第44号(2003年11月)

   「ユネスコと地球市民」
                 日本センター代表 家正治

   「国際犯罪処罰についての潮流」
                 神戸大学大学院法学研究科修了 中村加奈

   「国際協力とNGO・途上国へのサービスからより根本的な問題解決へ」
                 大阪大学大学院生 幸長由子

   「医薬品特許における南北問題の格差是正への方法」
                 神戸大学大学院生 柳口未来

   「世界に於ける日本の製薬産業の現況と展望」
                 元製薬会社勤務 米田鎭敏

   「気候変動対策の危機?」
                 国際基督教大学社会科学研究所助手 石田麻有佳


   「万国博覧会における美術展示」
                 大阪市立住まいのミュージアム学芸員 畑智子


第43号(2002年5月)
   「イラク戦争と地球市民」
                 日本センター代表 家正治

   「対イラク戦争が残す国連の課題」
                 帝塚山大学専任講師 末吉洋文

   「女性の人身売買―見えにくい問題―」
                 京都文教大学非常勤講師 米田真澄

   「「派遣」という働き方・・・その虚像と実像」
                 螢ャリアトラスト代表取締役社長 加山勝久

   「新間記者として思うこと」
                 神戸新聞記者 梶山卓司

   「最近感じたこと」或いは「今想っていること」
                 公認会計士 渡邊健吾


第42号(2002年11月)
   「法の支配」と地球市民
                 日本センター代表 家 正治

   「冷戦後の国際社会における国連事務総長の役割―アナン事務総長の問題提起に触れながら―」
                 学術博士(神戸市外国語大学) 末吉 洋文

   現代の少年と少年法の問題
                 同志社大学大学院生 東大視


第41号(2002年5月)

   地球環境の保護と地球市民
                 日本センター代表 家正治
   ホームレスを支援するボランティア活動〜釜が崎支援機構の活動を中心に〜
                 スポーツクラブ「ビッグスポーツ」インストラクター 西村直美
   核なき世界を求めて…「非核地帯」
                 姫路獨協大学大学院 福島崇宏

第40号(2001年11月)

   「米国の『報復戦争』と地球市民運動」
                 日本センター代表 家 正治
   女性の社会進出について
                                          広島大学大学院  田原 洋子
   核軍結における反核NGOの影響力−反核運動の歴史的考察からの分析−
                 大阪大学大学院 小林 真樹

第39号(2001年5月)
   「南北問題と地球市民」
                  日本センター代表 家 正治
   国際司法裁判所の現状と課題 
                 大阪大学大学院  高橋 明子
   NPT体制と核軍縮
                 神戸大学大学院 巽 千春

第38号(2000年11月)
   21世紀のキー・ワード:世界・文化・人権
                    日本センター代表 家 正治
   定住外国人の参政権について
                 神戸市職員 小林裕和
   移民国家オーストラリアにおける市民権
                大阪大学大学院文字研究科博士後期課程 浅川晃広
   他国の地球市民の会支部からの手紙

第37号(2000年5月)
   地球市民運動と民族問題
                 日本センター代表 家正治
   地球市民と地球環境問題
                 立命館大学政策科学研究科博士課程 竹内 慶司
   国際刑事裁判所設立への動きとその役割について
                 (株)コンベンション・リンケージ 中村 加奈



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第44号(2003年11月)


「ユネスコと地球市民」
                                日本センター代表 家正治

  「戦争は人の心の中で生まれるものであるから、人の心の中に平和のとりでを築かなければならない。」これは国際連合教育科学文化機関憲章(ユネスコ憲章)の前文にある有名な一文である。同時に、筆者がとりわけ留意すべきであると考えるユネスコ憲章の前文の一節は以下のものである。「政府の政治的及び経済的取り決めのみの基づく平和は、世界の諸人民の、一致した、しかも永続する誠実な支持を確保できる平和ではない。よって、平和は、失われないためには、人類の知的および精神的連帯の上に築かなければならない。」(傍点筆者)。

  ユネスコ憲章は、第2次世界大戦終結後間もない1945年11月にロンドンで採択され、ユネスコは翌年の11月に設立された。ユネスコの目的は、ユネスコ憲章第1条1項において、「この期間の目的は、国際連合憲章が世界の諸人民に対して人種、性、言語又は宗教の差別なく確認している正義、法の支配、人権及び基本的自由に対する普遍的な尊重を助長するために教育、科学及び文化を通じて諸国民の間の協力を促進することによって、平和及び安全に貢献することである」と規定されている(傍点筆者)。第2次世界大戦の元で設立の準備が行われた経緯に示されるように、教育・科学・文化を通してこの国際平和の達成が強調されていることに注目されるべきであろう。1946年12月には、国連との協定の発効により、ユネスコは国連の専門機関の一つとなり、「国連ファミリー」の一員となっている。2003年9月現在、その加盟国は188カ国また6地域が準加盟している。

  エジプトのアスワン・ハイ・ダムの建設で、ヌピアの遺跡が水没しようとした問題で、ユネスコは1960年にその救済運動を起こし、アブシンベル神殿のラムセスの巨像を吊り上げて高所へ移動させたことは有名である。またユネスコは、文化交流活動の一環として、「雨月物語」や「雪国」などの日本文化を海外に紹介した。川端康成がノーベル文学賞を受賞したのもユネスコが一役を買ったからと言われている。またユネスコは、1960年代以降、発展途上国の開発援助という事業的な活動に重点を置いてきた。

