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自衛隊の災害派遣について知ることのできるページ

目次

大学生自衛隊体験ツアー

7月19日

 体験ツアー当選通知が送られてきました。メールにて参加する旨返信。良く読むと「航空幕僚長宛に航空機の搭乗申請書(写真付き)」を提出して欲しいとのことでそこらにあった写真を同封して郵送した。

7月31日

 返信を受領した旨メールが来た。連絡なく集合に遅れた場合は受付終了とのこと。さすが自衛隊。時間に厳しいなと思った。

8月14日

 連絡事項のメールが来た。何でもカッター訓練をするから半ズボンを持参するようにとのこと。父にこのことを話すと「尻の皮がむけるまでやらされる」と脅かされた。(カッター訓練はそんなにきつくなかったのだが)

8月19日(前日)

 「台風11号は・・・」この日出発して前日は某所に宿泊予定だったのだが本当に実施されるのかすごく心配だった。しかし中止の連絡もなく予定時刻に出発。21時頃某ホテルに着き明日に備える。

8月20日(第1日)

 6時30分ホテルを出て稲荷山公園駅へ向かう。電車内で他の参加者らしき人物を発見。「どんな人が来ているのだろう。」友人に言われたように私みたいなマニアックな人間ばかりなのだろうか。とちょっと不安になる。

 少し早かったので入間基地周辺を散策(何もなかった)仕方ないので集合場所へ。すでに数人が来ていた。受付を済ませて基地内で他の参加者と話していると続々と参加者が集まってきた。やはり関東の人が多い。端から見るとそんな左右に偏った人はいなさそうだった。

 全員集合してC-1輸送機へ、旅客機よりは揺れますと言われたが旅客機に乗ったことがないので比較のしようがない。輸送機なので座席は当然仮設だった。フライトプランの説明があった後離陸。離陸後コックピットを見学させていただく。見学後漸くすると大気が不安定になったのか少し揺れる。大した揺れではなかったが後は着陸までベルトを付けたままとなった。

C-1機内

 到着後飛行服に着替えて食事、その後見学、体験タクシーなど日程をこなす。隊員のみなさんは我々と年齢がほとんど変わらない人が多い。

 周りに何もないところで、訓練に業務に励む隊員のみなさんは娑婆で呆けている我々とは大違いだ。徴兵制度が必要なときがあると思っていても自分がされるのは嫌だというわがままな私は、隊員のみなさんの成果などによってある「平和な日本」大好きだと再確認。

 タクシー体験のために我々をサポートして下さった教官・航空学生・整備担当の方も喋っていると普通の人たちだ(当然だが)

タクシー体験

 参加者の自己紹介があり私も当然したのだがその席上「災害派遣を調べている」と言う話をしたらいずこからか「明日、海田市でみられる」と言われた。実際に見られたかはまた後日のところで。

 夕食後「たじま」にて隊員のみなさんとと我々でなかなか楽しい懇親会が開かれた。米留でパイロットになると国内事業用免許が取れないと言う話を小耳に挟んでいたわたしは、その件に関して聞いてみると「帰ってきた後で国内の試験を受けて免許を取る」というのが流れらしい。この辺は書物の話と違うので良かった。

 23時就寝。学生用宿舎にて宿泊したのだが2時になるとクーラーが止まるようになっているらしくなかなか暑かった。学生用だからなのだろうか・・・

8月21日(2日目)

 台風は近畿方面へ行くらしい。ちゃんとヘリ(CH-47)も飛ぶことになった。写真も撮り放題とった後海田市へ向け離陸。私は第1派だった。

CH-47機内(やはり横向き座席)

 ヘリに乗るとヘッドホンみたいなものを渡され「うるさいのでこれをつけて置いて下さいと言われる。」確かにうるさい。このヘリがひんぱんに降りるところで十日以上暮らした王子公園周辺の人の忍耐は称賛に値すると思った反面、災害地のヘリポートは何カ所も確保しないと大変なことになることを再確認。

