相生湾の通学の足、半世紀 「つぼね丸」来月廃止 
2013/02/14 神戸新聞 

 相生湾南端にある兵庫県相生市相生の坪根地区から、市中心部までの約4.5`を結ぶ連絡船「つぼね丸」が3月31日、廃止される見通しとなった。学校園のない同地区の通学の足として、兵庫県内でも珍しい船だったが、少子化などを背景に、52年の歴史に幕を下ろす。

 市が、民間業者に運送業務を委託していたが、3月上旬開会予定の市議会定例会に、航路廃止についての条例案を提案する予定。

 つぼね丸は1960(昭和35)年4月に就航。現在は、同地区の壺根港と同市那波南本町の「あいおい白龍(ペーロン)城」を1日6往復する。

 2011年度は、委託料567万円に対し、運賃収入は約19万5千円。地区の人口減に伴い利用者が減った上、17年度まで通学利用者の見込みがないこともあり、市は廃止の方針を決めた。

 市は13年度から、予約型タクシーで代行輸送する方針。    (田中宏樹)


 生活の足 引退惜しむ 住民ら 代替交通確保の要望も           

 利用者減などのため、運行終了の見通しとなった相生湾連絡船「つぼね丸」。相生市の坪根地区と市中心部を結ぶ地元の足として半世紀以上も活躍し、片道約20分の船内では世間話の花が咲いた。市から方針を伝えられた住民からは、船の引退を惜しむ声が上がった。

 同地区の小中学生は約50年間、この船で市中心部へ通学した。地区の少子化は進み、現在の通学利用者は那波中3年の竹内将騎君(15)だけ。「船の中で宿題をしたり先輩に勉強を教えてもらったりした。9年間乗った船が姿を消すのは寂しい」と竹内君。

 25年ほど船のかじを取る吉村英之さん(46)=たつの市御津町=は「坪根地区の子どもたちが中学を卒業するときは、成長を喜ぶ一方、もう船は使わないのだと寂しさも感じていた」と振り返る。

 同地区は相生特産カキの産地で、水揚げが始まると、加工場でカキむきに携わる女性が船で通勤する。昨年4月まで3年間利用した北野喜代子さん(74)=同市那波東本町=は「同業者と『カキうまいことむけよるか』と声を掛け合ったのが思い出。あって当たり前だった船が無くなるのは残念」と声を落とす。

 65歳以上の高齢者が人口の約3割を占める同地区にとって、船は買い物や通院のための重要な移動手段だった。市は、予約型タクシーの運行を始める予定だが、同地区に住む主婦(75)は「航路廃止はやや不安。交通が不便になることだけは避けてほしい」と訴えた。     (田中宏樹)



【とんび岩のコメント】

 つぼね丸に初めて乗ったのは、就航後間もない1960年7月、双葉中1年のときだった。当時は県道568号(相生壷根公園線)も無く(通行できず)、坪根は陸の孤島だった。火力発電所や東部工業団地はまだ出来ていなかった。乗船場は相生港の漁協前にあった。

 相生中学(天神山校舎)の教員をしていた父が、夏休みに開催された坪根地区懇談会に、他校生の私を何故か参加させたのだ。坪根の公民館に泊まって飯ごう炊さんし、夜は映画会があった。おかげで相生中の先生方や生徒の中に知り合いができた。あれから52年。あっという間に半世紀が過ぎた。

 相生港はとうに埋め立てられ、皆勤橋は撤去された。相生中は廃校となった。今年はユーカリの木に続いて「つぼね丸」も消えるか!。まさに「諸行無常」。



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