  米国は、ユネスコの活動が過度に政治化している、国家至上主義的な政策傾向がある、事務局が非効率でまた財政膨張が甚だしいとして、1984年にユネスコを脱退した。2002年の国連総会の演説の冒頭、ブッシュ米大統領はユネスコ復帰を明らかにし、本年10月に19年ぶりに正式に復帰した。米国のユニラテラリズム批判を少しでも避けたいとする米政権の思惑もあろうが、その復帰は評価できよう。

  ユネスコ憲章は、教育、科学および文化の事項に携わっている国内の団体の協力についても規定している。人類の知的及び精神的連帯を強調するユネスコ憲章は、地球市民の意識と大きく重なる側面があるであろう。



「国際犯罪処罰についての潮流」
                                神戸大学大学院法学研究科修了 中村加奈

  「戦争の世紀」といわれた20世紀は終わったが、世界各地で紛争は後を絶たない。国際紛争に関わって多くのテロ事件もおきている。

  その傍らで一つの動きが静かにけれど着実に起こりつつある。それは長い間かけて培われた「国際犯罪を犯した個人を国際法で裁く」という動きである。そもそも「国際犯罪」とは何か、また具体的にどのように裁くべきか等議論されるべき点も多く、紆余曲折はあるもののその流れは続いている。

  その動きの中でも大きなものとして挙げられるのが国際刑事裁判所(International Criminal Court: ICC)設立への動きである。1998年に採択されたICC設立ローマ条約は2002年7月1日に60カ国の批准を得て発効した。2003年3月にはハーグで開所式が開かれた。判事、裁判官、主席検察官、主席書記官も選出された。すでに400件を超える訴状が提出されているという。2003年9月末時点で署名国は138カ国、批准国は92カ国になる。ICCはいよいよ、具体的に始動しようとしている。

  また、カンボジアでのポルポト政権時代の行為が今、裁判で裁かれようとしている。ポルポト政権時代の大量虐殺(ジェノサイド/Genocide)に対する裁判については国連とカンボジア政府の間で7年以上にわたって話し合われてきた。国際法廷として裁くか国内法廷として裁くかという管轄権の問題でいったんは膠着したが国内裁判官を主としながら1名は海外の裁判官を採用することで合意した。ポルポト自身は1998年に亡くなったが、二十数年の時間を経てポルポト派の幹部たちが裁判で裁かれるのである。この背景として、ジェノサイド条約により「ジェノサイドは国際犯罪である」と明文化できたことが挙げられるのではないだろうか。つまりジェノサイドは国際犯罪であり、裁かれなければならないという国際的な認識が裁判所改定を実現させたのだ。国内政権下で自国民に対して行われた点が特殊なケースであるが、個人の行為が国家の枠を超えて国際法で裁かれようとしている。

  これらの動きは、しかし必ずしも理想通り進んでいるわけではない。ICCは今後解決されなければならない問題を抱えるまだまだ不安定なものである。中国・ロシアなどの国々はICCに加盟していない 。同じく国連常任理事国であるアメリカは、海外に派遣された自国の兵士が訴追される可能性を理由に消極的な態度を変えていない。日本も積極的な参加を求める声は上がっているものの 、まだ署名・批准をしていない。

  しかし、長年かけて培われた概念、動きは現在も少しずつではあるが途切れることなく続いているように思われる。国際犯罪とは何か?どのように裁かれるべきか?長年問い続けられてきたその問題に対する答えが、今ようやく少しずつ出されようとしているのかもしれない。



「国際協力とNGO・途上国へのサービスからより根本的な問題解決へ」
                                大阪大学大学院生 幸長由子

 NGOとは何だろう?どこで何を行っているのだろう?

  私は、いわゆる「途上国」における問題に興味がある。その解決を目的として活動する「先進国」のNGOの活動にかかわることにより、この疑問に対して考えたことを報告したい。したがって、以下、NGOという名称を用いる際は、上記のようなNGOを想定している。

  さて、NGOは、途上国での「草の根レベル」でのプロジェクトなど、住民に直接行き亘るきめ細かな活動を行うことができるという点で注目されている。国家間の取り決めにより大規模に行われることの多い、政府によるプロジェクトでは実施が困難な点である。

  しかし、それだけでは途上国へのサービス提供に過ぎない。「途上国での問題」と言われている問題の背景には構造上の問題が存在し、また、先進国政府や企業、国際機関の途上国における活動から生じる問題や、NGOの途上国での活動の是非を問うことができないからである。

  実際、NGOの活動には、上記の活動のほかに、NGOには2つの現場での活動が存在する。それは、市民に対する活動と、政府や企業、国際機関に対する活動である。市民に対する活動には「開発教育」があげられるが、そこでは、途上国の問題やその背景にある構造的要因を探り、問題解決への意識化を促す取り組みがなされる。政府や企業、国際機関への活動には、それらの組織へ働きかけ、問題解決を促す「アドボカシー(提言)活動」がある。

