ロゴ

自衛隊の災害派遣について知ることのできるページ

目次

7.23長崎大水害

概説

 昭和58年版防衛白書では、本災害派遣について、次のようにまとめている。

 昨年7月23日夕刻以降、九州から近畿地方にかけての西日本一帯で、断続的に強い雨が降り、特に、長崎市では同日19時から22時までの3時間に315ミリメートルという記録的な豪雨となった。このため、集中豪雨に見舞われた地域では、各河川がはんらんし、土砂崩れによる家屋の倒壊が相次ぎ、生き埋めや行方不明者が続出した。この長崎県を中心とする豪雨災害に対して、自衛隊は人員延べ約22,700人、車両延ベ約3,500両、航空機延べ241機、艦艇延べ11隻を派遣して、行方不明者の捜索、道路の啓開、物資輸送、給水支援、防疫支援などの災害救援を行った。ちなみに、この一連の災害派遣に出動した部隊に対し、県知事及び市長から36件の感謝状が寄せられている。
大村駐屯地にある感謝状

 長崎市内を中心として死者294名、行方不明者5名、被害総額3,153億円(長崎県内分のみ・昭和57年長崎県財政規模の70%に相当)の被害をもたらすといった状況下、長崎県を中心に8月31日まで災害派遣が行われていた。今回は、長崎県での活動を中心にまとめたい。なお当時の長崎県知事は、雲仙岳噴火災害で自衛隊の予防派遣要請を決断した一方の当事者たる高田勇氏であった。

長崎県での活動

「7.23長崎大水害誌」(s58年・長崎県土木部河川防災課発行)によれば、本災害派遣には主に3種類の活動がある。

人命救助活動

 長崎県は死者・行方不明者の発生を受け7月23日21時40分第16普通科連隊に対し人員500-600人、6-8日間の災害派遣を要請した。さらに、被害が広がったため24日5時第4師団に対し人員2,000-2,500人、航空機4-5機を要請した。

 これを受けた部隊は23日に307人、24日に2,847人(被災現場487人)25日に2,900人(現場2,027人)を派遣し、28日には最大人員3,316人(現場3,038人)に達した。

 人命救助については、7月29日人命救助活動がおおむね終了したことに伴い第4師団主力の撤収要請が、さらに、7月31日に同様の理由で第16普通科連隊に撤収要請が出され活動が終了した。

給水支援活動

 この水害による被害にともない7月24日時点で123470戸で断水被害が発生した。これに伴い、派遣されていた陸上自衛隊及び海上自衛隊(大村航空隊)の部隊は24日12t・25日91.9t・26日85.5tの給水車による給水を実施していたが7月26日長崎市茂木町および伊王島町の断水に伴い海上自衛隊佐世保地方総監に対し、給水船による給水支援を要請した。

 給水活動は7月30日まで継続され、撤収要請に基づいて終了した。陸海あわせて1,805立方メートルを輸送したがこれは全体(12,316.9立方メートル)の約15%にあたる。

塵埃処理作業

 本災害によってし尿処理施設5ヶ所、ゴミ処理施設1ヶ所が運転不能になり、他2工場が断水により焼却不能に陥ったため、長崎県は応急措置として長崎市内17ヶ所に市内の廃棄物を搬入した。

 長崎県は伝染病防止と学校等の迅速な回復のために、4月30日に第4師団に対し人員100名、ダンプ車等36台による廃棄物の搬出作業を要請した。これを受けた第4師団は31日以降第5施設群施設機材隊の隊員延べ635人・車両875両をもって、8月4日までに4,690立方メートルを搬出した。

その他

 陸上自衛隊及び海上自衛隊は偵察や人員輸送、物資輸送のために計76機を派遣した。

 災害復旧活動の終了に伴い、8月4日13時長崎県は第4師団に対し撤収要請を出し災害派遣活動は終了した。

集計

 ピーク時累計
陸自派遣人員3378人21844人
陸自ヘリ10機49機
海自派遣人員59人291人
海自ヘリ3機26機
(参考)県警活動人員1,825人26,530人
(参考)消防活動人員2,240人12,094人
(参考)海保活動人員205人2,034人

その他の災害派遣に戻る


作者と連絡先