魅惑の似非科学

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5/5/2003 あなたに届け〜善意のチェーンメールの似非科学

4/23/2003 デジタル画像に命の大切さは語れるのか?の似非科学

4/9/2003 巨星落つ〜テキスト100KBytesの壁の似非科学

3/26/2003 .NET FRAMEWORKを主婦(57歳)に説明するにはどうすればいいか?の似非科学

3/13/2003 電子ブロックってこんなに楽しかったっけ〜進ぬ!電波時計3の似非科学

3/1/2003 新入女性社員と細胞結合の似非科学

2/24/2003 やればできるさ(意味深)〜出生率と人口再生産費用の似非科学

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・あなたに届け〜善意のチェーンメールの似非科学

「突然申し訳ありませんが、RhマイナスB型の血液型の人を探しています。 (中略) 該当する方はすぐに**さん**@携帯ドメイン.ne.jp に連絡してください。非常に少ない血液型なのできるだけ多くの方にこのメールを送っていただけないでしょうか。お願いいたします。」

このメールが筆者に送られてきたのは4月21日だったが、実際は16日頃からスタートし20日に爆発的に拡散したようだ。いわゆるチェーンメールである。この手の騒ぎは過去何度も起きており、そのたびに関係機関の電話がパンクした。

筆者は、このメールの大元の差出人が、本当にRhマイナスB型の血液を所望しているのかどうか知らない。確率から行くと、99.99%の確率でデマ(悪意のチェーンメール)であろう。もし仮に、本当にRhマイナスB型の血液を集めたくてこのメールを書いたとすれば(善意のチェーンメール)、もっと違った文面と戦略を使うべきだった。この部分をもっと深く研究してみよう。

一般に悪意のチェーンメールというのは、そこに書かれたテーマに巧妙な仕掛けがある。チェーンメールには以下のようなものが多いが、いずれも「人助け」を装ったり要請したりするものがほとんどだ。

「人助け」というテーマは、人間の知性を鈍らせる。それは、人を助けるという行為自体が人間の本能の一部だからだ(壊れている人も世の中にはいる)。本能で行動するときの人間は、原始人の行動とさほど変わりはない。

また、広範囲に広まった中途半端なキーワードを織り込むことで、疑念を抱かせないようになっている。上のメールであれば、RhマイナスBというのがそれである。筆者が知る限り、Rhマイナスという血液型が存在していてそれが(血液型にもよるが)希少であるという事実が日本人に広く知れ渡ったのは、30年ほど前のTVドラマではなかったかと思う(そのときはRhマイナスAB)。チェーンメールのテーマを選ぶときは「みんなに広く知れ渡っている」というのが大事である。たとえばこれが、

パラボンベイABマイナス抗H抗体型

といった普通の人が全く聞いたことのない血液型(実在する)だと、「ほんとかなあ?」と用心深いヤカラを刺激してしまう。テーマとキーワードは悪意チェーンメールのプロが最も神経を使う部分であり、素人が真偽を確かめるのは不可能に近い。

だが、「できるだけ多くの方にこのメールを送って」という決まり文句は、このメールが偽物である可能性を高めている。この決まり文句を使うということは、一億総メアド保持者の日本においては、日本の人口のほとんどに転送される可能性があるということである。仮にこのメールが善意だとすれば、その発信者は事の重大さに気がつかなくてはならない。人の命を助けるといった正しいことをしていたとしても、世の中にはそのメール利用に批判的な人もいるわけで、少なく見積もっても10万人くらい(=メールを受け取った人の0.01%)からの非難メールをさばききれる能力が要求される。これができないようであればこの決まり文句を使ってはいけないし、非難メールは無視すればいいと考えた人は、すでに悪意の人である。

不審な点の第2は、連絡先が携帯電話のメアドだけ、ということである。緊急の情報は必ず複数の通信手段を確保するものだが、それをしていない。携帯のメアドなら殺到すればすぐ埋まるわ遅延するは金はかかるは、大量の情報に対しての通信手段として確実ではない。もし本当に携帯電話のメアドで1億人を相手にしようとしているのであれば、そのプロジェクトはどちらにせよ破たんするので、協力しても益はないのである。

念のためこのメールアドレスを検索エンジンを使って検索してみるのも良かろう。冒頭のメールの場合はHITしない。真実であれば通常、それを支援するホームページ等があるはずだがこれもない。1億人をハンドルしようとしているのだから、何らかの団体が関与しているはずなのだが。

さらに、新聞、テレビなどの大手のメディアのHPを当たる。21日の時点では本当だとも嘘だとも書いていない。この場合は本当ではない、と考えるべきである。最後に日赤のHPにアクセスする。さすがに日赤は前回の教訓を得ていたのか、4月22日早朝の時点でチェーンメールの情報をトップにおいていた。

結局、情報が一つのソースしかない時には、それは偽物であると判定するのが鉄則なのである。逆に、本当にRhマイナスBの血液をチェーンメールと他人の善意を使って(手軽に)集めようとするのであれば、周到な準備が必要だ。

★ それでは似非科学

では、このようなことから、効果的な(本当に善意の)チェーンメールの作り方を考えてみよう。

本当の情報がつかみにくくなった時代、プライバシー保護、テロや犯罪の助長のもとに真実から遠ざけられるようになった時代を生きのびる手段として、情報操作ということは重要な技術である。チェーンメール自体は、その膨大なバンド幅と人の善意を使って、非常に安価に情報を伝えたり、何らかの利益を得られる優良な手段である。(その99.9999%が悪用されるのが問題なわけだが。)仮にもしあなたが「ESEプラスマイナス型」という、日本人の中で3人しか持たない血液型だったとしよう。至急輸血が必要だ。だが、マスコミに応援を求めても、テレビの視聴率など高々20%である。目的の3人に声を届けるのは無理である。一億人の中の3人に呼び掛けられる可能性のある手段は、現在の日本ではチェーンメールしかない。