  途上国の現場からは、市民の活動に対し途上国の現状などの情報が提供され、市民への活動は途上国での活動に対する支援者を増やし、途上国での活動を監視する人を育成する。さらに、自らの行動を見直すことで、途上国での問題の背景に存在する構造的問題の軽減化に寄与する。また途上国の現場からは、アドボカシー活動に対し、政府、企業、国際機関の途上国での活動の情報がもたらされ、アドボカシー活動は途上国における政府や企業、国際機関の行動の変更を迫る。さらに、アドボカシー活動からは、市民の活動に対し、政府や企業、国際機関の動きに関する情報が提供され、市民への活動は、アドボカシー活動への支援者や政府、企業、国際機関の活動を監視する人を増やす。これらの活動のバランスの取れた相互関係が存在してはじめて真の問題解決が生まれるのである。

  しかしながら、現在、日本では対市民と対政府、企業、国際機関の現場での活躍が弱い。NGOという名前と「途上国でよいことを行う団体」というイメージが広がる今日の日本において、この状況は危険である。政府や企業が自らの行動の正当化のためにNGOという名を借りるという事態や「広報」に長けたNGOが活動内容に関わらず、支援者を得るような事態が考えられるからである。

  真の問題解決を行うためには、対市民、対政府、企業、国際機関への活動の強化が急務である。



「医薬品特許における南北問題の格差是正への方法」
                                神戸大学大学院生 柳口未来

  WTO議定書は、貿易規制、危険評価証明の基準、貿易規制のもたらす健康、危険評価方法について明確にしていない。また知的所有権に関する国際ルールを規定したTRIPS協定も、生命にかかわる(lifesaving)医薬品特許が品国に脅かされる可能性を残すような文言を含んでおり、特許保護の例外を引き起こす前提や手続きに関してほとんど触れていない。製薬会社にとって新薬の開発やアクセスに関する知的財産権は他のハイテク産業に比して非常に重要である。最も焦点となっているのは発展途上国への新薬の開発やアクセスに対する特許の効力である。緊急に必要とされているのは発展途上国を病む疫病の研究に報いることであり、特許医薬品の寄付を増加させる公的及び私的セクターの努力である。先進国及び発展途上国の医薬品市場での複雑な経済、法律及び政治問題をもたらすか書く差別を有効な精度とするのは、発展途上国における低価格薬品と有益な先進国の市場価格との格差を埋めて仲裁し得る物理的情報である。

  ディファレンシャル・プライス(D・P)は、先進国のエイズ薬品価格を高騰させ、発展途上国では比較的安価になるように働く。適切な市場下では経営戦略を最大化して利益を生み、先進国の医薬品会社が発展途上国の安価な医薬品市場を開拓して提供することになるであろう。D・Pは、短期間で法律、経済及び政治の公的及び私的な行為者によってその地位を維持するようにさまざまなパラダイム変遷を経てきた。価格差別の経済モデルは、掛け金を預かる第三者の利益が尊重されるように福祉増進政策を描き得る。WHO委員会が作成したマクロ経済と健康のワーキングペーパーによると、私的財産保護と医薬品価格の間の関連性、製薬会社のR&Dおよび国家収入の差異と価格差別を繋げる会社の範囲、D・Pを支持する法的手段は、国際格差と密接に結びついている。さらに医薬品寄付の強制実施や寛容な補助金が必要である。

  多国籍薬品価格戦略の一つとして、公正とR&D費用のRamsay価格変数が考えられる。富める国よりも、支払能力が低くなお、或いは需要の弾性価格がある国において安価となる。この場合、発展途上国からの並行輸入を禁止した上で、発展途上国に課された価格を基準とすべきではない。産業国で確立された先例では、「相当な」ロイヤリティーとは、0よりも高いが、特許のメリットである独占使用を喪失する代償よりは低い。TRIPS協定の「支配的な国内市場の供給」の明確化が切望される。輸入国によって発令される強制実施は、generic薬品の輸出国のものに合致すべきである。また税法の若干の改正も寄付へのインセンティブを促進させることとなる。法人税法が、薬品の寄付で賞味の費用に課税しない等の利得があれば、法人税法も促進されることとなり、慈善的で不透明な政府の税消費や寄付よりも実行可能なものとなる。



「世界に於ける日本の製薬産業の現況と展望」
                                元製薬会社勤務 米田鎭敏

 私は「世界に於ける日本の製薬産業の現況と展望」についてご報告できますことを大変嬉しく存じます。まず最初に私は業界の状況に精通した専門家ではなく約30年間某製薬メーカーの営業部門で従事してきたものの報告としてご理解くださいますようお願い申し上げます。

 (1)日本は古来より中国の影響を深く受け東洋医学が主流で薬と言えば漢方薬が幅を利かせていた。所謂草根木皮で江戸末期にはオランダと国交を持つようになり蘭学に移行していくが第一次世界大戦後は西洋の薬品(無機薬品)が主流となり製薬産業として大きく飛躍するのは第二次世界大戦後である。戦後日本は産業振興の為あらゆる分野に於いて政府(官僚)主導で護送船団方式による産業振興策が選択された。それは、日本の製薬産業においても例外ではなかった。政府は国民の健康を確保し維持する為「国民皆保険」制を制定し「薬価基準」制度も導入されたが所謂「出来高払い」制度が定着し「乱診乱療」「3分間診療」等の言葉で揶揄された時期が有った。一方日本の製薬産業は大戦により遅れた新薬開発力の技術力を取り戻す為積極的に欧米のメーカーと提携しライセンス生産を始めた。その後医家向医薬品は比較的順調に生産規模を拡大し順風満帆な未来かと思われた。

