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今度ナスダック100から消える銘柄(かつてのITフィーバー銘柄が多い) NOVL INKT ARBA CNET CMGI BVSN LVLT MCLD MFNX NOVL PALM PMTC RNWK 今度ナスダック100に加えられる銘柄(バイオが多い+優良IT企業) IMCL SEPR IVGN CEPH ESRX SNPS PDLI CYTC ICOS(この辺はバイオだと思った) CDWC IDTI CHTR SYMC(この辺は成績優秀なIT企業) これなら、ナスダックは上がるかもしれない。と同時に、赤字体質のIT企業からはそろそろ抜け出さねばならないだろう。 わたくしは、赤字IT企業からはなるべく身を引く方針になりました。これは大変なことでした。 こないだ引いた後に、反テロリスト暴騰銘柄に遅れて参入、時既に遅し(多分) 現在、日本新興企業(財務が良いもの)と米国IT優良企業(財務がよいもの) もしくは、財務が良いバイオ(個別銘柄に書いた)などに興味あり。 赤字IT企業からは涙の撤退です。 引き際が大事だということを知りました。でも、これからもそれは同じ。 また失敗する。だから気をつけないといけない。 しかしながら、ナスダック100銘柄の変更は象徴的な出来事だ。 懐かしい銘柄がたくさんいなくなっていく。。 一つの時代が終わったのかな。今度いなくなる(ナスダック100から)INKTやARBA、CMGI、RNWK,PALM、CNET、BVSN−−この辺が上がっている時が一番凄かった。 しかしITの中でも、IDTI,SYMC、CDWCなどが生き残ったのは凄いことだ。 バイオの時代か、、? ついに、黒字バイオベンチャー薬品企業もしくはヘルスケアがたくさんでてきた。 もう、CRAやHGSIやAMGN,BGENだけの時代は終わったのか? 個別銘柄掲示板に書いたが、バイオベンチャーで立派な利益を上げているところが増えてきた。これかは、ガンとか、肺とか、循環器、とかそういう言葉がさかんにとびかうようになるのかもしれない。一例としてこんなのがある。 DIAN−ヘルスケアサービス会社:解剖、腫瘍検査、尿検査、皮膚炎検査、婦人科,胃腸系などを扱っている。 このDIANのようなナスダックベンチャーが黒字になっていて、こういうのが増えている。 やたらに多くなってきた。これは、恐らく、ブッシュ政権がヘルスケア重視だからだろう。 かつてのクリントン−ゴア政権がIT重視だったので、IT銘柄が上がったのと同じだ。 薬や医療はITより金になりやすいのではないか? 今度、ナスダック100に入るバイオ企業の業務内容(かなり簡略化している) 私のわかる範囲で、 CEPH−不眠症、神経症、ガンなどの薬品 IVGN−ゲノム用実験器具の会社(業績良い) SEPR−新薬開発会社 ESRX−ヘルスケア総合サービス会社(業績良い) PDLI−たんぱく質から薬品(抗体)を作る これからは、こういうのが、ナスダック100=QQQの中身になる。 もう、PALMやRNWKやCMGIとか、CNET INKT、ARBAはいなくなるのだ。 ここで頭を切り替えないとダメだろう。やっとそういう気になってきた。 準備はよろしいか? |
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2001年12月18日 18時20分00秒
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---以下、ある情報網から転記------ テクニカルトピックス 日米中央銀行の金融政策(量的側面) -------------------------------------------------------------------------- 今週号では日米の中央銀行(日本銀行とFRB)の金融政策の内、量的側面についてみてみます。わかりやすく言えば、”中央銀行はお金を刷っているのか”です。 景気回復策について日本ではすぐに財政政策が叫ばれます。公共投資をやって需要を増やせということです。90年代を通して日本は財政政策を打ってきたのですが、それでも現在のように経済の展望は開けず、新内閣が構造改革を訴える状況(構造改革なくして景気回復は無いと)に陥っているのです。それとは別に、欧米では景気対策は中央銀行の仕事という考え方がスタンダードになっているとする見解があります。中央銀行が金利やマネーサプライなど金融政策を通して景気の悪化や過熱をコントロールするシステムです。最初のグラフは米国のマネタリーベースの推移です。2000年問題があったためにわかりにくい動きがあったのですが、その影響も一巡し、足元は前年比で4%程度の増加となっています。