赤穂市指定文化財に 「浅野家藩札」 など3件  
2016/08/26 神戸新聞 


 赤穂市教育委員会は25日、市内の個人が所蔵する赤穂浅野家藩札「銀拾文目札(ぎんじゅうもんめさつ)」「銀弐分札(ぎんにぶさつ)」の2点と、塩屋荒神社(同市塩屋)秋祭りの屋台行事を、今月末にも文化財に指定すると発表した。現存する浅野家の藩札は全国で5点しかなく、貴重な史料という。指定されれば市指定文化財は計54件となる。   (西竹唯太朗))

 市教委によると、藩札は藩内で通用した紙幣で2点はいずれも浅野内匠頭が藩主だった1680年に発行されたという。元禄(げんろく)赤穂事件で藩が取りつぶされる1701年まで流通したとされる。

 藩札は5種類発行され、拾文目札(現代の約1万円相当)が最も価格が高く、弐分札(同約200円相当)が低かったという。

 廃藩で価値がなくなった藩札は、家老だった大石内蔵助の指示で、藩札6割分の銀と交換されたとされる。

 一方、塩屋荒神社の秋祭りで行われる屋台錬りは江戸時代に始まった。現在、明治期の大屋台(重さ約2.5トン)2台や、子ども屋台など計9台が使われている。

 姫路市の「灘のけんか祭り」などとは違い、豪快な練り合わせはなく、音頭に合わせた優美な屋台錬りや差し上げが特徴という。

 約30ある市内の秋祭りで、屋台錬りを行うのは4カ所のみ。その中で最も盛んな屋台行事として無形民俗文化財の指定が決まった。

 市教委は「いずれも市内にある貴重な史料。今後も残り続けてほしい」としている。



【とんび岩のコメント】


 赤穂浅野家の藩札は、大石内蔵助が銀と交換して回収、焼却したため、ほとんど残っていないとは聞いていたが。全国に5点しかないとは貴重だな。

 銀との交換比率が額面の6割だったというのも初めて知った。専門家なら、この数字から当時の赤穂藩の豊かな財政事情が推測されだろう(たぶん)。

 実は私も「赤穂藩札」を持っているのだが、残念ながら浅野家時代のものではなく、浅野家の後に赤穂に入った森家が享保15(1730)年に発行したもの。詳しくはこちらのページ: 私的博物館

 



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