★長居闘争ドキュメント―これまでの経緯
 

 4月17日  中馬弘毅・元運輸総括政務次官が「人にやさしくたのしいまちづくりシン
ポジウム」で、オリンピックや日韓共催の2002年ワールドカップと2001年秋のWTO
世界大会についてふれ、長居公園のテントと野宿者を「一緒に排除していただきたい」
などと発言。 会場から万雷の拍手。

 7月    長居公園のテント・小屋掛けについて、大阪市が排除の方針を決定。 オリ
ンピック招致の露払い。

 8月6日  長居公園内の野宿者による寄り合いに80名が参加。 要望書を市     
野宿生活者対策推進本部に提出することを決定。

 8月21日  大阪市南部公園管理事務所に対して、30名が「希望者全員参加の     
形でシェルターについての現地説明会を行え」という要望書を提出。 この日、正式に長
居公園・仲間の会」が発足。
8.21要望書を南部公園管理事務所に提出。
 8月28日  夜、大阪市がオリンピックの候補都市の最終選考5都市に残る。 大阪市
のみ、自ら笛を吹いて踊る様をプレス発表し祝賀を演出する茶番。 祝賀ムードなど殆ど
見られず、盛り場で酔っ払いが叫んでいるくらいのもの。 市内は至って静か。

 9月始め  周辺の阿倍野区にある長池・桃ヶ池公園でテント・小屋掛けが工事を理由
に撤去される。 撤去に際して、建設局やJRは「長居公園に行け」などとのたまったとの
報告あり。 場所はいずれも長居公園の北西。
9.13スタジアム付近で行政が貼った追い出し文書
 9月〜   一連の市長・磯村の問題発言の連発。
9.25現地説明会の前段集会としての寄り合い
 9月26日  第1回仮設一時避難所現地説明会が長居公園陸上競技場室内練習     
場で150名が参加して行われる。 大阪市は強制排除を行わないと明言せず、紛糾。 実
質14行のビラ一枚が説明会の資料。 園内の仲間が詰め寄る場面も。 同日、市長・磯村
と府知事・太田が野宿者対策問題で密談。
9.26第1回長居公園シェルター現地説明会にて9.26
 9月末   国勢調査が園内の仲間個々人に対して夜陰に乗じて行われた。     
NPO「釜ヶ崎支援機構」がこの調査に人員協力。 行政の先棒を担いで調査に参加。 この
ころ、府知事・太田が釜ヶ崎を従者に取り囲ませて訪問。