 (2)然し乍ら日本の製薬産業は基本的に内在する問題点を持っていた。以下問題点を箇条書きします。
 ‘本の製薬産業は生産する医薬品の80%近くを国内で費消する鎖国的市場の中で安穏に過ごしてきた。
 △海里茲Δ幣況の中で、新薬開発の意欲は減退ないし停滞が生じた。新薬開発には10〜15年、100億〜200億の期間と費用が必要だといわれている。
 0貶先進欧米製薬産業は日本の製薬産業にライセンス生産をさせることにより日本国内の医療機関に浸透していき日本での(販路網)の現状を知悉し次の方針として自前のプロパガンダー、製造を指向しMRの自社採用と日本国内大手メーカーの買収を着々と進めている。

 (3)2003年度の世界の製薬産業と日本の製薬産業の現況
 市場規模として世界で58兆8000億〜60兆円で日本のそれは6〜6.5兆円でシェアとして10%程度であろう。研究開発費の肥大化は難病、奇病の顕在化でやむを得ないであろう。この為、製薬産業の合従連衡も正当化されよう。因みに世界の製薬産業は所謂大手の売上規模は1兆円以上であるが日本では1兆円以上の規模を維持できているのは武田薬品のみで他のメーカーはそれ以下であるが日本では製薬大手と呼称されている。
 
(4)今後の日本の製薬企業の課題
 上記で述べたように製薬産業は全人類があらゆる疾病から防御されると言う事は、正にヒポクラテスの誓いが近づくことになる。日本の製薬産業は知識集約産業として研究開発の強化を行い世界に通用するような創薬に精励しなければならない。国内の医薬品市場のパイは限界があるから海外マーケットに進出していく必要がある。ワールドワイドなGoing-concernとして生き延びるにはThe bigger the betterの論理は顕在化しており日米欧をリンクした合従連衡が加速されるであろう。日本政府も製薬産業の将来性を見込み国際的に魅力ある創薬環境の実現と医薬品産業の国際競争力の強化を不可欠としている。

(5)結び
 色々述べてきましたが、下記にある製薬メーカーの英文決算書(Annual-Report《2002》版)を転記し結びとさせて戴きます。
1. Our company is a research-driven pharmaceutical company active in the world's major markets-Japan, North America, Europe and Asia.
2. The sales outside Japan are accounting 45% of net sales.



「気候変動対策の危機?」
                                国際基督教大学社会科学研究所助手 石田麻有佳

  気候変動問題に関する国際合意はいつ効力を持つのか。「気候変動枠組み条約」の「京都議定書」(1997年)は、アメリカの不支持で躓き(2001年3月)、議定書発効の鍵を握るロシアが早期に批准する見通しも薄いという(2003年9月末)。筆者は国際法を学ぶ一学生として、困難な交渉を経て精緻な実施支援措置や遵守確保制度を備えつつある京都議定書の行方に関心を寄せていたが、改めて次のことを考えさせられた。気候変動問題への取組みに消極的な国々の姿勢にはどんな問題があるのか。また京都議定書が発効しない事の何が問題なのか。
  京都議定書は、大気中の温室効果ガスの濃度を安定化させ、気候変動が生態系と人類にもたらす悪影響を回避する事を目的とし、温室効果ガス排出削減の数値目標を設定している。先進国は、2008年からの10年間で平均5.2パーセントの削減を割り当てられた。目標達成の手段として、国内での排出削減政策に加え、各国の排出枠を売買できる排出権取引や、排出削減事業の成果を締約国間で移転できる「共同実施」などが用意されている。

  アメリカが議定書から離脱した理由は、議定書の温室効果ガス削減目標には科学的根拠がない事への批判、途上国に削減義務を課さないことへの不満、議定書の遵守がもたらす経済的悪影響への考慮である。一方、ロシアの批准が遅れている理由は、政府内部及び産業界の分裂と、議定書の批准問題を政治的駆け引きの道具として扱う姿勢にあると言われている。これらの消極姿勢からは、気候変動問題に対処する必要には同意しても対処の方法については一致せず、全ての国が「共通であるが差異のある責任」に応じ協力する、という京都議定書の原則が置き去りにされていることが窺える。

  しかし、気候変動問題への取り組みに消極的な国々の一方で、他の国々は対策を開始している。京都議定書を批准したカナダとEUは、議定書が発効しなくとも議定書上の義務を履行する、と明言している。また、温室効果ガスの排出権取引制度がEUで計画され、企業も排出権取引ビジネスに乗り出している。議定書を支持するか否かに関わらず、気候変動問題は環境問題ではなく経済問題として捉えられており、対策の原動力は、行動の必要をチャンスと捉える姿勢なのである。

  それでは京都議定書の発効が実現しないことの問題は何か。議定書の発効が遅れれば、その分気候変動対策も遅れるだろう。また、排出権取引などの諸手段が用意され、政府や企業による取組みが始まったとしても、議定書が発効しない以上その成果は議定書の枠外に取り残される。議定書に基づいて行われるはずだった排出権取引の管理や途上国への気候変動対策支援、遵守確保制度は適用されず、気候変動対策の統一した管理は望めなくなる。京都議定書の発効は、ルールを実現する手段となる制度の構築と運用にとって不可欠なのである。



