解説
-ペリーのお願い-
これはまぎれもなく、ペリーが日本に対して
開国を迫った時の肉声である。
いかにも白人至上主義の主張の繰り返しだが、
ある一方では日本文化に精通した
有能な外交官ぶりを発揮している部分も
この肉声から読み取れる。
「シカトする様を…しかと見守るコトにしマス」
だじゃれである。
日本文化に詳しくなければ、
まず口に出すことはできないだろう。
「でも初孫じゃないのね」
日本人でも「はつまご」と発音して
しまうのではないだろうか。
ペリーは「ういまご」と、いとも簡単に言い放った。
しかし、「果報は寝てます」は間違いだった。
正確には「果報は寝て待つ(待て)」である。
ペリーは自らその間違いに気付き、
逆にアメリカンジョークで切り抜けたのである。
ペリーの機転の速さには目を見張るものがある。
「出島行ったら、横浜行け!」
「横浜行ったら、浦賀行け!」
「浦賀行ったら…わぁ!黒船だぁ!!」
日本人特有の遠慮深い性格に翻弄され、
各地をたらいまわしにされた苦い経験に
ペリーが遂にキレたその時、サムライ達に言った言葉は
日本人にとって最大の屈辱である。
「"R"と"L"の発音の区別も出来ないクセに…」
これは現代においても、日本人だれもが外国人に
対して持っているコンプレックスなのである。
ペリーの外交戦略はアメとムチでもある。
日本文化を痛烈に批判しつつ、
欧米の贅沢な暮らしぶりを持ち出しながら
見事に自国有利に外交を運んでいったのである。
そんな夢物語を聞かされれば、日本は開国せざるを
えなかったであろう。
当時の幕府関係者達の心情を思えば
察するに余りある。
「ガイジンナメると後がコワいよ〜。」
その92年後、あれほどの惨劇が起ころうと誰が思ったのか。
外人をナメてはいけない…。
(平成14年5月7日)