魅惑の似非科学

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8/11/2000 グローバルスタンダードの複雑系の似非科学(その2) (おすすめ)

8/4/2000  超光速度通信の正体−続・光の似非科学 (おすすめ)

7/27/2000 続・雪道を観光バスで攻めるドライビングテクニック−イニシャルTの似非科学

7/20/2000 グローバルスタンダードの複雑系の似非科学(その1)

7/13/2000 人体のブラックホールを追え!カロリー収支の似非科学

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・グローバルスタンダードの複雑系の似非科学(その2)

さて、完全競争市場が、理想的な財の配分を可能にして、かつ社会的厚生がもっともあついことがわかった。

だが、現実の市場は完全競争市場が成立していない場合もある。前回あげた、完全競争市場が成立する5つの条件がすべて成立しなければ完全競争市場は成立しないからである。

学校の社会科の教科書に出てくる独占市場がまず有名である。しかし、独占市場ではゲームの理論が出現する余地はない。なぜなら、企業は一社のみであるからである。プレーヤーが一人ではまさに「ゲーム」が成立しない。また独占企業が支配する市場とは今のところ規制によりいくつかの業種(鉄道、電気、ガスなど)だけに制限されている。だからM$は常にアメリカの司法当局から目の敵にされるのである。

教科書的に最もゲームの理論を駆使する余地があるのは寡占市場である。いくつかの少数の企業が市場のシェアのほとんどを支配している市場のことをいう。現実にはこうした市場はいくつか存在する。わかりやすい例でいえばビールがあげられる。

キリン、アサヒ、サッポロでビール市場のシェアはほぼ占められており、お互いにしのぎを削っている。新規参入企業や、退出企業はほとんどなく、消費者はこの3社からほぼ選ばざるを得ない。これが現実の寡占市場である。このなかで企業が相手企業の行動を考慮に入れて行動する場合、どのような行動をとるか。この問題に対してアプローチしていくのがゲームの理論なのである。そしてお互いが相手の行動を考慮に入れて行動した結果の選択の組を、ナッシュ均衡という。前回の囚人のジレンマの「お互いに自白する」という行動の結果はナッシュ均衡である。

生物はナッシュ均衡を選ぶか

複雑系の生物学者は継続的囚人のジレンマにおける”しっぺ返し戦略”(TIT-for-TAT)をコンピューターシミュレーションに応用すると、イチジクとイチジクコバチの関係をうまく表現することができるという。知性のない生物でもこの戦略をとっていると。

しかし、現実にはその反証がいくらでもある。たとえば、インコのある種類は木の実を種子ごと食べてしまう。このため、木としては木の実で鳥をおびき寄せて、糞により種を撒き散らすことができない。このため、木は種子中に毒を仕込む。ここまではしっぺ返し戦略である。だが、インコは、崖の粘土層をついばむことにより胃の中にカオリンを取り込んで、毒を吸収してしまう、という戦略をとる。

これはどう見ても”しっぺ返し戦略”とは別物である。これが自然界の美しい調和から乱されていると見ているのは、これを撮影したアメリカ(だったと思う)のテレビ局の解説の学者が、ただ単に毒を吸収しています、という説明で終わったことでも理解できる。

このような反証はいくらでも見つけられよう。だが、それよりまず、何故に知性のない生物が戦略をとるといえるのか −これは利己的遺伝子という考え方にも見て取れる− その背後にあるものはなんなのだろうか。

さて、ここからは似非科学である。この背後には、やはりキリスト教的な予定調和の世界を現実に見出したい、という願望ではないかと考えられる。つまり、生物が利己的な、あるいは自分が生き延びるという意思を貫くことを、神はお許しになっている。それを証拠に世界はほら、競争の上に秩序が成立している。

だが、これは科学の歴史から見ればとんでもない見方である。あれほど神から科学が独立するのに苦労した暗黒の時代を、現代の科学者の何割かは忘れてしまっているのではないだろうか。複雑系が単なる宗教的な秩序を打ち立てるための解釈博物学というべき存在ではないか、という疑問が抜けないのである。

ところで、前前回、最も正しい人生訓についてゲームの理論により証明したのは、単なるこじ付けなのか?という疑問がここで沸き起こるかもしれない。大丈夫、この応用は可能である。なぜなら、われわれは現実の貨幣市場のなかで生きているからである。そのなかで相手がもっとも利己的に行動するなら、どのような戦略をとるべきか、という課題においてはゲームの理論は寡占市場の枠を越えて成立するのである。

グローバルスタンダードの正体

ではグローバルスタンダードはどうか。これはまさに世界中で、ミクロ経済学の体系を体現しようとしているかのように見える。日本の制度はあまりにもグローバルスタンダードからかけ離れ、教育、官僚、産業の制度は疲労を起こし、改革が必要だとみえる。

