魅惑の似非科学

バックナンバー 8

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10/20/2000 続5・雪道を観光バスで攻めるドライビングテクニック−イニシャルTの似非科学 (おすすめ)

10/13/2000 金の指輪・銀の指輪の似非科学

10/6/2000 ドルトンの仮説の似非科学 (おすすめ)

9/29/2000 続4・観光バスで雪道を攻めるドライビングテクニック−頭文字Tの似非科学

9/22/2000 フラットスリーと三体運動問題の似非科学 (おすすめ)

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続5・雪道を観光バスで攻めるドライビングテクニック−イニシャルTの似非科学

★ 前回の続き

しつこいようだが今回も前回の続きだ。前回を読んでいない方は先に読まれたし。

★ 運転手の交代

高速を降りる前にSAに寄り、運転手の交代を行う。大体運転手一人当たりの連続運転時間は2時間以内となっており、それ以上の連続運転は事故の発生確率が上がるので、なるべく連続してそれ以上運転しないように交代する。運転手交代後、私は運転席の後ろの席で座席をフルリクライニングして(連載第2回参照)、少し仮眠をとることにした。最初は頭が冴えて眠れなかったが、少し時間がたつとやはり疲れと時間帯(午前3時ころ)からか、睡魔が私を襲ってきた。ウトウトしていると、バスが一旦停車して冷気を感じる。「あっ、料金所で料金を払っているな・・・」と思うと、またバスは走り出し、私は暖かいヒーターの温風を感じながらまたウトウトしだした。

★ そして事故は起こった

やはり布団の上でないと完全に熟睡できない。ウトウトしていると、

ガンッ!

という鈍い音がする。次の瞬間、ゆっくりと、まるでスローモーションのように、まるでテレビの映像を見ているように、フロントガラスから見える道路が徐々に傾いていく。なにが起きているのか判断できない。

次の瞬間、

ドシャッ!バリッバリッバリッ・・

という、鈍い音がして、道路が垂直になり、私は座席から転げ落ちた。

そう、道路の左側に横転したのである。

このとき、靴を脱いで仮眠を取っていたので、靴がどこかにいってしまい、靴下のまま横転したバスの中を探して、とりあえず片方の靴を見つける。履いたところで、車内の様子を見ると、お客様があちこちでうめき声を上げている。

「これは大変なことになったぞ」

と思い、運転席のほうに目をやると、ドライバーは呆然としてハンドルにしがみついている。

「おい、さっさとお客様を助けるぞ」と声をかけてもピクリとも動かない。仕方がないのでバスの後方右側にある非常口を開けようと、後ろへ移動して非常口を開けようとした。そうしたら誰かがすでにバスの車外へ脱出していたらしく、非常口の上に乗ってなにやら騒いでいる。大声で叫び、非常口から退いてくれと合図して、非常口を開け、お客様の救出を行った。

数分後に救急車が到着し、けが人を搬送した。警察もすぐにやってきた。普通の交通事故のときはちっともやってこないくせに、こういうときはすぐにやってくる。救急隊がけが人を搬出しているころ、私ともう一人の運転手(事故を起こした運転手)は警察から事情聴取を受けた。

概要はこうだ。

などである。私は運転していなかったので、自分が感じた状況を説明し、その後会社に連絡した。午前6時、真冬の凍てつく道路の上で靴が片方ない状況で、足が凍るかと思った。

会社はすぐに地元のバス会社に連絡し、別の振り替えバスを出してもらうように頼んでいた。

お客様の中で幸いに重傷な方はおらず、何人かの方は病院のほうへ救急車で運ばれたが、それ以外の人はツアーをキャンセルして家路に向かうバスに乗り込む人と、ツアーを続行してスキー場へ向かうバスに乗り込む人に分かれていった。

このあと、新聞記者がやってきて、取材を行っていた。当然、私も乗務員なので事故を起こしたほうと勘違いされ、記者がしつこく追いまわしてきた。片方靴がない状態で雪道の上を逃げ回り、警察の方が「こちらに隠れやー」とか言ってくれたので、警察の車の中に隠れ、彼らがいなくなったところで改めて現場検証を行った。このとき自分の荷物をバスから取り出し、無くなっていた片方の靴を見つけて履いた。