 飛行中は暑いので後部は開放のまま飛んでいた。瀬戸内海には台風避泊の護衛艦が6隻ほどいた。多少は揺れたが(大したことはないらしい)無事2派とも海田市に到着。ヘリの風は強く熱かった。これはテントなど吹き飛ばしてしまうなと再確認した。

 海田市では迷彩服に半長靴で敬礼や点呼、整列などの基本教練を受ける。夕食後入浴。たくさんの隊員の中に紛れても参加者は体格の違いで何となくわかる。本来はテントの予定だったが第47普通科連隊第1中隊(即応予備自衛官の部隊)の宿舎で宿泊。隊員の方と話し、ベットメイクを教わった。宿舎は比較的古い方のものだったためか少しおんぼろだった。

海田市1日目は即応予備自の隊舎で宿泊

ベットメイクはシ−ツ2枚と毛布4枚を使うもので下から毛布、毛布、シーツ、シーツ、毛布、毛布と言うように重ねるのだが、最後の一枚は飾り毛布というものらしいのだが、私はこの毛布をなくしてもっと良い施設や毛布を使えばいいのにと思った。

 災害派遣は無かったようですが車には「災害派遣」の看板が掛かっていました。準備万端要請を待っている状態だったのでしょう。

8月22日(第3日)

 昨日はクーラーも効いてよく眠れた。この日も迷彩服に半長靴。国旗に敬礼した後施設見学。74式戦車と指揮通信車に試乗。衛生隊のエアドームを見学。昼食は携行食で内容は酢豚セット(酢豚、キムチ、スープ)・かにチャーハン(うるち米使用)・白米(うるち米使用)酢豚は何とも言えない味。その他はそれなりの味でした。この酢豚が食べたい方は酢豚にケチャップを大量に入れてみて下さい。

 昼からはレンジャ−訓練を見学。隊員のみなさん返事は「レンジャー」と叫んでいました。我々は低所でロープ渡り、ロープ結びを習いました。ロープをわたるときは力を抜かないといけません力を入れるとロープがものすごく揺れます。

へっぴり腰でものすごい揺れに襲われているぷよ

 夕方からは入浴。野郎は第13後方支援隊の方が設営して下さった「もみじ湯」(どこで開設してももみじ湯らしい。)女性は隊舎で入浴でした。男で良かったと思いました。

 2個の天幕と浴槽、水槽、湯沸器で構成された入浴セットは湯船の周りで身体を洗うことが出来、湯船にはゆったりつかることが出来ました。自衛官の方でも入浴する機会はほとんどないものだそうなので貴重な体験です。つぎにはいるときは我が家が地震で壊れたときでしょう。

夕食は懇親会を兼ねたバーベキュー。またまたお酒が大好きな私には嬉しいことこの上ないものだった。

 宿泊は自分たちが展張した宿営用天幕(6人用、通常4人で使用今回は各天幕4人)だった。この日は気温が低かったため寝やすかったが朝は寒かった。

もちろんツアー参加者が展張する

8月23日(第4日)

もちろんツアー参加者が片付ける

 毛布など返納し朝食後、陸自のバスで呉まで移動、呉到着後護衛艦「ひえい」潜水艦「はるしお」を見学。潜水艦は班ごとに違うものを見学した。

見学する護衛艦

 新しい潜水艦はパンフなどたくさんもらえたみたいで我が班はパンフ1枚のみ、でも艦内くまなく見学。潜望鏡を除いたり潜水艦の命航続日数を左右する冷蔵庫(中は見ていないけど)も見た。外から見た感じでは冷蔵庫の大きさは・・・ぐらい。ここにはかきませんが。

 昼食は木曜日なのに海上自衛隊名物カレーライス。呉の方が配慮してくれたのだろうがまだ翌日岩国(海上自衛隊の基地)にいるのに。しくしくしく(涙)でも美味しかったです。

 昼からは江田島で教育参考館・幹部候補生学校を見学。陸・空と比べて建物や広報の方の言動に伝統がにじみ出ている。さらにカッター訓練体験覚悟していたほどはしんどくなくまったりとした雰囲気の内に終了。