しかし、これもまた、たんなる「解釈」に過ぎない。

少し見方を変えてみよう。産業の分野は疲弊を起こすどころか、次の発展期を前にしている混乱期にいるに過ぎない。多少人を殺すような子供も育っているが、大多数の子供は伸びやかに育ち、世界にどんどん進出している。(官僚の体系は改善に向けて前進している、とまではいわないが。)

しかしこの、グローバルスタンダードがもっとも正しいというのは貨幣市場の中だけ、というのを思い起こしてほしい。ミクロ経済学のどの教科書も、それをすべての分野に浸透させよとは書いていない。しかもグローバルスタンダードも完全に成功しているとはいえない。ならばなぜ、アメリカでは少年が大量殺戮を繰り返すのか、アメリカではなぜ、貧富の差は拡大しつづけるのか、アメリカではなぜ、ああも離婚する必要があるのか。アメリカの社会と家庭はなぜドメスティクバイオレンス、デートレイプ、セクシャルハラスメントというありとあらゆる概念を持ち出して女性を保護しているように見せかけて実は権力が一般人に力を振りかざすのを許容するのか。訴訟を恐れるあまり幼稚園が閉鎖していく社会は本当に子供が育てられる社会なのか。

アメリカのグローバルスタンダードの成功と今日の生物の諸相は、一言で言えば偶然の産物なのである。西洋の科学者のそれに対する解釈はどうしてもキリスト教の影を抜け出せないでいる。

終わりに

別に日本が収奪されているとも、優れているともいわない。だが、アメリカは別に光だけにあふれているとはとても思えない。だからグローバルスタンダードで構造改革、というのも欺瞞である。ヨーロッパは別に構造改革をさほどしていない。フランスなどはどんどん時短を進めている。明らかにヨーロッパはアメリカとは距離をおいている。日本だけが「戦後50年で制度疲労しました、だから構造改革が必要です、しないと世界の三流国になりますよ」とお題目のように主張しているだけである。

これは当似非科学研究室より始末が悪い。日本がなぜ不況なのかは構造改革が遅れたからではない。その答えは、簡単に言えばこれだけである。

「単にインフレ政策をタイミングよく実行しなかったから。」

失われた10年は構造改革の遅れでもなんでもない。グローバルスタンダードを導入することではなく、単に時の政権のすべて対応が後手に回ったからである。簡単にいえば現状を認識できないのである。制度疲労、構造改革、教育改革などは、所詮現状を認識しなかったというものを覆い隠すためにお題目なのである。

ここで、われわれは歴史を思い出さなければならない。第2次世界大戦でなぜ日本は負けたか、それは相手の物量が全く異なるにもかかわらず戦争を仕掛けた点だった。つまり敗北するという認識をもちながらも戦争を回避する行動ができなかった。

バブルの失われた10年とこれからの10年というのは戦前回帰の時代、という危機感を持つ方もいるかもしれないが、実は皮肉にも違う。日本は敗戦から何も学ばず、まったく同じことを繰り返しているだけなのである。つまりわれわれは戦後にいない。今までも、そしてこれからも戦前にいるのである。過去と現実から全く何も学ばないという意味において、何一つ変わらない。当研究室ではそれがいいとも悪いともいえない。それはあくまでも解釈、であって、科学ではないからである。

(M)

 

 

 

・超光速度通信の正体−続・光の似非科学

最近の新聞に「光速度を越えてパルス信号を伝送する実験に成功した」という記事が載った(読売・朝日・@ITプレスリリース)。真空中の光速度はご存知の通り (秒速30万km)のスピードだが、その速度を上回る速度でパルスを伝達したというのである。

いや、奥さん、「うちのプロバイダがちょっと速くなるってことかしらん?」とか言っている場合じゃない。これが本当なら、実は大事件なのだ。皆さん、良くご存知の通り、相対性理論は「真空中の光速度を超えた速度には、いかなる物質も光も到達できない。もし到達できたのなら原理的にはタイムマシンが作れる」という有名な下りがあるからだ。あと数年で鉄腕アトムがこの世に誕生することになっている今日、ついにタイムマシンは実現したのか?

この実験に関して、プレスから出たいずれの解説記事も、非常に歯切れが悪いか、矛盾を含んだ言い回しをしているのにイライラした人もいるのではなかろうか。そこで今回は、この実験の真相に徹底的に迫る。なお、今回の話はy_pikaさんという人に助言をもらっているのを前置きしておく。

実験の概略は以下の通りだ。セシウムガスをいれ(←きちんと追いたい人は当該論文を読むこと)、そこにレーザー光パルスを入射する。出てきたパルスを、出口で観測する。

そうすると、図のように、このガスセルを通ったパルスは、真空中を通した場合よりも速く観測された、というのが報道の実験だ。光速度のアクセラレータというわけだ。

さて。読者の方々の中には「光の速度は常に (秒速30万キロ)である」という格言を信じている方も多いと思う。実はこれはウソだ。光の速度は物質の屈折率で決まるのは高校物理でも出てくる。

