政治家を勝手に研究する・その2
鈴木宗男 (自民党・北海道13区 当選6回 橋本派)












駿の第一印象


カネに汚い。権力欲が強い。下品。政治家に対して抱くネガティブなイメージの代表例だ。
これは個人的な見解だが、この鈴木宗男という人物ほど、それらのイメージが全てそのままピッタリ当てはまるような政治家は、今日本にいないと思う。
外交、道路、開発。利権のあるところ常に鈴木宗男の影あり。テレビの生放送で民主党の管直人と大喧嘩をし、「自民党を支持しない会社には仕事を回さない。」と言い放ったのはあまりにも有名だ。利権が絡んだ時の反対意見に対する恫喝・締め付けには、本当に凄まじいものがあるようだ。
単なる「利益誘導型の族議員」という言葉で括りきれない程のスケールを誇る、ダーティーさ。吠えるはいいが、なにが言いたいのかさっぱり分からない発言の数々。顔にはいつも笑みが絶えないが、生理的にどうしても好感を覚えることができない。しかし野中前幹事長の寵愛を受け、私の目に映る彼の政治家としての資質からは分不相応とも思えるほどの出世を遂げた。一体、この人はどのようにして現在の位置まで這い上がってきたのだろうか?



政界入りまでの経歴

昭和23年1月               北海道足寄郡足寄町大誉地に生まれる
昭和43年3月               拓殖大学政経学部卒業
昭和52年11月〜昭和58年1月    故・中川一郎衆院議員秘書
昭和58年12月              衆議院選挙初当選


決して経済的には恵まれない家庭に育ち、苦学の末大学を卒業、故・中川一郎代議士の秘書となる。「女房を取るか鈴木を取るかと二者択一を迫られれば、鈴木を取る」と言わしめたほどの金庫番だったらしい。
だが、その信用を利用して故・中川代議士の総裁選挙用に集めた資金を掠め取ったり、後援会を乗っ取ったりもしているのだ。(参考:『新潮45』3月号「中川一郎怪死事件18年目の真実」)また、故・中川代議士の死後行われた選挙では、息子の昭一氏と、文字通り骨肉の選挙戦を繰り広げている。
上にあげた文章からは、この人物の笑顔とはうらはらの案外な人情のなさや、金や権力に対する執着心が読み取れる。カネと権力。おそらくこの2つの言葉が、この人物の本質を分析するカギとなるはずである。



選挙

前回(2000年)の衆院選挙は北海道ブロック比例1位。選挙やる前から当確状態であった。
その前はというと、

96年衆院選挙(北海道13区)
有権者数 288,283 投票者数 198,436 投票率 68.83%

北村直人 49 新進・前 83490
鈴木宗男 48 自民・前 55461
岡田篤 45 民主・新 41565
石川明美 45 共産・新 14736


地区別・候補者別得票数

岡田 篤  北村 直人 石川 明美 鈴木 宗男 候補者得票数合計
釧路市 24,164 47,061 8,587 21,016 100,828
根室市 2,839 5,349 1,444 7,562 17,194
市計 27,003 52,410 10,031 28,578 118,022
釧路町 2,002 5,010 885 2,939 10,836
厚岸町 994 2,366 432 3,583 7,375
浜中町 725 1,929 231 1,802 4,687
標茶町 1,510 2,548 421 1,307 5,786
弟子屈町 1,167 2,358 260 1,700 5,485
阿寒町 672 2,043 200 1,078 3,993
鶴居村 129 1,472 70 71 1,742
白糠町 1,409 3,128 512 1,774 6,823
音別町 269 1,143 147 510 2,069
釧路支庁管内町村計 8,877 21,997 3,158 14,764 48,796
別海町 1,501 3,031 672 4,455 9,659
中標津町 2,516 3,977 559 4,035 11,087
標津町 883 1,139 189 1,651 3,862
羅臼町 785 936 127 2,008 3,856
根室支庁管内町村計 5,685 9,083 1,547 12,149 28,464
町村計 14,562 31,080 4,705 26,913 77,260
釧路支庁管内市町村計 33,041 69,058 11,745 35,780 149,624
根室支庁管内市町村計 8,524 14,432 2,991 19,711 45,658
第13区計  41,565 83,490 14,736 55,491 195,282


小選挙区で旧進新党の北村直人に負けて比例で復活当選。どうやら、必ずしも選挙に強いというわけではないらしい。まあ、このときと現在とでは政治家としての格が違うのだが・・・
ちなみにこの北村直人、あとで自民党に復党したため、選挙区がかぶる2人は小選挙区と比例に交互に出馬するコスタリカ方式をとることに。このままいくと次の選挙は鈴木宗男が小選挙区で出馬となる。真価を問われるのはその時だ。



政策・経歴

平成元年   防衛政務次官(宇野内閣・海部内閣)
平成2年   外務政務次官(海部内閣)
平成4年   自民党副幹事長
平成5年   防衛政務次官(宮沢内閣)
平成6年   自民党国防部会長
        衆院沖縄・北方特別委員長
平成7年   自民党副幹事長
平成8年   自民党副幹事長再任
平成9年   国務大臣北海道開発庁長官・沖縄開発庁長官(橋本内閣)
平成10年  内閣官房副長官(小渕内閣)
平成11年  自民党総務局長