1. まずは基地つくり

先にも述べたように、一億人は必ずしもあなたの味方ではない。善意のチェーンメールが成功したとしても、その0.1%の10万人からは非難メールや苦情電話がやってくるはずだ。それを処理できるだけのメールサーバーと事務局を構築する必要がある。携帯のメアドなどもってのほかである。

非難メール一つ一つに丁寧な返信を返すために、数百人規模の支援団体を立ち上げよう。支援団体の人は、メール一つ一つに(コピペじゃなくて)返信を書く。何せ、1億人の中の3人を見つけようとしているのだから、反対者の10万人を無視するわけにはいかないのである。反対者の友人の中に、目的の3人が含まれる可能性もあるのだから。

そしてHPを立ち上げる。検索エンジンでメールアドレスを検索することで信憑性を確かめようとする人への対策である。日記を書き、詳細な情報を載せ、複数の連絡手段を公開する。このとき無料ホームページサーバーなどというケチなことをしてはいけない。専用ドメインと専用メールサーバー。基地への問い合わせに応じるため、固定電話回線も5本くらい引こう。

まだチェーンメール第一号を送信してはならない。主要検索エンジンがキャンペーンホームページのURLを拾いきったら(だいたい数カ月かかる)、マスコミへの全面展開が待っている。

2. 複数メディアへの展開

先にも述べたように、メールだけの情報を信頼する人は一握りである。そのためマスコミなどの複数メディアへの展開が必要になってくる。1でのべた内容をマスコミで紹介してもらうのである。

このとき注意することは、マスコミで紹介される前にチェーンメールを発信してはいけないということだ。なぜなら、世の中のほとんどの人はチェーンメールをすぐ削除してしまう。メールを受け取る前にマスコミで紹介されていれば、題名だけ見て削除されることはないだろう。

なお、掲示板での自作自演による宣伝活動は、それが発覚した場合にプロジェクトに大きなダメージを与える可能性があるのでお勧めしない。

3.発動

この段階でいよいよ善意のチェーンメールを発動するのである。複数の支援者から一斉にチェーンが発動され、瞬く間に広まっていくだろう。事務局の掲示板は発言で埋まり、アラシ退治と非難メールへの返信作業というメンテは必要だが、到達率は日本人の9割に達し目的の3人に到達するのもさほど時間を要しないはずだ。

最後に重要なのは、プロジェクトの終結をいかにして全員に知らせるかということである。過去に次のようなチェーンメールがあった。

これは最初はまぎれもなく事実(つまり善意)だったのだが、メール本体が寄付受付終了後も回り続け、実体のないチェーンメールと化した。こういう事態を防ぐため、善意のメールには明確な終了条件を書き添える必要がある。

いかがだろうか。こんなことをやっていると金と時間がかかってしょうがないし、緊急の場合は役に立たないと思うかもしれない。しかし善意のチェーンメールを送るためには致し方のないことなのである。善意をみんなに伝えるには想いだけではだめなのであり、他人の善意を当てにすることほど手間のかかることはないのである。

(K)

※ ちなみに希少血液を緊急に必要とする場合は、チェーンメールなど書く前に素直に日赤に相談するのが正しい。念のため。

 

 

 

・デジタル画像に命の大切さは語れるのか?の似非科学

筆者は何をしていたか?

このいかにも不鮮明コマ落ちして、しかも何一つ正確でない画像に満ちあふれた戦争の中で?

この戦争は明らかにIT技術の幻想の終わりだった。動画の電送技術は戦争という事象を撮影するにはあまりにも不鮮明でごく一部しか撮影できず、かつ無意味な画像があふれ、我々を真実からより遠ざけた。

筆者は何をしていたか?

囚人の権利が保障されない刑務所の親元の法務省人権保護法案を通していくこの国の中で?IT技術は国家の国民監視技術の発達を手助けし、それを防ぐ手段はすべて違法となりかねない中で。

答え: デジタル映像の鮮明さは人にとってストレスになるのではないか、の研究

この戦争や法案からわかることは、国家がIT技術を使うときは、明らかに国民を幸福にする方向には使わないということだ。政府に刃向かうものはすべてテロであり、ハッキングですらその糸口になるものは(ポートスキャンまで)すべてテロ扱いで厳罰に処されかねない勢いだ。有事関連法案に「国民保護法」という表現が使われることの奇妙さ自体、すでに現実との乖離が生まれている。可決されるのは間違いないが、大きな混乱をもたらすと思われる。

そんな大局的なところは関係ないという方もいるかもしれない。しかし、卑近なところで、デジタル映像はストレスの要因になりつつある。

たとえば、デジタルカメラである。

デジタルカメラもかなり浸透してきて、デジタル画像にふれる機会も一般的になってきていると思うが、思い出をとった写真が「全く」劣化しない、というのは脳にとっては実はストレスなのである。思い出が美しいのは、脳が自分に都合のいいように記憶を書き換えているからということが明らかになっているが、デジタルカメラの画像はそこからすると、時間がたつほど脳の中のイメージと乖離していく。

元カレ(カノ)のそばで幸せそうに笑っている自分がまるでさっき撮影したかのように鮮明だということに、もう亡くなった人の画像がいつまでも古びないことに、違和感を覚え始めた人は出始めているはずである。違和感を覚えるだけならいいが、自分の恥ずかしい写真(笑)などが死んだ後も残るのはいかがなものかと思う。社会には保存期限の決められている画像や、必ず一定期間後に消滅させないといけないデータというのもある。

哲学的に考えるとこの違和感というものは、デジタルの画像というのが生命の誕生→老い→死を迎えるという流れに沿っていないところから発生していると思われる。時間に影響されて変化しない、ということはすごく非生命的で、それ故に生命を軽んじているのである。医学的に見ても、デジタル画像の低コスト性が過剰な情報を生み、人の脳の情報処理能力のバッファーオーバーランを引き起こす(火星人のプログラミングスキルを推定せよ−人間の遺伝子プログラムの似非科学参照)。それはやはりストレスになるのである。ファイル交換でたまった情報は10年かかっても見きれないのではないか?

