浅野陣屋を『記念館』に 修復へ歴史紹介本刊行 
2016/05/30 朝日新聞 

 忠臣蔵で知られる赤穂浅野家は藩主の刃傷沙汰で取りつぶされたが、分家の若狭野浅野家は幕末まで7代、旗本として続いた。領地に置いた陣屋跡が今も相生市若狭野町若狭野にあり、ゆかりの建物が残る。傷みがひどいため「保存して浅野陣屋記念館として再生させたい」と市民グループが活動を始めた。

 現地で21日、10人余りが参加して見学会があった。空き家となった築200年ほどの建物は柱が傾き、普段は立ち入り禁止だが、この日は特別に公開された。内部は畳敷きで、寄付を記した木札や仏像を安置した壇などがある。参加者は、そばにある御殿屋敷などの跡も見て回った。

 若狭野浅野家は3家ある分家のひとつで石高3千石の旗本。元禄赤穂事件では、親戚として後始末に奔走した。初代の長恒(ながつね)は赤穂義士の大石内蔵助の父のいとこにあたる。

 領地に置いた陣屋は明治になって廃止され、今は神社や広場となった。「法界庵」とも呼ばれた木造2階建ての古い建物(建築面積218平方メートル)だけが残る。庵寺や集会所として利用されたため壊されずにすんだ。江戸時代には藩札を作る「札座」だったといわれる。大坂の両替商「天王寺屋」の支店がそばにあったという。

 相生出身の高校教員、松本恵司さん(63)=三木市在住=は「歴史を物語る証拠がこのまま消えてなくなるのはもったいない」と歴史愛好家らと市民グループ「浅野陣屋札座保存ネットワーク」をこの春につくった。

 手始めに、陣屋や相生の歴史を紹介する本「相生若狭野 旗本浅野陣屋 札座保存プロジェクト」を発行した。A4判118ページ。1500円。地元の歴史をテーマにした学習会のテキストなどとして活用するほか、収益を建物修復の資金として積み立てる。建物の文化財としての価値を評価するため専門家による鑑定も計画している。

 グループは、世界記憶遺産「東寺百合文書」(国宝)が詳細を伝える荘園「矢野荘(やののしょう)」の位置と市域とがほぼ一致することにも注目。鎌倉〜戦国時代に東寺の荘園だったという歴史に基づいて市を「荘園都市あいおい」と位置づけ、造船で栄えた近代も含めさままざまな時代の歴史を観光資源にする「日本史まなびツーリズム」を提唱する。松本さんは「豊かな歴史が相生には眠っている。学んで自分のまちに自信を持とう」と話す。

 市教委の西角隆行参事は「陣屋跡の建物は大幅に補修されていて文化財指定は難しい。ただ文化的な価値はあり、情報発信の拠点など活用の道はあるのではないか。郷土の歴史に関心が高まればうれしい」と話す。

 現地見学会は6月4日にも午後2時からある。無料。予約不要。問い合わせはネットワーク(0791・25・1750)へ。(中村正夫)



【とんび岩のコメント】


 当サイト(とんび岩通信)内の関連ページです。 →■ 若狭野陣屋跡
 



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