★ 警察署で

警察署で当時の状況をさらに詳しく聞かれ、運行日報、タコグラフ連載第2回参照)、その他もろもろの書類を提出し、運行開始から事故発生にいたるまでの調書を取られた。

このときすでに夕方6時を超えていた。こんなに1日を長く感じたことはなかった。

★ なぜ事故はおきたのか

読者の皆さんで一番知りたいのが事故原因であろう。これは完全に居眠り運転である。もう一人の運転手が居眠り運転をし、ハッと気がついたときにはガードレールに接触していた。あわててブレーキを踏んだところ、タイヤがロックし、横滑りを起こして道路から転落、横転ということである。

今回の運行は、交代運転手の経験が浅かったので後半の山道を運転させるよりも、まだ山のふもとまでの楽な道を運転させようと思い、高速の途中から山道に入るまでを任せたのが失敗だった。

「直線だったら事故を起こさないだろう」という思いは、実は直線ばかり運転し、かつ一番眠くなる時間帯(午前2時から午前6時前まで)での運転は、どんなに危険なことであるかということを身をもって経験した。しかし、雪の山道の運転を任せるにはまだ経験が浅すぎる。。。今となってはどっちが正しかったのか、わからない。

★ その後

事故を起こした運転手は結局やめてしまった。プロとして働いている以上、誰もが事故などしたくてしているものではない。しかし、起こしてしまった以上、会社に居づらくなる。同僚の運転手は「仕方がない」「もう忘れろ」とかばったが、やはり本人の意志は固く、辞めてしまった。

私としても、このことは忘れたいと思いつつも、脳裏にこの出来事が鮮明に焼きついて未だに忘れることができない。もう十年以上も前のことなのだが。

この事故以来、交代運転手が運転しているときに、自分が後ろの席で仮眠をとることができなくなってしまった。またいつ横転するかもしれないという思いから、目がパッチリと冴えてしまうのである。

★ まだ続く

これで終わりではない。まだ山道に入っていない。交代運転手は事故を起こしてしまったが、まだ別のエピソードがある。次回からは、それらを紹介していこうと思う。

(T)

 

 

 

・金の指輪・銀の指輪の似非科学

今回は光り物の科学だ。いわゆる光り物というと、一般には寿司ネタ、あるいは最近では通信株のことを指すが、今回は金や銀のアクセサリーの意味で使っている。

金・銀などの貴金属は太古の昔から人々の心を捕らえてやまない。その理由は二つあろう。一つは、特に金は、腐食されにくいということだ。金を腐食させるには王水(*)でも使わない限り無理だ。そこに人々は永遠の命を見たのだろう。

* 王水: 濃塩酸と濃硝酸を3:1で混ぜた液体。いつも思うのだが、なんと優雅な名前だろうか。

もう一つはキラキラと光ることだ。現代のように照明施設が整っていない太古の昔、外の光を反射してキラキラ光る貴金属は、彼らには小さな太陽に見えたかもしれない。それを我が手中に収めたいと言う気持ちは良くわかる。太陽を自分の物にしたいと言う欲求は、地上に生きる生物の共通の本能だろう。

余談になるが、つい先日のNHKスペシャルで、作ったばかりの青銅器というのをはじめて見た。恥ずかしながら私は、青銅器と言うと緑青(ろくしょう)をふいたドヨーンとした金属というイメージしかなかったが、作ったばかりの青銅は金色に光り輝く光り物だった。現代科学の結晶ともいえる携帯電話がさまざまなデザインで装飾されるように、当時の最先端技術であった光り物に粋を極めた装飾が施されたのも無理はない。

