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0.プロローグ−個人投資家の勘違い、プロの限界
●個人投資家の勘違い
個人投資家が株式投資をする上で、適切な本は極めて少数しかありません。世の中には、トンデモ本が溢れています。日経平均株価が上がってくると、たまたま成功した個人的な経験をもとにして書かれた本が雨後の竹の子のようにたくさん出版されます。「私はこの方法で何億円儲けた」とかいう本ばかりですが、あの類の本はまったく役に立ちません。
「株が好き」な方は、ディ・トレーディングやテクニカル分析でも、何でもしていいと思います。バフェットを目指してファンダメンタル分析の勉強をするのもいいでしょう。
しかし、株式投資を目的ではなく、資産形成のための手段と考えている大部分の個人投資家にはれらの方法はお勧めできません。ディ・トレーディングやテクニカル分析の勉強は「見当違いの努力」であり、ファンダメンタル分析のための勉強は「報いの少ない努力」です。
ファンダメンタル分析で、プロに勝てるはずがありません。たまたま勝ったとしても、それは「偶然」です。個人投資家は、しばしばこの偶然を自分の実力と勘違いします。やがて痛い目にあうのを私は何度も見てきました。
●プロの限界
プロは数理ファイナンスの知識もあり、企業に関する様々な情報にもアクセスしやすいので、ファンドマネージャーが運用している投資信託(株式型)はさぞかしいいリターンを上げているだろうと、私も最初の頃は思っていました。
ところが、日本をはじめ多くの国で、投資信託の7割ないし8割はインデックス以下の成績です。例えば、1991年から2003年まで米国の投資信託のパフォーマンスを調べた所、年間のリターンがS&P500のリターンを上回っていた投資信託は僅か11%から26%でした。しかも、前の年にインデックスを上回る成績を上げたファンドは翌年にはインデックス以下になる確率のほうが高く、一貫して市場平均を上回っているファンドは、コイン投げで連続して表が出る確率以下です。
「ウォール街のランダム・ウォーカー」の中に出てくる、ファンドマネージャーが銘柄を選ぶよりも、サルがダーツを投げて銘柄を選んだ方がリターンがいいという喩えは有名です。時価総額に応じて的(銘柄)の大きさは変えて、サルがダーツを投げて銘柄を選択してファンドを作れば、個々のファンドの成績はインデックスよりいいものも悪いものも出ますが、平均を取れば、インデックスに等しくなるはずです。その意味においてサルとは「市場の平均」と言う意味ですが、投資信託の平均リターンがサル以下であることは、市場が「効率的」であるからではなく、ファンドマネージャーの運用方法に根本的な誤りがあることを示唆しています。
なぜ投資信託の実績がこれほど悪いのでしょうか?