究極的に考えると、たとえばあれだけ暴力の映像表現に厳しい米国の兵士たちが、自分たちがやっていることが非人間的で暴力的なことに無自覚なのは、メディアがデジタル化したせいなのではなかろうか。アメリカでは、爆撃の様子は放映して、イラク市民の死体は子供に悪影響を及ぼすから映さないという決まりらしい。それはデジタル映像が鮮明すぎるため、罪悪感を呼び起こす効果が過剰なのであろう。それゆえ、アメリカは暴力の表現について厳しいが、ゆえに青少年は何が暴力かを考える機会を失ってしまっている。

もっとも、それは戦争という大きな暴力を隠すために意図的に行われているというのもあるだろう。法制度はその終焉に対して目を背け続けるだろうが、したり顔で映像の表現規制を語る時代は終焉したのだといえる。

身近なストレスから世界平和のために、こんな時代に打ち込む小さな楔こそ、ファイル劣化の技術なのである。デジタルに時間という劣化を加えることは、こんな不幸な時代を乗り越えるためのきっかけになると考える。政府の監視で蓄積するデジタルデータを劣化させて人権を守り、思い出を美しいままにし、不要な画像を消し去り、交換されてたまったファイルを自動的に無効化する。会社の内規にも従うデータの保存技術こそ画像劣化技術である。パソコンのファイルをいかに保存するか、という時代はもう終わったのである。これからはどうやってそれを劣化させるか、このことが重要になってくる。

それでは、デジタル画像をどのようにして生命の流れに沿わせるか、つまりデジタルの映像ファイルを時間を関数として劣化させるか。実はかなり難しい問題である。今までのパソコンに関する技術は、如何にデータを正確に保持するか、というところからすべて始まっている。このため、わざと劣化させる技術というのは基本的に存在しないのだ。

ということで、当研究室では脳に優しい劣化画像ソフトを開発中だ。近日中に公開しよう。


(開発中の画面)

(K)

 

 

 

・巨星落つ〜テキスト100KBytesの壁の似非科学

(今回はいつもと違って真面目というか暗い感じですが、鎮魂歌ですのでご了承ください。)

某B級テクノロジページが閉鎖した。静かに静かに、一部のファンからは惜しまれながらも、ひっそりと消えていったホームページ。今にして思えば、それは歴史の一里塚だったと思う。お気づきの方も多いと思うが、当研究室はその某ページに強い影響を受けて始まった。今回は、筆者なりに、そのページのすごかったところを書きとめておこうと思う。

まず、ホームページを書き続けるということがどういうことなのか考えてみよう。日記ページや趣味ページといったものを考えてほしい。最初の立ち上げ時は楽しい。書きたいことがあふれているから、よどみなく更新していくのは難しくない。だが、ホームページを立ち上げる前に温めていたトピックをすべて書き終えたあとはどうなるか?

実は、そこからが正念場だ。誰でも死ぬ間際には最低1冊の本を書ける、と言われている。自分の人生を書いた本、というわけだ。これと同じように、ホームページを立ち上げる場合は誰でも「100KBytesのテキストは書ける」、と言えるかもしれない。100KBytesというと50000文字、400字詰め原稿用紙100枚超である。読書感想文ならいざ知らず(読書感想文が青少年に与える影響についての似非科学参照)、自分の趣味や思っていることについて自由にゆっくり書いていいのであれば、誰でもこれくらいは書けるはずだ(大変だが)。

初心者向けのホームページ作成本には「テーマはひとつに絞ったほうがよい」と書いてある。これは正しい。だがそれだと、どうしても100KBytesを超えられないのである。筆者は過去何度かホームページを開設しようと思ったことがあるが、自分の人生(というか趣味)が、高々100KBytesに収まってしまうのがイヤで敬遠していた。

この、100KBytesの壁を越えられたかどうかが、ひとつの目安になるのではなかろうか。冒頭の某ページのwebmasterは、意識的か無意識的か、その壁を突破する手段を手に入れてからホームページをスタートさせたのではないかと思っている。たかが趣味のホームページを作りはじめるのに、そんな将来のことまで考えて始める人は少ないはずだが、星の運命は星が生まれる前に決まっていたような気がする。

その壁を突破する方法は、

マルチトラック

である。ひとつのホームページがいくつものテーマを同時に追いかける手法だ。ホームページ作りの鉄則を完全に破っているように見える。

だが注意すべきは、いくつものテーマを扱うとしても、ホームページをカテゴリや階層に分けてはいけないということだ。あくまでメインストリームは一本だが、その一本はいくつもの糸がねじりあってできている、というように作る。太いワイヤーを想像すればいい。

こういう構造になっていると、たとえばいくつかの糸が切れても、全体としての線はつながっていく。ロープウェイに使われているワイヤーは長い長いものだと思っているかも知れないが、実はあれは適当な長さで切れているものを職人が織り込んでつなぎ合わせている。もちろん、つなぎ目は素人目にはわからない。