と、いうことで、今回は金の指輪と銀の指輪の光の反射率を実測で測り、その光り物具合を数値化しよう。

とはいうものの。ここでいう反射率とは物理でいうそれとは異なる。ご存知のように金属の光反射率は、表面をきれいにすればするほど高くなる。これは波一つ無い水面は鏡のように光を反射するのと同じだが、少しでも波が立つとキラキラと乱反射してしまって、反射率どころではなくなる。だが、実生活では、そういう乱反射を含んだ適当なキラキラが人の目に入るわけだから、やはり実測が必要になるのである。「生活科学的光の反射率実験」、とでも呼ぼう。

まず、今回実測する指輪は、これだ。

それぞれ、金・銀で出来ている。残念ながら24金(純金)ではないのだが、しかしそれも、生活科学的な実験には最適であろう(貧乏なだけだってば)。

さらに、対照実験として、人間の皮膚の「生活科学的光の反射率」(しつこいので、以下、生活光反射率と略す)も測ってみる。サンプルは筆者の小指である。金属に比べて皮膚の生活光反射率はかなり低いことが予想されるが、果たしてどれくらいなのだろう。ついでだから、今流行の「小顔に見せる2色ファンデーション」や「テカリ予防下地クリーム」なんかも小指に塗って測ってみよう。これらは生活光反射率にどう影響するか、興味が湧いてこないだろうか?

ちなみにこれらの化粧品は100円ショップで買ってきたノーブランド品だ。(いかにも生活科学的だろ?)

実験は次のように行った。まず、黒い画用紙に2mm角の穴を開け、そこにサンプル(指輪や小指)をセットする。それに光(100W白熱灯)を約45度の角度であて、サンプルに光を反射させる。反射した光を虫眼鏡で集光して、スクリーンに投影する(写真左)。

スクリーンに映った映像中で、2mm角の穴から反射してきた部分の光の強さをフォトダイオードを使って計測する。これで純粋にサンプルから反射された光量のみを測ることが出来る。

光パワー計はさささっと作った下記の左の写真だ。スクリーン(黒画用紙)の真ん中にフォトダイオードが取り付けてある。

右はフォトダイオードの写真。これに光が当たると微弱電流が発生するので、それをIV変換回路を通して電圧に変換し、マルチメータもしくはオシロスコープで電圧値を読む。光パワー計の回路図は参考までにここに置いておくが、いわゆる教科書に載っていそうなごく平凡な回路なので、解説は省くことにしよう。今回はスペクトル分析はやっていないが、分光に興味のある方は「できるかな」のサイトに手作り分光計の記事があるので参考にされると良いかと思う。

実際の実験時は、100W白熱灯から出る強烈な光がフォトディテクタにまわりこまないように、黒い布や画用紙で何重にも囲ってストレーライト(迷光)対策を施し、また反射される光はたいへん弱いので、部屋を真っ暗にしてアライメント調整(光軸調整)をする必要があった。まぁ、この辺は光関係の実験ではいつものことだが、あの真っ暗闇の中で淡々と実験を続けていくのは、はじめての人には精神的に苦痛だろうなぁと思う。

だれでも、暗闇の中にいると心に変化が現れるのを経験したことがあるだろう。その反応は人によってさまざまで、集中力が増す人、不安になる人、ぼーっとしてしまう人、エッチになる人(笑)、いろいろだ。光学実験は「真っ暗闇」でやることもあるが、そうするとその反応が顕著に現れる。しかも寝るときと違って、実験の時は目の前に「タスク」があるわけだから、本能に逆らって頭を動かさなければならない。いずれにせよ、闇を味方につけられるかどうかが、実験の成否を分ける。

さて、これが実験結果だ。

金は銀よりも生活光反射率が4割ほど低い。これは指輪を眺めてもわかり、金の指輪は穏やかな光に見えるが、銀の指輪のそれは鏡に反射したような感じだ。(決して金の指輪が安物だから。。。というのではないだろう。) むしろ、この穏やかな光に人心は惹かれるのだろうか。

また、「小顔に見せる2色ファンデーション」の結果も面白い。生活光反射率は2色でほとんど変わらないが、このわずかな差で見た人をだますのだな。。。だが、何も指に塗らなかった場合に比べて2倍ほど明るいのもわかる。つまりファンデーションはテカる。もっとも、私はファンデーションの正しい塗り方を知らないので、厚く塗りすぎただけかもしれないが(笑)。まぁ、この実験結果にはいろいろ解釈があると思うので、あなたも考えてみて欲しい。

