魅惑の似非科学

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10/29/2002 50万Hit記念原稿 相対性理論は間違っている。。のか?の似非科学(前編)

10/14/2002 頭文字T外伝 − ラリー競技のオンボードカメラ映像の似非科学

10/6/2002 エクストリームプログラミングの光と影〜XP or XoPの似非科学

9/24/2002 終わることがわかっている終わらない日常〜電子商取引におけるシーガイア=ザウス限界の似非科学

9/17/2002 アナアナ変換における携帯一揆の似非科学

9/9/2002 進ぬ!電波時計2〜毒電波をきみに。の似非科学

9/3/2002 進ぬ!電波時計2〜毒電波をきみに、の似非科学(未完成)

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・50万Hit記念原稿 相対性理論は間違っている。。のか?の似非科学(前編)

ホームページにメールアドレスをさらしている以上、山のようなSPAMメールとウィルスメールがやってくるのは仕方がない。だが最近は、例の「未承諾広告」の法律とオートフィルタ機能のおかげで、ほとんどはゴミ箱に直行させることができるようになった(※)。

※ もっとも、最近は「承諾広告」だの「未承諾広」だのといった、オートフィルタをだますユニークな逃げ道を打ってきているようだが。(もちろん法律違反である。)

ともあれ、SPAMが劇的に減ってきたおかげで、オートフィルタを通り抜けてきたSPAMメールは、一応その無駄な努力に免じて題名だけは読んでやることにしている。その中の一つに、「Title: 相対性原理が破綻!」というのがあった。

一般の読者の方からのメールかと思ったら、あて先(To:)は「各位様」である。これは思想宣伝を目的としたれっきとしたSPAMであり、法律違反のメールとして捨てようかと思ったのだが、最近ネタも少なくなってきたことだしありがたく使わせてもらうことにした。

無用なトラブルを避けたいので伏字が多くなるが、差出人は「XXの会」。会長さんの個人名も書いてある。メールの中身は非常に長いが、100文字以内でまとめるなら、要は

「アインシュタインの相対性理論は間違っています。それは、その根拠となっているマイケルソン・モーリーの実験は解釈が間違っているからです。」

ということのようだ。ただ残念ながら、なぜマイケルソン・モーリーの実験が間違っているのかを説明している肝心な部分は意味が伝わってこない。

さて。筆者は科学者として、科学界の権威に批判的な態度というのを好いている。偉大な先人の言うことを鵜呑みにしていては科学の進歩というのはないのである。だからこのようなメールをむげにしない。だが、表面的な捉え方だけで批判する人は大嫌いである。それは偉大な先人の努力に敬意を払っていないからである。残念ながら、このメールの会長さん(?)は後者のようだ。というのも、

だって、マイケルソン・モーリーの実験が相対性理論の根拠ということ自体が間違ってるんだもん。

今回は50万Hit記念ということもあって、筆者も初心に帰ってテーマを選んでみた。もともと、このホームページは「理系読み物サイト」というキャッチでスタートしたのである。が、現在のサイトの内容はご存知のとおり。昔の名残りといえば、TOPページのタイトルのところは当時からほとんど変えておらず、「理系読み物サイトへようこそ」というWelcome Messageは以前のままになっている。

よく言われるのが、「どこが理系読み物なの?」ということである。はい、筆者も同感です。もうこれは、他にいい文言も思いつかないし、味も出てきたかなあと思うので放置状態である。だからどこが理系読み物かわからなくても、まったく気に病む必要はない。

一方、「どこが科学なの?」という質問には声を大にして答えたいところだ。物理や化学だけが科学ではない。たとえば社会科学、人間科学、人生模様科学、などなど、いたるところに山河ありである。(ちなみに、「似非科学」という言葉には筆者のいろいろなメッセージがこめられているが、その一つは「脳波検出回路製作記の似非科学」でちょこっと出てくる。)

脱線した。要は今回は科学ネタである。まずは相対論性理論の原理とそれの実験的検証であるマイケルソン・モーリー実験の説明を。。。筆者がするわけがない。どちらもネット上で検索をかければイヤというほどHitするので、概要はそちらを見て欲しい。(このHPが「世界一不親切な」理系読み物サイトなのは昔も今も変わらないのである。)ただし、それらを読んだところで相対論性理論がわかるとは思えないが。(本格的に相対論を勉強したい人にとってはかえってマイナスである。)

さて。マイケルソン・モーリーの実験だが、要は光をとある状況で鏡に反射させて合成すると、

という実験をやったのである(正確にはエーテルの存在証明の実験だったが)。実験結果は「縞模様ができないように見えた」。よって古典力学では説明がつかない(そして相対論なら説明できる)、という歴史的実験だ。

最近は高校の物理の教科書にもこの手のコラムが載っているそうだ。それほど有名な実験だが、実は真実は想像と少し違う。

実のところ、この実験結果、相当微妙だったらしい。つまり「縞模様ができたようなできないような。。」実験結果が得られたようだ。また、何回か繰り返したら縞模様が見えたときもあった(つまり相対論はウソ、の結論になる)とも言われている。これがおそらく、先のメールのヌシが相対論を否定したかった論拠だったのだろう。

そういうかなり怪しい実験だったにもかかわらず、時代は一気に古典物理学から相対性理論へと傾斜していく。それはなぜか。ここであなたが考えなければいけないのは当時の人間模様科学である。