 10月5日  第2回仮設一時避難所現地説明会が長居球技場室内練習場で行わ     
れる。 100名が参加。 実質14行のレジメは前回と同じ。 ふざけきった大阪市などの
対応に、怒り心頭の仲間を前に野宿生活者対策推進本部は「入所を拒否したからといって、
行政代執行などの手法は採らない。 粘り強く説得して入所を勧めていきたい。 16日か
ら現地調査を行い、実態に即した施設にするための調査をしたいので協力を」と明言。(建
設局・鍵の発言) 現場レベルの口約束であり、市長・磯村が「頑張る人には法的措置も
採る」との弁を撤回していない警戒を解けない状態であるが、やっと話し合いのスタート
ラインに市側がついた。
10.5第2回現地説明会10.5第2回現地説明会
 10月12日  園内の医療福祉の方面で動いていた医療連の仲間が「7月の案件     
で」不当逮捕に遭う。 また、10.5説明会以後、園内で襲撃が多発。 この状況を受けて、
仲間の会では手始めに3人で「徹夜パトロール」を組織し、園内で監視を始める。
襲撃されて切り裂かれたテントこのころ、小学生がテントに向けて投げつけたと報告された反射板
襲撃報告の中にはビンを投げつけられ、救急車で運ばれた例や、小学生が「ルンペン、悔
しかったら出て来い」などと死語と石を投げつけ、出てきた仲間に追いかけられて説教を
受け、「ごめんなさい」と謝った例も。
10.14仲間の会ニュースこのころ、園内で襲撃が多発。 スタジアム付近でもペットボトルに水を入れたものを投げつける事例が何例も報告された。
 10月16日  第3回現地説明会が野宿生活者対策推進本部分室プレハブ前で     
行われる。 たった15分間の調査説明後に市側は調査へ。 仲間の会などが調査に立ち合
い監視。
10.16第3回現地説明会10.16第3回現地説明会後、野宿生活者対策推進本部プレハブからマスコミを伴って「説明」に出撃する公園管理事務所副所長・岩本ら一行。個別調査を行う役人ども。
 10月15‐18日  大阪キタの仲間とともに、「藤本さん虐殺5ヵ年連続追悼行動」に参
加。 釜ヶ崎一極集中の対策ではなく、市内各所の野宿者への全市的な対策を要求。
10.15藤本さん道頓堀投げ込み虐殺事件5ヵ年追悼連続行動の一つとして講演会が行われた。講師は平井さん。
 10月21日  「園内徹夜パトロール」が10名の参加で本格始動。 自転車で     
巡回。(毎水曜・土曜)
追い出し文書と露宿の仲間。球技場西側階段付近。ここでも襲撃があった。鋭利な刃物で襲撃されたテント
 10月30日  第4回現地説明会の事前交渉。 市側が現時的調査結果を資料として出
す。 同日、東住吉区・白鷺公園でAさんが、「未だおったんか、はよ出て行け」などとか
らかった中学生数人のグループの一人に手製の武器で反撃し、「傷害」で逮捕さる。 度重
なる襲撃に悩まされて反撃した結果の事件。 直後から同公園の警察の見回りが強化され
る。
10月末、東住吉区杭全付近の今川堤で。
 11月8日   第4回現地説明会。 以後、市は説明会を打ちきり、話し合いの回路を
自ら断った上、園内で個別に説得を行う。
11.8
 11月15日  周辺住民グループがシェルター建設用資材の搬入を「鍵かけ」で阻止。
市側はこの日の着工を断念すると同時に「解錠するよう」住民グループに圧力。 同じ頃、
シェルターへの入所説得が精力的に行われる。

 12月1日  激化する個別説得工作に対して園内でシェルター「入所説得お断     
りビラ」を各戸に配り、戸口などに貼り付けてもらうことに。 30戸あまりがビラを貼り
付ける。

 12月21日  「長居公園ホームレスの会」が発足。 シェルターの待遇改善や園内の
露宿の仲間個々人への対策不備の指摘などを盛り込んだ要望書を提出。

 12月22日〜28日  大阪市役所前の対大阪市越冬対策要求連続行動に大阪キ     
タ越冬実とともに参加。
12.22対市越冬対策要求連続行動
 12月28日  シェルター開所。 入所始まる。
12.29焚き火の団欒
 12月31日  大阪市建設局、シェルター南の垣根越しの「現闘団本部」に対し、何の
警告書の貼り付けも事前に行わずに、いきなり破壊テロ。 大阪キタから20名の仲間が駆
けつけ、破壊テロを弾劾。 野宿生活者対策推進本部などに押しかけ責任を追及。 シェ
ルターの門前ではヤクザまがいの言葉を吐く所長が応対。 また、番号で入所者の出入を
管理するシェルターの実態が明らかに。 抗議をすると、その時だけ名前で呼ぶなどフザ
ケタ対応を行う。

 2001年

  1月2日  ライフ向かいの園内で「団結もちつき大会」を行い、首都圏の仲間を迎
え、東西交流団も交えた全関西交流集会を行った。 

  1月4日  市建設局南部公園管理事務所に年末のテロ行為に対する責任を追及し、     
謝罪と諸事項を要求するも決裂。 市側はテロを居直る。

  1月6日  シェルター前の「シェルターのシェルターテント」の建設に着     
手。 公園事務所や警察、地元住民などが囲み、文句を言う騒ぎの中で粗方の建設を終え、
常駐が始まる。

  1月7日   「シェルターのシェルターテント」が完成。 当初よりは規模を縮小。
前面の壁にする予定だった部分を立てカンに変えて使用。 公園管理事務所が「撤去して
ください」という張り紙をしていく。

  1月14日   夕方、園内南にある児童公園の歩道側で「撤去準備」のたたまれたテ
ントの廃材への放火によるボヤ。 5台の消防車両と救急車が駆けつけ園内は一時騒然。 

  1月15日   園内で、この日朝、プレス各社を呼んで市建設局は大々的に撤去作業。
テントの横に大型ゴミパッカ―車をつけて即時撤去した後、ショベルで地ならしするとい
うやり方に変更。 以後、建設局は黄色のペンキで書き込まれ、撤去期日が設定されたテ
ント・小屋掛けに対しては即日撤去に方針転換。