「万国博覧会における美術展示」
                                大阪市立住まいのミュージアム学芸員 畑智子

 来年の2004年愛知県で万博が開かれる。今回のテーマは地球環境を考える、ということでエコやリサイクルといった言葉がキーワードとなる。思えば1851年のロンドン万国博覧会以来20世紀に至るまで、世界各地で開催された万国博覧会では、「進歩、発展」をキーワードに工業・産業のたゆみない合理化と進展が求められた。とくに19世紀には強力なナショナリズムを背景に各国はこぞって自国の工業の発展をアピールし、これこそが文明国の証でもあった。

 そして19世紀の万国博覧会にはもうひとつの側面があった。美術品を中心とした自国の「文化」的側面における展示である。

 万国博覧会に初めて美術品が出品されたのは1855年のパリ万国博覧会で、以来フランスがつくった美術品の分類は美術品展示の指標となる。日本から出品された掛軸、陶磁器や金工、漆工、七宝などは当初「美術」の分類に入れてもらえず、したがって博覧会会場に建てられた美術館にはなかなか展示してもらえなかった。日本の美術品が初めて「美術館」に展示されたのは、1893年アメリカのシカゴにおけるコロンブス記念万国博覧会のときである。一般的には、「このころから日本の美術品が西欧人にも理解してもらえた」と解釈されがちであるが、実情はそうではなかった。

 当時アメリカはイギリスやフランスに比べて西欧諸国の中でも中心ではなく、まだ周辺国に過ぎなかった。コロンブス記念万国博覧会を成功させるには、これら中央の位置を占める西欧の国々の参加が不可欠であるが、なかなか参加表明をしてもらえず、開催を予定より1年遅らせている。そんな中、日本政府は早々と参加を表明し、かつ大規模な予算を投入して展示品を会場に送っている。アメリカと日本との関係は、この頃から1904年の日露戦争のころまで非常にいい関係にあったといえよう。そんな中で、日本側の博覧会事務官、手島精一はアメリカ政府に対し、「日本の美術品は、形態などにおいて独特であるが、美的価値は劣らない。何とか美術館に展示してほしい」と交渉している。これに対しアメリカ側は「内容に関しての判断は出品国に任せる。」として許可している。これらのやりとりをみると、日本の美術の質が認められたわけではなく、国際関係の中で政治的に判断されたものであることがわかる。

 そして1900年のパリ万国博覧会では、日本の美術・美術工芸品は再び「美術館」から締め出されて、工業部門に展示されている。国家的な政治関係は、こうして美術品の質の判断にも影響力が多大であったのである。


****************事務局だより******************
1.本部(パリ)からの報告集について
 2002年9月27日から29日まで、本部はフランスのダボで地球市民問題に関する研究会議を開催し、フランスとドイツを中心とする14名の会員が参加しました。本部からその会議の報告集(8頁)が送られてきました。内容は、1.序文、2.参加者、3.研究会議の目的、4.地球市民登録、5.市民から地球民主主義へ、6.人民議会、7.参加者略歴、8.定義、略語および参考文献、から成っています。論議の中で、ダニエル・ドゥラン会長が次のように述べていることに注目されます。「『登録』はそれが思想を主張しないという厳密な意味で『運動』ではなくて『地球市民登録サービス』である。『登録』は地球市民にその名の下にいかなる公的行動を行うよう要請してこなかった。各市民は自己が希望するいかなる運動や結社に関わることもまったく自由である。そのことは登録を『地球民主主義の中核に』置き、その周囲に他のすべての地球市民運動、とくに我々のように"中立的"であるもの以外のものを置くということである。言いかえれば、登録会員は、理論家であることとは別に、人々を互いに結びつける人達である。」報告集をご希望の方はお申し出下さい。

2.日本センターの役員について
 各国の支部センターには、代表と並んで事務長および会計主任を今後置くよう本部より連絡がありました。日本センターの役員体制は、代表:家正治、事務長:加山勝久、会計主任:末吉洋文、と報告いたしました。

3.ホームページについて
http://www.geocities.co.jp/WallStreet-Stock/6640/top.html
新たに掲示板を設置しておりますので、お気軽に書き込んでください。また近々、大幅にリニューアルしようと考えておりますので、載せて欲しい情報等がありましたらご一報下さい。
<HP管理>帝塚山大学法政策学部専任講師 末吉洋文 sueyoshi@tezukayama-u.ac.jp

※ 例会の報告者は、報告後に末吉宛までニュース原稿データを上記メールアドレスまで送っていただけると幸いです。




第43号(2002年5月)

「イラク戦争と地球市民」

                                日本センター代表 家正治

 国際社会の基本的な構成単位は国家である。第2次世界大戦後、とりわけ近年、NGOをはじめとする非国家主体の役割が注目されて入るが、基本的には国際社会は200ほどの国家が並存する水平的な社会である。