江田島 カッター訓練

 入浴、食事は一般大出身の幹部候補生とともにした。我が大学からは○人が入校。私と同じ学科にいる後輩によろしくと言付けられたので。後期に伝えておこうと思います。(10月3日本人に伝えました。)先輩の皆様お勤め頑張って下さい。でもここでは「将来我が校に・・」云々という話が多かった。どうも趣旨が間違って伝わってるのか違和感を覚えました。あまり就職先としてみている人はいないような雰囲気だったので。

 夕食後、江田島クラブにて参加者の反省会(第1次)お酒が大好きな私には嬉しいことこの上ないものだった。さらに反省会(2次会)みなさんの貴重な意見(酒の席だからはなせることも含めて)伺うことが出来た。

8月24日(最終日)

 最終日となった。反省会はそんなに遅くなかったが5時20分起床はつらかった。こんなに早く起きたのは「総員起こし」見学のため。午前5時55分「総員起こし5分前」の放送。6時にラッパと共に行動開始(フライングは禁止らしい)猛スピードで校庭に集合。号令調整、海上自衛隊第一体操、乾布摩擦、一般大卒業生は手旗の練習(下手な人もいた)掃除と大変そうだった。朝食は幹部候補生学校食堂にて。

総員起こしで整列する幹部候補生の方々

 その後、江田島クラブに戻り出発の準備をした後課業整列見学。5音しかでないラッパで吹く普通の人は絶対違うと言いはるであろう「君が代」と共に国旗が掲揚された。

 江田島を上陸用舟艇で出発岩国に向かう。「揺れるし暑いから」と言われていたが好意によりテントが張られていて、ついに座席もありませんでしたが涼しく快適すぎてここち良い揺れのなかで熟睡してしまった。

岩国まで船で移動

 岩国到着後広報の方は「ここはアメリカだから悪いことをしていてアメリカの憲兵に見つかると軍法会議にかけられるよ」と言っていました。後で施設の地図を見ると我々の見学したところは、岩国基地に雀の涙しかない海上自衛隊専用区域だったのですが。

 基地の敷地の大半は共用またはアメリカ専用。海上自衛隊の施設は間借り状態だった。いくら経済成長しても敗戦国という事実は変わらないのか。でも安保は必要だし・・・。

岩国といえばUS-1A

 昼食は金曜日なのでカレー。ここではなぜかジュースのみ放題マシ−ンが食堂に設置されていた。ここのカレ−はナンがついていてちょっとおしゃれだった。

 午後からはフライトシュミュレ−ター体験。USJよりこっちの方がたぶん面白いだろう。C-1の時間が迫っていたのでテンポが速かったが日本の安全と離島や船舶の医療を支えるこの基地の役割が少しはわかったかな?

 岩国からC-1で入間へ戻る、九州、中国出身者には残酷な話だ。台風で現地解散という噂に喜んでいた彼らはちょっと寂しそう。私は疲れていたためシートベルトをはずすこともなく入間に到着。大阪や名古屋が綺麗に見えていたらしい。残念だ。

 入間到着後稲荷山門にて解散。新幹線で帰る予定だった私は東京駅で座るために1時間も新幹線を待ってしまった。金曜日の新幹線は要予約だと思い知らされた。

感想

 内局や各幕、駐屯地の担当者の方には大変良くしていただき感謝しております。今になって少し思うことは自衛官は特殊な人種ではなくその辺にいるおじさん、おにーさん、おねーさんだというのはよくわかりました。

 ただ今回海上・航空自衛隊は教育部隊中心でちょっと残念だったと思うのと、ほとんど「将」「士」の階級の人と遭遇しなかったのが少し残念。「将」は仕方がないけど「士」のひとと少しはなしてみたかったと思いました。でも楽しかったです。自衛隊に入っても(全部は)出来ない体験だと思うので大学生のみなさんは是非応募されてはとおもいます。

2006.8.20追記 当時の写真を発見したので追加しました。参加者の皆さんの顔についてはぼかしをかけて判別できないようにしてあります。掲載が不都合な場合はご連絡いただければ削除したします。


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