  1月半ば過ぎ  暴漢3人が立てカン部分を破壊して、シェルター内に逃走。 一部
始終を見ていた公園管理事務所の職員らは制止する気も無く、遠巻きに見ていた公安ポリ
も止めず。 「お前らがやれへんことをやったってんねん」と豪語しながら破壊する暴漢
らを傍観。 破壊後の状況を警察に検証させるべく、現状維持に努めようとした仲間に対
し、管理事務所側は「ここに置いておくのは公園管理上、危険。 写真を撮っておくから、
片付ける」などと言い、テント内に入らせ証拠を隠滅。 その後、シェルター内に逃走して
いた暴漢の内、2名がパトカーに乗せられていった。(内1名はシェルターの住人)
暴漢どもの写真をもう一度撮っておくべく動いた仲間に対して、公安は「被疑者にも人権
があるのを分かってるな、だから撮るな。俺の顔もだ」と恫喝。 雨の中、ずぶ濡れに
なってその一瞬を撮り、また、犯人を逃がさぬよう監視していた仲間の多くが風邪をひい
た。 結局、後の1名はシェルター内から出てこなかった。 犯人をシェルターと警察が
共同で隠蔽し、真相は闇に葬られた。 なお、この3人はシェルター内でもトラブルを起こ
している張本人たちであることが後日、シェルター内の仲間の証言によって判明する。
 

  1月19日   テント3戸につき、行政代執行の手続きを行うとの通知がそれぞれの
所有者に対して送られる。 前後して、「シェルターのシェルター」テントに対する公園管理
事務所の圧力が公安の監視下で強まる。 

  1月27日   釜ヶ崎・ふるさとの家で行われた「全国懇談会」で長居公園テント村
についての行政代執行に対するあり方についての討議が行われる。
代執行の被当事者、ウサギのうーちゃん。I'm NOT DUST, i shall NOT REMOVE !!
  1月28日   長居公園ホームレスの会・仲間の会、医療連、勝ち取る会、長居公園
東西南北住民の会(準)、長居公園居宅の会(準)が寄り合いをもつ。
1.28集会
 

  1月29日   代執行に対するこちらの意見申し立ての期限日。 この日、3点の要望
(1)行政手続き法による正式な弁明の機会の場(ヒアリング)を公開で設けること
(2)3名を所有者とする根拠は何か(3)当該テントは68名の「所有物であり、占有者も
13人いる。 これらの者にも(1)であげた機会を与えること―を掲げた「要望書」を市長・
磯村宛で提出。 

  1月30日   建設局がテント内の入居者とその生活物品についての除去命令の看板
を2本打ちつけていく。
1.30
  1月31日    勝ち取る会の全面バックアップで毎日の炊き出しがはじまる。
この日、公園管理事務所は「炊き出しを止めろ」と執拗に妨害してきた。 「あんたらが炊き
出しをしてくれるのか! 止めろというなら、大阪市が代わりに炊き出しをやってからにしろ」
と反撃。
1.30炊き出しの初日、「炊き出しをやめろ!」と因縁をつけてきた公園管理事務所所長・椎葉ら。1.30都市公園法を持ち出し、「止めろ」と言い続ける役人に仲間の怒り爆発。
  2月2日    国連居住関係セクション方面へ大阪市のあり方を訴える文書を送付。