つまり光り物といっても、ビカビカ光ればいいかといえば、そうではないと言うことだ。100%の光反射率のアクセサリーなんて、単に鏡を持ち歩いているだけで意味がないわけだ。ほどよい渋みが必要、といったところだろうか。それが肌についても同じだとすると、上記の結果からファンデーションを塗りたくるのは望ましくないといえそうだ(テカるから)。やはり私の持論、

「すっぴんは無敵のファンデーションである」

が(似非)科学的に確かめられた(笑)。もし”くすみ”などで肌の生活光反射率が足りなくなったら、そのときはファンデーションの力を借りるのが正しい。

ということで、実験装置と結果の説明が主になったが、今回はここまでだ。実はこの実験は、ある理論を検証するためのものだった。近々その理論をUpしようと思うので、ご期待を。

(G)

 

 

 

・ドルトンの仮説の似非科学

戦後、日本で驚異的な進歩を遂げ、なおかつ世界へ羽ばたいているものはソニーと漫画である。そして、少年漫画のすべての遺伝子を受け継いだ今世紀の集大成が「ワンピース」(少年ジャンプ)といってよいであろう。今後の展開次第であるが、現時点で漫画史に残ることは確定しているし、展開次第で20世紀最後にして最高の作品となることが約束されている作品である。

さて。題名の「ドルトンの仮説」とは、ワンピースに出てくるある逸話から来ている。医学の進んだ国の愚王に対して激怒したドルトンの台詞を引用しよう。

「…この国のたどるべき道は見えた…滅ぶことだ…われわれが国民の上に立っている限り国をたて直すことなどできるものか!この国の医療がどこまで発達しようとも…!いつまで薬の研究を続けようともバカにつける薬はないのだから!」

これはIT革命に潜む本質問題を鋭くえぐっている。つまり、これをIT革命に置きなおすと、こうなる。

「ITという効率的な技術を導入すればするほど、コンピューターのスピードが上がれば上がるほど、企業の力は下がっていくのだ!本質的な部分を効率化するIT技術は存在しないのだから!」

では、その本質的な部分とは何か?実例を挙げて検証してみよう。

★情報を共有化しようとするとき、日本人が必ずぶち当たる宿命−メール

さて、時は91年ごろだったと思う。ニフティとワイドプロジェクトがつながってインターネットの電子メールが使えるようになった。このとき筆者は電子メールの普及は2, 3年以内と思っていたが、実際に流行が起きたのは95年、IT革命を銘打って企業がITに真剣に取り組み始めたのは97年過ぎくらいになる。つまり、電子メールが本格的に普及し始めたのは6年もあとということになる。

なぜ導入が遅かったのか。確かに通信速度に問題はあった。91年ごろのパソコン通信のレベルは2400bpsで十分速いとされ、大量の画像や、表計算のデータを送るのには不向きだった。

だが、本質的な問題点は何か、それは罫線が使えなかったことである。日本のビジネスフォームというのは基本的に罫線で構築される様式そのものが重要であり、情報の中身は二の次である。まず様式ありきなのである。ところが、テキスト形式の文字罫線はビジネスで使える代物ではなかった。また当時のワープロの罫線には互換性がなく、違うソフトではデータの読み書きができなかった。

Widows, IE, Outlook, Officeうんたら、というセットが普及したのと、日本でIT革命が盛んに言われだしたのが、期を一にしているのは、その普及が基礎インフラの構築を意味していたからなのだ。

だが、不幸はまだ続く。Wordで罫線を扱うと、とんでもなく困難な点である。Wordは罫線を扱うことのない人間には別段重いだけのワープロであるが、従来のビジネスフォームのように罫線を引きまくるととたんに凶悪なソフトと化す。これはWordを仕事に使う人間の共通認識であろう。