長いワイヤーを作るには、幾本もの糸と、それを編みこむ技術が必要だ。ホームページ作りで言えば、複数の、しかしSecond Handではない知識の糸。それをひとつのテーマに織り込む力。その2つが同時に必要になってくるだろう。

某ページは、まさに一本のワイヤーであったといえる。筆者は、とある事件がきっかけで有名になったそのページを偶然見つけて読み始め、気づいたら夜が明けていた。それは、ホームページ全体が一本のワイヤーであることの証明なのである。

もうひとつ重要なことがある。そうやってホームページ運営を続けていっても、自分の過去の経験を元に情報を発信している限り、そのうちに書くことがなくなってくるのである。過去は有限なのだから。それなら無限の未来に目を向けるしかないのである。どういうことかというと、たとえば週刊マンガ雑誌によくある、不人気で10週間で消えてしまうようなマンガの特徴に、登場人物のプロフィール紹介が最初に出るというのがある。一通りの人物紹介が終わったところで、連載終了である。

登場人物のプロフィールというのは過去に根ざしている。それは私小説に近い。何十年かの登場人物の過去から、面白く書ける一瞬を「抜き出す」ことをすればよい。だがそれは創造とは無縁な作業である。人気の出るマンガというのは、いきなり登場人物がテーマに沿って動いているところから始まる。こういう書き出しを面白く書くのは、登場人物のプロフィールで始めるのに比べると、大変難しいことだ。準備がまるで整っていない状態でテーマを語らなければならないのだから。だがそれは、テーマ自体が面白い物なのかどうかを測るセルフテストになるのである。

このテストに合格できなかった場合は、結局は閉鎖か、客いじり(中傷・非難)ページになってしまう。それは創造力の墓場である。

開設前からこうした点を考慮したホームページの寿命は長い。だが果たしてそれでも終わりは来るのか?とは長年の疑問であった。某ページの閉鎖で答えは出てしまったわけだが、その膨大なテキスト量と質は記録として残る。今後は若者たちがその記録に挑戦する番となるであろう。当研究室も、あるトリック(単行本をお持ちの方は良くご存知)を使って巨星に挑んでいるのである。

かくしてホームページの巨星は、たくさんの新星を周囲に作り出して、静かに、落ちた。

(H)

 

 

・頭文字T ラリー競技のオンボードカメラ動画配信を再開しました

頭文字T ラリーオンボード動画のストリーミング配信を再開しました。見たくても見られなかった方、お待たせしました。。。頭文字T外伝 − ラリー競技のオンボードカメラ映像の似非科学からお入りください。えー、アクセス集中でまたサーバーが落ちるかもしれませんので、人が少ない時間に見るのがコツであります(汗)。

(T)

 

・.NET FRAMEWORKを主婦(57歳)に説明するにはどうすればいいか?の似非科学

さて。筆者の田舎の実家にはパソコンがあり、筆者の両親がエクセル・年賀状・デジカメなどに活用している。父親(60歳)は長年にわたり技術畑を歩いてきたし、母親(57歳)は事務系の仕事についていたおかげで、二人ともパソコンを器用に使う。定年退職を迎えた、しかもド田舎(蚊の行動規範に関する動物学的研究の似非科学参照)に住んでいる親が二人ともパソコンを使いこなしているさまは、はっきり言って驚異だ。

日中は庭で飼っている鶏の世話や家庭菜園、夜はデジカメ画像の編集やエクセル、という感じなのである。もちろん二人ともパソコンを大きな趣味とは考えていない。むしろ、鶏やトマトと同じレベルに考えている。このバランスは尊敬に値すると思わないだろうか。

とはいえ、両親はパソコンのエキスパートというわけではない。彼らの関心は、もっぱら「デジカメ画像をいかにきれいに印刷できるか」と「エクセル(=ワープロ代わり)でいかにレイアウトを工夫するか」に集中しており、セキュリティやOSなどにはまったく関心がない。そこで、筆者のサポートコストを最小に抑えるため、母親には週1回「Windows Update」を実行してセキュリティレベルを常に最新にするように言っている。いろいろと悪名高いWindows Updateだが、少なくとも筆者の両親へのサポートコスト削減には大変役に立っている。

そんなある日、「Windows Updateのこれは何だ?」という電話が母親からかかってきた。

マイクロソフトは少なくとも「。。。信頼性と安全性がより高くなります。」で説明をやめておくべきだった。そうすれば筆者のサポートコストが上がることはなかったのに。確かに上の書き方では、インストールした方がいいのか、しない方がいいのか、迷う。

専門用語を使ってよいのならば、.NET Frameworkの説明は「J△▽△の真似。」と8文字で終わる。だが筆者は母親(57歳)に、一切の専門用語抜きで.NET Frameworkの説明を行ったのである。考えてみると、世の中のほとんどの人はこの「追加ボタン」を押すかどうか躊躇しているはずだ。ということで今回は、そのときの説明をご紹介しよう。

.NET Frameworkを「貸家」であらわしてみる。中に住んでいるのは「プログラム」だ。そしてパソコンオーナーであるあなたは、この家の貸主である。

まず、.NET住宅に住む人は必ず名札をつけなければならない。

この名札を付けていない人は、この家には入れないようになっている。従来型の家では、このへんは割とルースなため、面識さえあれば誰でも入ることは可能だ。が、もちろん悪い人が入ってくる可能性もある。

田舎では、近所の人がいきなり庭に入ってくることも多いし、裏口には鍵をかけなかったりする。一方、都会のマンションでは一階がダイアルロック式の扉だったりするが、その差に似ている。実際にはどちらにも長所があり、いずれが住み良いかは個々人の価値観である。