相対性理論(当時は特殊相対論)というのは、空間は自由にねじ曲がることができるし、時間は速く進んだり遅く進んだりする、という突拍子もない仮定を持っている。それこそ、ワープやタイムマシンといった不可能といわれた技術を可能にする(かもしれない)理論であった。そんなことを言い出す人は、今も昔も、変人扱いされるのが常であり、当時もたくさんの人が反論したのである。

だがあなたが当時の市民だったとして考えてみて欲しい。もしも、万が一、相対性理論が正しかったら。。。それは我々の世界観さえ変えてしまうような大きなパラダイムシフトなのだ。自分が生を受けたこの世界に、もしもそんな魔法が実在するんだったら。。。と、心の隅で期待したくなるのではなかろうか。ううむ、うまく表現しにくいな。たとえば「もしかしたらいつの日か、頭に角があって虎柄のビキニをつけた北九州弁のかわいい女の子が空から降ってくるんじゃなかろうか」なんていう淡い期待を、高校生になっても持っていた人は多いのではなかろうか(チト例えが古くてすまんが)。

つまりマイケルソン・モーリーの実験の意義は、当時の人々の「ひょっとしたらこの世には魔法があるのかも。。」という好奇心に、半信半疑ながらも、火をつけたことにある。結果論ではあるが、そのためにはむしろ、はっきりした実験結果よりも微妙な実験結果の方が適していたのかもしれない。

そしてついに、相対性理論の正当性がゆるぎなく確立される「ある実験」が行われるのである。

この「ある実験」は、どちらかといえばマイナーな部類に属する。物理学の啓蒙書で語られることはほとんどないし、その意義を真に知っている人も少ない。だが、なんとかうまく紹介を試みようと思う。これを知っていれば、君のクラスの「相対論かぶれ」な人たちの鼻をあかせるだろう。また、いまだに「相対論は間違っている」と主張している人たち(先の違法メールのヌシを含む)が打破しなければならない目標というのが、まざまざと明らかになる。その目標とは、マイケルソン・モーリー実験の論破とは異なり、信じられないほど遠く、深いところにあるのがわかるだろう。

ということで、マイケルソン・モーリーの実験なんて歴史的価値以外はどうでもいい(そんな実験の反証にこだわっている人はちょっと。。。)、ということがお分かりいただけただろうか。次号では、この「ある実験」とその人間模様をご紹介しよう。

(R)

P.S. 「理系読み物サイト」として出発した当サイトですが、読者のご声援に支えられて50万Hitを達成しました。大変ありがとうございます。今後もがんばりますのでよろしくお願いします。(ついでに単行本もよろしくお願いします。。。)

 

 

 

・頭文字T外伝 − ラリー競技のオンボードカメラ映像の似非科学

これまで頭文字T外伝〜霧の峠道をぎりぎりまで攻めるドライビングテクニックの似非科学頭文字T外伝〜ついに優勝!ラリーで勝つことの似非科学および頭文字T外伝〜ついに優勝!ラリーで勝つことの似非科学2の頭文字T外伝シリーズで、筆者のラリー優勝までの道のりをご紹介してきた。今回はいつもの似非科学と趣が異なり、ラリー競技のオンボードカメラ映像を用意してみた。最近流行の動画配信実験である。まず、ラリー競技がどういうものかは、一般の人が想像するもの(パリダカールとか)とは少し異なるので、以下をご覧になる前に「秋名のハチロクとの公道バトル記 - 本当のラリーとマンガの世界の似非科学」をお読みになることを強くお勧めする。

さて、動画配信で問題になるのは回線の太さであるが、今回は約350KBPSの2分30秒ほどの動画である(約10MB弱)。特にADSL番外地ADSL番外地−ADSLディバイド問題の似非科学参照)の方でも、右クリックメニューの「ファイルにセーブ」をうまく使えば何とか見ることができるだろう。使用したファイルタイプはMPEG1である。最近のWindowsなら問題なく見られると思うが、万一再生できないときにはhttp://www.microsoft.com/japan/windows/windowsmedia/players.asp からWindows Media Playerをダウンロード・インストール(無料)してからトライする必要がある。

では、これがオンボードカメラ動画である。

頭文字T: 競技ラリーオンボードカメラ動画配信 MPEG形式 10MBytes

★ ドライビング速度の限界に挑め!

では動画中のいくつかのハイライトをご紹介しよう。

最初はアタック前に準備して車に乗り込むところある。このときにビデオカメラの電源をオンにして録画のセットを行っている。ヘルメットをかぶっている筆者が左から助手席に乗り込んでくるところがお分かりだろうか・・・。

次にアタック前のカウントダウンである。「秋名のハチロクとの公道バトル記 - 本当のラリーとマンガの世界の似非科学」のときに説明した「距離あてゲーム」の正解を導き出すため、隠れているチェックポイントに正確に到着するためにゆっくり走る。チェックポイント到着後、ゼッケンと到着時間をナビゲーター(筆者)が読み上げ、チェックカードをオフィシャルからもらったら全開アタック開始だ。筆者の声は本来はもっと低いのだが、このときばかりは興奮でうわずっているのがわかる。

ドライバーはエンジンをふかして全開走行する準備をする。ナビゲーターが「OK」と一言いった直後、ドライバーは全開で踏んで行く。このとき「ピッ、ピッ」と音がしているが、これはラリーコンピューターを操作しているときに出る音だ。ラリーコンピューターの操作はナビゲータの仕事だ。