第一に、ファンダメンタル分析そのものの難しさです。ファンドマネージャーは基本的に将来の収益を予想するというファンダメンタル分析で銘柄を選びます。将来、収益が伸びるという予想のもとで、現時点でPERが高くても、そのPERは成長性で正当化できると考えます。その結果、PERが高い銘柄のリターンは一貫して悪いという厳然たる事実があるにも拘らず、収益予想に基づいて高PER銘柄を選択します。しかし、収益予想自体きわめて難しく、しかも楽観的な予想になりがちです。
株価のリターンを決めるのは成長率ではなく、バリュエーションです。さらに言うと、投資家が期待する利益成長率の予測の変化です。
高PER銘柄の場合、低PER銘柄に比べて、実績あるいは企業自身から出される直近の決算予想がアナリストの業績予想の平均(コンセンサス)より悪いこと、つまりネガティブ・サプライズが起きる頻度が高く、さらにその場合の株価の下落は低PER銘柄に比べてきわめて大きくなります。逆にポジティブ・サプライズになる確率は低いのですが、その場合でも、コンセンサスにある程度織り込まれているので、リターンはそれほど高くなりません。彼らは情報が多い分、自信過剰バイアスがかかり、客観的な分析が十分にできないのです。そして、業績は平均回帰する傾向にあるのに、それを十分に認識できず、好決算は今後も続くと勘違いし、株を買い進めます。やがて業績は平均回帰し、株価は下がります。
第二に、投資信託は実は短期投資であるという点です。四半期ごとに査定されるファンドマネージャーは、TOPIXなどのベンチマークに負けないように常に意識しています。従って、組み込んでいない株が上がり、ベンチマークの上昇率が高くなると、競って人気株を組み入れます。大型の人気株(高PER銘柄)の株価の動きの方が低PER銘柄(一般に小型株が多い)より、TOPIXと連動性が高いので、投資信託のパフォーマンスの悪さを市場のせいにしやすくなるからです。投資信託を買った人も短期での結果を求めがちです。
第三に、ファンドマネージャーの「横並びの意識」が挙げられます。時価総額の大きい投資信託の保有銘柄を見れば分かりますが、投資信託や年金の運用者の最大の特徴は組み入れ比率がほとんど横並びであるということです。市場の人気株は必ず入れるし、他社の運用者が組み入れたものは必ず入れておかないと、取り残されると考えるからです。彼らの評価は、あくまでもTOPIXなどのベンチマークとの相対評価で、絶対額の評価ではありません。リターンがマイナスでも、TOPIXを上回っていれば、彼らの評価が下がることはありません。その結果、どうしてもTOPIXの構成と似た銘柄を組み入れることになりがちです。運用のパフォーマンスが下がっている場合、会期末などに運用状況を委託者に報告しなければいけない時、パフォーマンスの悪さを「顔のいい優良銘柄」のせいにするほうが、低人気(低PER)銘柄のせいにするよりも、委託者(顧客)の理解が得られやすいという現実もあるようです。
第四に、コストの問題です。アクティブ型の投資信託はファンド維持のための手数料(信託報酬やファンド内の売買コスト)が2%から3%と高いものが多く、その分だけ確実にリターンが悪くなります。これは長期投資ではボディーブローのように効いてきます。
ファンドマネージャーのために少しだけ弁護すると、投資信託の運用にはアナリストのカバーしている銘柄しか投資できない、時価総額の小さな銘柄には投資できない、短期(四半期)で査定されるなどのハンディキャップがあるということがあります。逆に言えば、それだけ個人投資家のほうが有利なポジションにいるのです。
1. EBIとは何か
「EBI (Evidence-Based Investment)は、信頼できる科学的な根拠に基づいて、銘柄を選択する方法です。具体的には、各種ファクター(PERなど)とリターンとの関係を解析し、それにより得られたEvidence をもとに、銘柄を選択します。
行動ファイナンスの学問が示すように、人間は常に間違えつづけ、訓練や練習で容易に修正できない行動パターンを取ります。その結果、以下に示すようなアノマリーは、過去においても、現在も、そしておそらく将来も、存在しつづけるのです。
これらのアノマリーの理由は、行動ファイナンスにより説明されますが、このHPではごく一部を紹介するに止めます(詳しくは、行動ファイナンスの教科書をご覧ください)。
