国民主権

一 主権の概念

 主権の概念は多義的でありますが、一般に次の3つの意味で用いられています。例については細かいのでご参考までに・・・。

 1. 国家権力そのもの
   ex 「国権」(第41条) ・ 「日本国ノ主権ハ、本州、北海道、九州及四国
      並ニ吾等ノ決定スル諸小島ニ局限セラルベシ」(ポツダム宣言第8項)
      というときの主権

 2. 国家権力の属性としての最高独立性
   ex 「自国の主権を維持し」(憲法前文第3項)というときの主権

 3. 国政についての最高の決定権
   ex 「ここに主権が国民に存することを宣言し」(憲法前文第1項)
      というときの主権
      「主権の存する日本国民の総意」(憲法第1条)というときの主権


ニ 国民主権の意味

 1791年、フランス憲法は「主権は、唯一、不可分、かつ時効にかからないもの」としています。
 もう少し噛み砕いた表現をすると、主権は国民にあるのであって国王にあるのではない。主権は国民全体でこれを持つ。国民は国王に主権を渡すことはできず、ある期間をもって消えてしまうということもない、といったことを憲法で保障したのです。

 この考え方は、日本も含めて多くの国の憲法に影響を与えていると言えるでしょうが、まだまだ人権すら保障されていない国々のほうが多いといえましょう。


 なお、国民主権には以下の2つの契機(性質)があると言われています。

 1. 権力性の契機
    権力性の契機とは、主権者たる国民が国の政治のあり方を最終的に
   決定する権力を有するという性質のいうことをいいます。

 2. 正当性の契機
    正当性の契機とは、国家権力の正当性の究極の根拠が国民にある
   という性質をいいます。


 国民主権の性質をこのように考えると、主権が国民にあるという場合の「国民」の意義をいかに解するかによって、全く意味の違う国民主権になってしまいます。ちょっと分かりにくいですよね。
 つまり、国民を全国民と捉えるか、有権者と捉えるかによって権力の根拠・行使者が変わってしまうのです。
 諸説ありますが、故芦部先生は以下のように考えられていました。すなわち、「権力の正当性の究極の根拠を示す原理である限りにおいて、主権の保持者は全国民であるが、主権の最終的な行使者だという権力的契機においては、有権者の総体がその主体である」と考えられていました。
 これが現在の一般的な考え方で、tanashinもこの考え方を採らせていただいております。

 ところで、民主主義という言葉がありますよね。よく知られた言葉ですがその意味を聞かれて答えられる方は少ないのではないかと思われます。
 少数者の意見・人権を尊重しながら国家としての意見をまとめようとすることをいう、と答えることもできましょうが、ここではもうひとつの定義を知っておいていただきたいと思います。
 すなわち、「民主主義とは、治者と被治者の自同性のことをいう」、という定義です。つまり、民主主義においては、国を治めていく者と、治められる者を同一視できる状態が必要とされているということをいっているのです。たとえば、ミャンマーのように軍事政権がのさばっている場合には、いくら民主主義を唱えてもそれは民主主義とは言わない、ということになります。

 先の芦部先生の説には、国民主権は、全国民が国家権力の源泉であり、国家権力を民主的に基礎づけ正当化する根拠であるという意味と、国民と同一視される有権者が国家権力の究極の行使者だという意味が併せ含まれていたのです。まさに、民主主義にのっとった考えであります。お分かりいただけましたでしょうか。


三 外国人の選挙権

 さて、国民主権とは、以上でみてきたように、国政のあり方を最終的に決定する力または権威が国民に存するということをいいます。
 では、外国人に選挙権を認めることは、国民主権に反するのでしょうか。

 この問題を考える時には、一般的に国政レベルにおける選挙権と地方レベルにおける選挙権とに分けて考えられています。

 まず、国政レベル(衆議院議員選挙等)の選挙権は、否定する見解が大勢を占めています。この見解は、15条1項が国民主権原理に基づき、国政は国民が決定することを明らかにしたもので、ここにいう国民は日本国民をさし、外国人を含まないと考えています。
 ただし最近では、法律用語としての「国民」は、日本国籍保持者を意味する場合もあれば、広く日本の統治権に服する者、日本に住む者を意味する場合もあるのであって、憲法でも法律でも「国民」と書いてあるからそれは日本国籍を有する者のことであって外国人は含まない、と簡単にいってしまうわけにはいかない、との浦部法穂先生の主張により、国政レベルにおいても外国人の選挙権を認めようとの見解が出されてきています。
 現在、我が国で支配的だった外国人の参政権否定論は再検討を求められていて、立法上の解決が求められている、ということだけ知っておいていただきたいと思います。

 一方、地方レベル(市町村長選挙等)の選挙権については、学説においては認めていく方向に傾きつつあります。その理由として、1.地方自治は直接には国政に影響を与えない 2.地方自治は住民の生活に密着した問題の処理を任務とするから、住民自治(詳しくは「地方自治の概説」の項目をご覧ください)の理念に照らし、地域内で生活する外国人にも地方自治への参加を認めることはでき、むしろ、住民である外国人の選挙権を排除することは「地方自治の本旨」に反する、ということを挙げています。
 最高裁判所もその判決(平成7.2.28)において、地方選挙については、在日韓国人のような永住者に法律をもって選挙権を付与することは憲法上禁止されていないと判示し、部分的に外国人の選挙権を認めつつあると言えます。tanashinとしても妥当な結論であると考えています
 ただし、原則として被選挙権は禁止すると考えるのが通説であります。tanashinもそのように考えています。

 
 以上で国民主権については終わりにしたいと思います。ご意見等ございましたらメールにてお願いします。