
エリザベス・キューブラー・ロスの最新刊を読んで。
エリザベス・キューブラー・ロスは、「死ぬ瞬間」という著書で、その名を世界中に知られることになりました。
精神科医であるロスは、この著書で、末期医療における現代の医療の「死」に対する認識の在り方を、強く批判します。これまでの医療では、死というものは医師にとっての敗北であり、患者にとっても、一分一秒でも長く生き続けることが重要なのだと認識されていたのです。
そのために、末期の状態にある患者は、チューブ漬けになり、家族からも遠ざけられ、病院の冷たい床で苦しみながら亡くなることが多かったのです。
ロスの主張は、要約すると「死というものは、必ずしも忌まわしく封印すべきものではなく、末期の状態にある患者にとっては、せまりくる死を受け入れることで、むしろ心の平安を得ることができる」というものです。
末期医療において、医師や医療関係者の重要な役割は、「患者に、いかに苦痛を与えず、しかも尊厳をもって死を通過させるかということ」であるといいます。この考え方は、あの有名な「病院で死ぬこと」の著者である山崎章郎氏を初め、世界中の医療関係者に感動を与え、末期医療の在り方が改善されるようになりました。「死ぬ瞬間」は、ホスピスに従事する関係者にとっては、今や聖書のように目されているようです。
最近、日本では、そのロスの最新刊である「人生は廻る輪のように」が訳され、書店に並ぶようになりました。ロス自身の序文によると、「これは自分の最後の著書になるだろう」と述べられています。
私は、以前から、ロスの主要な著書を読み続けていたので、さっそくロスの最新刊を買って読んでみました。本の内容は、ロス自身の手による自伝であり、あらためてロスの、生命に対する誠実さと、感性の豊かさを思い知りました。患者に対する献身は、あのマザー・テレサと同質ではないかと思ったくらいです。
しかし、今回の著書でとくに注目されることは、彼女が、心身二元論の生命観を持っていて、さらに彼女自身が、自らの幽霊との交信体験と、チャネリング体験を持っていて、神秘主義的な傾向にあるということでした。
彼女は、常々、死とは、蝶がさなぎから脱皮するのと同じで、肉体という殻を脱ぎ捨てて、新たな世界に移行することであると述べていました。しかし、それ以上の死後の世界に関しての解釈は、これまで彼女は言及することを避けていたようです。こうした心身二元論は、キリスト教ではオーソドックスな解釈なので、キリスト教圏の欧米社会では、彼女の死に対する解釈は常識の範囲内に収まっていたこと思われます。しかし、近年、彼女は輪廻転生を信じていることを述べるようになり、自分自身の過去生がインディアンの女性であったことを強く確信するようになります。この時点で伝統的なキリスト教的世界観とはかけ離れることになり、彼女は神秘主義者であるというレッテルを貼られることになるのです。
幽霊体験については、彼女の前の著書である「死後の真実」でも、すでに述べられていました。
以前、ロスは、末期患者と対話することで、医療関係者に死に対する認識を改めさせるというセミナーを続けていましたが、助手である牧師と考え方が合わず、セミナーを続けることを断念しようかどうか悩んでいました。
ある時、ついにセミナー継続を断念することを決意したのですが、その決意した日に、以前、彼女のセミナーで、末期患者のゲストとして協力したことのある、1年程前に亡くなった、ある夫人が、幽霊となって、真っ昼間のロスの事務所に現れたというのです。精神科医でもあるロスは、自分が、幻覚を見ているのではないかと、さまざまに自己を分析するのですが、どうもこれは現実らしいと解釈しました。夫人が言うには「ロス先生は、セミナーを続けるべきだ。やめるのは、まだ時期が早すぎる」というのです。
この話しが、最新刊でも再び述べてあり、よほどこの話しにロスは、思い入れがあるようです。
私自身は、霊などは見たことがないので、この話しをにわかに信じられないのですが、ロスの人間性からみて、彼女は、決して嘘は述べないでしょうし、医学者としての信頼を損なうかもしれないリスクを犯してまで、こういう話しを繰り返して述べるということは、ロスにとっては、何らかのリアリティーを持って、幽霊体験をしたことは間違いないのではないかと思います。さらに、新刊書では、チャネリング体験や、幽体離脱体験などの様々な神秘体験について赤裸々に述べられていて、従来のロスの愛読者を驚かせる内容になっています。
ロスは、自分の死期を見通して、これまでの名誉や尊敬をかなぐり捨てて、自分の実際に体験した真実を述べようとしているように感じられました。ロスのこういった体験は、ニューエイジ思想そのものです。
ニューエイジ思想とは、ベトナム戦争をきっかけに、これまでの硬直化したキリスト教の教えにリアリティーを失った若者が、道教やインド思想などの東洋思想と神秘主義に心の拠り所を置いた思想運動です。日本でも、近年、東洋思想が、逆輸入の形で、ニューエイジ思想として流行しました。
私も、初めのうちは、ニューエイジ思想に興味を持っていましたが、それらがビジネスと密接な繋がりを持つに連れてしだいに胡散臭いものに思えてきました。しかし、ロスの新刊書を読んで、あの誠実なロスが、様々な社会的信用を失うような犠牲を払ってまで、そこまで述べているということは、ニューエイジ思想のいくつかは、真実なのかなというように、私は心が揺れているところです。
しかし、いずれにしても、私自身は、世界観や生死観の答えは、自分の人生を通じて、自分の頭と胸に問いかけながら、そのつど模索していきたいと考えています。
新刊書に述べられたロスの体験は、確かにスリリングで興味のあるものですが、それはロス自身の人生の中で、得られた彼女自身にとっての真実なのでしょう。
しかし、私自身の人生では、また違った結論になるかもしれません。新たな出会いに、自分の在り方がどう変わるのか、全く予想がつきません。しかし、自分が変わっていくというのも、歳を重ねていくものの特権であり、それがせめて死に向かう者の楽しみとでも言えるのではないでしょうか。