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1995年10月21日  県民総決起大会
高校生代表あいさつ  沖縄県立普天間高校3年 仲村清子
 私はごく普通の高校三年生です。
たいしたことは言えないと思いますが、ただ思ったことを話します。
 
〜略〜
 
 沖縄で米兵による犯罪を過去までさかのぼると、
凶悪犯罪の多さに驚きます。
戦後50年、いまだに米兵による犯罪は後を絶ちません。
このままの状態でいいのでしょうか。
どうしてこれまでの事件が本土に無視されてきたのかが、
私にはわかりません。
 まして、これまでの米兵による事件で、加害者の米兵が罪に相当する罰を受けていないことには本当に腹がたちます。
米軍内に拘束されているはずの容疑者が、米国に逃亡してしまうこともありました。
そんなことがあったからこそ、今、沖縄の人々が日米地位協定に反発するのは当然のことだと思います。

〜略〜

基地が沖縄に来てからずっと犯罪は繰り返されてきました。
基地が在るゆえの苦悩から私たちを解放して欲しい。
だって、今の沖縄は誰のものでもなく、沖縄の人のものなのだから。

 私が通った普天間中学校は、道を隔てたすぐそばに米軍の基地が在ります。
普天間第二小学校は運動場のフェンス越しに基地が在ります。
このように基地の周りには、七つの小学校と四つの中学校、三つの高校、一つの養護学校、二つの大学があります。
私の家からは、米軍の飛行機が滑走路に降りていくのが見えます。
それはまるで、街の中に突っ込んでいくように見えるのです。
ニュースで爆撃機やヘリコプターなどの墜落事故を見るたび、もしこれが
学校だったならと、胸が騒ぎます。
 機体に刻まれた文字が読み取れるほどの低空飛行、それによる騒音。
 
 私達は今まで基地が在る事をしょうがないことだと受け止めてきました。
しかし今、私たち若い世代も、あたり前だった基地の存在の意味を見返しています。
学校でも意外な人がこの事件についての想いを語り、みなをびっくりさせたりしました。
それぞれ口にはしなかったけれど、基地への不満が胸の奥にあったことの現れだと思います。
 今日、普天間高校の生徒会は、この大会のために用意されたバスの無料券を全生徒に配り「みんなで行こう、考えよう」と大会への参加を呼びかけていました。
浦添高校の生徒会でも同じような活動が行われたそうです。
そして今ここにはたくさんの中高生や大学生が集まっています。
若い世代もこの問題について真剣に考え始めているのです。
 今、このような痛ましい事件が起こったことで、沖縄は全国にこの問題を訴えかけています。私は今、決してあきらめてはいけないと思います。
私たちがここであきらめてしまうことは、次の悲しい出来事を生み出す事になるからです。

 いつまでも米兵におびえ、危険にさらされながら生活を続けていくのは、私は嫌です。
未来の自分の子供たちにも、そんな生活をさせたくありません。
私達生徒、子供、女性など弱い存在に犠牲を強いるのはもうやめてください。
私は戦争が嫌いです。
だから人を殺す道具が自分の周りにあるのも嫌です。
次の世代を担う、私達高校生や大学生、若者の一人一人が嫌だと思う事を口に出して、行動していく事が大事だと思います。
 
 私達若い世代に新しい沖縄のスタートをさせて欲しい。
沖縄を本当の意味で平和な島にして欲しいと願います。
そのために私も一歩一歩行動していきたい。

私達に沖縄を返してください。
軍隊のない、悲劇のない平和な島を返してください。
 

当時のままの文章で載せています。(未熟な文章ですが、記録ですので・・・)








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