設 立 2003年09月26日
移 動 2004年05月13日
更 新 2005年07月23日
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死刑を定める法律

爆発物取締罰則
生きている化石 現在も効力がある太政官布告による罰則
明治十七年太政官布告第三十二号(爆発物取締罰則)第1条
治安ヲ妨ケ又ハ人ノ身体財産ヲ害セントスルノ目的ヲ以テ爆発物ヲ使用シタル者及ヒ人ヲシテ之ヲ使用セシメタル者ハ死刑又ハ無期若クハ七年以上ノ懲役又ハ禁錮ニ処ス
爆発物を使用したものを罰する法令。これは明治17年という非常に古い法令であるが現在も法律として有効である。

太政官(だじょうかん、だいじょうかん)とは大宝律令以来朝廷に設置された「機関」である。天皇の代理として立法・行政・司法を全て統括する機関として存在し、朝廷による統治が行われなかった期間も設置されていたが、明治維新を向かえ1868年実質的な行政機関として再び政治の表舞台に立つことになる。1885年の内閣制度成立までの期間、立法・行政・司法を管轄し、その間に法令として出されたのが「太政官布告」である。

1947年「日本国憲法施行の際現に効力を有する命令の規定の効力等に関する法律」が成立した。これは憲法改正に伴う大日本帝国憲法下の命令・規則を法律化するための法律である。このため法律以外の全ての命令・規則等は同年12月31日までの効力しか認められなくなった。

この爆発物取締罰則は「法律」ではないため、本来「日本国憲法施行の際現に効力を有する命令の規定の効力等に関する法律」にて廃止されるべきものであったが、この罰則が大日本帝国憲法成立以前に公布されていることから、この法律の適用外となり今も効力を持つ布告となっている。

激発物破裂罪(刑法第117条)との違いは、その犯行の目的による区別、そして爆破場所の問題であるとおもわれる。爆発物取扱罰則は治安を妨げ人の生命(及び財産)を害する目的で爆発物を使用した場合に適用され、激発物破裂罪は「建造物等」の破壊を基本的な目的としている場合に訴因として適用される、からだと思われる。

この法律をめぐっては有名な火炎びん法廷論争がある。火炎びんがこの罰則で言う「爆発物に当たるかどうか?」を巡り法廷論争が行われたが、火炎びんは「爆発力にて人の身体、財産を侵害する」ことはできないとして、この罰則にて取り締まることができなくなった。火炎びんは「貧者の兵器」とも言われ、簡易で安価に製造できることから1960年の日米安保闘争から激化する学生運動、過激派によるテロ活動で頻繁にも使用された。このため1974年「火炎びんの使用等の処罰に関する法律」が立法施行されることになる。

 1953年11日13日最高裁判所第2小法廷判決

また爆発物取扱罰則第6条では以下のように定めている。
明治十七年太政官布告第三十二号(爆発物取締罰則)第6条
爆発物ヲ製造輸入所持シ又ハ注文ヲ為シタル者第一条ニ記載シタル犯罪ノ目的ニアラサルコトヲ証明スルコト能ハサル時ハ六月以上五年以下ノ懲役ニ処ス
この条文は、通常検察側にある立証責任を容疑者側に要求されている。この罰則の制定時期が古いことが原因となっていると思われる。法律論からも、また布告からの技術等の変遷をみても、爆発物取締罰則は刑法に編入、または別法で制定しなおし、将来的に廃止すべきではないだろうか。
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