 このような国際社会を維持するために、国際秩序の一つとして国際法が存在するが、それはどのような原則からなっているのであろうか。1970年の国連総会が採択した「国連憲章に従った諸国家間の友好関係と協力に関する国際法の諸原則についての宣言」では、以下の7つの原則が示されている。(1)武力による威嚇と武力行使の禁止、(2)国際紛争の平和的解決、(3)国内管轄事項への不干渉義務、(4)相互協力義務、(5)人民の同権と自決の原則、(6)国家の主権平等、および(7)国際義務の誠実な履行。なお、同宣言によれば、「本宣言に具現された憲章の諸原則は、国際法の基本原則を構成するもの」であり、「その相互関係をこれらの諸原則の厳格な遵守を基礎として発展させるよう訴えるもの」であるとしていることに留意さるべきである。

 ところで、3月20日、米英両国はイラクに対する武力攻撃を行った。なによりもまず、査察体制の続行によってイラクの大量破壊兵器の武装解除が可能であったにもかかわらず武力攻撃に踏み切ったのは、紛争の平和的解決義務に抵触するものであった。また、米英両国が安全保障理事会の審議を一方的に打ち切ったことは、国連が建前とする集団安全保障体制の趣旨・精神に反するものであった。ブッシュ米大統領の最後通告演説では、1990年およびその翌年の理事会決議678および687決議に言及しているが、これらはイラクのクェート侵攻との関係で採択された決議1441も引用されている。それはイラクが一連の国連決議の違反を重ねるなら「深刻な結果」に直面すると警告するものであるが、一般的なこの文言から武力行使の正当化をはかるのはあまりにも強引な解釈である。さらに、戦争の違法化の結果、今日例外的に国家に認められる武力行使は自衛権の場合のみであるが、イラクは米英両国に武力攻撃を行っておらず、自衛権も根拠にすることができない。

 さらに、最後通告演説は、フセイン大統領のイラク退去を要求し、それが「活力のある、平和で国民が自ら政府を選ぶ中東国家の先例になりうる」と述べている。しかし、どのような政府を選択するかは、民族自決権を有するイラクの人民の判断に委ねらるべきである。

 超大国による国際法の侵犯は国際社会の「法の支配」にとって由々しい事態である。しかし、フランスやドイツをはじめ多くの国々や世界のかってない多くの人々が反対の声を上げた。国家を越えた権力体がない国際社会において、「法の支配」を維持し、平和を守るためには、最終的には世界の人々の地球市民としての一体感と連帯感が必要であろう。



「対イラク戦争が残す国連の課題」
                                帝塚山大学専任講師 末吉洋文

  国連の存在意義と目的は「国際の平和および安全の維持」にある。第一義的責任を負っているのは安全保障理事会である(憲章25条)。しかし、今回の対イラク戦争では、米国が安保理を無視する形で戦争が開始された。冷戦が終結し、一時は国連復活の兆しが見えたように思われた時期もあったが、今回の対イラク戦争で国際社会は大きな課題を抱えこんだのである。そこで、本稿においては対イラク戦争が残す国連の課題について考えてみたいと思う。

  第一に、国連憲章によって規定されている「紛争の平和的解決義務」を、国際社会が再認識すべきである。今回の戦争は、安保理の決議を経ないで開始された。それはただ単に憲章2条4項の武力の行使禁止原則に違反しただけではなく、同2条3項や第33条が規定し、加盟国に課されている「紛争の平和的解決義務」にも違反しているのである。憲章の金科玉条ともいえる武力行使禁止原則が例外的にしか武力行使を認めていないのも、紛争の平和的解決を予定しているからなのである。その約束を米国ならびに英国が踏みにじったことは、国際社会の「法の支配(rule of law)」による国際法秩序を根底から揺るがすものであったといえる。

  第二に、「国連事務総長の役割」である。今回の対イラク戦争に対して、アナン事務総長は、米国ならびに英国によって開始された対イラク戦争について、「国連憲章に一致するものではない」旨の発言をした。なぜ米英と対峙する覚悟を持って「憲章違反である」と非難しないのであろうか。事務総長は、その中立的立場から「憲章の門番」と言われているが、大量破壊兵器の査察延長の是非などについてもリーダーシップを発揮すべきであった。最近、ようやく復興の話が出始めた途端に「復興は国連中心で」ということを言い出したのである。安保理が当分機能しないような雰囲気に包まれた国際社会において、事務総長の役割が注目され、そして見直されるべきであろう。

  第三に、「平和のための結集決議」である。安保理が機能不全に陥った場合、「国際の平和および安全の維持」に対して副次的な責任を有するのが総会である。今回の戦争反対運動の中には、1950年の朝鮮戦争時に生み出された同決議の手続きによって、総会で審議あるいは何らかの措置を執ろうとする動きも見られた。そもそも審議機関である総会は、急を要する安全保障問題の処理には適さないのかもしれないが、今回の戦争において何らかの行動を為す余地はなかったのであろうか。これは上述の国連事務総長の役割の問題とともに、国連研究の課題であると思われる。

  今回の戦争が開始された時には国連の無力感を感じざるをえなかったが、国連は決して葬り去られたのではない。無論、安保理の「正常化」も待たれるところである。対イラク戦争が残す国連の課題は確かに大きいが、「国際の平和および安全の維持」のためにそれらに答えていかなければならない。