次に、全開走行中、ギャラリーコーナーに差し掛かる。カメラのフラッシュをバシバシと浴びているのがわかるだろう。ここでドライバーは見せ場を作るため、わざと車をドリフトさせている(笑)。また途中でペースノートを読んでいるところがある。聞き取りにくいかもしれないが「100m、コーション!、ヘアピンレフト!」と言っているところがある。

次にストレートに差し掛かったときに「踏め!」と叫んでいるところがある。ドライバーはアクセルをベタ踏みし、車を一気に加速させる。その後、「タイト!」と言っているが、そのときドライバーはフルブレーキして車を減速させようとしている。ところが雨で路面がぬれているため4輪ともロックして車がバランスを失い、危うくガードレールに突っ込みそうになっている。このときドライバーが小声で「うわっ、やべっ」といっています(聞き取りづらいけど)。突っ込まなくてよかった〜。もしこの時谷底へ落ちてしまっていれば「衝撃のビデオ映像」になっていたわけだが、そういう動画は見るだけにしたいところだ。

そしてゴールの瞬間だ。チェックポイントが現れ、ドライバー、ナビゲーターとも「チェック!」と叫んでいる。その瞬間、ラリーコンピューターを操作してチェックポイントを通過した時刻をコンピューターに記録させる。オフィシャルにチェックポイントを通過した時刻を告げ、チェックカードをもらったあと、次のチェックポイントに向けて車をゆっくりと走らせる。

★ ついでだから通信速度の限界にも挑め!

と、いうことで、上記のファイルはWMVで圧縮された7M程度のファイルだった。これだとADSL番外地の方でも特に問題なくダウンロードできると思う。

一方、これのオリジナル画像(圧縮前画像)というのも実は存在し、なんと540Mbytesもある。このファイルを再生しようとするととんでもない帯域が必要となる。というのも、CDROM(20倍速)の再生速度が追いつかないほどなのだ。つまりこの540MbytesのファイルをCDRに焼いて、CDROMドライブから再生しようとしても「カックンカックン」なのである。HDDにコピーしてやっと再生できるという。。。極悪ファイルだ。

「おれんちの回線は100Mだ!」という諸兄もわずかながらおられるだろう。そういう方はこちらのファイルも試してみたいと思うかもしれない。

頭文字T: 競技ラリーオンボードカメラ動画配信 AVI形式 540MB

注意: この無謀な試みは終了しました。数分でサーバーが落ちました(汗)。
かわりに上の10Mの方をどうぞ。

光ケーブルだの何だので、ブロードバンドはここ最近飛躍的に通信速度を上げてきた。が、10Mbpsを越えたあたりで、「いったい何に使うんだ?」という疑問を自問自答しているヘビーユーザーの方も多かろう。高帯域を必要とする動画は有料配信ばかりなのでなかなか見る頻度が増えない。そのため高帯域ユーザーの日常というのはもっぱらブロードバンドベンチマークとWinMXだけ、なんていう話も聞く。よろしい、それならこの540MBの無料動画をゲットしてみてくれ。CDROMドライブですら再生できないファイルを。。。ちなみに、もちろん筆者も再生に成功したことはない。

(T)

P.S. 頭文字Tシリーズは、当HPの中でも大人気トピックスのひとつである。最近は外伝が続いたが、ついに新シリーズ開始の予定だ。それまでに過去の有名コンテンツを是非チェックしてほしい。 

頭文字T 危険物を確実に運ぶドライビングテクニックシリーズ

頭文字T 雪道を観光バスで攻めるドライビングテクニックシリーズ

頭文字T外伝 競技ラリー優勝までの道シリーズ

 

 

 

・エクストリームプログラミングの光と影〜XP or XoPの似非科学

当サイトの読者の方の中には、将来の進路でプログラマーになろうと考えている人、あるいは現在プログラマーとして生計を立てている人もいるだろう。だが一般の人から見るとその生態は、深海魚の生態系のようになじみが薄いものである。今回はプログラマー業界の奴隷制度の歴史と、それを打破するべく最近ブームになりつつある革新的な開発手法に焦点を当ててみる。

プログラマーの絶対数が足りないと言われた十数年前、プログラム技術者は完全な売り手市場だった。たとえ大学でちょこちょこっとポケコンをいじった経験しかなくとも、就職先の企業で熱心に教育されて、誰でもプログラマーになれた時代であった。いくつかのプロジェクトに参加して、少なくとも履歴書上の経験をつみさえすれば、転職して輝かしいキャリアパスが開けた。。。事実、給料も信じられないくらい高かったのである。

基本的にはソフトハウスの仕事というのは、取引先から「これこれこういうプログラムを作ってくれ」という注文が来て、それに対して作業時間の見積もりをプログラマーが行い、お金の折り合いがつけばGOサインが出る。そして見積もり時間通りに、顧客の要求仕様を満たすプログラムを納品すれば何も問題がない。

が、納期が守れないときの裏舞台は悲惨なものであった。納期直前の1ヶ月は会社に寝泊りし、毎日が徹夜状態、朝の8時にやっとソファーで仮眠を取れると思ったら午前11時にはミーティングでたたき起こされる。。。ごく普通である。最後のバグを取った瞬間に息を引き取ったプログラマーなんていう都市伝説めいた話はいくらでもある。まだ過労死という言葉が存在しなかった時代だ。

なぜ作業時間の見積もりどおりプログラミングが終わらないかというといろいろな原因があるが、主に次のようなことがあげられる。

  1. プログラマーが見積もりをミスった
  2. 予期せぬバグや設計ミスが土壇場に発覚した
  3. 実は見積もりを決めたのは上司(現場の人間じゃなくて)