一般には屈折率nは1よりも大きく、物質中の光速度はよりも遅くなる(これにより光の屈折現象が起こるのはご存知の通り)。

一方、もし1よりも小さな屈折率を持つ物質を作れば、光の速度は を越えるわけだ。だが、屈折率は常に1よりも大きい(つまりを超える光は作れない)という迷信が広まっているのは致し方ないかもしれない。もしも高校の物理の教科書に「屈折率は1より小さくなることもある」と一言書いてあれば、日本人の「光速度観」もかなり違ったことになっただろうが、実際には書かれていない。

なんと上の実験のガスセルは、この「屈折率が1より小さい状態」を実現している。

屈折率が1を下回る現象は、異常分散と呼ばれるもので、実は何十年も前から知られているし実験も行われてきた(ちょっと高等な電磁気学の教科書にも載っている)。では、なぜ今回の実験が注目を浴びたのだろうか?

では、これまでに行われてきた異常分散の実験を図に書いてみよう。

上の例との違いがわかるだろうか。これまでの実験でも、確かに出力パルスの一部分(*A)が真空中を通った光のピーク(*B)を飛び越えているのがわかるだろう。そこが異常分散の効果だ。「でもパルスの中心の速度はおんなじじゃん?」そう、その通り。パルス中心の移動速度は を越えていない。このことは、正確には「光の群速度(group velocity)は を超えない」という。

という過去の実験を踏まえると、今回新聞報道された「出力パルスが真空を通ったパルスよりも早く到達できた(光速度を超えた)」という実験は、画期的なのだ。なぜなら、1bitの信号が真空の光速度以上で伝達されたというのだ!これが本当なら、完全に相対性理論を超えた実験になる。ということで、もう一度、今回の実験の概略を、多少誇張して絵に書こう。

「あれ?なんか、さっきの絵とちょっと違くない?」 え、そ、そうかなー?Cut&Copyしただけなんだけどー。

というのは冗談で、今回の新聞報道の実験は、この絵の方が正しい。つまり入力光パルスのエッジ部分に細工がある。ガスセルを通すことで、出力光パルスの先端部分(*A)に光のピークができるようにうまく整形したのだ。そうすると、確かに、真空を通ったパルスのピーク(*B)よりも速く信号(*A)が伝達されたように見える。だが、実はこうして出来た出力光パルスのピーク(*A)は、真空を通ったパルスのエッジ(*C)を超えているわけではない。

つまり、どんなにガスセルを調整しても、(*A)は(*C)を追い越すことは無い。つまり、「入力光パルスをONにしました」という情報は、決して 以上の速度で伝達されることはない。これが、いわゆる相対論の作る制限だ。

ただ(*A)は(*B)を追い越すことは出来る。相対論にとっては、(*A)と(*C)の関係については厳密な制限を作るが、(*A)と(*B)のピーク位置の関係なんてどうでもいいのだ。だから異常分散現象を使って、見かけの信号伝達(ピーク位置の移動速度)を以上にすることが出来るのだ。

ピークの移動だけ見れば、光速度を超えた情報伝達にも”見える”。そこがこの実験の味わうべきポイントだ。実験を手がけた研究者達の並々ならぬ努力がしのばれる。

「なんだー、インチキじゃん」と思った人は、たぶんビッグにはなれない(笑)。「見せかけ」結構、トランジスタとウニ丼の似非科学でも詳しく述べたように、ここ数十年の人類の進歩と呼ばれるものは全て、「見せかけ」を操作することによって成し遂げられてきた。筆者には、上記の実験を基礎原理として利用した、画期的な科学技術がいくつも目に浮かぶ。

例えば、今のオリンピックの100m走のスタートの合図は「音」の爆竹だが、これが将来、正確さを期すために「光」の爆竹で行われるようになったとしよう。なんとしても金メダルが欲しい某国の科学技術者は、自国の選手のサングラスの中にセシウムガスを充満させる。そうするとどうだ、スタートの合図の「光」の爆竹のパルス「ピーク」は、なんと光速度を越えて選手の目に届く!ロケットスタートだ!セシウムガス禁止条項がドーピング禁止の隣に書き加えるられるまで、金メダル獲得は思いのままだ。人間の目が「ピーク」しか感知出来ない事情をうまく使うわけだ。

競馬の写真判定にも応用可能だ。勝たせたい馬の鼻先付近にセシウムガスを充満させておけば、馬の鼻先から出る光の「ピーク」は、感光板に早く届かせることが出来る。写真判定とはいっても、光パルスのエッジ部分(写真に暗く写る)よりは、見せかけでもピークがはっきり写っていた方が、審判員にアピールできる(だませる)、というわけ。

さて。なぜ高校の物理の教科書には、「屈折率は1より小さくなることもある」と書かれていないのだろうか。実は屈折率(もっと根本的には、分極率や感受率)を完全に理解するには、量子力学と電磁気学を深いレベルで理解している必要がある。これらの計算には因果律という哲学的な背景や、仮想光子といった重要な概念まで数式に現れる。高校の教科書に載せても、混乱をあおるだけだ(先生すら説明出来ない項目になってしまう)。