当然のことながら、「低PER銘柄のリターンはいい」という統計学的事実は、因果関係ではなく、相関関係です。相関関係と因果関係とは異なるものです。一つの論文での結論は、その調査が行われた市場・時期で存在した関連を示すもので、この相関関係が他の市場・時期に広く通用することを保証するものではありません。従って、ある市場・時期だけに特有な相関関係はなるべく排除すべきで、多くの市場・時期において見出される普遍的な相関関係ほど、質の高いEvidenceです。
ある命題が真実である可能性が高いか否かを調べる検証方法にはいろいろありますが、ここで示されているEvidence は過去の長期間にわたるデータを解析した、後ろ向きコホート・スタディ(註)に近い研究デザインで得られたものなので、Evidenceの質としては、かなり高いと考えています。
(註)後ろ向きコホート・スタディ・・・疫学の研究デザインの一つ。 すでに曝露がおこってしまった後で、研究者が事後的に(後ろ向きに)その状況を調べ、さらにその集団を追跡調査することで、疾病の発生を確認する方法。事故によって高濃度の化学物質や放射線などにさらされた産業労働者の曝露状況を事後的に調べ、その集団のがん発生を追跡調査によって明らかにする場合などに、この研究方法が用いられる。結果の信頼性は、無作為割付臨床試験が最も高く、コホート研究がそれに次ぎ、症例対照研究、地域相関研究、断面研究の信頼性は相対的に低い。
2.バリュー・マーカーの有効性について
低PER、低PCFR、低PBRの平均リターンは、いずれもインデックスのリターンを上回る
PERとPBRは、独立したファクターであるPER=株価/1株当たり純利益
PCFR=株価/1株当たり営業キャッシュ・フロー
PBR=株価/1株当たりの純資産これらのバリュー系ファクターの有効性については、多数の学術的な研究があり、米国市場、日本市場など多くの国の市場において、何十年にもわたる分析により実証されています。
PERとPBRは独立したファクターなので、片方だけが低い銘柄より、両方とも低い銘柄のほうが、リターンはよくなります。日本株の検証では、以下のことが実証されています。
低PER・低PBR>低PER・高PBR>高PER・低PBR>高PER・高PBR
(PER、PBR別に上位20%および下位20%のクラスについて検証したもの。赤字は平均値、中央値ともにインデックスを上回る。緑字は平均値はインデックスを上回るが、中央値はインデックス以下。青字は平均値、中央値ともにインデックス以下)
バリュー株のリターンの良さはしばしばバリュー株のリスクの高さで説明されますが、バリュー株がグロース株より変動性が大きいという証拠はありません。また、ベータのような市場の動きに対する感応度に関しては、バリュー株がグロース株よりベータが大きいという証拠もありません。下降相場、景気後退期においてもバリュー株はグロース株より株価の下落が少ないことが実証されています。
長期間(ふつう10年以上の期間)ファクターの有効性を調べてみると、グロースのファクター(成長性の指標)が優位な時期もあることがわかります。このグロース期間では、ROE、ROA、売上高成長率などの成長性の指標の有効性が比較的高く、またPER、PCFRなどのフロー系バリューファクターも有効で、これらのファクターはいずれも特に中小型株では顕著です。
一方、バリュー期間では、配当利回りや自己資本率などのストック系バリューファクターが有効になりますが、EV/EBITDAも有効です。PER、PCFRもグロース期間ほどではありませんが、安定的に有効です。さらに詳しく見ると、PCFRは景気の山に近い局面とその後でやや有効性が低下します。設備投資が多い景気敏感株は、利益と比較してキャッシュフローが多く、低PCFRとなりますが、景気の絶頂では、まさにそのような企業の株価もピークを迎えます。
PBRは従来景気後退期には資産価値(解散価値)に関心が高まるので、従来株価の下支えになると言われてきましたが、1997年の金融不安の時期には、低PBR銘柄も売り込まれました。これは簿価上の資産評価額の信頼性が低かったことが背景にあり、その後金融資産の時価会計の導入や実物資産の減損会計の強制適用などにより資産の帳簿価格の信頼性は高まっているので、今後は、景気後退期に株価の下支えになる、つまり景気後退期にはPBRの有効性が高まるものと期待されます。財務リスクを加味した企業評価である指標であるEV/EBITDAは1997年の金融不安の時期には財務の安定性からPER、PCFRより有効性が高くなりましたが、2000年以降は信用リスクの低下から有効性がやや低下しています。
