甘やかされて育った世代

宗男氏の意見を圧力だとか恫喝だとかいろいろ言われているが、本当に
そうなのだろうか?

政治家とは国民の意見を集約しそれを行政に活かす事も仕事の一つであり
意見を述べる事は何ら問題ない。当然恫喝はあってはならない。

本人も言っているが、
「意見を述べただけであり、恫喝などではない、もしも
圧力と受け止められるのであれば反省しなければならないかもしれない」

以上の言葉がこの問題を端的に表しているのではないだろうか?
日本の教育論にまで踏み込む必要があるのかもしれんない。

最近は親、教師からも怒られたり注意されたりする事もなく育ってきている
軟弱な子供たちが増えてきている。そしてそれら軟弱な子供たちは
既に成人となり、官僚になっているものもいるだろう。

本人も認めている通り、鈴木氏は叩き上げの政治家であり、正義を助け悪をくじく
現代日本で失われつつあるある意味「頑固オヤジ」なのかもしれない。 誰しも体験している事だろう。父親だけでなく、教師からも。。。

しかし今は、権利などをたてにして、少しでも起こったり、注意をされたり
意見を述べられる事もなく、もしそのような事があるとと、それだけで「逆ギレ」を
起こす若者が増えている。

そのような怒られる事なく育ってきた人間に取っては、自分に合わない意見を述べられると
やれ恫喝だ、やれ圧力だ などと被害者意識をもってしまうものもいるのだろう。

そのような甘やかされて育った人間が「圧力はあった」といっても信用できるだろうか?
答えはNo! である。

叩き上げの政治家に意見を言われただけで「威圧的だった」と思いこみ被害者感情を抱く
ものもいるかもしれない。

そして人によっては一度でも不手際を指摘されて怒られたりすると、それを根に持ち
相手を陥れる為に一億総バッシングのどさくさ紛れの中、罪を押しつけるかもしれない。

マスコミの報道で、官僚の証言というものがあるが、それを信用できるか
甚だ疑問である。マスコミは官僚が何かをしゃべるとそれの裏付けをとらずに
真実のように報道しているが、鈴木宗男氏が貶める為のウソである可能性も
絶対ないとは言えない。

テレビや週刊誌にでても匿名、後ろ向きで実名を出していない。ヤラセの可能性
も排除できない。