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★A report from Nagai park-a factor of shelter- @Libertaire JILL
 

「長居公園・仲間の会」(以下、仲間の会と書きます)は大阪市東住吉区にある長居公園内の、そして近隣する公園の、総ての野宿の仲間個々人が情報交換、相互扶助(助け合い)をする場として立ち上げられた、当事者である野宿者の集う会です。

また「仲間の会」は当事者=野宿者個々人と非当事者=支援者個々人などが「支援されるもの」、「支援するもの」といった枠で分けられるものではなく、助け合い、補い合える関係を共に創っていきたいと思っています。

このページは野宿の仲間たち個々人と出会い、または向き合い直すあなた、私、そして私たち個々人のために設けられました。

先ずは、このページから新たな認識が、新たなつながりが出来ることを、
期待しながら。

  


「未知なる友よ、未だ見ぬ友よ、
富は命令する彼・彼女ら個々人のものではない」

「それは我々個々人に等しく分配するべきものであり、
特定の個人・組織のものではない」



この社会の富の生産に携わり、命令する個々人の気まぐれで消耗部品や産業廃棄物として路上に、公園に、河原に打ち捨てられた野宿の仲間たち個々人を「処理」しようとしているのは、かって、野宿の仲間たち個々人を命令した者たち個々人と彼・彼女らのために動いている管理支配の システム以上でも以下でもありません。 公園でやむにやまれず、やっとささやかな生活の場を手に入れた仲間たち個々人に対して「邪魔だから出て行け」ということが、世間では当たり前のように言われたりします。
そして酷い場合には公共空間の占拠は「犯罪であり、暴力であるから出て行け!」などとも。 それでは国家−行政というシステムが「払いの良い」命令する側の個々人のために働いており、「払いの少ない」持たざる個々人の有事になど目もくれず、甘えた巨大資本の有事を救っている事は犯罪や暴力というものではないのでしょうか? 合理化と効率優先の殺人的経営が平気に次々と路上や公園に打ち捨てていくことは犯罪や暴力ではないのでしょうか?(持たざるものに対して、事実上の死刑を宣告する国家には断固として「生きるために棲む」最後の一線である公園・路上・河原などからの野宿の仲間たち個々人への追い出しを許さない闘い、そしてそのコミュニティーの破壊を許さない闘いが必要不可欠です。)
人を殺してはいけないとしつつ、湾岸戦争などで多額の援助を行って大規模破壊活動や人殺しに当然の如く参加したこの日本列島の我々個々人を勝手に管理支配する国家−行政というシステムと、その「掟」に公園の、路上の、河原などの野宿の仲間たち個々人を「加害者」であるなどといえる立場などありません。

 今、国家−行政とそれを支えるものたちは一生懸命長居の、大阪市内の野宿の仲間たち個々人を収容施設に入所させ、オリンピック招致にあたってIOC視察団に「ブルーシートハウス」や「野宿者の存在そのもの」を見せないための努力をしています。

終戦後、空襲で親を失い、空襲の焼け跡に残された子供たちを天皇行幸に際して「浮浪児」として孤児院に「片付け」、女たちを「私娼」として「刈り」、古来存在した瀬戸内などの「水上生活者」には「教育をくれてやる」として陸に上がらせて徐々に消滅させ、漂泊のサンカの民に至っては「犯罪者」のレッテルをフルに駆使して山や河原から消滅させていきました。

それらの動機はどれも「恥ずかしい」や「目障り」、「治安上の問題」であることで
共通しています。

何ら根本的な対策もおこなわず、
「収容・排除すればそれでいい」という国家−行政の姿勢が暴力であると
私たち個々人は考え、それに行動でもって異議を唱えます。

…ま、ざっとこんな所が私たち個々人の立場でしょうか。

 
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 nagai_nojuku@nakamanokai.freeservers.com

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