連絡船 最後の通学児童 船長に感謝の花束
2010/03/20 朝日新聞


 相生湾の岬にある集落、坪根地区から湾内連絡船「つぼね丸」で相生市街地の小学校に通う竹内将騎君(12)が19日、卒業を前に原井直志船長(61)に感謝の花束を贈った。新年度からの通学利用は、進学する竹内君を含めて中学生3人、それと高校生1人。竹内君が中学を卒業する3年後には、小中学生の利用はゼロになる。就航から半世紀。かつては子どもたち30〜40人が乗ってにぎやかだった船は様変わりした。  (茂山憲史)

 竹内君は連絡船で15分かけて、坪根地区から市立相生小学校に通った。この日は学校最寄りの着船場である相生湾旧皆勤橋で、「6年間ありがとうございました。中学に進学しても利用しますので、よろしくお願いします」と原井船長に花束を贈った。

 坪根地区は相生湾の入り口西岸にあり、東岸の鰯浜地区とともにカキの養殖漁業の集落だ。「陸の孤島」といわれた坪根地区を中心に漁協が「つぼね丸」の運航を始めたのは1960年4月。67年から市の直営になり、今はたつの市のマリン会社に年間567万円で運航を委託している。

 年間利用者数は75年に約2万人のピークを迎えた。今、坪根地区は32世帯74人で、竹内君が卒業すると小学生より下の子はいなくなる。年間の利用は延べ約4千人とピーク時の5分の1に減っている。

 「つぼね丸」は初代船名を受け継いだ愛称で、4.9d12人乗りの連絡船。壺根(つぼね)港、相生湾旧皆勤橋、道の駅・海の駅「あいおい白龍(ペーロン)城」を結び、1日6往復。船長は7人いて交代で運航しているが、子どもたちに「今日は何をした?」 「宿題はすんだか?」などと声をかけてくれ、病気で休んだ翌日には「どうした? 大丈夫か」と心配してくれるそうだ。

 「わんぱくだとしかることもあるが、坪根の子はみんな素直でいい子です」と原井船長は言う。連絡船を担当する市まちづくり推進室の富山恵二室長は「買い物や通院など生活の足でもあるので船を守りたいが、通学児童がいなくなるとどうなるのか。坪根に若い家族が増えて欲しい」と、頭を抱えている。 


【とんび岩のコメント】

 カラー写真(省略)付きの大きな記事。神戸新聞にも同じネタの記事。見出しを見て一瞬、「つぼね丸が廃止か!」と思ったが、そうではなかった。

 しかし、複数の新聞社が取材し、小学校の校長や教諭が参列して(神戸新聞報道)行われた「花束贈呈」のセレモニーの「趣旨」はよくわからない。小学校側からすれば、通学児童の安全管理委託が終了したという「区切り」の意味があるのだろうか。

 まちづくり推進室のコメントには、「つぼね丸廃止」に向けて、「世論操作」のねらいがにじみ出ているような気もする。半世紀前と比べると現在は、陸路(自動車)が便利になっている。


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