1や2の場合、その責任はプログラマーにある(少なくとも見た目は)。なので、責任感やプライドのあるプログラマーであればあるほど、徹夜をしてでも無理やり納期に間に合わせようとするのである。また3の場合ですら、プログラマーが責任を感じることが多い。というのは納期を上司が決める場合は、その納期が守れないと受注が得られないケースが多く、結局それを守れなければ上司もろとも会社にいられなくなるからである。

こうした、すべての責任をプログラマーが背負う実質上の奴隷制度が長い間続いた。だが最近、こういった制度を打破しようとして新しい開発体制が提案されている。エクストリームプログラミング(XPと略すことが多い)という手法である。この手法はかなり有名であり、検索サイトでサーチをかけると

山ほど成功例が紹介されている。

エクストリームプログラミング(以下、XP)はプログラマーの主権復活を目標とした開発手法といわれている。つまり、納期間際にプログラマーがドロドロになることがないようにうまくやろうというものだ。そんな夢のようなプログラム開発手法なんてものがあるのだろうか? XPそのものを聞いたことがない人も多いと思うので簡単に説明しよう。

★ 短い内部目標期間

XPはいくつかの開発上のスタイルを決めている。まず、内部的な目標としての納期を1〜2週間単位で決める(Iterationと呼ぶ)。一つのIteration内で実装する機能はどれにするか、Iterationの開始時にみんなで決める。一つのIterationが終われば次のIterationがプランされ、それを何回も繰り返すことで製品が完成する。

おお、これはすばらしい、従来の数ヶ月単位の開発管理では開発の遅れが納期間際に発覚することが多く、それを短いIteration単位で管理することで致命的な遅れを解消しているのだ、と本には書いてある。が、

現場では、これはウソである。

たとえ短いIterationで開発を進めたとしても、やっぱりズルズルと開発は遅れるのである。プログラマーにとっては実質何も変わらない。変わるのは、管理職がプログラマーの馬鹿さ加減を短い時間間隔で指摘しやすくなったということだ。

★ ペアプログラミング

XPではプログラマーがプログラミングを行う際、必ずペアになって仕事をするように決められている。一つのコードを書くのに、ドライバー(書く人)とパートナー(見る人)が意見を交わしながらプログラムを行っていく。

ペアプログラミング自体はスキルや知識の伝達にかなり役立つ。デバッガの高度な使い方からクラス設計思想まで、昔は何年もかかって自分で習得しなければならなかった技をみんなが短期間で共有できるし、開発チーム全体のスキルアップとして大変効率がよい、と本には書いてある。

現場では、これもウソである。

新人と新人でペアプログラミングしたところで、生まれるものは雑談とクソコードである。つまり、ペアプログラミングというのは少なくともどちらか一方が熟練プログラマーであることを暗に仮定している。もしそうでなければ、単に遊びの時間を作っているだけである。

こういうことには上司は敏感だ。XPの開発プロセスを取り入れているがペアプログラミングはやってない、という職場も多かろう。それはつまり、新人レベルのプログラマーしかいないからペアプログラミングは時間の無駄だと上司が判断した結果だ。「ペアプログラミングをやれるような机のスペースがない」とか適当な理由をつけてXPをアレンジするわけだ。

こうして上司が勝手にアレンジしたXP開発技法を

XoP (クソプログラミング開発技法)

と呼ぶことにしよう。開発技法としてのXPとXoPの差はわずかだが、それぞれのもたらす結果の差は大変大きい(後述)。

短いIterationで仕事をこなす場合、タスク自体は非常に具体的なものになる。たとえば「ある関数と機能の実装」といった具合だ。そうすると知識共有とか教育といった抽象的な潜在タスクは、視野の外に置かれてしまう。つまり、XPというのは本質的に、プログラマーをプログラミングに集中させたいがためにチームワークとして重要な知識共有・教育といった類のタスクを無視した開発手法なのである。

そこでXPの提案者は考えた。これはまずい。ゆえに、知識共有・教育のタスクが無視されないように「ペアプログラミング」という取り決めを取ってつけたのである。

「ペアプログラミング」というのは、XPにあたったパッチ

なのである。だからXPをやる以上、ペアプログラミングはセットで行わなければならず、逆にペアプログラミングを含めていないXPはXoPと呼ばれるべきである。

★ プログラマーの独創性を奪え

XPでは次のIterationで何を実装していくのか、それはプログラマーを含めたチーム全体のミーティングで決めていく。その際、プログラマーが主導権を握り、プログラマーが自発的に自分の仕事を決めていくようにする、と本に書いてある。

これもウソである。

実際には上司やマネージャーが、次のIterationのタスクを実質的に決めていくケースがほとんどだろう。これはXPではなくてXoPである。何がそんなに悪いのかって?実はXPのIteration方式はプログラマーの独創性を奪う。日々の仕事がきっちり決まっているがゆえに、いわゆる遊び心での脱線がしにくい(厳しく監視される)のである。

そこでXPの提案者は考えた。これはまずい。プログラマーの独創性を奪わないようにするいはどうすればいいか?そこでXPは、Iterationで行うタスクをプログラマーが主導で決めていく(遊び心も含めて)という条項をとってつけたのである。つまり、

「プログラマー主導のタスク決定」というのは、XPにあたったパッチ

なのである。XPをやる以上、プログラマーが自分で「俺がそのタスクやる」「いや俺が」「俺が」と仕事を取る積極性を持たねばならない。もしあなたのプロジェクトがそうでないとしたら、それはプログラマーの独創性が奪われるXPの負の面だけが強調されていることになる。これはXPとは区別し、XoPと呼ばれるべきものである。

★ 週40時間労働

XPで特にセンセーショナルに語られるのは、プログラマーは週40時間以上働いてはいけない、という取り決めのところである。プログラマーを非常にあがめているような取り決めのように見えるが、

そんなのウソに決まってるだろ!