  2月5日    大阪市長、野宿生活者対策推進本部、建設局花と緑の推進本部、オ
リンピック招致局の4者に対し、抗議と代執行中止の要請文を提出。
2.5、市長宛に代執行中止要請を提出。第二ビルの市建設局にて、ノラリクラリの鍵主幹と交渉。建設局、話し合いを拒否。鍵主幹に「説得されても、私は出て行かない」と訴える園内の仲間。2.5、寄り合い風景。 発電機が置かれ、明るい夜が来た。 それまでは皆、ろうそくの灯りで過ごしていたので、目が眩むばかりだった。 電気をはじめて経験した人類も、恐らく僕らが感じたような経験をしたのだろうか。来援の仲間に感謝!
  2月6日    当該テントの周りに新たに増えたテントに手書きの文書が貼り付けら
れた。
2.6手書きの文書2.6公園管理事務所の椎葉が確認に来て文書を貼って行く。
帰っていく椎葉所長。 向こう側に見えるのが仮設緊急一時避難所=「シェルター」のプレハブ。南側からテント村の西の端を写す。増設されたテント村の南側正面からの写真。東側からテント群を写す。 オレンジのテントがウサギのテント。
  2月7日    建設局が、プレス各社とともに現れ、戒告文書を貼り付けに来る。 こ
ちらからは管理事務所所長・椎葉に「強制排除を行わないとした現場にいたあんたが今、
やっていることは何だ」と強く抗議し、揉みくちゃの中で回答を求めた。
所長椎葉、職員・安田の戒告文書貼りつけ状況2.72.7 戒告書戒告書貼りつけと「代執行はしない」とした10.5確認を反故にしたことについて抗議する仲間。
  2月8日    5日に長居公園ホームレスの会・仲間の会の代執行中止と話し合い
による解決の要請に対する建設局などの回答期限日。
2.10、今川堤の公園にあるテントに市南部公園管理事務所が撤去文書。この仲間のテントは後にIOC視察団の来阪中に撤去された。
  2月11日   広域パトロールで今川堤を杭全水門方面へ回ったとき、建設局東南工
営所員ら4名が「自立支援センターへの入所説得」を行っている現場に遭遇。 問い質す
と、年末から動いていて「大淀のセンターに入所を勧めている」とのことだった。(この仲
間は結局、数日後テントを後にした) 新たな代執行期日に備えての日程変更を含めた基
調文をこの日夜に配信。

  2月13日   建設局より話し合いの打診。
現闘団本部テント。ウサギとテント。
  2月14日   建設局・鍵が公園管理事務所の職員を伴って、シェルター前現闘本部
を訪れ、公開の場で ̄狷發砲△50張りのテントについては強制排除は行わない⊃卦テ
ント、シェルターの問題については相互理解を深めるための話し合いを行っていく――と
回答、これを現場レベルで確約させた。 しかしながら、慎重に構える必要あり。 磯村
は不気味な沈黙を守っている。

  2月15日   昨日の確約により、朝8時より自主解体と元の場所への移動作業など
を行う。 シェルター前からは撤収。 以前の集会場所であるスーパー「ライフ」筋向い側
園内へ移動。
移築にあたっての布団などの荷物。2.15、ライトの下での夜の移築風景。
  2月16日  一応、事は済んだが、市側4者に当初通り2回目の抗議文の集約分を提出。
2.16、今川堤のテントのはりがみ。2.16、白鷺公園の中学生らの度重なる襲撃に反撃したOさんのテント。2.16、移築の翌朝。
2.16、移築後すぐに再開された炊き出し。 仲間の手で。
  2月18日   ライフ筋向いの集会場で「排除と収容に抗し、長居公園の闘いに連帯する
2.18全国集会」がこの日、午前に行われ、首都圏(山谷・新宿・渋谷)・東海地方(静岡・
名古屋)・京阪神の野宿者解放運動の現場や労働運動などからの広範かつ熱烈な連帯
表明や激励が寄せられた。 現闘団からは闘争への連帯への謝辞と共に代執行はなく
なったが、「気を緩めず、現地で園内および周辺部の野宿の仲間たちと更につながり、
闘いを継続する」という力強い闘争貫徹の意志が表明された。

  2月19日   早速、南部公園管理事務所副所長・岩本らが現れ、「規模が大きい、
面積などを縮小してほしい」などと言いに来る。

    2月24日現在  闘争の火、未だ消えず。

 長居公園ホームレスの会・仲間の会、
現闘団は少しでも不誠実なあり方が園内の、周辺部の公園などの野宿の仲間たち個々人
になされるのであれば、再度起ち上がり、たとえ一人の仲間に対してのものであっても
我々個々人に対する攻撃とみなし、対応を行うことだろう。 いよいよ、明日はIOC委員
らが来阪する。 このところ、警察が巡回などを強化している大阪市内は一層の戒厳
体制に包まれる。 我々個々人はこの列島に散在する仲間たち、そして海外の仲間たち
と共に、挑発やフレームアップを跳ね返していくだろう。   

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