年初からのFFレート(政策金利)の引き下げだけでなく、量的な側面からも景気対策を打ってきていると読むことが出来ます。 マネタリーベースと景気の間の関係を見たものが二番目のグラフです。生産と比較しているのですが、マネタリーベースを8ヶ月先行させると最も相関が高くなります。金融緩和策を打っても効果が現れるまでそのぐらいの時間がかかるということです。このグラフからは7-9月期には生産底打ちも視野に入っていることがわかります。 ![]() それでは日本銀行はどう動いているのか?をみたものが三番目のグラフです。米国同様、2000年問題でわかりにくい時期があるのですが、今年3月の金融緩和政策に沿った形でマネーを供給していると見ることが出来ます。 このマネーの動きは為替相場にも影響を与えているとみられ、例えば、95年当時は日銀のマネーの供給が少なかったことが超円高に結びついたと考えられます。その後は日本が米国以上にマネーを供給したことが円安トレンドの背景にありました。 ![]() グリーンスパンFRB議長は米国の景気回復が鈍いためさらなる金融緩和姿勢を表明しています。8月FOMCでの0.25%利下げをマーケットは織り込み始めています。引き続き米国景気は7-9月期底入れに向けてNAPMなど先行指標の動きに加え、金利政策、量的政策の効果を待つ局面とみています。 --------------- 以上、ある方から上記情報を得ました。いわゆる紙幣印刷経済活性化論に関する具体的な話です。利下げをする場合、こういった?紙幣印刷(量的緩和、金融緩和)を伴わない場合と伴う場合があるらしいです。結局、90年代の日本は、利下げをしながら、量的緩和(紙幣印刷)をしなかったらしいです。結果として、株も経済も良くならなかった。つまり、ひょっとして、利下げというのは、効果はないとは言わないが、量的緩和が伴わない利下げは意味がない?逆に場合によっては、利上げをしても紙幣印刷が行われれば景気は上向くということも考えられるわけで、この辺に我々は騙されないようにしないといけないと最近思っています。 −−−−−−−− ナスダックとの恐ろしい連動 ![]() これを見る限り、恐ろしいほど、ナスダックなどの動きと連動している。いわゆるY2Kのときのこの値(マネタリーベース?)はすざましかった。後は、2000年というのは、明らかに株を下げようとしていたのだと見れる。さらには、 今年に入ってから急転換させようとしているようにみえる。しかしながら、この程度では?まだ本当の意味での反転には至らないのではないか?一番困るのは、ここで、マネタリーベースをストップされてしまうことでしょう。ここから後、2倍くらい上に行けば人為的上げ相場ができるんですかね。我々一般人には恐ろしく無縁な世界で、恐ろしさを感じます。 −−−−−−−− 日本がなぜ90年代に景気が良くならなかったのか? ![]() これを見る限り、日本は90年代に再三にわたって利下げをしたのにもかかわらず、株が上がらなかったのがわかるような気がします。つまり、利下げと共にいわゆる量的緩和をやっていなかったのです。これからではないかと思っています。 |
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2001年08月01日 02時20分23秒
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1999年春のネットバブルの頃から急に引き締め政策をグリーンスパン氏はとりました。なぜかといえば、氏はバブルの発生を恐れたからです。引き締め政策は成功し、あらゆる買われすぎた株が下がりました。引き締めとは、はっきりいって株に対する引き締めだったと思われます。さて、株は上がっていた方がいいです。その国の経済の目安でもあるからです。では、なぜ、グリーンスパンは下げたのでしょうか?そして、あまりにも強烈に引き締めを続け下げたかったのでしょうか? これは、グリーンスパンがアメリカにバブルになって欲しくなかったからです。そこで、思いきって、1年6ヶ月に渡り、引き締めつづけ、最後にはしまいには、景気減速の傾向が明らかになるほどにまでなりました。1年前のアメリカでは考えられないことです。さて、グリーンスパンの目的はアメリカの経済をダメにすることだったのでしょうか?そんなはずは絶対にないと思います。自国をわざとダメにする経済的な重職についている人がいるでしょうか? こないだ、グリーンスパンは1年6ヶ月ぶりにそろそろ方向転換する「用意がある」というスピーチをしました。その日、ナスダックなどは過去最大の上がり方をしました。そして、12月19日のFOMCミーティングでは、景気減速懸念の声明が発せられました。この声明が出るということは今度から利下げをするということを意味します。これらの発表は非常に重要な意味を持っています。 