XPでは、短いIterationで監視を受けつつせきたてられるような環境の中でのプログラミングすることになる。つまりこの項目は、

このペースで週40時間以上働いたら、あんた死ぬで

というXPの提案者からのメッセージと考えるべきだ。だがもちろん、あなたの上司はこの項目を「ほら、XPってとってもプログラマーの立場に立ってるでしょ?」という逆の意味で使ってくるので注意しよう。納期直前の修羅場になると、この項目は真っ先に無視されることになる。つまりXoPである。

★ 結局XPというのは

XPは、その本質はXoP(クソプログラミング)である。だが、いくつかのパッチ(「ペアプログラミング」「プログラマーのタスク決定権」「週40時間労働」)があたっていることでかろうじてプログラマー主体の開発手法になっているといってよいだろう。だがもしあなたの職場で、これらのパッチが一つでもあたっていないとしたら、セキュリティホールに襲いかかるNimdaのように、XPはXoPへと変性していく。非常に不安定なモデルだといってよいだろう。

プログラマーの諸君はだまされないように、また上司の人は部下が無気力プログラマーにならないように、常々用心されたし。

(E)

 

 

 

・終わることがわかっている終わらない日常〜電子商取引におけるシーガイア=ザウス限界の似非科学

当研究室はフィールドワークとして、閉店する店や遊園地には必ず出かけることにしている。そこで、なぜその店や遊園地がなくなってしまうのかを考えるためだ。数字を見るのは簡単だが、やはり実体験をしてみることが重要なのである。そこで得られる経験はやはり数字だけでは得られないものがある。変な趣味だが、強いて言うなら終末評論家という感じであろう。

お店や遊園地の最後、といっても、最終日ではなく最終日のちょっと前に行くというのが通な終末評論家だと思う。最終日は最終日のイベントがあったりしてそこそこ盛り上がってしまうが、それ以前にはない。なくなるのはわかっているが、そこで展開されている日常はいつも通りの店や施設の日常である。終わることを知っている人が記念に来ていて若干人が多い−−−それが最終日ちょっと前の状況だ。すごく微妙で奇妙な空気が支配している。終わることがわかっている通常の終わらない日常、しかも、観覧車はもう止まっているとか、使われていないゲートや、早々と店じまいした店舗の跡がある。

終末には向かっているのだが、しかし通常の日常であろうとして人々が努力して過ぎていく時間、そこには「哭きの竜」(※)の対雨宮戦のときのようなひりつく時間の流れが確実に存在するのだ。(※ 有名なマージャン漫画です。)

★シーガイアとザウスはなぜつぶれたのか?

(ちなみにシーガイアというのは宮崎のアミューズメント施設、ザウスというのは千葉の通年屋内スキー場のことである。)

あらかじめ指摘があると思うので言っておくが、9月末にシーガイアがつぶれるというよりは厳密に言うとオーシャンドームが一時休業に入っただけである。しかし中核施設のドームが買い手がつかず一時休業で、オーシャン45はすでにシェラトンのホテルと化している以上、シーガイアは失敗だったというほかはない。また、ザウスにしても9月末で営業を停止する。バブルの時に華々しく打ち上げられ、そして時を同じくして消えてゆく2つの施設のことに思いをはせてみよう。


[オーシャンドーム]

2つに共通するのは、過大な需要の見込みのもとに施設が計画され、施設を作るときに費用をかけすぎ、当初の料金設定が高いものとなったことのようだ。そして、いざ蓋を開けてみると中身がないと酷評(好きな人は好きだが)され、レジャー内容の貧弱さと料金の高さ故にリピータがつかない、加えて不況とそれに伴う旅行のスタイルの変化(安近単)、およびザウスについてはスキー人口そのものの減少。そして両者に共通する維持コストの高さ、そして赤字、融資打ち切りもしくは経営改善圧力、消滅(オーシャンドームは休業です)という流れになっている。


[すでに使われていないソルゲート]

シーガイアとザウスでは休業と消滅という違いがあるものの、この2つに共通するものが実は電子商取引にも存在する。つまり、電子商取引もまた、一定の終わりを迎えようとしているのだ。それは電子商取引があらゆる問題を解決する魔法であった時間である。

なぜだろう、電子商取引は当初、元手が非常に安価だと言われていた。店舗は必要ないし、専用線をひいてHPを開設すればすぐに商売が始められると。しかし、この認識は実は間違いだった。

1. 実は必要だった不動産

確かに店舗自体は必要ない。しかし24時間運用するためにはサーバーが必要である。ところがサーバー自体は鉄筋コンクリートの建物にクーラーをつけて24時間電気を食わせなければならない。また日本人は商品の微妙な完成度を問題にするため、実物を店舗で見ないときが済まない。よって、アンテナショップくらいは必要になってしまう。

逆にアマゾンが成功するのは書籍という商品の性質によるだろう。本屋でなんとなく手に取った本を買うのも楽しいが、本当に欲しい本というのは指名買いすることの方が多いので必ずしも本屋でうろうろする必要はないし、なにより本屋から買って帰ると重い、という理由でオンライン書店を利用する方も多いと思う。