次に、.NET住宅は、部屋のゴミを自動で掃除してくれる

従来型では、もしもゴミを散らかしてしまったらそのままである。自動掃除はとても便利だが、実際には「ゴミを掃除してくれる人」がいつ来るかはわからなくて、少なくとも家に住めなくなるほどゴミが溜まる前には来てくれることだけが保証されている。.NET住宅が非常に優れた点のようにも見えるが、実際には従来型の住宅に住む人はゴミを散らさないように心がけておけばよいだけである。

次に、ビデオデッキを買ったとする。そのビデオデッキがどうも調子が悪いので、新製品を買ってきたとしよう。この場合、.NET住宅では必ず古いビデオデッキを残しておくことが義務付けられる

さらにもう一台ビデオデッキを買うと、.NET住宅には3台のビデオデッキを置いておかなければならないことになる。これは、たとえば、せっかくお父さんが古いビデオデッキの録画の仕方を覚えたのに、新しいビデオデッキにしたらサッパリ使えなくなった、というのを防ぐためである。.Net住宅の場合、場所は食うものの、お父さんはいつでも古いビデオデッキで録画ができる。

さて、どこの家にも貸主の秘密の戸棚というのはあるものである(?)。

従来型住宅では、秘密の戸棚は屋根裏部屋などに隠されている。もしも本格的に探されてしまうと見つかってしまうかもしれない。一方、.NET住宅では、秘密の戸棚はレーザービームで守られており、誰にも開けられない(開けようとすると丸焼けになってしまう)。

そして最後に、

.NET住宅に住んでいる人は、なんと操り人形なのである。住人は天井からヒモで操作されている!

さて、以上が従来のWindows(WIN32).NET Frameworkの違いを専門用語なしで説明したものである。あなたはどちらが良いと思うだろうか?ひとつ勘違いしないでほしいのは、あなたはこの貸家の住人ではなく、貸主のほうであるということだ。さあ、あなたは「追加ボタン」を押してパソコンを.Net住宅にするか否か?

このボタンを押すかどうかでマイクロソフトはあなたの人生観を問うている。というのはウソだが、筆者も初めてこのダイアログを見たときには押すかどうか一瞬迷った。迷った理由は自分でも良くわからない。(だが最終的には、このパソコンに.NET Frameworkはインストールされている。)

さて。上記の「一切専門用語を使わない.NET Frameworkの説明」をしてみた後の母親の反応だが、

「やめとくよ。住人がかわいそう。」

ここで言う「住人」とはプログラムのことである。プログラムには人格はないので、かわいそうと思う必要は何もないのだが、なんとなくわかるような気がする。以前のWin32はハッキングし放題で、全体の調和は住人(プログラム)の良心に任されていた。だが.NET Frameworkでは、一部の悪意のある住人(プログラム)から貸主(パソコンユーザー)を守るために、プログラムを完全にマネージしているのである。

世知辛いが安全な世の中か、野放しだが人を信じる世の中か。Windows Updateの「.NET Framework 追加ボタン」は、あなたの理想の世界観を問うているのである。

(F)

 

 

 

・電子ブロックってこんなに楽しかったっけ〜進ぬ!電波時計3の似非科学

さて。当研究室は失敗を大切にする。電波時計のハッキングを目標とした実験も、今回で3回目を数えることになる。

「まだやってたのか!?」という突っ込みは無しにして、前回の「似非式サウンドカードオーバートーン」と「似非式ダイレクトインジェクション」がうまくいかない理由をいろいろ調べてみた。まずオーバートーンに関しては、筆者所有のサウンドカードでは可聴域の上の方にある信号を出すのが難しいようで、信号が弱い。また、ダイレクトインジェクションに関しては、まあもともと論外というか、電波時計自身が不安定になっても仕方があるまい。

ということで、今回の実験ではこの2つの欠点を克服すべく、ある秘密兵器を持ち出すことにした。それは、

電子ブロック

トランジスタとウニ丼の似非科学の回でも触れたように、現在の日本を支えている技術者は子供のころ、電子ブロックによって当時の最先端技術に触れたのである。このことはいろいろなホームページで言及されている。

が、しかし。正直言うと、少年たちは「最先端技術に触れた」だけなのだ。「最先端技術をマスターした」あるいは「最先端技術を理解した」という人は一人もいないはずだ。なぜなら、電子ブロックが扱うアナログ回路は、子供たちが理解するには難しすぎるのである。一般に、

アナログ10年、デジタル1ヶ月

といわれる。デジタル回路の原理を理解するには1ヶ月で十分だが、アナログ回路を理解するには10年かかる、という意味だ。要は、デジタル回路は簡単なのである。もちろん、デジタル回路の設計者の方々には異論があるだろうが、実のところデジタル回路で難しいところはアナログ的な要素が現れる部分(ノイズやらクロストークやら)だ、というのは納得していただけるであろう。

「電子ブロックは自由に回路を作れます」というのが歌い文句だが、実際に自作の回路を電子ブロックで作ったことのある方はほとんどいないのではなかろうか?というのが筆者の考えである。もちろんブロックを適当に変えたりいじったりした経験は誰にでもある。だが、アナログ回路を子供が設計するのはあまりにも敷居が高く、また、電子ブロックの持つ制約(後述)があまりに厳しいのである。(余談だが、電子ブロックに対して批判的な意見を述べたホームページはウチが最初ではなかろうか?)