要するにグリーンスパンはアメリカをバブルにしたくなかったのです。だから、引き締めを続けました。これがグリーンスパンの戦い前半戦です。そして、来年の一月から利下げと共に引き締め解除の方向に恐らく1年くらいは最低かけて後半戦が始まります。ここで、経済が正常に戻れば、グリーンスパンはうまくやったということになります。どのようにうまくやったかというと、バブル崩壊後、10年間立ち直ることがなかった日本経済に対して、未然にわざと下げて、ギリギリまで下げてあげることによって、わずか2年足らずで経済をバブルの発生を回避して、成長を続けることのできる経済を作ったことになります。 しかしながら、まだ、後半戦は始まってません。ひょっとして、この壮大なる実験は失敗に終わるかもしれません。しかし、成功するかもしれません。グリーンスパン氏は若い頃「大恐慌」という論文を書いたそうです。そして、近年にかけては日本のバブル及びその崩壊を良く勉強していたと言います。そして、物凄い勉強家らしく、色々な経済人にしょっちゅう電話をかけて、わからないことをあちこちに聞いて周るそうです。そして電話が終わるとThank You very much ガちゃん。と電話を切るそうです。恐らく、次の質問を別の人に電話で聞くのでしょう。これだけ一生懸命やったこの人が成功するかどうかは、来年から始まる後半戦にかかっているのです。 皮肉にもわが国日本はバブルをうまく処理できませんでした。そして10年不況を招きました。グリーンスパンはこれを恐れているのです、逆にこれしか頭になかったかもしれません。後半戦は来年からです。株が急に上がるかどうかはわかりませんが、反転の「方向」にだけは向かっているようです。この世紀の大実験が成功したら素晴らしいことになると思います。ひょっとして、グリーンスパンの手法を真似すれば、今後世界でバブル及びその崩壊は起こらなくなるかもしれないのです。私はそれくらい大きな実験をあのおじいさんはやっているんだと思っています。心の底から応援したい気持ちでいっぱいです。 |
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2000年12月24日 17時01分02秒
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ちょうど1年前、なにげなく、「ホームページを作ろう!」というジオシティの広告を見て、クリックして、順序に従って行ったら、30分くらいで自分のホームぺージができてしまった。かなり単純なホームページだったが、「なるほど、こんな世界があったのか!?」と当時、精神的に参っており、完全寝たきり状態にあった私は、何か光のようなものを感じた。 そして、最初は友達にただのなんの目的もないホームページとして紹介した。しかし、ホームページ作りは面白いと感じた私は、一週間後くらいには、そのホームページを自分の好きな株式関係のホームページに変えてしまった。そして、思いつきで「アメリカ株研究」と名づけた。 株仲間?の方に一度来て下さい。といって周ってみた。そしたら、段々と来る人が増えてきた。そして、ここまで来てくれるなら、何かものを書こうと思い、特集と題して、当時興味があった銘柄についていろいろ書いてみた。そういえば、一部は別のサイトでも掲載していた。 物足りなくなった私は掲示板を作った。そして、みんなが書きこんでくれるようになってきた。さらに調子に乗った私は「注目銘柄」コーナなども作った。そして体裁がある程度整った頃に旧WorldStockJournal掲示板に宣伝しにいった、その日以来、毎日最低500人は訪問者が来るようになった。 あまりにもあっというまの出来事だったので私はびっくりした。そして、そんなにみんな来てくれるなら、日記を書こうと考えた株式に関係のある日記だ。日記は「その当時は」比較的好評だった記憶がある。そして、日記をStockcampusで書いてみたいか?ともまで言われるようになり、私はそれを承諾し、Stockcampusで日記を書くことになった。 その後は、色々と問題が出てきて難しかった。でも、よく考えるとこれが始まったのは去年の今ごろだ。10年くらいたったような気がする。不思議なものだ。ちなみにこの1年間で私の資産はほとんどなくなってしまった。もうやる気はなくなっている。最初の頃はそういえば掲示板は一つしかなかった。書きこみが凄く多かったので、「新掲示板」というのを作ったのを覚えている。そして、段々と掲示板の数は増えて行った。世の中おかしなことがあるもんだ、と考え直してみると思わざるをえない。 |
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2000年12月18日 05時25分44秒
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