亡き母と約束 夢の紅白へ 安富町出身 丘みどりさん 
2017/12/01 神戸新聞 

 第68回NHK紅白歌合戦に、兵庫県姫路市出身の演歌歌手丘みどりさん(33)が初出場する。デビュー13年目でかなえた夢は、47歳でこの世を去った母早苗さんに誓った約束の舞台。長い下積み時代で挫折もあったが、生前に掛けられた母親の言葉が前を向かせてくれた。「母がいなければ今の私はなかった」。大みそかの夜、万感の思いを歌に託す。(金 旻革)

 歌との出合いは5歳の時だった。内気で人見知りする性格を気にした早苗さんに勧められ、地元の民謡教室に通った。お年寄りばかりだったが「上手だね」と褒められ、好きになった。

 家族が好んだ演歌は身近だった。祖母と行ったコンサートで、鳥羽一郎さんの凜(りん)とした姿に「あんなふうになりたい」と憧れた。かつて、家族の反対で歌手になる夢を諦めた早苗さんが後押ししてくれた。

 21歳で演歌歌手としてデビュー。姫路や大阪などでのPRキャンペーンには、いつも早苗さんの姿があった。「見といて。紅白に出るから」。母親にだけ秘めた思いを打ち明けた。

 早苗さんに大腸がんが見つかったのは、そんな時だった。余命半年。入退院を繰り返す母親に付き添うため、デビュー直後だったが活動を休止した。

 心労をかけないよう余命は伝えなかった。「大丈夫? キャンペーンせな」と心配され、「全然仕事ないねん」と休業も隠した。

 ある日、早苗さんが真剣な表情で告げた。

 「やらずに後悔するより、やって後悔する方がいい。何でもチャレンジして、ママの分までやりたいことをしてほしい」

 残り少ない時間を知っているかのような口ぶりだった。そして、2006年12月、息を引き取った。

 一時は歌手を辞めようと思った。それでも踏みとどまり、地道に活動を続けてこられたのは、胸にあの言葉があったからだ。

 「私の人生で、母の死よりもつらいことは起こらない。だから、どんなに大変なことがあっても前を向けた。演歌歌手として一人前と思われるような歌を紅白で届けたい」

 夢の大舞台を目前にしても落ち着いている。母親がそばで見守ってくれているはずだから。

【丘 みどり】1984年、姫路市安富町生まれ。本名・岡美里(みさと)。小学5年の時に「兵庫県日本民謡祭」で初優勝し、その後数々の民謡コンクールで優勝。山崎高校(宍粟市)在学中から大手芸能事務所のアイドルグループで約1年半活動した。2005年、「おけさ渡り鳥」で演歌歌手デビュー。16年に発表した「霧の川」が音楽情報会社オリコンの週間演歌・歌謡曲ランキングで1位を獲得。今年2月、最新シングル「佐渡の夕笛/雨の木屋町」をリリースし、11月に初の単独コンサートを開いた。


 地元活気「町あげて応援」

 今年のNHK紅白歌合戦に初出場する演歌歌手、丘みどりさん(33)=本名・岡美里=の地元、兵庫県姫路市安富町や母校の山崎高校関係者の間で応援ムードが盛り上がっている。地元で育った若者が名実ともにスターの仲間入りを果たし、「丘さんのおかげで安富町にも活気が出てきた。これからは町をあげて応援したい」と祝福する。

 丘さんは安富町安志出身。5歳で民謡を習い始めたころから素質があったという。

 宍粟市千種町西河内に住む祖母(81)は「公民館の民謡教室に連れて行ったら、横で聞いただけなのにソーラン節を上手に歌って。先生が『この子の節回し、あんたらより上手やで』と驚いていた」と振り返る。

 小学1年で、民謡の名手として知られた姫路市広畑区の故橋本淳蔵さんに弟子入り。5年生で県日本民謡祭に出場し、大人と一緒に歌って史上最年少で県名人に選ばれた。

 山崎高3年のとき、大阪の大手芸能事務所のオーディションに合格。アイドルとして深夜のバラエティー番組に出演した。ただ、学校では歌声を披露することはなく、目立つ存在ではなかったという。

 当時の担任の女性(57)は「目の大きな美人だったが、純朴な生徒だったので芸能界と聞いて反対した。でも、テレビで見る姿には当時の雰囲気が残っているし、夢をかなえてくれてよかった」と祝福した。

 高校卒業後は民放番組のリポーターも務めたが、演歌歌手を目指してアイドルから引退。専門学校で歌を磨いた。カラオケ番組出演をきっかけに芸能事務所にスカウトされ、21歳で演歌歌手としてデビューした。

 母親の早苗さんが亡くなった後は、実家近くに住む北山いと枝さん(68)が母親代わりに丘さんを支え、姫路市周辺で小さなコンサートを何度も企画した。

 北山さんは「姫路市が観光大使に任命し、多くのイベントに招いてくれた。姫路城の知名度にあやかれたおかげで注目された」と市の後押しに感謝する。

 紅白出場が決まり、北山さんらを中心に地元で「安富後援会」を設立した。

 父親の姫路市職員、岡重行さん(59)には、出場が内定した後「決まったよ」と電話があったという。重行さんは「去年から紅白が期待され、本人も重圧だったはず。支えていただいた方々に恩返しでき、少しは肩の荷が下りたのでは」と娘の内心を推し量った。(古根川淳也)



【とんび岩のコメント】


 西播では久々の明るい話。私はちかごろ老人ボケが一段と激しくなって、こういう良い話もすぐ忘れてしまうので、ここに書きとめておく。

 紅白歌合戦自体は十年以上前から見ていない。今年もたぶん見ないだろう。

  



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