「女性の人身売買―見えにくい問題―」
                                京都文教大学非常勤講師 米田真澄

  「じゃぱゆきさん」という造語が使われ出した1980年代。日本では、フィリピンをはじめ、タイ、台湾、韓国などから多くの女性が日本に送り込まれ性産業で働く状況が問題とされた。1980年代半ばごろから、タイ人女性の来日が増加し、1980年代後半から1990年代前半には、タイ人女性が関連するいくつかの刑事事件が新聞の社会面で取り上げられた。どれも、監視役のママや客である日本人男性が殺され、タイ人女性たちは逮捕され、殺人罪にとわれた。

  彼女たちは、来日にあたって業者から架空の「借金」を背負わされる。業者から業者へ彼女たちは転売され、最終地である日本の売春スナックについた時には、「借金」は300万円から400万円ほどにふくれあがっている。それぞれの業者が自分たちの利益を上乗せし、転売していくからである。この「借金」の返済のため彼女たちは売春を強要されるのである。逃げないために監視がつく。タイ人女性をめぐる刑事事件の多くは、逃げるために監視役を殺したことで加害者として逮捕された事件である。本当の加害者は誰なのだろう。本当の被害者は誰なのだろう。

  1995年に中国の北京で開かれた第4回世界女性会議(北京会議)で採択された「行動綱領は12の重大関心事項をあげた。その一つに、女性に対する暴力がある。「女性に対する暴力」に関する戦略目標D・3には、女性の人身売買の根絶と被害女性の支援を掲げている。

  21世紀に入り、人身売買の問題がようやくクローズアップされようとしている。国際組織犯罪に対して効果的な対策を講じるための国際協力の促進を目的とした国際組織犯罪条約が、2000年11月の国連総会において採択されたことが大きな契機となっている。同時に、国際組織犯罪条約を補完するために、人身売買禁止議定書も採択された。同議定書において、長らく定義されなかった「人身売買」が定義されるとともに、人身売買を刑事犯罪として確立するために必要な立法措置およびその他の措置を講ずること、そして人身売買の被害者を保護することなどが義務づけられた。日本は、同議定書に昨年12月に署名を行ったところである。これから批准に向けての国内法整備が検討されている。昨年12月には大がかりにコロンビア女性を日本に送り込んでいた日本人ブローカーが逮捕され、現在公判中である。コロンビア女性の日本への送り込みはl990年代になって増加している。

  人身売買の形態は強制売春だけではない。しかし、日本では強制売春にからむ人身売買が主流である。それだけ需要が高いということだ。昨年11月にハワイで開催された人身売買に関する会議で日本の問題を報告した際に、ドイツの研究者から質問を受けた。「日本の男性の価値観はどうなっているのか」と。受入大国ニッポンの責任は重い。



「「派遣」という働き方・・・その虚像と実像」
                               螢ャリアトラスト代表取締役社長 加山勝久

  派遣社員として、
  働きたいという人が増えています。
  どうして?
  それは企業が、すぐに力を
  発揮してくれる人が欲しいから。
  それは働く人が、自分の
  やりたいことを仕事にしたいから。(ある派遣会社のパンフレットより転載)

  現在約5000万人が会社に勤めている。そのうち正社員は3400万人で全体の70%弱だがその比率は年々減少しつつある。そして正社員以外にパートタイマー/アルバイト/契約社員/嘱託/派遣社員として働く人が1600万人おり、その数は年々増加しつつある。中でも派遣社員の数は毎年20−30%の割合で増えつづけている。派遣社員200万人の内170万人は派遣会社に登録し、仕事のあるときだけ働く「登録型派遣社員」で、派遣社員という時はこれをさす場合が一般的である。他に30万人位は「特定派遣」と呼ばれるもので派遣会社に常用雇用されている派遣社員である。

  日本の正社員が長時間労働、違法残業、週休、有給休暇も満足に取れない粗悪な労働環境で働いている時期に、1980年代にアメリカより移入された派遣システムでは、派遣スタッフは専門性が高く、責任も重い仕事、例えば翻訳、通訳、外資系企業の役員付き秘書、SE、専門知識のある営業などに自分の希望する期間だけ従事し、同時に自分の生活もフルに楽しむという生き方は、真に理想のものであると思われていた。

  1985年に労働者派遣法が制定され、自分の能力、嗜好、時間帯に希望する職種/労働環境で働ける時代になったので、主に「能力、技術を生かし、自分の生き方にあった働き方をしたい」という願望の強い若い女性が、正社員として働いていても、意味のない会議、残業、お茶くみ、コピー取り、宴会も断れず、会社に縛られた生き方を嫌って、派遣業界になだれ込んできた。1990年には50万人位だったのに、1995年は60万人、2000年に140万人そして現在は200万人と増えつつある。

  派遣法施行当初は、派遣の対象業務は事務職を中心に13業種に限定されていた。企業内だけではなく社会的に広く活用できるソフト開発や通訳者のような専門的職業領域か、または、駐車場の管理人のように必ずしも終身雇用の必要性のない職業領域が対象だった。その後、派遣労働に対するニーズの高まりや法規制の順次緩和を受けて26業種に拡大され、1999年には、一部の領域を除いて原則自由となった。今年中には「物の製造の業務」についての派遣も解禁される予定なのでなお大幅の派遣スタッフ数の増加が予想される。

