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自衛隊の災害派遣について知ることのできるページ

目次

災害派遣ものしり事典

史上最長期間
雲仙岳噴火災害
(平成3年6月3日〜平成7年12月16日・1658日)
最大延べ人員
阪神・淡路大震災
2,254,700人/日
最大延べ車両
阪神・淡路大震災
346,800両
最大延べ航空機
阪神・淡路大震災
13,335機
最大延べ艦艇
伊勢湾台風
8,400隻
最大範囲の災害派遣
昭和38年豪雪
14府県(山形・福島・新潟・富山・石川・福井・京都・兵庫・鳥取・島根・山口・広島・高知・愛媛)
赤い部分が対象府県 青線は方面区境界
最大実施区域
海上自衛隊第31航空群(第71航空隊等)
救難機US-1Aを保有し、緯度・経度それぞれ30度近い範囲での救難活動を実施
海上自衛隊第31航空群第71航空隊パンフレットより救難実施状況(平成11年2月現在)
第71航空隊救助実績
年間平均最多出動部隊
陸上自衛隊第一混成団第101飛行隊
240回(沖縄本島周辺離島の急患輸送)
次点は海上自衛隊大村航空隊(長崎)の約160回
最多累積派遣回数
陸上自衛隊第一混成団第101飛行隊
7,000件以上(昭和47年12月第1回目から平成18年8月現在)
次点は海上自衛隊大村航空隊(長崎)の約3,300回(昭和33年より平成15年12月現在)
初めての災害派遣
 昭和26年10月20日 山口県小月の第11連隊が山口県知事の要請を受け広瀬町等の救援に約300名程度の部隊を派遣(吉田首相の「出行」命令による)
 これ以前にも福知山、善通寺等の部隊が独自判断で救援活動を行っていたが、非公式なものである。
火器を使った災害派遣
 第10雄洋丸(LPG船・衝突により火災発生)を昭和49年11月28日、護衛艦4隻,潜水艦1隻,対潜しょう戒機など14機にて銚子沖にて沈没処分とした
 昭和46年3月26日 網走支庁管内常呂町の常呂港に侵入した流氷群(密氷)による船舶の圧壊予防、航路開啓のための災害派遣で、TNT70kg使用(「朔東から」第111号)
初の殉職者殉職者
昭和32年(1957年)7月から8月長崎・熊本県下の水害に災害派遣中隊員2名が殉職
 昭和33年10月21日 衆議院内閣委員会における左藤防衛庁長官の答弁「(前略)しかしまた一方には、この間の水害等に自衛隊員がほんとうに身命を賭して働いております。松本から急速かけつけますために、夜中にトレーラーが転覆をいたしまして、とうとい殉職者も出しておるような次第でございまして、(後略)」
災害派遣専用装備
人命救助システム
 システム自体は陸幕が企画し、50億円以上の予算を所得して、全国の主要な連隊等に配布している。また、現在では海空の部隊にも配備されている模様。1個連隊約400名で運用するの装備が20フィートコンテナ2個に格納され、中の器材はすべて民生品である。器材については日本ログフォース株式会社が納入しており、同社では自治体向けに本システム同様のコンセプトで「人命救助システム」を納入しているようだ。
 平成17年秋現在の配備状況は陸自106セット(NA 21セット、NEA 13セット、EA 25セット、MA 29セット、WA 18セット)海自約20セット、空自28セット。 『丸』潮書房2005年12月号p99 
「人命救助システム」2003年5月青野原駐屯地で撮影
コンテナ救助用器材1救助用器材2救助用器材3
日本から遠く離れた災害派遣
 今まで2回あり、昭和40年にマリアナ水域において遭難した漁船団の捜索救助のため航空機及び艦艇を派遣した例と、平成13年にハワイ沖で米原潜との衝突により遭難した宇和島水産高校の実習船「えひめ丸」の捜索活動にP3C哨戒機1機と潜水艦救難艦「ちはや」を派遣した例がある。
 さらに遠方のパプアニューギニア沖のロッセル島南東リーフでで平成15年4月1日南極より帰国途中の砕氷艦「しらせ」がTASAKI OSAKA CUP 2003 に参加中座礁した「MAD MAX」号(全長 12.24m)の救助にあたった例などがあるが、災害派遣かどうかは不明

参考文献等


作者と連絡先