今回言いたかったのは、物理学者の卵の皆さん、学部の時の量子力学と電磁気学の勉強は、得てして目標を失いがちだ。だから「1より小さい屈折率の原理」を完璧に説明できるのを目標にするとよいだろう。ほとんどの大学の先生は満足な説明すらできないだろうし、このことを系統立てて説明している書物も少ない。だから、量子力学と電磁気学の接点を自ら考え、数式を手計算し、初めて理解が得られる。

今回の新聞報道でいろいろな大学教授が諸説述べていたが、どれもピンボケかウソだった。彼らのような税金の無駄遣い爺さんに、決してなってはいけない。

(P)

PS  このHPの初期の文章には、バリバリの物理学のトピックがある。興味のある方は覗いてみてほしい(光の似非科学究極の観測精度の似非科学角運動量の似非科学)。物理シリーズは不人気のようなので、最近は控え気味だが(笑)。

PS2  8月4日にこの原稿を発表した後、某大手新聞に実験の解説記事が載った(8/13)。表現が似ているところがあるのは気になるが、盗作とは言いきれまい(心配してメールくださった方、ありがとう)。それに、あの記事自体も解釈がピンボケだ(惜しいところまではいっているが)。重ね合わせの打ち消された位相は確かにこの現象に関係するが、それは解釈を難しくしているだけで、本質的な部分というのは上記の絵に集約されるからだ。(空間の電界分布ではなくパワー分布を取ればわかる。)

 

 

 

・続・雪道を観光バスで攻めるドライビングテクニック−イニシャルTの似非科学

★さあ、出発!−でもその前に・・・

前回の続きを読んでいない方は、先にこちら(雪道を観光バスで攻めるドライビングテクニック−イニシャルTの似非科学)を読んでから今回を読んでいただきたい。それと、前回、運転席の写真をUPしたが、各方面から「あのスイッチは何?」とか「これは何?」という質問を多数頂いたので、出発する前に運転席の解説をしたいと思う。

★運転席

あなたもこれを読めばもう気分は観光バスドライバー!エンジンのかけ方からスイッチの操作の仕方まで教えます。

・ハンドル

言わずと知れた舵取り装置です。これを左右にまわすことによってバスの進む方向を決めます。乗用車よりハンドルの径は大きいです。ハンドルの径が小さいと操作がクイックになりすぎてお客様が酔ってしまいます。

・ウィンカー、ヘッドライト

ウィンカーとヘッドライトのスイッチです。これも乗用車と同じです。

・排気ブレーキ、ハザード、ワイパー

ワイパーは乗用車と同じですが、ハザードのスイッチはこのレバーについています。乗用車の場合は別のところに独立したスイッチとしてついていますが、バスなどはこのレバーにスイッチがついています。排気ブレーキは乗用車にはないもので、このバスでは2段の排気ブレーキがついています。オートマのコラムシフトみたいに上下に動かして、排気ブレーキ解除、1段、2段と動かします。1段目は通常の排気ブレーキ、2段目はパワータード(三菱車)という流体ブレーキが働きます。このブレーキのおかげで下り坂などブレーキを多用する場面でブレーキライニングを焼かずに済みます。

・シフト

ギア変速装置です。車みたいにメカニカルにギアボックスにつながっておらず、ここにあるのはスイッチだけで、スイッチがそれぞれのギアに入ると、エアー圧力でギア変更が行われます。ギアはバック1段、前進7段あります。

・サイドブレーキ

言わずと知れたサイドブレーキです。乗用車と違うのはエアー圧力でサイドブレーキがかかるようになっています。手前に引くとエアー圧力がブレーキラインに送られてブレーキがかかり、レバーを戻すとエアーが抜けてブレーキが解除されます。

・メインスイッチ

通常、乗用車はキーをまわして電源が入り、そこから更にキーをまわしてセルを回してエンジンを始動する、という手順でエンジンを始動しますが、バスの場合は、メインスイッチを引っ張って電源を入れ、キーをまわしてエンジンを始動する、という手順でエンジンを始動します。またエンジンを切るときもキーをまわしてエンジンを切り、メインスイッチを押し戻して電源を切る、という手順でエンジンを切ります。メインスイッチが入っていない状態でキーを回してもエンジンはかかりません。古いタイプになると、キーを回してもエンジンが切れず、エンジンを切るための専用のレバーがあってそれを引っ張るとエンジンが切れる、というのもあります。

・タコグラフ

前回もちょっとだけ説明しましたが、これが給料の元となるデータを書き込んでくれる円形の記録紙です。写真の緑色のところにはめ込んで蓋をしてセット完了。蓋を閉めるとそこにはスピードメータが現れます。この記録紙は3枚重ねて使用し、それぞれに走行時間、走行スピード、走行距離、アクセル開度、使用しているギア、燃料消費率、などなどいろんなことを時系列で記録してくれます。これのおかげで運転が下手か上手かが一目でわかるようになっています。このデータを積み重ねて、長いこと運転が上手な記録を残した人が、次回新車を導入するときに新車を割り当てられるという仕組みになっています。