あれから20年。筆者は大人になった。そして「大人の科学 電子ブロックEX-150」を簡単に購入できるほど金銭的余裕もできた。そこで筆者は、真のおとなの科学真・おとなの科学〜電磁波による男女産み分け実験の似非科学参照)を目指すべく、立ち上がったのだ。

とまあ、長すぎる前置きはさておき、今回の実験は「似非式サウンドカードオーバートーン」の弱点だった弱い信号をトランジスタで増幅し、また「似非式ダイレクトインジェクション」の弱点だった不安定性を本物の電波を飛ばすことで克服しようとする実験だ。

まずは回路を設計しなければならない。ざざーっと回路を書き上げる。だがここで最初の問題が出てくる。

電子ブロックの中の抵抗・コンデンサの数が少ない。

なんというか、抵抗値が5種類くらいしかないのはいいとしても、それぞれの個数自体が1個あるいは2個と少ないのである。はっきり言って回路定数の計算どころではない。むしろ電子ブロックに付いてくる部品表を見ながら、回路定数が決まってくる。

電子ブロックの回路設計で大事なのは数式ではなくて部品表

苦痛な作業のように見えるが、実際にはこれは楽しい作業であった。そして、何回かの試行錯誤の後、次の回路を書き上げた。

かなりの達成感である。中身はエミッタフォロワと単純増幅回路で一部定数がむちゃくちゃだが、EX150に含まれる部品表ではこのほかには書きようがないだろう。だがなんというか、一度回路ができてしまうと、付属の抵抗の数字が絶妙のバランスで混ぜてあるようにも思える。


[試行錯誤中の写真。はっきり言って楽しい時間。]

回路は決まった。次に行うことはブロック並べである。だがここで第2の難関がくる。それは、

リード(導線)ブロックの数、フィールドの大きさに思いっきり制約が。

これはある意味、電子ブロックの宿命である。部品配置をうまく行ない、時には関係ない部品の導線部分を使いまわしながら、回路図どおりにブロックをつないでいかなければならない。これこそパズルである。これも苦痛な作業のように見えるが、実のところ、

楽しい。楽しすぎ。

電子ブロックに入っている各ブロックの導線部分は、実に奇妙な結線になっているのはご存知だろう。例えば、2つのトランジスタでもブロックによって結線方法がまったく異なる。この奇妙な結線が、あるときには味方し、あるときには敵になり、いろいろなパターンで結線を試みなくてはならない。こうしてできたのが、以下のブロック配置だ。

筆者は思った。この、激しい制約の中で回路を設計し、ブロック配置を試行錯誤している時間こそが、真の「おとなの科学」なのだと。最近、こんなに楽しい時間をすごしたことはなかったし、もちろん子供にはできない遊びだ。これこそ、「おとなの科学」と呼ぶにふさわしいのではなかろうかと。

もしあなたが電子ブロックをお持ちなら、上のほうで紹介した回路を自分で電子ブロック配置に落としてみてほしい。筆者が何とかくみ上げた配置は、まだベストとは言えないような気がしている。もっとエレガントな結線方法が見つかるような気がするし、それを見つけたときにはあなたは何かを感じるだろう。それは保証する。

さて。上の回路は実際に動作する。信号入力に、前回発表したフリーソフト「毒電波をきみに(ベータ版)」のサウンド出力をつなぎ、出力端子にリード線をつなぐと、毒電波がガンガン発生する。(BCLラジオで確認)。さあ、ついに電波時計ハッキングを開始しよう。(以下次号。)

(D)

P.S. 今回に関係するネタとして以下があります。未読の方はこの機会にどうぞ。

 

 

 

・新入女性社員と細胞結合の似非科学

はい、そこの男子!何を妄想しているんですか、はい、そこの女子もキャーキャー騒がない!

このサイトはいたってまじめな研究室だということをお忘れなく。今回は結合といってもセル結合の話である。(「セル」の上に取り消し線が見える人は、眼科に行った方がいいかもしれません。)

本当は今回の書き出しは

「最近の若い奴がセル結合を得意げに使うのは間違っている・・・」

というものであったが、

自分がすごくオヤジくさくてイヤ

なのでやめた。だがタイトルはもちろん中身に絡むのでご安心を。

さて、エクセルというのはワードの普及に手を貸したソフトである。エクセルは一般的には、購入時のパソコンの中にワードと一緒に入っている。しかしワードが使いづらいのは今でも変わらず、一般ユーザーはエクセルをワープロ代わりに使っている。初心者が取っつきやすいのと、なんといっても罫線が使えるというところが、日本人が自然にエクセルを使いこなせる要因になっている。実際、筆者も表組みの文書はワードを無視してエクセルで作ることがある。しかし、今の初心者というのは本気でワープロ様式のエクセルファイルを作ってしまう。ここに問題があるのである。それは体裁をよくしたいあまりに、セル結合を多用するという問題である。


[セル結合例とアイコン]

セル結合は非常にやっかいな機能なのだが、今ではごく自然に使いこなすユーザーの方が多くなっているはずだ。筆者などはセル結合に反対する立場だが、逆に同世代から「若者の発想をくみ取らないのはおかしい」と職場で大激論になったことがあり、もしかすると少数派なのかもしれない(もしかしないという有力説アリ)。しかし、筆者がセル結合に反対するのは、イデオロギーの違いなどではなく、それにはエクセル殺しのような面があるからである。

セル結合に関する情報で主要な問題点をマイクロソフトのサポート技術情報から拾うと、

注:ここにあげてあるものはWindowsバージョンのエクセルだけとりあげていますが、Macでもおきるものがあります。これは各自でチェックしてください。また、上記表現はマイクロソフトの技術情報を要約したものであり、正確なものとはいえません。正確な情報は必ずマイクロソフトの技術情報を見てください。(ただし、そちらも内容は保証されていませんが(笑))