次に、もう少し詳しくこれらのファクターとリターンの関係を見てみましょう。
(A) PERとリターンとの相関(米国株)
上のグラフは、米国市場において、1951年から1996年までの各年において、PERが低い順に銘柄をクラス分けし(1が最も低く、10が最も高い)、1年後のリターンを全銘柄の平均と比較することを45回繰り返すことにより、PERの高低による平均リターン(対全銘柄)を計算したもの(「What Works on Wall Street」 James P. O'Shaughnessyより改変)。
(B) PCFRとリターンとの相関(米国株)
上のグラフは、米国市場において、1951年から1996年までの各年において、PCFRが低い順に銘柄をクラス分けし(1が最も低く、10が最も高い)、1年後のリターンを全銘柄の平均と比較することを45回繰り返すことにより、PCFRの高低による平均リターン(対全銘柄)を計算したもの(「What Works on Wall Street」 James P. O'Shaughnessyより改変)。
(C) PERとリターンの年次にわたる相関(米国株)
上のグラフは、ニューヨーク証券取引所とアメリカン証券取引所に上場されているすべての企業をPERで10のグループにランク分けし、1968年から1990年までの株式パフォーマンスを調べ、5年間ポートフォリオを保有するとして分析したもの。PERは、1が最も高く、10が最も低い(Lakonishok、Shleifer、Vishny)。
(D) PERとリターンとの相関(日本株)
上のグラフは、東証一部に上場されている企業(金融を除く)をPERで5つのグループにランク分けし、1995年から2002年までの月間パフォーマンスを測定し、年率に換算したもの。PERは、1が最も低く、5が最も高い(AMSUS)。
株式のパフォーマンスを調べる場合、ごく一部の銘柄の急騰により平均値(mean)が上方にバイアスがかかることが多く、平均値(mean)より中央値(medain)のほうが「実態」をよく表していることが多いので、両者を併記した。
PERとリターンとのみごとな逆相関に注意。
(E) PBRとリターンとの相関(日本株)
上のグラフは、東証一部に上場されている企業(金融を除く)をPBRで5つのグループにランク分けし、1995年から2002年までの月間パフォーマンスを測定し、年率に換算したもの。PBRは、1が最も低く、5が最も高い(AMSUS)。
低PBR(1のクラス)においてさえ、リターンのMedianはマイナスであることに注意。
(F) PER・PBRとリターンとの相関(日本株)
上のグラフは、東証一部に上場されている企業(金融を除く)をPER、PBRで5つのグループにランク分けし、1995年から2002年までの月間パフォーマンスを測定し、年率に換算したもの。PBR、PERは、1が最も低く、5が最も高い(AMSUS)。
PBRよりPERのほうが、リターンに対する影響力が強そうです。
(1)もちろん、単年度では、これらのバリュー系ファクターが有効に働かないこともあります。例えば、97年、99年の日本市場では、業績悪化と、市場全体、特にバリュー銘柄のリスク・プレミアムの増大により、低PBR銘柄は低迷しました。しかし、長期間の統計では、低PER(PCFR, PBR, PSR)銘柄のリターンが平均を上回った年度のほうが、平均を下回った年度よりもはるかに多いことが実証されています。
(2)最近の日本株についての検証が「ZAI 2002年8月号」に載っていました。それによると、1996年から6年間にわたり、東証一部上場銘柄をPERで5段階に分類しリターンを検証したところ、最も低いPERのグループのリターンは平均を10%以上上回ったのに対し、最も高いPERのグループのリターンは平均を10%以上下回ったことが実証されています。
(3)上記の研究結果は、ある程度時価総額の大きな企業についての解析です。上に示したJames P. O'Shaughnessyの研究は、150百万ドル以上の銘柄についての解析です。それより時価総額小さな企業(たとえば日本の場合、時価総額100億円以下)の場合もほぼ同様の傾向を示します。
(4)さらに詳しく知りたい方は、「なぜ、バリュー株はパフォーマンスがいいのか?」をご覧ください。
EBIの基礎(1)