・第2エンジン制御スイッチ

バスには通常の走行に使用するエンジンと、エアコンとか内部の電飾等に使用する小型のエンジンを搭載しています。この第2エンジンを使用して電源を確保し、バス全体にエアコンをかけたり、カラオケやテレビなどを動かします。

・業務無線

言わずと知れた無線です。エリアを外れるとチャンネルバンドを変更しなきゃいけない、山中にはいるとブチブチ切れる、などなど不都合が多いのであんまり使用しません。

・ヒーター

冬場の寒いときに足元を暖かくするヒーターのスイッチです。3つあって、それぞれ、前部、中部、後部と分かれています。

・読書灯、室内灯

お客様のところを照らす室内灯や読書灯のメインスイッチです。室内灯はお客様が乗車しているときは基本的に常時点灯です。回送しているときは切ります。読書灯はスキーバスなど夜行の仕事で点灯し、お客様の手元でスイッチのOn/Offができるようになっています。このときは室内灯を切ります。

・エアコン

エアコンの操作パネルです。フルオートエアコンなので細かい温度調整が聞かず、お客様からしょっちゅう「暑い」「寒い」などと言われました。乗用車のフルオートエアコンはいいかもしれないですが、バスみたいに馬鹿でかいものにフルオートなど採用しても使えないということです。

・ミラー折りたたみ

左のミラーを折りたたむときに使用するスイッチです。駐車するときとか、あんまりたたむ機会は少ないんですが、バックで切り返すときに電柱が左角にあってミラーが交わせないようなときなどは手元のスイッチで折りたたんで交わせるので便利です。

・ミラーヒーター

これもあんまり使用しないのですが、寒いときなどに雨が降っている状態で、トンネルとかに入るとミラーが曇って非常に怖い思いをします。このスイッチを入れれば曇りを取り除いてくれるのですが、曇りを取り除くころにはトンネルを出ていて、勝手に曇りが取れてしまうということもしばしば・・・。

・ペン

運行日報などを書くときに使用するペンです。ジョージアの缶をくりぬいてペンたてにしています。

・電卓

これも運行日報を書くときに使用するもので、ある地点からある地点の走行距離を計算するのに使います。

・バインダー

運行日報をはさんでおくのに使います。その他、当日走行する高速道路の回数券などもはさんでおきます。

・各種計器

電圧計、エアー圧力計、オイル圧力計、水温計、油温計、燃料残量などです。

・バックモニター

道路と車高の似非科学のときに登場したバックモニターです。ギアをバックに入れるとモニターのスイッチが自動的に入ってバスの後部の状況を映し出します。しかし、これを信用してバックすると痛い目にあうのであんまり見ません。せいぜい人がいないことを確認するときに使用します。そのほか、車内でカラオケやら、ビデオ鑑賞とかをやっているとスイッチを切り替えてこのモニターで見ることもできます。

・ドア開閉スイッチ

カバーの中に隠れて見にくいですが、ここにドアの開閉スイッチがあります。基本的にドアの開閉は運転手が行うことになっています(安全の確認は運転手が行うという原則)。

・ステレオ、カラオケ、ビデオ

言わずと知れた観光バス特有のお客様ご満悦セットです。これの操作はバスガイドが基本的に行います。で、困るのが、ガイドがおらず、運転手二人で乗務したときにお客様がビデオ見たいとか言うケース。お互い操作の仕方がよくわからないので、適当に操作して何とかご要望をこなします。

以上です。これであなたも観光バスドライバーだ!ただし、本当に乗るためには大型二種を取得して観光バス会社に入社して運転手になるか、大型免許を取って自分で観光バスを買って乗るかどちらかが必要です。観光バスドライバーになるためには 観光バスで攻めるドライビングテクニックシリーズ第1弾を読んでね。

★運転席だけじゃなく・・・

お客様が座る席についても説明しよう。で、スキーバスに乗り込むときあらかじめ指定された席に座るように指示されるはずである。

そのとき見せられるのが以下のような座席表である。

で、注目してほしいのは運転席の後ろ2列と、乗降口の後ろ1列(赤で囲ったところ)である。この席は必ず、どんなにバスが込んでいようとも、お客様を座らせない。それはなぜか?

★乗降口の後ろ

乗降口の後ろの席は基本的に添乗員席で、通常は添乗員が座る。が、スキーバスの場合添乗員は同行しないので空席になるはずである。しかし、ここにはバスの運転手が必要とするものをいろいろと置いてあるのだ。たとえばチェーンだったり、工具だったり。

そんなものはトランクに入れておけばよいのであるが、いざトランクをあけるとお客様のスキーバッグでいっぱいになっていてチェーンや工具を取り出すのが非常に大変なのである。よって車内にドンッと置いておく。

★運転席後ろの2列

なんで、この後ろ2列をこんなに広々と空けておくのか?これは疑問だろう。

実はこの場所は、交代運転手が仮眠を取る場所なのである。秘密は運転席後ろの座席にある。

上の図は、バスの運転席付近を模式的に表した図だが、秘密は運転席後ろの一列の座席はフルリクライニングするのだ。おまけに前の壁がパカッと運転席側に開き、ここに足を乗せて交代運転手は仮眠を取る。

このため、運転席後ろ2列と、乗降口後ろ1列は空けてあるのだ!

