行政とNPOの協働と評価

みんながものさしを作る日


特定非営利活動法人コミュニティ・シンクタンク「評価みえ」
代表理事粉川一郎

 


  協働という言葉は難しい。が、安易に使えばこれほど楽な言葉はない。行政の固い殻をこじ開けようと思えば「協働」、市民団体にネットワーキングの重要性を訴えようとしたら「協働」、「これからは協働でやらなければいけません」と言えば、どんなに偉い先生方もうんうんと頷いてくれるのが協働という言葉のもつマジック。

 しかしそれは当然のこと。人それぞれ「協働」という言葉のもつ意味を微妙に違えて理解しているから摩擦の起こりようがない。それぞれがそれぞれに自分に都合のいい意味での「協働」を頭に思い浮かべているのだから。かくして言葉としての「協働」はバブルのごとく膨れ上がって、でも実質は何も変わらず。バブルがはじけるまでのカウントダウンを待っているのが、今の状況ではなかろうか。

 そんなさなかで「協働事業」を評価しようなどという評価システムを作成しようとすると、大変面白いことになる。協働事業にはこういう観点が必要だね、というそれぞれの思いを指標として言葉に落としていくと、そこには侃侃諤諤の議論が。お互いの思いが反映しているものだから、下手をすれば喧嘩腰、上手にやると、いかに自分の考え方を理解してもらえるのかのバトルになる。

 そしてひとしきりのバトルが終わると、いくつかの評価項目が残ってくる。自分達が思い描き合意に達した「協働」の一つの形。それを評価するためのツール。これが満点になるようであれば、少なくとも自分達の思い描く「協働」は達成される。それを計るためのものさしが完成するわけである。

 人とは面白いもので、概念論で話をしていると、なかなか自分の考えを整理することができない。しかし、なんらかのものさしがあって、それに自分の考えを当てはめると自分が考えていることを正確に理解することができるし、表現できるようになる。たとえば、「協働」と言われても漠然として分らないと感じている行政マンに、こうして作った評価システムを見せると、「評価指標を見ていく中で、自分の中で考える協働の像が明確になった」と語り始める。協働なんてお手の物、という市民にこの評価システムを見せれば「この評価システムでは協働のあり方を正しく評価することはできない。私の考えではいくつかの観点を追加する必要がある」と協働のあり方論を語り始める。どちらも、他人が作ったものさしがきっかけで、自分の持っている「協働」の像を問い直しているのである。

 評価みえとやらが出した最初のものさしは、どうもばらついていていびつだった。最近出たのはマシみたいだけけれども、それでも精度で言えば定規のようにはいかないだろう。でも、使ってみればある程度のめやすは見えてくる。何もしなければお腹のなかでぶつぶつ言っていただけのことが、評価という形で数値化されたり、目に見えたりしてくると「じゃぁどうするべきだろう」という話ができてくる。話をしていく上で、自分達なりの新しい協働の形が見えてくれば、それをもとに指標を作って新しい「ものさし」を作ることもできる。それを他の人にみてもらえば、自分達の協働に対する考え方を示すことができるし、共感してくれれば使ってくれるかもしれない。

 そんなものさしの再生産が進めば、自ずとそこから共感を産むものさしが絞られてくるはずだ。そして広く使われるものさしは、みなが共感できる協働の形を示すことになり、「協働って何」という人にとって、協働を行っていく上での最適な入門書にもなるのである。

 協働のためのものさし作り。自分達の考えも明確になり、目標もたてやすくなる。他の人に見てもらえれば、感謝してもらえたりもするし、足りない考え方を補足してもらえる。なのに、なぜ、「ものさし」はかくも世に出てこないのだろうか。侃侃諤諤の議論が面倒だから?、本来の事業が忙しいから?、それとも門外不出一子相伝? 理由はいろいろ考えられるけれど、もし「協働」の考え方が成熟していない、明確になっていないからものさしを作ることができない、と考えているなら大間違いだ。評価という行為は、望ましい目標、あり方を考え、模索し、それを具現化していくための作業でもある。ふわふわと地に足の着いていない「協働」だからこそ、それを計るものさしを協働に関わる一人一人が作っていく必要があるのである。
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