ノーモア「君が代強制」のホームページ





今後、一層の政治問題化が予想される東京、靖国神社


沖縄と「君が代」、〃が代の歴史、君が代の歌詞、更新日17.11.1

 美しい海をもつ沖縄。 その一方では「オキナワのなかに基地があるのではない。 基地の中にオキナワがあるのだ。」と言われるオキナワ。また大江は著書「オキナワノート」のなかで、「日本にオキナワがあるのではない。オキナワに日本があるのだ」と述べています。つまり大江は、現在の日本の眞の姿が、オキナワに象徴的に表れていると言っているのです。
 先のアジア・太平洋戦争では唯一の地上戦がオキナワであり、 多くの犠牲者がでました。そのなかでも、ウチナンチューは、 ヤマトンチューよりも勇敢に闘ったといわれます。理由は、皇民化教育にありました。 この皇民化教育のなかで中核的な役割を果たしたのが 「君が代」なのです。
オキナワは常に日本の捨て石とされてきました。「天皇(ヒロヒト)メッセージ」では、今後数十年にわたってオキナワの「施政権」をアメリカに譲るとされ、戦後日本は、軍事面のことはオキナワに押しつけ、経済の復興を果たしてきたといっても過言ではないでしょう。
このような背景から、戦後オキナワでは、独立論なども論議され、1981年には「琉球共和国憲法」の二つの試案と「沖縄特別県制」構想も提起されてきました。このホームページでは、ウタについての様々な意見・報告などを集約し、ウタを通して現代日本を考えていこうというものです。なお念のために書いておきますが、私がここで一番問題にしているのは、「君が代」にかかわる「思想・良心の自由」の点です(もちろん、君が代そのものにもなんらかの問題があると考えていますが)。ここで述べたいのは1943年の戦時中に出たアメリカのバーネット判決(ウエストバージニア州教委が、公立学校生徒に国旗敬礼行事への参加を義務づけ。これに対し、バーネット家は宗教上の理由から、これを拒否。罰を受けたので、これは良心の自由を侵すものとして提訴。アメリカ連邦最高裁は「国旗敬礼の強要は、信教・言論の自由を保障した憲法に違反すると判決)です。残念ながら日本の最高裁(最近は特に私にいわせれば最低裁)に於いては、このようなことは考えられません。将来アメリカの世界戦略の片棒をかついで、日本の国軍として、海外派兵するのは私たち大人 ではありません。それはいまの若い世代であり、いま私たちの目の前にいる子どもたちなのです。



私がペン・ネーム「ホープ」です。このホームページは私がつくりました。このホームページのセールスポイントは、下の項目のなかの「卒業式の主人公」の前半のなか(白い部分)で述べられている君が代の強制がこどもの「思想・良心の自由」を侵すものであるという点です。このことを私なりに法律的な観点から展開しているつもりです。一応日本は「法恥国家」「法置国家」ですから。よろしかったら、ご一読を。  
〃が代の歴史について。最初にフェントンというイギリス人に、陸軍の大山巌が国歌が必要なのではといわれ、彼につくってもらった曲。しかし、これは日本人には、なじみにくく、次第に歌われなくなりました。今度は海軍から宮内省に国歌をつくってはどうかということで、宮内省の式部寮雅楽課が君が代をつくります。その時ドイツのエッケルトという音楽家も協力するのです。しかし、結局この曲もあまりうまくいきませんでした。ついに文部省は国歌の選定を音楽取調掛に命じることになります。1年後取調掛は、とても国歌はつくれない、難しいということで、この命令を返上。そこで最終的にはエッケルトも参加した宮内省の曲が君が代の曲になっていくわけです。しかし、まだ国歌として認められたわけではなく、これが国歌として教育の場で使われるようになるのは1889年の大日本帝國憲法の成立、翌年の教育勅語、さらにその翌年の小学校祝日大祭日儀式規程の成立まで、待たねばなりませんでした。


君が代の歌詞について。もとは「古今和歌集」のよみ人知らずの歌詞から来ているとされています。この君が代ですが元は挽歌(柩をかつぐ時の歌)だったという説もあります。この挽歌を賀歌にかえ和歌集にのせたのが紀貫之といわれます。いずれにしても君が代は和歌集の筆頭にきている「賀歌」であり、その歌が読み人知らず、しかも読んだ相手も不明とは、不自然との説もあります。さて歌詞の解釈ですが、たしかに「君」には「あなた」という意味があるのも事実です。しかし、戦前はこれを「天皇(君)が治める世が、永遠に続くように」という解釈のもと学校教育で教えられました。戦後「君」は、日本国及び日本国民統合の象徴であり、その地位は主権の存する国民の総意に基づく「天皇」を指すと解釈されるようになりました。

現在の君が代をめぐる動向
君が代は国歌法の成立により、国際的にはもちろんのこと国内に於いても一層国民の間に定着したといえます。また国歌君が代に対して理屈ぬきで敬意をはらうべきであるという意見も多数あり、さらにわれわれは君が代の負の歴史を忘れぬためにも、君が代とともにそれを背負って生きていくべきだという意見の方もおられます。私はいうまでもなくこのような位置にある君が代そのものを問題にしようとしているのではありません。何度も書いてあるように、強制を主にここで取り上げているのです。

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