覚えるのは苦手な子供もいます。この場合は、文字が記憶のヒントになります。また、記憶のトレーニングとして、家の手伝いをするときに、「リンゴとナイフとお皿を持ってきて」というように、いくつもの単語を記憶してからでないとできないような指示を出してみます。「皮をごみ箱に捨てて、手を洗って…」と動作に順序をつけて実行させるのも良い方法です。単語をつなげ、文を組み立てるためにも役立ちます。


Q  ぶっきらぼうな話し方で、相手に内容がよく伝わりません。

A
  子供と大人の、一回ごとの話す内容が短く単発的な会話を聞いていると、大人のほうが一方的に話を進めていることが多いものです。
 「きょうは学校で何をして遊んだの?」 「鉄棒」
 「○○ちゃんは何が得意なの?」 「逆上がり」
 「上手にできる?」 「うん」
 「だれと遊んだの?」 「みんなと」
 「仲良しの××ちゃんもいっしょだった?」 「そう」
 この子供の答えは、文というよりほとんどが単語です。イエス・ノーを要求する二者択一の質問の多用も会話の進展に貢献していません。そして、たずねるほうは、子供の答えに対し、共感的な反応がないのです。「あらまあ、難しそうね。」とでも言っておおげさに驚いてみせれば、得意になって逆上がりのやり方の説明を話し始めたかもしれません。
 また、食事中に、「水」と言われて、コップに満たした水を子供の面前に運んでくると言う場面もよくあると思います。このとき、「水がどうしたの?」と切り返してみるのも大切なことです。もっと欲しいのか、こぼして始末に困っているのか、子供の側はその説明をする必要が生じ、きちんとまとまった話をする機会が作られることになるのです。


Q  文字に興味をもち始めました。どうやって覚えたらよいのでしょう。

A
  小学校の国語科では、一つの文字で一つの音を表し、画数も少ない平仮名から覚えていきます。しかし、自分で覚えるのなら、読める字のほうが書ける字の何倍も多いのですから、平仮名・片仮名・漢字・ローマ字などを並行して、なじみやすく覚えやすい字からどんどん覚えていいのです。「川」と「かわ」では、漢字のほうが速く読めて、書きやすいはずです。
 また、書いて覚えるのに、順序よく五十音の「あいうえお」から始める必要もありません。人名や、よく見かける字の中で、自分にとって書きやすいものからでいいのです。こうして覚えた文字は、言葉を増やし、正しい発音の手助けにもなります。


Q  本人にとって難しくない言葉で話をしているのに、なかなか理解できません。

A
  大人の基準で考えると、どうして言っていることが分からないのか、分かるものと思っていたのに、などと良くないほうに受け取ってしまいがちです。そう感じたら、果たして子供にわかるように話しているかどうか、振り返ってみることが必要になってきます。
 日本語では、人の鼻象の鼻も「鼻」と呼んでいますが、英語など西欧の言語では、象の鼻は「(木の)幹」と同じ単語が使われます。したがって、たとえば英語で「象の鼻」という表現をしても、それでは意味が伝わらないというわけです(右図)。
 これは、文化が違うと言葉の示す内容も異なることを物語っています。同じ日本人どうしでも、この例に似て、子供の世界と大人の世界では、音声という記号でしかない言葉と、実物との間には、ずれがあるはずだと考えるべきです。
 子供の言語体系は独特であり、未熟でもあります。また、言葉の表わす中身は一人一人違っています。次の例は、よくある誤解です。
 「ぼく、1年生だって? ずいぶん大きいね。」(お菓子を与える)
 「ぼく、いくつ?」
 (お菓子の数を数えて)「みっつ!」
この小学生(!)は、いつも「何歳?」 と聞かれていたのです。子供は、自分の知っている範囲の言葉や表現を使って話をします。そこには誤りや不足があって当然であり、それを正しいものにしてあげるのが大人の役割です。


Q  あれもこれも「知らない」ということが多く、語彙(ごい)が少ないような気がします。

A
  言葉は、覚える機会にめぐりあって、覚える意欲や必要性があるときに身につくものです。憶える機会を奪う典型的な例は、やたら指示代名詞が出てくる会話です。
 「ああ、それ、そこにある…そう、これといっしょに、あそこに持っていって」
これは極端な例ですが、物の名前が現れないので、言いつけられた子供は、大人の指先にある物を、指で示された場所に運ぶだけで用が終わってしまい、言葉を覚えることができません。
 子供は、興味のない物事については言葉を覚えません。丸ごとのたまねぎやにんじんの実物をただ見せただけでは、ただぼんやりながめているだけでしょう。しかし、これらを使ってお母さんがカレーを作るところをおもしろそうに見ているようならば、すぐに名前を覚えます。ちょっとした工夫で子供の興味を引くのがコツといえましょう。
 また、文字は何回も書いて手を動かすことにより覚えます。同じ理屈で、言葉は使って(話して)おぼえていきます。話しをする機会が少ないと、正しい言葉の使い方や豊かな表現力は読み書きに頼ることになり、子供の場合、身につけるのは容易なことではないのです。



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