しかし、それでも実際に本を並べている書店がなければアマゾンも大量に本を売るのは難しいだろう。たとえば、ハリーポッターの1巻は本屋で平積みされているので買ってみたが、面白かったので2巻以降は実物も確認せずにオンライン注文、というパターンは多かろう。この1巻目を買わせるのがアンテナショップ(この場合は本屋)の使命である。

アンテナショップのコストは実は町の本屋さんが支えていると考えてみると、アマゾンは不動産費用を町の本屋さんにうまく転嫁しているといえる。

だが通常のケースでは、電子商取引においても実態の不動産が必要になる以上、賃貸費用や光熱費といった継続費用が発生する。元手が安価でも、維持費用自体はかかる。

2. 実は必要だった維持コスト

仮に自宅にサーバーを置けたとしよう。一応それで不動産の費用は発生しないかもしれない。しかし、ウィルスに感染されたらどうしよう、24時間取引と謳っておいてサーバーが停止すると損害賠償を請求されるのではないか、となるとウィルスソフトの定期更新や、サーバーのメンテナンスといった費用が発生してくる。しかも業務が拡大すればするほど、必要な情報は増大し、サーバーの規模がでかくなり、メンテナンスも複雑かつ高額になる。このため、維持コストは次第に増加することになってしまった。

3. 政府の支援のなさ

アメリカで電子商取引が活発になった一つの原因として、州税が免除になっていることがある(日本ではあまりいわれていない)。ごく簡単に言うと、消費税が日本では4%になるようなものである。

もちろん、日本ではこのような優遇措置はない。

これに加え、ザウスに(スキー場では設置が義務付けられている)風速計をつけることを指導した官庁がある。室内スキー場であるにもかかわらず、である。政府は支援者どころかただの足かせである。

3はさておき、1、2から重要なことがわかる。それは電子商取引を始める際には正確な需要を見積もらないといけない、という問題である。通常の経営では当たり前であるが、電子商取引の運用は低額で行えますというイメージがあるため認識しにくく、実際のところは維持費用が次第に増大するという落とし穴に落ちてしまう。このため今では、過大な需要の見込みに基づいて投資を行うと、それに収益が見合わないという状況が発生するようになった。これはまるで、需要を見誤ったシーガイアとザウスと同じ状況である。そこで、バブルの反省を永遠に残す意味で、過大な需要を見込んでE-commerce に過大設備投資を行うことでネットバブルを起こして崩壊していくことをシーガイア=ザウス限界と呼ぶことにしよう。

2つの施設は需要を過大に見込むことの恐ろしさを教えてくれる。そして、それは遊園地やスキー場だけではなく、電子商取引でも発生するようになったのだ。なぜ電子商取引でニューエコノミーなるまやかしの経済学がささやかれたのか?単純にいえば、在庫循環が発生しなくなるというのがニューエコノミーの論拠だが、それは電子商取引のコストが通常の商取引より著しく低いだけではなく、永遠に低いことが前提だったからである。しかし、今となってはコストを過小に見込んでいて生産性の向上を過大に見積もりすぎていると思われる。ニューエコノミーはほぼ間違いだったというか間違いになったというのが正確だろう。そう考えると、ウィルスの被害というのは、単にサーバーの停止だけではなく、経済的に見るとニューエコノミーを窒息させたのが真の被害なのかもしれない。

★だが、それにしても・・・秋ゆへか

だが、ここでは経営者を責めるつもりはない。この2つの施設と、2度のバブルが教えてくれるものは、「好況時において、どのように需要を適正に見込むべきか?」という命題である。ネットバブルの時はそれが正確だという主張がまかり通っていた。それを結果として誤ったというのは簡単だが、少なくともそれを煽ったマスコミはなぜいつも責められないのか。青少年に有害でさえなければ、社会に有害な記事を流してもなぜ罪ではないのか。

まあ、いい。この原稿を書いているときはちょうど仲秋の満月が上っていた。

 月よ月よもしおまへに心があるのなら
 傷ついた人たちがおまへを見上げたときは
 その優しい静かな光で包んではくれないか
 今夜だけは
 誰を責めるでもなく
 誰を憎むでもなく
 誰を恨むでもなく
 ただ安らかに眠れるように

何故か詩心という超非科学的な気分にとらわれずに居られない筆者なのである。

(K)

 

 

 

・アナアナ変換における携帯一揆の似非科学

1、3、4、6、8、10、?

かつて、この数列の7番目に何の数字が来るかを答える入試問題があった。答えはもちろん「12」だが、未来永劫普遍と思われていたこの数列が過去のものになろうとしている。

※ 東京の小学校の入園問題として出題された、と言われている。東京のTVチャンネルの番号である。だれ?階差数列とか計算したのは?

2011年に全国普及を目指している地上波デジタル放送は、現在難所をむかえている。アナアナ変換という言葉が次第に取り上げられてきた。日本語お得意の謎の略語(援助交際をもっと楽しく…コギャル語の似非科学参照)だが、端的に言うと、デジタルTV放送を行うために使うUHFの周波数を確保するため在来のアナログTV放送(UHF)の周波数をどこかに移すというものである。

これにともない、全国のUHFのテレビ局が送信周波数を変える。アナアナ変換はこの移行過程の一つとして位置づけられており、その際の費用である1800億円(TV周波数を変更しなければいけない地域の民家のアンテナ調整費等、だそうだ)を、国費でまかなおうというのが最近の政府の論調である。

総務省によれば、地上波をデジタル化することより高画質化(デジタルハイビジョン、ゴーストの影響低減)、双方向性、多チャンネル化を行い、電波資源の有効活用、地域密着型の放送実現、携帯端末での受信の強化が図れるとしているが、この胡散臭いキャッチコピーは何とかならんものか。というか、

20年前に失敗したキャプテンシステム(電電公社)のコピーに似てないか?