★お客様が座席に着いたところで・・・

いよいよ出発!・・・と言いつつ、次回ということで。おいおい、おまえのバスはずいぶんのんびりしたバスだな!と言われちゃいますが、そこは慌てないのがプロということで。。。常に冷静沈着で安全運転!では次回は本当に道中の旅をあなたに!

(T)

 

 

 

・グローバルスタンダードの複雑系の似非科学(その1)

最初に

グローバルスタンダードという制度を日本は今取り入れつつある、というか、マスコミは構造改革によりグローバルスタンダードな経済および政治システムを取り入れるように主張している。

日本におけるグローバルスタンダードの導入は企業会計における時価評価主義、キャッシュフロー会計の導入、規制緩和における競争の促進、政治における情報公開および説明責任の導入が柱である、といってよいと思う。そして、この経済的な制度の多くは根本的に新古典派の経済学の体系に基づいている。

だが、このような主張は主にアメリカから強くなされているが、一般的にどうしてアメリカでこのような制度をとることができたのか、その背景を解明する議論が日本にはない。

これは、アメリカにおけるグローバルスタンダードがアメリカの社会制度を前提に導入することができた、という背景があるからである。福祉制度ひとつとってみてもアメリカではその役割を教会が担っている部分があり、教会はアメリカの政治システムに組み込まれている。大統領選で人工中絶の是非が問題になるのもキリスト教が政治の枠の中に浸透しているよい例である。つまり、グローバルスタンダードとは西洋的(キリスト教的)な価値観の浸透をはかる、という裏の意味もあるのである。森首相は日本を神の国だと発言したわけであるが、アメリカのほうが逆に神の国、といってもいいのである。

とりあえず、結論から

このように、一見客観的な科学に基づいた体系(グローバルスタンダード)の導入の中に、西洋的な価値観や宗教的な規範の導入が混入しているという事象が往々にして存在する。そして西洋人はなかなかそれに気がつかないものである。まあ、それは日本人が世界中どこに言ってもついお辞儀をしてしまうのと似たようなものかもしれない。

それでは、本題

今回は一見科学的なものの中に宗教的な規範が混入した例を複雑系の生物学を例にとって述べてみたいと思う。

当研究室では前々回(もっとも正しい人生訓とは?ゲームの理論アプローチによる似非科学)に、継続的囚人のジレンマを取り上げ、もっとも科学的に正しい人生訓を明らかにした。それがなぜ正しいかといえば、TIT-FOR-TAT戦略が継続的囚人のジレンマでもっとも有効な戦略であるからである。

複雑系の生物学者は、この戦略を生物の進化をシュミレーションするプログラムの中に導入し、知性のない生物が協調する関係を明らかにできたと主張する。

たとえば、イチジクは花の中にイチジクコバチを養う一方、イチジクコバチに受粉と種の散布を助けてもらっている。このような共進化の関係はTIT-FOR-TAT戦略をシュミレーションプログラムの中に取り入れることによってコンピューター上で再現できるとしている。

だが、この戦略とは何か、それはゲームの理論のなかで成立したものである。では、ゲームの理論の中で成立するこの戦略の成功を生物の進化においても適用していいのか。そもそもゲームの理論から考えてみよう。

・ゲームの理論の成立背景

ゲームの理論は、よくミクロ経済学の教科書に取り上げられている。しかしそのわりには、、ミクロ経済学の中では浮いた存在のように扱われている。それはゲームの理論とミクロ経済学のかかわりを理解するのが難しいからである。

・ミクロ経済学とは

まず、ミクロ経済学とは何か、乱暴に結論をつけると、完全競争市場において需要と供給における競争原理により、最も最適な財の配分−パレート最適−がなされる。逆にパレート最適である市場とは完全競争市場である。(厚生経済学の第1定理および第2定理)。このときに社会的厚生は最大になる、というものだ。

そして、ここから先は通常書いていないが、だから現実の社会でも市場経済を導入することによって、公正・公平な社会が実現できる、というのがミクロ経済学の結論である。

新古典派も市場の力を信奉するがゆえに、グローバルスタンダードの導入を主張し、全世界で規制緩和−競争の解放がなされているわけである。

ところが、この完全競争市場の条件は

1. 多数の企業と消費者が存在し、すべてプライス・テイカーである。

これはどういうことかというと、たとえば某M$(悪の帝国とも呼ばれているらしい)は自分のとこで作っている押忍(窓2k)を発売している。しかし、その価格を操ろうと思えば操ることができる(注:実際はオープンプライスなので、小売店で消費者に売る場合の価格拘束は行っていない)。このような企業は市場において自分の売っている製品(財)に対して価格を自由に決定できるのでプライス・メイカーという。プライス・テイカーであるというのは市場において「神の見えざる手」により決定した価格を所与として行動する需要者および供給者であるということである。