字が格子状に並ばない(微妙に字間が狂う)というのも、日本人の感性、というか和文タイプライター以降の日本人のビジネスフォームへの感性に違和感を覚えさせる。 Word2000は本当にさりげなく新しい機能として表中に表が作れます、といっているが、2000までそれすらできなかったとんでもないソフトだったのである。まあ、英語圏の人間とやり取りするにはWordでなければならないが、国内で使うだけなら圧倒的に一太郎が便利である。罫線は自在だし、字間も狂わない。

だが話が一太郎が便利だ、というだけに終われば、単なるジャストシステムの賛美だが、ことはビジネスフォームがグローバルスタンダードではない、という事実を明らかにするだけに大問題なのである。つまり、大多数の国のビジネスフォームはさほど罫線を使っていないために、Wordの罫線の発達は遅れた、と考えるのが正しい。

このことは、国際的には罫線を使わずにビジネスフォームを作り上げる必要があるということを示している。日本人がメールで時候の挨拶、ビジネスフォームで罫線をやたらに要求するというのは、実は電子メール文化の拒否、つまりIT技術の否定につながっていたのである。罫線さえあきらめれば、保存を印刷に頼らなければ、テキスト形式で十分なのである。まあ、iモード世代が社会の主役になれば、ビジネスフォームも変わっていくだろう。これからは様式美ではなく内容美の時代なのだ。IT革命とは日本人の文化を再構築することも意味する。

一例として、罫線を使ったアンケート、及びエクセルで串刺しできるアンケートを作成してみた。昔の人なら圧倒的に例1が普通だと言うだろう。だが、最近の人たちは例2の方が見慣れていると言うかもしれない。あなたはどっちだろう?

[例1 罫線ばりばりアンケート]

[例2 罫線なしアンケート]

★様式はなんとかなったとして

基本的にネットワークとは情報を共有する手段である。ところが日本でネットワークを導入する際には、まず情報を公開するレベルの設定から始まる。情報を共有することより、情報を独占するところから話が始まってしまうのである。こうなってしまう原因として考えられるのが、日本企業の意思決定の手段がボトムアップアプローチではなくトップダウンアプローチであるから、ということになるだろう。

だが考えてみると、社長に情報を集中させて社長が独占するというかたちなら、別にネットワーク化する意味などない。ファックスとコピーがあれば十分である。ネットワーク化するなら、オーナーシップを持った小さなプロジェクトチームを作る、あるいはボトムアップアプローチで意思決定を行う、という会社全体のあり方を変える必要があるだろうが、その辺はITは何もしてくれない

日本企業は情報の公開どころかクレーム隠しが横行するありさまを見ると、その本質的な欲求が情報の共有ではなく情報の独占にあることはみえみえだ。今の日本企業は本質的にITには向かないのである。

では、ネットワークをつないだ、電子メールも使えるようになったとする。しかし、これでもまだITは会社を救わない。企業がどのように行動を決定するのか、一つのパターンを例示してみよう。

1.情報収集→2.判断資料作成→3.意思決定→4.意思伝達→5.行動

この流れのうち電子メールとネットワークが効力を発揮するのは、せいぜい2、4の段階だけである(流通関連でPOSシステムを使う場合、1も)。つまり、単に導入しただけでは和文タイプとファックスを導入した以上の効果は得られない。結局1、3、5の人間が関与する部分が効率的でなければならない。そこを効率的にするIT技術は存在しない。バカを天才にするIT技術など存在しないのである。

このように見ていくと、IT革命とは本質的にファックスや和文タイプライターの高級品をみんなで使おう、使えるようにしよう、ということがテーマで、それ以上の価値はないのである。

ただ、ファックスや和文タイプライターに要求されていた技術というのが不要になる分、それ以外、つまり発想力と行動力がボトルネックになってくる。発想力とは言うまでも無く、黒板にチョークで書かれた点を「これは何だ?」と聞かれて「ハナクソ」と答えるである。行動力とは、翌日には消えてしまうであろう巨大雪ダルマを何時間もかけて作れるのことである。