お役所というのはいつもこれである。キャプテンシステムってなんだったっけ?という方はこの絵を見ればきっと思い出すのではなかろうか。

20年以上前に始まった有線デジタル放送のハシリだったともいえる。だが細々と続いていたキャプテンシステムは今年の3月に完全に終了し、ご存知のとおりLモードが後継となった。

脱線した。地上波デジタル放送の利点をいろいろ挙げられたところで、筆者はテレビをあまり見ないため高画質というのは恩恵が少ない。筆者にとって最も有用そうなのは携帯端末での受信の強化だが、UHFの伝播距離がVHF帯に比べて短く、かつ行政区域を厳密に区切って範囲が定められると予測されるので、都道府県の行政区域を越えるたびにチャンネルを切り替えないといけないかもしれない。果たして携帯電話のデジタル情報システムに比べ使いやすいものになるのだろうか。

・テレビ局の経営問題

もっともその前に、2011年にテレビ局が存続しているかどうか、地方では今のチャンネル数を確保できるかというところが気にかかる。アナアナ変換に関する費用1800億円はTV局が払う電波税でまかなわれることになりそうだが、それに加えて放送施設変更の費用が加わるとTV局の経営に影響を与えるのではないか。実際、ローカル局の中には不況を反映して、

ローカル独自のCMはパチンコだけ

というところもあるのだ。あれをみると現時点でさえCM収入がきつい放送局もあるようだが、こんな大きな変革を行えるのだろうか。フランスのようにテレビ局が倒産するケースが日本でも起こる可能性もある。(いや、また血税投入で救うんだろう。言論関係の企業に外資は入れないとかいって。)

・携帯一揆の可能性

アナアナ変換を実行する上で一番難しいのは電波税の値上げだが、たとえばNHKの受信料を上げれば払わない人や脱テレビ生活を目指す人も増える。罰則を作るのも難しい。また、地上波が有料放送を作って財源を確保する方法(デジタル放送になると有料放送も可能だ)にしても、成功するのは首都圏くらいであろう。なぜなら、行政区域が厳密に区切られるため、受信している人口のパイが各地で異なるためである。

アマチュア無線家が払っている電波税はどうか?というと、筆者自体払ったことがないし(最初に請求が来たとき、怒ってアマチュア無線自体をやめてしまった)、規模自体が少ないのですずめの涙であろう。

ということでアナアナ変換に税金を投入する際、もっとも有効な財源は携帯電話である。そのユーザー数を考えると1800億円ぽっちの捻出など簡単であろう。全携帯ユーザーが一人1800円くらい払えばすむ。総務省はアナアナ変換を実施するために携帯電話の利用料を上げるとは明言してはいないが、電波税のドル箱である携帯電話料金に転嫁するのは確実であろう。

根拠なき類推はさけたいが、8月1日に携帯電話各社が総務省に申し入れをしたのも、そのような危機感を持ったからではなかろうかと邪推する。しかし、このデフレの時代に携帯料金を上げるのは米騒動ならぬ

携帯騒動

が起きるのは必至だ。法律を盾にとる(というより法律に書いてあることを総務省は実行しているだけなのだが)のはよいが、いまや米より日本の文化を支える携帯の料金を値上げするのだから、総務省は焼き討ちの危険がある。携帯一揆の発生について(21世紀風にいえば一揆もテロなのかもしれない)警戒の必要があるのかもしれない。

テレビのデジタル化というのは技術的には面白いが、国が推し進めることで話が変になってしまったような気がする。総務省の手法もいかにも「なし崩し型」で、当座はよいがあとから大やけどをしかねない。最初にアナアナ変換に必要な予算の見積もりは800億円弱だったが、それが最近1800億まで膨れ上がった直接の原因は、サンプルのとり方の統計誤差であったのだろう。だがこれだけ差が大きいと、意図的に低く見積もったと言われかねない。というか、もとより未来予測が甘いのである。総務省の描くバラ色の地上波デジタル放送の未来も、同じように予測が甘かったという可能性がなくないか?

とまあ、暗い妄想はさておき。アナアナ変換の論争がいまいち盛り上がりに欠けるのは、やっぱり語感に問題があるからであろう。

  1. アナアナという略し方がベタすぎ (加齢臭すら漂いかねない・・・)
  2. 言葉だけ想像すると赤面 (わかる人が有害なのだが・・・)
  3. なあなあ変換になってしまいそう (いかにもなし崩し的に決まったという印象を与えてしまう、そのとおりだが。)

素直にチャンネル待避といった方がよかったのではないだろうか。もしくは、A2A変換とか。アナアナ変換の問題にマスコミが報道自粛ぎみなのは、総務省からの圧力ではなくて、

単に女子アナが発音をいやがっている

だけかもしれん。

(K)

 

 

 

・進ぬ!電波時計2〜毒電波をきみに。の似非科学

前回の進ぬ!電波時計の似非科学をご覧になればわかるように、電波時計というのはアマチュアレベルでもいじり倒せる原理に基づいて動作している。この部分は最近のブラックボックス化してしまったコンピュータの自作とはだいぶ事情が違う。