特筆すべきは、外交・防衛政務次官を計4回も勤めたこと。
外交・国防の両方において大きな影響力を及ぼしているであろうことは容易に想像がつく。
さらに北海道・沖縄の開発庁長官を経験したことで、北方領土返還交渉、沖縄における基地移転問題という外交・国防上の最重要案件に、現在最も深く関わる政治家の一人であることは間違いない。
というか、ムネオの独走状態じゃないの!?だって、こんなこともできちゃうんだから。
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鈴木宗男氏、“外務省本”の出版差し止め
(http://www.fujinews.com/today/2000-12/20001215/1215-08.htm)

自民党の鈴木宗男総務局長が激怒し、外務省が出版を予定していた本がお蔵入りになってしまった。

 出版されるはずだったのは「わが国の軍縮外交」。ところが、かつて外務政務次官を務め、外交通を自称していた鈴木氏に事前に何の相談もなかったことから「ポーンと出されて分かるか」とすっかりヘソを曲げ、14日の党外交関係合同会議で出版差し止めを決めてしまったのだ。

 この本は、約300万円をかけて3000部を発行。大学などに配られる予定で、すでに6日の記者会見で河野洋平外相が発表していた。

 ところが、これまで対中国経済援助など、党内論議で外務省が批判の矢面に立たないよう、“擁護派”に徹してきた鈴木氏に対して、事前に何の相談もなかった。このため鈴木氏が「自分を使うときは使うのに。もう守る必要はない」などと、外務省幹部を怒鳴りつけた。

 ことあるごとに官僚などに差し入れをする気配りの人としても知られる鈴木氏だが、野中広務前幹事長の側近とあって、官僚を恫喝(どうかつ)する迫力も大したもの。あっという間に、発行差し止めまで決めてしまった。



なんせ、国後島に日本政府が4億円かけて人道支援で作った宿泊施設の名前が、地元の人から
「ムネオハウス」(日本政府が作った施設なのに、なぜムネオの個人名が!?)と呼ばれているというんだから・・・・トホホ。
なんでも地元民の間では、この施設は、ムネオという名の日本の偉い政治家が作ったと信じ込まれていて、食堂にはムネオの顔写真が飾られているそうな。
もし橋龍ではなく野中が総裁選で小泉と戦っていたら、ムネオ官房長官のもと北方領土の2島返還が実現し、日本敗戦以来の悲願を実現させた救国の英雄として日本の政治史にムネオの名が深く深く永遠に刻まれ、外務大臣の執務室にムネオの写真が飾られることになっていたことでしょう・・・歴史のifって怖いですね。



発言

「野中氏が白を黒と言えば、自分も黒」

有名な発言ですね。この、親分には絶対服従の姿勢が今日の彼を創りあげたといっても過言ではありません。強いものには従い、弱いものには白を黒と言うようになるまで殴りつける。これが成り上がりの鉄則。



総括

 今でこそ鈴木宗男は野中広務の懐刀として知られているが、はじめは「自社さ政権」誕生時の首班指名で村山富市ではなく海部俊樹に投票し、「わしの目の黒いうちは許さん」と睨まれたことがあるらしい。それを今のような蜜月状態にまで持ち込んだ。また、その前はあの金丸信に取り入って出世の足がかりをつかんだというのだから、この男の権力の流れを読み取る嗅覚、さらに狙いを絞った対象に取り入る才覚は並大抵のものではない。歴史上の人物に例えると、織田信長の馬引きからスタートして大名にまでなった豊臣秀吉を髣髴とさせるものがある。
 ここで少し、豊臣秀吉について考察してみよう。生前、信長の目に映る秀吉は、どのようなものであったか。おそらく自分を心から慕うかわいい奴、という感じだったであろう。しかも家臣団の中でも随一の有能な武将である。寵愛しないはずはない。だが、秀吉と織田家のその後を見れば、信長にとって秀吉はただの「かわいい子分」ではなかったということが理解できるだろう。秀吉は織田信長の死後、本来跡目を継ぐはずの信長の子孫や宿老たちを葬り去り、生前信長が築いた金と権力をそっくりそのまま奪い取り、天下人となった。金魚の糞のように信長に纏わりついていた寄生虫のような男が、その生き血を吸って次第に強大になり、ついには織田家の内臓を食い破ってしまったのである。
 成り上がりの華々しいサクセスストーリーは、このように視点を変えれば血生臭い乗っ取りの物語にもなる。私は、この意味において、鈴木宗男という男はまさに現代によみがえった豊臣秀吉であるような気がしてならない。故・中川一郎、金丸信、野中広務。彼が取り入った実力者達はことごとく彼を寵愛した。確かに、彼らにとって鈴木宗男のような男は、かわいく(オエ)も映っただろうし、実際上手く利用すれば強力な戦力となるのだろう。しかし私には、彼は秀吉と同じく、金と権力を持つ者を本能的に探り当て擦り寄る、まさしく獅子身中の虫そのものに思えてならない。野中広務とて、このまま鈴木宗男をそばに置いていると将来、第2の中川一郎にならない保障はどこにもない。
 権力者に盲従する人間は軽蔑されこそすれ、恐怖されることはまずない。だが、我々は鈴木宗男の生き様を見て、そうした認識を改める必要がある。