IT技術を使っていると、黒板のチョークはただの「ドット」だし、雪ダルマは冷蔵庫に入れられるサイズのものしか作らなくなるだろう。五感で直接物事を感じないし、直接対話することもない。その辺を補い、少年(少女)の発想力と行動力をキープする必要が出てくるだろう。IT技術を使いこなし、余った時間で非ITな発想力と行動力を伸ばす。そのことがドルトンの仮説を打ち消す唯一の方法だ。

話を「ワンピース」に戻そう。これを週刊誌の時点で読めるわれわれは幸せだ。次の週までのドキドキ感、これが味わえるのは単行本になってからではなく、現在進行している今しかないからである。もし、これを読んで面白くなければ、残念ながら、あなたは少年(少女)の心を失っていると思う。そういう大人が多いと少年法改正を心から願いたくなる。少年法改正は、バカをやっているクソガキどもではなく、そんな少年(少女)の心を失った大人を作らないために行うべきなのだ。

IT全盛時代に大事なもの。それは少年(少女)の心という「非IT技術」なのである。

(M)

 

 

 

・続4・観光バスで雪道を攻めるドライビングテクニック−頭文字Tの似非科学

チェーン規制

今回も前回(続(3)・観光バスで雪道を攻めるドライビングテクニック−頭文字Tの似非科学)の続編である。前回を読んでいない方は先にそちらを読まれたし。

SAを出発してしずしずと走行していると、道路案内の電光掲示板に「この先チェーン規制」の指示が出ている。「あぁ、渋滞しているといやだな。」と思っていると、案の定、本線を閉鎖してすべての車をPAに誘導しており、渋滞になっている。このバスにはミックスタイヤ(*)を装着しているので、たぶん「チェーンをまけ」とはいわれないだろうと思うが。。。

*:ミックスタイヤ

バスやトラックは通常、前輪はシングルタイヤで、後輪はダブルタイヤ(2本のタイヤをくっつけてあること)であるが、ミックスタイヤとは通常後輪のタイヤ装着状況を表している。後輪の外側にスタッドレスタイヤを装着し、内側にはスノータイヤ、もしくは普通タイヤを装着する。

[ミックスタイヤ]

チェーンをまかなくてもいいと思ったので、すぐに本線に出るため、本線流出路のほうへ車を並べる。徐々に車が流れ、道路公団のアルバイトと思しき人がやってきてタイヤをチェックする。

「OKです。どうぞ」

と声をかけてもらい、バスはチェーンを巻かずに本線へ向けて合流する。最初は雪などなかったが、トンネルを抜けると路側帯がうっすらと白く雪化粧をしている。走行車線はチェーンを巻いた乗用車が多く、チンタラ走っているので、すかさず追い越し車線に出て速度を上げる。

火花を散らす

何かしら別の車とバトルになって、火花を散らすのではない。

追い越し車線を走行していると、前方からチェーンを「ガンッ!ガンッ!」という鈍い金属音を響かせながら走っている乗用車がいる。徐々に近づき、左に目をやって乗用車のほうを見てみると、なんと、チェーンが切れたままで走行しているではないか!切れたチェーンが車のフェンダーを叩き、鈍い金属音が響いている。また、切れたチェーンが路面に叩きつけられ、暴れまわってもがき苦しむ蛇のように見える。そのチェーンは−蛇のように−路面に叩きつけるたびに線香花火がはかなく燃え尽きるような火花を散らし、なんとも独創的な芸術を作り上げている。あたりは街路灯もなくヘッドライトの明かりと流れ行く車のテールランプのみで、この中に浮かび上がる線香花火の火花、−もといチェーンが暴れまわった挙句に作り出す芸術−はものすごく神秘的だ。

よっぽど止まって教えてあげようかと−「そのまま走行するとチェーンがドライブシャフトに絡んで走行不能になるか、またはブレーキホースが切れてブレーキが利かなくなるよ」−思ったが、やめた。この芸術は私一人のためにあるのではなく、きっと道行く人々に見せているのであろうと解釈し、この寒い夜中にわが身を切ってでも提供するその奉仕心に感謝することにした。

