カビキラー事件 早すぎた提訴
欠陥商品による化学物質過敏症被害者の場合

村 山  章


1 事案の概要

 私は、昭和57年自宅の風呂のカビをとるためカビキラーを使用していて呼吸困難に陥り救急車で入院しました。それからというもの、香水、タバコの煙、その他微量の化学物質に触れると呼吸困難が再発する体になってしまいました。
 北里大学病院の宮田幹夫先生にみてもらい、「化学物質過敏症」と診断されました。医者からはカビキラーが原因だと言われたので、メーカーのジョンソン株式会社に賠償請求することにしました。しかし、メーカーは責任を否定したので、やむなく訴訟を起こすことになりました。私が提訴したことによって厚生省も動き、メーカーは製品の次亜塩素酸ナトリウムや水酸化ナトリウムの危険物質の濃度を下げ、噴霧式からムース式に改良し消費者が吸い込まないようにし、注意表示も充実させ、その後の被害は殆ど防止されました。東京地裁の第1審は勝訴しました(平成3年3月28日判決:判例時報1381号21頁)が、被告メーカーが控訴し、高等裁判所で逆転敗訴(平成6年7月6日:判例タイムズ856号227頁)、上告しましたが及ばず、私の敗訴が確定しました。

2 敗訴の理由

 敗訴の理由は、一つは私の苦しみは一過性で損害賠償を認めるほどの被害ではない、もう一つは、その後継続して化学物質過敏症で苦しんでいるというが、それはまだ一学者の仮説に過ぎない、というものでした。この高等裁判所の判決を聞いたときのショックは10年経った今でも忘れられません。私が救急車で運ばれるほど苦しみ、その後何年も病院通いをしている現実を高等裁判所の裁判官は理解してくれなかったのです。裁判官は、足を踏まれて「痛い!」と訴えている人に「それは痛くないはずだ」と言っているのです。大学を出て裁判官しか経験していない人はこんなにも社会の常識や市民の気持ちからずれてしまうのか、私が相談した弁護士とは全く違った感覚の人だと思いました。
 そしてもう一つ、「化学物質過敏症は仮説にすぎない」、と言われましたが、私のために法廷で化学物質過敏症について証言してくださった宮田幹夫先生はアメリカ留学で化学物質過敏症を学び、日本に最も早く報告した第一人者で、同先生らの尽力で、いまや厚生労働省も正式に認める病名になりました。 シックハウス症候群もその一つであることは今や皆知っています。「化学物質過敏症は仮説にすぎない」、と言って私の請求を棄却した裁判官(上谷清、小川英明、曽我大三郎)は、自分の判断の誤りがあきらかになった今日、一体どう思っているのでしょうか。

3 間違った判決

 私が負けた判決は完全に間違っていたのです。もし勝訴した側の弁護士費用は敗訴者が負担するルールだったら、私はさらに深手を負ったはずです。私どもの消費者弁護士と違い大手メーカーの弁護士は大事務所の人が多く、その費用は高額になると聞きますと、とても恐ろしいことだと思います。
 私はこの裁判は負けるはずがないと思っていました。しかし、裁判官が世の中の動きについていけなくて、その無理解から、前例踏襲主義から抜け出せず、勝つべき被害者を敗訴させたのです。その意味では、私の提訴は裁判所にとっては早すぎた提訴だったのかもしれません。しかし、私の提訴がマスコミでも取り上げられ、消費者への注意喚起になったし、メーカーも製品を安全なものに改善し、新たな被害の防止に役立ったはずです。この場合の、メーカー側の弁護士費用は、誰が負担すべきでしょうか。メーカーは私に請求できるでしょうか。裁判所は、私に払えと命じることはできるのでしょうか。そんな不公平で正義に反したことはできるのでしょうか。
 弁護士報酬の敗訴者負担制度など導入されたら、そもそも提訴段階で、裁判官の無理解で敗訴するかもしれず、その場合メーカーの弁護士費用を払わされたらどうしよう、と考えることが必要になります。私のような提訴はどんどんできるようにしておかないと世の中よくなりません。弁護士報酬の敗訴者負担制度など絶対に導入してはいけません。


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