まずアマチュアが手を出せる範囲というのは10MHzくらいまでの信号ではなかろうかと筆者は思っている。これは昔のATバスのクロック帯域である。この程度までの回路であればオシロスコープ片手にロジックをTraceすることが可能だ。一方、最近のPCIバスやメモリ周りは、複雑なネゴシエーションルールとクロックスピードが原因でアマチュアが手を出すのは難しい。

だが電波時計は40KHz(あるいは60KHz)のアナログ信号と1Hzのデジタル信号の世界である(前回参照)。具体的には、次のような電波を照射すれば、あなたも自由に電波時計を支配できる。

200ms続く信号はポジションマーカ(P)、500msは「1」、800msは「0」の信号を表している。キャリア周波数は40kHz(東日本)もしくは60kHz(西日本)である。これを1秒単位に正確に並べればよい。

「1」「0」「PO」を並べる規則はhttp://jjy.crl.go.jp/JJY-pamp/jjy.html(通信総合研究所)をごらんいただきたい。60Bit(1分)の信号で1セットの信号になる。もうすぐ3GHz時代を迎えようとしている現代のデジタル技術と比較すると、ほとんど止まっているような信号周波数である(もちろん安定した電波として飛ばすには適したフォーマットだ)。この種類の信号はアマチュアでも十分手が出せる領域なのだ。

ということで、今回は「電波時計用 似非式毒電波発生ソフトウェア」なるものを作成してみた。

ソフトウェア?ソフトウェアで電波を発生できるのか?ハードウェアは要らないの?」そうなのである。ソフトウェアだけなのである。ここがこの毒電波発生装置のウリだ。(現在β版のため正式リリースをお待ちください。とはいえ、どうしてもさわってみたい方はこちらからダウンロードしてください。。。)

発生したい時間をセットしたら、「電波発生」のボタンを押す。1分くらいすると上記のフォーマットに沿った40kHz(実際には約13kHz。後述。)の信号が入ったWAVファイルを作り、PCのスピーカ出力端子に出す(WAVを再生する)、というソフトウェアなのである。

だが、どうやって電波時計に注入するか?まずはPCのスピーカ端子に導線を接続する。そして電波時計の電源部(電池の+端子)に出力を直付けしてみた。いわゆる電源ノイズとして電波時計に信号注入するのである。また同時にケースのねじをはずし、シールド効果を弱めると良いようだ。

まあ、なんとも荒っぽい方法だが、これを

似非式電波時計ダイレクトインジェクション

とでも呼ぼう。本来ならイヤホンには信号に応じた電流が流れ同時に電波が発生するので(単行本参照のこと)、ダイレクトインジェクションしなくてもイヤホンコードを電波時計に巻きつけるだけでよいはずなのだが、それはまだ実験していない。

ところで、ここでひとつ疑問が生じる。PCのサウンドカードというのは、20kHz(人間の可聴域限界)以上の信号はフィルターによって消されるようになっている。だが電波時計は40kHz(あるいは60kHz)の信号を必要としている。いかにしてこのギャップを埋めているのか?

これにはオーバートーンという方法を用いる。上記のソフトウェアは実は40kHz/3=約13kHzの信号しか出していないのである。(もちろんこの周波数であれば普通のサウンドカードでも問題なく発生できる。)そして信号を思いっきりひずませるのである。このソフトの出力信号をオシロスコープで見てみると、以下のようになる。

なんとも変な形をしている(飽和させている)。が、信号処理のエキスパートから見ると、この波形は

高調波のりまくり

であって、フーリエ変換すれば3倍波(40kHz)がふんだんに含まれているのである。これが、20kHzまでしか信号発生できないサウンドカードで40kHzを作り出す原理であり、

似非式サウンドカード用オーバートーン法

と呼ぶことにしよう。では、実験結果を見てみよう。信号を注入し、カシオDQD205Jのリセットボタンを押す。すると、わずか7秒で、時刻認識ゲージがMAXまで伸びる!(通常はこういうことはありえない)


証拠写真: 右上に認識ゲージがありMAXまで伸びている。
蛍光灯が写りこんでて、見にくくてごめんなさい。

これは期待が持てそうだ。時刻が設定されるまで息を呑んで待つ。が、なぜか2分くらいしたところで、時刻認識ゲージが0に戻ってしまうのだ!本ソフトウェアの信号を電波と間違えて認識しているのは明らかだが、なにかこのソフトのバグなのか?フォーマットが間違っているのか?あるいは、

この電波時計には毒電波排除装置が備わっている!

なんてことはないはずなのだが、原因は良くわかっていない。ほんと、あと少しなのにちょっと残念だ。これに関してはさらに実験を進めようと思っているので、お楽しみに。

(D)

P.S. 毒電波発生ソフト「毒電波をきみに β版」はまだβ版です。正式版をお待ちください。どうしても触ってみたい方はこちらからダウンロードできます。。。

 

 

 

・進ぬ!電波時計2〜毒電波をきみに、の似非科学(未完成)

実はまだ原稿は未完成なのだ。しかし、当サイトのカウンタがクルクル回るのを見るにつけ「うぅ、また空打ちさせてしまった」という読者の方々への申し訳なさから、進捗を発表しようと思う。。。

 

この3枚の写真から、あらん限りのことを想像して欲しい。手がかりとなるキーワードは、すべてこれらの絵の中にある。勘のいい人なら筆者が行っている世紀の実験の全貌を把握できたはずだ。健闘を祈る。(文章はもうちょっと待って。。。最近本業の方が忙しくって。。。)

参考文献: 進ぬ!電波時計の似非科学(前編)

(K)

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