日本語を考えるエッセイ集  21〜30


21【月の名】
日本で「月曜日、火曜日…」というところを、中国では「星期一、星期二…」と表す。機械的だなと思うだろうが、日本の「一月、二月…」だって機械的だ。英語の
"January, Februaryをはじめ、西欧語では月に名前が付いている▼もっとも、日本語にも「睦月、如月…」という月の別名はある。しかし「むつき、きさらぎ…」と振り仮名がなしに十二月の「師走(しわす)」まですべて読める人の数は確実に減っている。西洋の習慣を外見だけまねるより、こういう情緒ある名称をしっかり残す精神を見習いたい。


22【ゐとゑ

なぜこの二つの仮名が五十音図にないのだろう、と詩人・谷川俊太郎などは著書で疑問を投げかけている。そもそも各行が5文字づつの体系であるはずが、実際にはヤ行が3文字、ワ行が2文字。虫食いのような図になる。これでは「五十音」にはならず読み上げられない▼生活上使わない文字には小学校で親しませない、この方針は、将来古典を読むなと言っているに等しい。「やいゆえよ」「わゐうゑを」、これでよいのだ。そのくせ単におもしろがって使うから、「よゐこ」などのひどい誤りがメディアでまかり通ることになる。


23【旦那・主人】

第三者の前で妻が夫を呼ぶときによく聞かれる。いずれもかなりへりくだった言い方である。これに対し夫が妻を呼ぶ際には「女房」「家内」と尊大であり、まるで家の中に閉じ込めたいような表現になる。言葉の上ではあるが、これをもって男女平等とはとてもいえない▼「連れ合い」では、夫婦が互いに同じ言い方で平等に見える。しかし言葉の豊かさという視点では少し物足りない。「夫」「妻」も役所言葉と言われればそれまで。しかしどれも「○○ちゃん」なんていう愛称で甘ったるく呼び合うよりはずっとましである。


24【爆睡】


平和な日本では、電車の中で居眠りができる。スリを覚悟さえすれば熟睡も可能。その熟睡に替わり、いつからか爆睡という表現がインパクトをもって出てきた。たぶん大笑いの「爆笑」から来ている▼爆笑が動的なのに対し、眠っている姿は静的である。それなのになぜ、「爆」が付くのか。無心に人前で大いびき、きっとこれかもしれない。確かに公共の乗り物の中でやられた日には、かなりの破壊力がある。それにしても、いまだに戦争が続いているような国から見たら、「爆笑」も「爆睡」も何事か、新兵器かと思うに違いない。


25【おは】

「こんにちは」が「今日はご機嫌いかが…」のような長いあいさつの後半を省略したものである以上、「おはようございます」が「おはよう」、そして「おは」と短くなっても、あまり目くじら立てる必要はないかもしれない。テレビ番組から広まった表現とはいえ、聞く人に与える印象は英語の
"Hi(ハーイ)"にも似て、軽いあいさつとして定着する可能性もある▼むしろ、あいさつが苦手な子供たちを抱える現代社会にとっては、救世主のような流行語ともいえるだろう。もちろん、「おはようございます」の原型は忘れてはならない。


26【晴れ・曇り】

常用漢字表には書かれていないが、これらは図表や日誌では送り仮名を付ける必要はなく、「晴」「曇」と表記してよい。記号的に使用するのである。これらの文字には太陽や雲を表す象形文字が部分的に含まれた格好になっている。天気図のマークと同等の、視覚的なシンボルとしてもぴったりだ▼これを知らないと、「はれ」「くもり」と書いて省力化したつもりになってしまう。漢字には、ほかにも崩し書きという書き方がある。漢字を忘れないようにワープロを使う、というのなら、これをマスターしたほうがずっといい。


27【あげる・やる】

「花に水をあげる」「犬にえさをあげる」という使い方に、最近の多くの人は抵抗がないという。その理由もよく知られていない。実は簡単なことで、同等以下の相手に物を渡す場合には「やる」を用いることになっているのである。たしかに、鉢植えに「水やり」ではなく「水あげ」とすると別の意味になるといった不都合も存在する▼しかし、丹精込めて育てた鉢植えや家族同様にかわいい犬に、「あげる」と使いたくなるのは人情というものだ。目上の人へなら「差し上げる」「お渡しする」と言い換えもできるのだから。


28【雪やこんこん】

「こんこん」とは一般に雪が降り積もる様子をいう。しかし「雪やこんこん」の歌の場合は全く違う。これは「来ん来ん」であって、方言で「おいで」、つまり「雪よ降れ」という歌なのである。こんこん降るからこの題名だと思ってる皆さん、次の歌詞「あられやこんこん」でおかしいなと気付かなくてはいけません▼子供は、純粋に雪が好きである。大人の場合、雪かき作業の面倒くささや、履物や自動車のタイヤをどうするか、といった現実的な雑事に思いが至ってしまい、とても「来ん来ん」という心理状態ではない。


29【ワ行復活】

J−POPと呼ばれる若者が好む歌を聞いて「おや」と思うのは、助詞「を」の発音である。それはあたかも千年の時を超え「ワ・ウィ・ウ・ウェ・ウォ」というワ行の発音が復活しているかのように、「オ」ではなく「ウォ」と聞こえる。「ぼくは君ウォ」「時ウォ止めて」てな具合▼歌詞が日英ごちゃ混ぜのJ−POPだけの現象であるがおもしろい。日本語の部分も少しでも英語のように響かせようという意識の働きだろう。英語へのあこがれである。母音が続くのを巧みに避け、「顔を」も「カオウォ」。実に意地らしい。


30【さむ!】

中高年がよく使うわけでもなかろうが、「オヤジギャグ」という軽口を聞いたときに、相手の子供(中高年から見れば)が口にするのがこの表現である。とても笑えない、体の動きも止まってしまう、ということだろうか。「寒い」「さぶ!」とも言われて、オヤジ側はさんざんである▼しかし、冗談に対し何の反応もないよりはましであろう。コミュニケーションは存在するのだから。そして、「寒い」と評価されるこの手のギャグを「暖かく」感じるのは、上司の機嫌を損ねまいと、日々たいへんな思いをしているオヤジ自身である。




エッセイ一覧に戻る

< 目次に戻る >