2. 財の同質性(生産物、生産要素の差別化がない)

これはどの企業も財を生産した場合、みな同じものである、ということである。たとえば腕時計を生産する市場があった場合、異なる企業から同じ腕時計が供給されるということである。間違ってもロレックスやオメガといったブランドのようなものが成立してはいけないのである。

3. 情報の完全性

これはひとつの財についてはひとつの価格しか成立しない(一物一価)ということである。すべての消費者と生産者は財の価格や性質について完全な情報を得ていなければならず、情報の入手にコストがかかってはならない。ここから情報公開の重要性が発生し、デジタルディバイドの問題が発生するのである。情報公開はすべての人がより完全な情報を得るために必要である。そしてデジタルディバイド問題は、インターネット利用者と非利用者の情報量の格差を是正することで、公正な競争を促すことができるのである。

4. 参入、退出が自由である

現実は、そごう問題の日経の主張のように、負け組みは市場から退出せよというように半強制的ではあるが…

ことが条件である。

現実社会では上記の条件が完全に満たされることはなく、えてして「経済学は最も役に立たない学問である」と言わしめる原因にもなっていた。「ゲームの理論」が世に誕生する前夜の話である。

今回はここまで

ミクロ経済学の教科書は一般的に書き方が誤っている。本来はこの完全競争市場について結論(社会的厚生の最大化)というところまで述べて、ギッフェン財や独占企業や市場の限界を取り扱うほうがわかりやすいはずであるが、どういうわけか、あちこちで横道にそれてしまう。したがって、夏休みにミクロ経済学を学ぼう、と志す初学者の方には、まず、完全競争市場とはなにか、そして、その正当性とはなにか、という点を学び取ってほしい。

最初にギッフェン財やスルツキー分解といった項目が出てきたら、とりあえず、無視してよい。次に順序よく読んでいくと独占企業や、複占、寡占、二部料金制がでてくるが、これも無視、次に読むのは部分均衡分析−エッジワースのボックスダイヤグラム、そして厚生経済学の第1定理および第2定理、という順で読みとおすのが一番体系だった理解に資するであろう。

次回はこのような完全競争市場と現実の市場との違いから、いよいよゲームの理論の発生について述べていきたい。

(M)

P.S. 次回まで待ちきれない方は、官官接待の似非科学続・ストックオプションの似非科学で、現実社会が如何に小学生の習う「シンプルで理想の社会」から遠く、しかしなんと合理的に動いているかを読み返されたし。

 

 

 

・人体のブラックホールを追え!カロリー収支の似非科学

人体実験シリーズも今回で二回目となる。一回目の毛利氏と究極の食生活の似非科学では、被験者に3日で逃げられるという失態を演じてしまったが、今回は別のテーマで被験者に負荷をかけない実験を行い、うまくデータを取ることが出来たので報告しよう。

さて、毛利氏と究極の食生活の似非科学で詳しく触れたが、体重増減が無いような平衡状態の生活をしているとき、摂取カロリーと代謝の関係は次の式で表されるのは良く知られている。

摂取食物カロリー = 基礎代謝量 + 運動によるカロリー消費   ...(式1)

まぁ妥当なところだ、と読者の方もお思いになるだろう。だが筆者には、この式が怪しく見えて仕方が無い。

警告: 今、食事をしながらこのWebを見ている方は、食事を終えてから以後を読み進めることを強くおすすめする。

ここには、「人体排泄物のカロリー」が考慮に入っていない。

人体排泄物、平たく言えば大便、にも当然カロリーがあるはずなのだ。例えば、モンゴルの遊牧民は羊のふんを乾燥させたものを固形燃料として使う。つまり火をつけるとよく燃える。また、バクテリアや昆虫などは、ふんを食料として生きているのも良く御存知だろう。単に人間には消化できないというだけで、排泄物にもカロリーはあるのだ。

一方、巷のダイエット誌に氾濫しているカロリー表、例えばカツカレー=1100kcal、はどうやって算出されたかご存知だろうか?豚肉、油、ご飯、等はどの程度のカロリーを持つかわかっているから、カツカレーに使われているそれらの材料のカロリー数を足し合わせて求める。では、材料のカロリーはどうやって求めているのか?