特にサポート技術情報に寄せられる各バージョンに共通したユーザーからのクレームと、それに対するマイクロソフトの回答をみると、エクセルの開発者とユーザーの間に存在する意識の差が浮かび上がる。

開発者の考えは、多分筆者に近いと思う。表計算ソフトはあくまでも表計算ソフトであって、結合などというものはセルのアドレスを書き換えてしまい、情報を消してしまう(原則は左上隅だが)のであくまでも「おまけ」の機能だ。したがって、こんなものを詳しくチェックしないし、バグだというのはエクセルの表計算ソフトをワープロとして使う想定外の使い方をするからだ。結合を使ったら挿入や貼り付けや並べ替えをするのは問題外だ。

一方、ユーザー@多分日本だけの言い分としてはこうであろう。様式はできるだけ見栄えのいいものを作らないといけない。けれどもワードの罫線がよくないから、エクセルで作るのだ。もっとエクセルに見栄えをよくする機能をつけてほしい。結合を使っても挿入や貼り付けや並べ替えができるようにしてほしい。

しかし、並べ替え問題をExcel97からまったく変更する気配がないのを見ると、エクセルがいくらバージョンアップしてもこの問題は永遠になくならないのだろう。

そうすると、セル結合しまくりの入力テンプレートがメールで送られて来て送られた方がパニックに陥る日常は永遠に終わらない。逆に言うと、セル結合を使わないのが本筋なのだという主張が、サポート情報から読み取れるのではないだろうか。

とくに、通常の会社ではエクセルのバージョンが混在しているのが常識であり、ExcelXPでセル結合しまくったものを送りつけられ、Excel97とExcel2002では問題が発生しないが、Excel2000で処理というときだけに発生する問題(414007)は特に深刻である。なぜなら、Excel2000では結局修正されないままになっているからである。

しかしご存知のように、セル結合は非常に漫然と使われている。先日、入ってきたばかりの新人女性社員がエクセルで表をつくり始めたとき、彼女はいきなりセル結合から始めていた

筆者 「え?そこでセル結合つかうの?」
新人 「タイトルを作りますので」

さて、やさぐれた筆者がタイトルをつくるときはどうするか?「セル結合」?使わない。「範囲内で中央」?これも使わない。第一、「セル結合」は上記のような欠点があるし、「範囲内で中央」はグリッド線がセル結合と同じように消えるため、混在すると紛らわしい。どうするかというと、

直接スペースを打ち込んで調整する

何という原始的な!と思われる方も多いかもしれないが、筆者はこれでいつもタイトルを作り、あまり苦労していない。特に印刷プレビューがろくろくない時代から生きている筆者は、プレビューなしでだいたい真ん中に持っていけるスキルを持っているので全然苦労しない。え、スペースを入れると検索が効かないって?むろんこの手法はタイトルにしか使わない。タイトル以外の項目部分では字間にスペースを入れないのは、検索のあいまい性をなくすために常識。項目部分の体裁を整える時につかうのは、

  1. セルの書式設定で、縦位置、横位置を調整する
  2. セル自体の幅、高さを手動で広げる
  3. やはりセルの書式で、折り返して全体を表示、縮小して全体を表示を使う
  4. ぎりぎり妥協して、「範囲内中央」を使う

で整えられるだけにする(つまり、それ以上の技で体裁をよくしない)。ぜったいに、ぜったいにセル結合など使わないのである。

話をもとに戻そう。上記の手法とその意義を新入女子社員に苦労して説明した。だが、この技を見て、彼女はたった一言言った。

「へー、こんな方法もあるんだ。」 (筆者がーん!*2^10)

筆者もそろそろ過去の人なのか?そこまでセル結合はやって当たり前のことなのか?エクセル開発者の思いは勘違いなのか?それともどこかへ消えてしまったのか?人はセル結合ばかり見ているのか?ショックのあまり薄れ行く意識の中でそんなことを思った。(←大ゲサ)

もしもエクセル開発者の方がこのHPを読んでいて、もしも筆者の思いが正しければ、せめてもの抵抗として次期バージョンのエクセルからはセル結合アイコンをツールバーに載せるのをやめてみてはどうだろうか。だが、そんなことをすると氷ばかり掴む者(by中島みゆき)たちから嵐のようなクレームが送られてくるのだろうが。。。

(K)

 

 

 

・やればできるさ(意味深)〜出生率と人口再生産費用の似非科学

今回は似非経済学の話である。このサイトの経済学の回は、結構難しいというかハチャメチャというか、そういうカラーでやっているのでよろしく。

さて。先日、とある親御さんと茶飲み話をしているときのことだ。

「子供はお金がかかるんですよ〜」

と切り出された。「そうですねぇ」と相槌を打つ筆者。これだけ聞いているとごく普通の親の愚痴のようだが、ふと奇妙な考え方にとらわれたのだ。

「実はある意味、日本人は発展途上国の人より経済的に貧しいのではないか?」

おそらく上記のような愚痴は、貨幣経済さえあればどこの国の親でも絶対に考えるはずだ。しかし平均的に言って、発展途上国の親は日本の親よりはるかにたくさんの子供を抱えて同じ言葉をいうだろう。問題はここだ。つまり、厳密に言うと、

「日本人は日本人を再生産するのに必要な所得を得ていないのだから経済的に貧しいのではないか」

これを数式で表してみよう。

まず親は子供に100%投資するとしよう。また、基本的に親が持ちたいと考える子供の数は同じだとする。これをt人とする。親の生涯総所得をPとすると、子供はt人生まれるので子供一人当たりの総投資額をIとすると