★ そして事故

なにやら前方でハザードが点滅している。そして渋滞。この先分岐となっているところだ。ノロノロとバスは進み、やがて事故現場に差し掛かると、乗用車が分岐のコンクリートブロックに真横から刺さっている。荷物は散乱し、車は「く」の字に折れている。概要はこんな感じだ。

[分岐点での事故]

人が車の中で動いている。まだ救急車も警察も来ていない状況で、何人か別のドライバーの人が助けようと試みているようだった。

状況から、どうやらこの車は居眠りで、この分岐を左に行こうとしたところを誤って右に行こうとしたところで急に目がさめ、そこで急ハンドルを切ったところ車が雪道でスピンして中央分離帯に刺さった、という事故だったらしい。恐ろしいです。自分も居眠りには気をつけよう。

やがて雪はやみ・・・

やがて雪がやみ、道路もうす黒くなってきた。東の空は漆黒から紫色に色づき始めている。いよいよICを降りて雪山へ向かうのか。。。と思いつつ、次回へ。

(T)

 

 

 

・フラットスリーと三体運動問題の似非科学

五輪サッカーの日本代表が決勝トーナメントに勝ち残った。おめでとう。今回の原稿は別の話題を予定していたのだが、絶望視していた決勝トーナメント進出が決まって脳内アドレナリンが分泌されまくった関係上、急遽予定を変更した。(この原稿は米国戦の前に書かれている。)

さて。一般論として戦法とは、「戦術」と「戦略」に分けることができる。サッカーの試合の中で言えば「戦術」は個人技にあたり、「戦略」は組織的な団体運動にあたる。一方ご存知のように、日本サッカーは組織サッカーと呼ばれている。1対1のボールの取り合いを極力避け、組織力で押していく戦法だ。現在の日本のサッカーは「戦略」に重きを置いた戦法ということになる。

私がサッカーをやっていた頃(何十年も前)はサッカーで「戦略」といえば、ロングボールマンツーマンディフェンスしかなかった。要は個人技(「戦術」)でぐいぐい押していくだけの単純な方法だ。私は個人技がそれほど得意でなかったので面白くなかったが、しかし当時はサッカーに「ちゃんとした戦略」があるなどとは夢にも思わなかった。(また、当時はまだ「サッカーの戦略」はこの世に存在していなかったはずである。)

今となれば悔しい。もしこのとき私が「サッカーの戦略」というパラダイムシフトに行き着いていれば、サッカーは何千倍も楽しくやれていたに違いない。日本代表監督も夢ではなかっただろう(ウソ)。

ということで今回のテーマは、トルシエ・ヤングジャパンにささげる「サッカー戦略シミュレーター」だ。明日(9/23)のアメリカ戦に間に合わせようと、かなりの突貫工事だったが、何とか完成させた。(ダウンロード元は後に述べる。)

このソフトは、要は3対3のサッカーチェスだ。青い四角があなたのチーム(攻撃側)で、黄色が敵チーム(守備側)だ。まぁ、日本代表vsブラジル代表、とでも考えればよい。白い小さな四角はボールを表している。ゴールが画面下の灰色の部分である。

ゲームの進め方は、まずあなたは自分のチームの3人それぞれに、走る方向を指示する。赤い四角の枠で示されているのが現在指示を与えようとしている選手だ。(指示したあとに表示される黒い小さな四角は移動方向をさしている。) また、ボールをもっているプレーヤーだけは、さらに「近くの味方にパス」「遠くの味方にパス」「シュート」の選択肢もある。このゲームはリアルタイムゲームではないため、3人に指示を与え終わった段階で時間が進むようになっている。もちろんこの段階で、敵(守備側)も動く(これはコンピューターが状況を判断して動かす)。

要は、将棋と同じで、違うのは駒を全部いっぺんに動かせると考えてもらえばよい。

オフサイド、もしくは相手にボールを取られるとゲーム終了になる。1対1になると100%の確率で相手にボールをとられる設定になっているので(つまり「戦術」レベルでは到底歯が立たないという設定)、この守備陣を組織サッカーの「戦略」だけで破ってほしい。