個々の食品のカロリーは科学技術庁資源調査会編「日本食品標準成分表」に基づいている。その測定方法としては、

  1. 食品をケルダール分解してたんぱく質の量を求める

  2. 食品をクロロホルム−メタノール混液抽出して脂質の量を求める

  3. 食品を550度で加熱して有機物・水分を飛ばし、灰分を求める

  4. 上記1,2,3を除いた成分を炭水化物量とする

こうして得られた3大栄養素の含有量に、FAOエネルギー換算係数やAtwater係数(炭水化物 4kcal、たんぱく質 4kcal、脂質 9kcal)を掛け合わせて求めているものだ。

こうして出たカロリー量は、科学的には正しいものだろう。つまり、カツカレーには1100kcalのエネルギーがあり、もしカツカレーを全て消化できればハーフマラソン一回は走り通せるのだ。

しかしこの数字は、人間が消化できなかった分を考慮に入れていない熱量に他ならない。つまり、(式1)の左辺と右辺にはミスマッチがある。正しく書くならば、

食品カロリー = 基礎代謝量 + 運動によるカロリー消費 + 排泄物のカロリー  ...(式2)

なのだ。

ただし、ここでいっている「排泄物のカロリー」には元来人間の消化できない物質(例えばステビア)は含んでいない。ステビア・繊維質などのカロリーは、もちろん基礎カロリー表で見ても0kcalだ。そうではなくて、例えばあなたの身の回りには、どんなにオーバーカロリーの食事を摂ってもほっそりしている人がいるのではなかろうか?そういう人は毎日ハーフマラソンでもしない限り、(式1)を満たすことはあり得ない。

カロリーはどこへ消えたのか?これは今回のテーマ、人体のブラックホールを指している。つまり、そういう「痩せの大食い」の人たちは、(式2)における「排泄物のカロリー」が異常に高いと予想されるのである。これは特に不思議なことではない。糖尿病のときは処理しきれない糖が尿や汗に混じるように、消化器系の弱い人は排泄物にカロリーが残るのだ。

さて。今回、この「人体排泄物のカロリー」を測定する実験を行い、それらしい数字を測定出来たので御報告する。ちょっと待った。このサイトは下品な実験をして人を集めるようなことは決してしない(女性読者が減るから)。以下のエレガントで清潔な実験方法に感動してほしい。

まず、人間の一日の体重変化を克明に測ることが必要だ。特にトイレ(大・小)に行く前後の体重を正確に測る。そうすれば事前・事後の体重差を求めることで、排泄物の重さを測定することが出来る。また、朝一の体重、食事前後の体重も重要な数字なので測定する。

今回、無理を言って実験に参加してもらった被験者の、二日間の体重変化は次のようになった。(被験者のプライバシー保護のため、データの本質を失わない程度に数字は変えられている)

なかなか興味深い曲線を描いているが、グラフの形そのものの解明は次の機会に譲ろう。なお、グラフには詳細には書かれていないが、トイレ前後の体重を測定してあるため、排泄物の重さが求められる。

また、一日で食べたものの総カロリー量の算出を、いわゆる食品成分表から求めた。さらに被験者には万歩計を付けてもらい、自転車通勤の時間などから運動消費カロリーを計算した。

さてデータはそろった。ではいよいよ、「人体排泄物のカロリー」を計算してみる。

一日の摂取カロリー(平均) 1750kcal (2000g)
総排出量 400g(固形) + 600g(液状) + 1000g(汗、息)
消費カロリー(基礎代謝含む) 1600kcal
人体排泄物のカロリー 1750−1600=150kcal

2000gの食べ物を摂取しても、そのほとんど(1600g)は水分として外に放出されるのがわかる。一般には、汗等にもカロリーは存在するはずだが、ほとんど誤差の範囲と思われる(なぜなら、汗から水分を蒸発させて残る”垢”の量などたかが知れているから)ので計算から省くと、固形排泄物400gが150kcalに当たるので、

「人体排泄物のカロリー」 約40kcal (100gあたり)

という貴重なデータが得られた。(ちなみに100g 40kcalの食物というと、大体ちょっと食べごたえのある野菜(例:カボチャ)程度である。) この数字は、当然個人差があるだろうし、体調などのちょっとした変化でも変りうるだろう。だがいつかは「痩せの大食い」の人の「人体排泄物カロリー」を測定したいものだ。きっと、あっと言うほどの高カロリーに違いない。

では、ダイエット時の秘訣はどうなるだろう?「人体排泄物カロリー」を高くすることで体重増加を防ごうとするならば、通常とはちょっと違ったアプローチになるだろう。つまり、

というところだろうか。要は、快便500gは200kcalの運動に匹敵するということだ。健康を害しては何にもならないダイエットだが、代謝速度を速めるという指針は、生物学的にもそれほど間違っているとは思えない。

まとめ

人間には燃費のいい人、悪い人が存在している。「痩せの大食い」は燃費が悪い人の典型で、21世紀に訪れるであろう食糧難時代には、肩身の狭い思いをするかもしれない。だが今回の結果をかんがみつつ、地球規模で見たらどうだろう? 人類という食物連鎖の頂点にありながら、細菌類に高カロリーの食料を提供している謙虚な存在にも見えてこないだろうか。

さて、今回の結果を、知り合いの管理栄養士に送って感想を求めたが、いまだコメントを得られていない(笑)。

(H)

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