P=tI

という関係が成り立つ。時代が変わるとPもIも移り変わるだろう。所得の変化率をl、子供の投資額の変化率をkとすると、

lP=tkI  ………………(1)

となる。これが時代が変わろうが常に成り立つ条件(恒等式)はなんだろうか。それは当然ながら、

l=k   ………………(2)

である。だが実際にはlとkは連動しない。自分の所得が増えた・減ったために、子供の教育資金を増やす・減らすというのは、実際にはありうるものの、必ずしも比例しない。「贅沢をやめてでも教育資金を確保する」といったことは多かれ少なかれ日本のどこの家庭でも行われていることである。だがそれは、日本や韓国といった先進国の特殊事情でもある。

これはいろいろと考えさせられる条件である。仮に所得倍増計画というものがあった場合、インフレの抑制に成功して物価が一定だとしても、子供にかかる教育費用が2倍に増加すると所得は倍増しないことになる。つまり、所得の増大とはl>kのときであり、k>lの場合は所得は物価等に無関係に減少する。

従来のケインズ型の消費関数を含め、現在の経済学の一般理論は所得の世代間の移転(相続)及び、人口の再生産について考えていない。このため、長期においては人口の再生産を考慮した関数でないかぎり、誤った経済対策を打ち出す恐れがあるのである。簡単に言うと「ケインズ経済学には長期と短期の概念はあっても、死期がない」のである。

先進国においてlとkの非連動性を作り出しているのは何か?ここで、もっと踏み込んだ(つまり、根拠は薄い)予想を考えてみよう。

第1予想は、教育費用は世代ごとに増加している、つまりkの値は単調増加型と考えられる。これは経験的なものであるが、おそらく戦争や天災でもない限り、親は子供にもっといい生活ができるように期待して教育費用を増加させると考えられる。lの増減とは無関係に、である。

この場合(1)式を成り立たせるためにはどうするか。t(子供の数)を減らすしかない。これは、本来の必要所得と獲得可能な所得が乖離していることをあらわしている。しかも、乖離している労働者は、乖離していない労働者よりも有利に職を選べる。かくして、子供の少ない労働者が有利なため、社会全体の子供の数は減少する。

ここで専門家の間には、少子化の傾向はバブルのころからほぼ一貫しているので、所得が増減することとは関係ないのではないか、という人もいるだろう(参照http://www1.ipss.go.jp/)。

だが、バブルと子供の数というのは面白い関係があると思う。第2予想は、子供を産むときの決断材料は「過去」の出生実績による、というものである。大体女性が子供を産むときは自分の身の回りのママを参考にしている。ということは、現在の経済より、過去の経済環境を参考にしていると考えられる。おそらく10年程度のタイムラグがあるだろう。(それ以上はなれると教育環境などが異なるため、むしろ参考にしないはずだ。)

このように考えるとバブルの時から少子化が進んでいるのは、所得の乖離が起きて以来、少子化は進み、その出生実績を参考にしたためといえる。もちろん、バブルの誕生から崩壊まで一時的に所得は増大し経済状況は変化しているが、出産時にはそれ以前の不況を参考にするため出生率は上がらず(タイムラグがある)、その後の不況でますます少子化が進んでいるといえるのである。

以上を前提としてケインズの消費関数を書き換えると

Y=c(Y-Ese)+(1-c)I

Ese=αkPt=人口再生産費用

α=10年間の出生を考えた減率

この理論が教えるところは、出生率が上がるためには瞬間的に所得が増大するバブル型景気ではなく、10年以上継続しうるものでなければならないということだ。こういう特性を物理学等ではヒステリシスと呼ぶが、出生率とはヒステリシスを考慮しなければ説明がつかないはずだ。

つまり、似非科学研究室の新相対所得仮説理論とは、

「消費は、過去の最大所得ではなく、現在の所得から過去の中期平均教育費用を控除した所得に依存する」

ということになる。

★ もしこれが本当なら・・・

まず、現実の親が取れる手段はただ一つ「子供をいい加減に育てる」ということしかない。ここでいういい加減とは「お金をかけない」ということである。子供にあれをしてやりたい、これをしてやりたいという気持ちを抑えるのは難しいが、もっと子供の話をちゃんと聞ける大人になった方がいいでしょうね、一般的には。「モノより思い出」。

次に、政府がまずやることは配偶者控除の条件付き復活である。子供を産んでいない親に合わせて子供を産んでいる親の税金が上がるのはめちゃくちゃである。それだけ再生産費用が上がるのだから、子供が2人以上の親にはさっさと復活させるべきであろう。

また、企業の存続条件も、不良債権より人件費であろう。抑制して儲けるのはいいが、それは絶対に超短期的でしかない。なぜなら所得が下がれば、将来の消費者が存在しなくなるからである。今年の春闘はベアゼロが主流だが、これが本当なら亡国の企業といわざるを得ない。

そしてあなたが独身のサラリーマンだったら、もっと賃金を要求しなければならない。なぜなら、あなたは子供を作るということが選択できないくらい貧しいのだから。え、生き方は自由?じゃあ、子供は作らなくてもいいので賃上げは要求しましょう。でないと、賃金のダンピングになってしまい、子供を持っている親が不利になるじゃないですか。生き方が自由なのは他人に影響を与えない場合だけです。

★ とはいうものの・・・

あくまでもここは似非科学研究室なので、あまり本気にしないで頂きたい。しかし、ケインズ消費関数に世代交代の概念がないというのはやはり奇妙な話だと思うのだが、あなたはどう思うだろうか?

(K)

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