このシミュレータで、近代サッカーの基本となる

の概念を体感できれば幸いだ。

なお、このプログラムはゲームではなくてシミュレータなので、ゴール判定は適当だ(シュートを打てば必ずGOALになる)。ゴールが目的なのではなく、パスワークで守備陣を完全に崩したかどうかで、あなたが勝ったのかどうかを自分で判断してほしい。(「シュート」ボタンはただの自己満足のためにつけてあるだけだ。)

たとえば下のような状況になったとする。一番左の選手から一番右の選手へ大きくサイドチェンジした直後の状況だ。ぎりぎりでオフサイドラインを越えず、且つ完全にフリーの状態になっていて良い状況だが、残念ながら真ん中の選手がフリーになっていない。この場合の正解は、サイドチェンジした瞬間に真ん中の選手がゴール前のスペースに走りこんだ状態になっているのが正解といえる。

オフサイドの場合もみていこう。下記のケースでは、一番右の選手がゴール前の一番左の選手にパスを出した瞬間だ。

ボールを受けた瞬間に、その選手とゴールのあいだに守備陣がいないため、オフサイドの反則になる。オフサイドのルールを延々と説明する気などサラサラないので、Web検索でもして他のページで勉強して。だが、いったんオフサイドを理解すると、ゴール前にボールを持ちこんでフリーな状況になることが、いかにむつかしいかがわかるだろう。そして、その困難な命題を突破する戦略を考えることこそが、玄人衆にとってはこの上ない幸せであり、また誰でも出来ることでもない。トルシエ監督をはじめとする「理論派」は、もっと尊敬されていいはずなのだが。

日本の場合、「理論派」の逆はなぜか「解任派」なのだが、これらの人たちにこのシミュレータをやらせてみたいものだ。闇雲に突っ込んでいくだけで、パスが渡った瞬間の攻撃陣の理想配置というものがまったくイメージできていないに違いない。彼らは「戦術(口喧嘩)」はうまいかもしれないが、「戦略」というものにまったく疎いからだ。一般的に、「しらないうちに、ぐうの音も出ないほどペースを握られてしまった」というのは、まさに相手の「戦略」が成功したときに漏れる感想だ。「解任派」の人たちは「自分たちは正しい」となお言い張るかもしれない。しかし「戦略家」にペースを握られたということは、なんとなく勝ち負けがはっきりしないように見えても、実は完敗を意味するのである。

なんか、「戦略」と「戦術」の話ばかりで、ちっとも「フラットスリーと三体運動問題」の話が出てこなかったが、それは次回に持ち越すことにしよう。なにしろ、明日は米国戦だ。横浜国際競技場に乗り込む準備が忙しい。

私は、今の五輪代表のチームの試合を、1試合でも多く見ていたいと願っている。そこには、「戦略サッカー」の最終形が奇跡のように具現化しているのである。東京オリンピックで金メダルをとったバレーボールも、さまざまな戦略的攻撃(移動攻撃等)が効を奏した結果だった。しかしその後、各国もそれを研究し始め、ついには並ばれ、日本バレーボールは地に落ちた。それと同じように、日本の「戦略サッカー」も、今後は外国から研究されつくされて、結局はまた身体能力の競い合いに戻ってしまうのだろう。そうなるまでの、日本サッカーの最も輝く日々が、まさに今なのである。

(S)

PS  残念ながら日本は準々決勝で敗れてしまった。体力を犠牲にする戦略サッカーと連戦の疲労の中でよく頑張った。戦略の何たるかを知らないマスコミと愚民がなんと騒ごうと、まずは休息を取り、そして冷静で具体的な、次につながる敗因分析を行ってほしい。2年後のW杯では、一回り成長した彼らの姿を見ることが出来るだろう。五輪の本戦すら、W杯用の対外試合経験にしてしまうトルシエ監督の「戦略」に乾杯!

※ フリーソフト サッカー戦略シミュレーター 「Eval Flat3」の正式版はここよりダウンロードできます(LHAで圧縮されています。Windows用)。

 

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