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京王新労働組合の結成の経過について 
2001年11月14日

1. 京王新労働組合の結成の趣旨

 私たちは、2001年11月14日京王電鉄労働組合を脱退して、労働者の組合費で運営している自主的な組合として、組合員の利益を守るために京王新労働組合を結成しました。会社の提案や施策について、労働者の立場に立ったあたりまえ労働組合として活動するものです。
 京王電鉄のバス分社化リストラに反対して活動してきた京王電鉄労働組合府中分会執行部・労働者有志は、組合民主主義を蹂躙し続ける京王電鉄労働組合執行部の対応に対し、粘り強く組合民主主義の徹底を求めて出来うる限りの対応を行なってきましたが、批判勢力の意見にはいっさい耳を傾けず、強引に臨時大会(2001.11.1)を開催し、バス分社化問題の会社との合意を押し通した京王電鉄労働組合を脱退することとしました。
 連続増益を続け、株主には特別配当を行なう京王電鉄株式会社の今回の提案には何の道理もなく、今日の大規模なリストラ人減らしに便乗したものです。
 合意した賃金・人事処遇制度の変更が、労働条件の重大な不利益変更であり、たとえ労働組合が認めたとしても、労働者一人一人から合意を受けなければならないものです。しかし、京王電鉄労働組合は、こうした労働者の権利を最後まで擁護し、自由な選択が行われる環境さえも留意しないばかりか、そうした労働者の権利が在ることさえ労働者に知らせようとしていません。これでは労働者を「裸で狼の群れに」追いやるもので、団結権を放棄するものです。
 府中分会の執行部・労働者有志は、こうした事態の中で労働者の生活と権利を最後まで擁護するために、憲法に保障された結社の自由や労働者の団結権に基づいて、京王電鉄労働組合を脱退し、自分たちの力で京王新労働組合を結成し、労働者の労働者によるあたりまえの労働組合運動として労働者の利益を擁護する活動を行なうこととしました。

2. 結成に至る経過について

1)京王電鉄の分社化リストラ提案される
 京王電鉄は、2000年3月決算で税引利益が58億円を越え、2001年3月決算では61億3千万円、2001年度も業績予想を上方修正するなど株主には特別配当を続けている優良企業です。
 この京王電鉄における「構造改革」と称する分社化リストラは、大企業の大規模なリストラ計画、規制緩和の推進や「会社分割法」の制定などの時代背景を追い風に2000年4月に提案されました。提案されたリストラ策は、2001年2月には新会社を設立し、10月には労働者を転籍するというものです。その内容は、新たにバス子会社を作り、1260名余の自動車事業部の労働者全員を解雇し、子会社に転籍させるというとんでもない内容です。しかも、この新会社は新規採用をせず、1997年に作った子会社(京王バス)にバス路線を段階的に営業譲渡していく「整理会社」として設立するというのです。
 この提案で、会社は運転手の賃金を運送収入の42%に抑え、利益を確保することを前提に、労働条件の極端な切り下げを主張しています。基本年俸を一律290万円にし、残業と運送収入による成果配分で上乗せをはかるというもので、これまでの年収の25%以上もマイナスになります。この結果、長時間労働が蔓延し、運転手の健康が損なわれ、営業収入の競争激化は「神風バス」の登場など、安全な運行や利便性を損なうものです。
 京王電鉄によるバス部門の分社化提案は、「バス労働者だけを犠牲にするのか」と提案当初から職場労働者や自由法曹団による意見書発表など厳しい批判が巻き起こりました。

2)リストラ計画中断−職場労働者のたたかい
 この間職場では、京王電鉄労働者で作られている「京王労働者の会」が機関紙「みらい21」を労働者に配布し、提案内容の詳細な検討、企業業績や「赤字」宣伝の虚実、白紙撤回を求める活動を強めました。
 一方、京王電鉄労働組合は、会社に質問書を提出、この回答資料を労働者に明らかにしないなど組合民主主義を踏みにじる行為を行ないました。そめため職場有志は、提案内容が検討できないと、会社から出された関連資料の公開を労働組合に求める署名活動を展開し350名余の署名を集め、労働組合に提出するなど組合民主主義の徹底を求めてきました。
 こうした活動の積み重ねが「バス事業の赤字についても、職場に説明するにあたり、まだ説明不十分な点がある」(2001年3月)との京王電鉄労働組合の態度表明に結びつき、結果として、会社をして6月の株主総会での営業譲渡の特別決議の実施、10月の転籍は実施できませんでした。

3)対象労働者の声を抑え、リストラ容認へ
  分社化リストラの延期に追い込まれた会社は、かろうじて京王電鉄労働組合と「解決時期を2001年秋頃に置くものとする」ことを合意しました。京王電鉄労働組合は「バス再建問題対策委員会」設置し、答申を行い職場に報告するとしていましたが、職場常会も開催されないまま、5月に組合案として職場に提起されました。組合案は転籍を認めず出向を求めましたが、これまでの出向協定(これまでの出向協定では労働条件は継承されることとなっている)を改悪して「出向」とするという案で、大幅な賃金切下げを組合が要求するという異常な事態となりました。組合は「圧倒的多数の賛同を得た」として会社に要求として提出しました。
 この間組合の支部、分会の役員選挙が行われ、府中分会では、転籍も出向ではなく第3の道をと主張する候補者が分会3役、幹事に当選し、自動車事業部全員投票を求めて運動を開始しました。
 賃金・人事処遇制度などの問題別の交渉が開かれ京王電鉄労働組合は合意を与えてきましたが、9月26日に開催された定期大会では、府中分会の議案や有志による議案、代議員による動議も議題にすることなく葬りさるという組合民主主義を踏みにじる行為を行ないました。
 また、さらに京王電鉄労働組合は「賃金などの部門間格差」は認められないとの立場に立っていましたが、9月12日の第5回団体交渉の回答が、これまで新会社の賃金・人事処遇制度の交渉として行われていたものが、自動車事業部従業員の賃金にすり替えられていたにもかかわらず、この重大な変更を一切説明することなく9月26日の定期大会で決定してしまいました。この事実が職場に明らかになったのは、10月17日の第7回団体交渉の回答によって、賃金・人事処遇制度の変更実施日が2002年1月16日とされ、転籍および「出向」が2002年8月1日とされたことによってです。
 11月1日に開催された第66回臨時大会でも、府中分会の代議員が、労働条件の重大な変更を知らせなかった執行部の総辞職を要求するなど修正動議を提出しましたが、規約を無視して議題としても扱わない不当な態度を取り続けました。
以上の経過の中で分社化、賃金労働条件改悪阻止にむけては新しい労働組合を結成するしか防衛することが出来ないとの結論に達し京王労働者の有志による準備会を11月1日に結成し建交労(全日本建設交運一般労働組合)都本部ヘの加入を決め現在にいたっています。

以上