  派遣スタッフとして働くことが本当に夢多く、楽しいものであろうか?これに対する答えとして、企業はなぜ派遣社員を受け入れているのだろうかを考えてみよう。

  正社員の突然の退職、病気入院、出産、事業の拡大に専門職が一時的に不足等を補充するために、一定期間派遣スタッフを受け入れるという通常のケースではなく、正社員の退職後や、時には中高年社員のリストラ後に、雇用責任のない、コストも低い派遣スタッフで穴埋めをすることにより企業の「販売費および一般管理費」を下げているケースが増えてきている。労働環境の悪い会社/事業所や、社員/派遣社員の管理監督を適正に出来ない事業所も数多く見うけられる。

  派遣スタッフの需要増加を見て、派遣会社の数も急増し、全国では一般派遣6000社(内近畿地方1200社)、特定派遣14000社(内近畿地方2000社)もあり、受注競争が激化し派遣サービス料金が低下しつつある。これにより低料金で受注した派遣会社では、派遣スタッフに対する賃金の引き下げ、有給休暇を与えない、健康保険/厚生年金保険/雇用保険に加入させない、年齢による差別、派遣期間の一方的な短縮等の労働基準法の精神にもとるような事例も数多く報告されている。

  平凡なことだが、正社員となるべく自分の適職を探す場合と同じで、派遣スタッフとして登録する時は、その派遣会社を選ぶしか方法はないかもしれない。

「新間記者として思うこと」
                                          神戸新聞記者 梶山卓司
  新聞記者になって30年近くになる。その経験の中で、自分自身のものの考え方、とらえ方を変えるきっかけになったことを述べたい。

  入社してまもなく国際ロータリーのフェローとして米国に留学し、海外から日本を見つめられたことは大きな収穫だった。記者としての原点にもなった。それ以降では姫路勤務時代、当時、姫路市郊外の仁豊野(にぶの)にあったインドシナ難民キャンプと定住促進センター周辺の取材をしていたころだ。国際的な難民問題が日本の一地方を通して見ることができ、国際化へと変わる日本社会の断面を追うことができた。今も鮮明に覚えているのは、日本の大学に進学したベトナム人女性にインタビューしたときのことだ。「平和についてどう思う」と尋ねると、彼女は「平和なんて戦争と隣り合わせ。次には必ず戦争がくる」と答えた。戦争と、束の間の平和の繰り返しの中で育った環境がそう言わせたのだろうが、あまりにも違う価値観に言葉を失った。「平和ボケ」のぬるま湯に浸かったままの日本人の物差しが、世界では通用しないことを考えさせられた。

  1988年から2年間のシンガポール駐在も大きなインパクトを与えた。懸命に、したたかに生きる東南アジアの人々を見ては日本の若者たちの覇気のなさを思い、「ルックイースト」をうたって日本や韓国を手本にするマレーシアの姿には、アメリカ一辺倒の日本の将来に不安を覚えた。タイ国境のカンボジア難民キャンプの取材では「国とは」「生きるとは」の意味を教えられ、難民をサポートするNGOからは国際ボランティアについて考えさせられた。今でこそ日本でもNGOが社会認知されるようになったが、当時はまだ市民権を得ていなかった。社会システムの中に組み込まれた欧米とは違い、日本ではむしろマイナス材科としてみられる風潮があった。NGOの人たちの生活費や生活環境を見ても雲泥の差があった。仕事と生活をきっちりと区別し、快適な環境の中で暮らす欧米のNGOに比べ、日本のNGOはつつましやかだ。生活費も現地の水準に合わせていた。

  この献身的な奉仕の精神こそ「日本人の美徳」とされる面もあるが、日本と欧米では根本的な違いがある。阪神大震災以降、日本でも有償ボランティアの動きが広まりつつある。ボランティアの輪をもっと根付かせるには欧米のようにもっと余裕を持った思考があってもいい。厳しい環境の中で社会や人のために貢献する人には、それなりの生活保障があってもいいではないか、そんなことを考えさせられた取材だった。

  いま日本のジャーナリズムは、大事件や大事故が起きるたびに関係者に洪水のような取材を浴びせる「過剰報道」が指弾されている。隠された事実に迫るジャーナリストの使命感は絶対、萎えさせてはならない。だが、取材される相手の立場を考えた謙虚で正確な報道が、今日の日本のメディアに最も必要なのではないだろうか。これまでの経験を通して、つくづくそう思う。



「最近感じたこと」或いは「今想っていること」
                                        公認会計士 渡邊健吾

  朝、昼、夜、時間、場所、道路、バス、電車、学生、社会人、学者、新聞、テレビ、ラジオ、パソコン、週刊誌等身の回りのもので名前或いは呼び名といえばよいのか、のついていないものは殆どない。あらゆるものに、名前或いは呼び名を付けている。名前或いは呼び名をつけないと気が済まないのか、或いは、名前或いは呼び名を付けるのが習性なのか、言い換えれば人間の業なのか、こうして文章を書いている間にも、頭のなかで何かが問いかけてくる。

  名前或いは呼び名といっても、もとはといえば、言葉があるからで、名前或いは呼び名も言葉のうちにはいるので、もとをただせばことばがあるから可能といえる。最初に言葉ありきと言うことを聞いたことがある、人が人となるのは言葉があるからで他になにがあろうか、との疑問に答えてはくれる。

  言葉には、言霊があるといわれていた。人が言葉を発するとき、その人間の考えていることを表現することができるからで、いわばその存在を示す方法ともいえる。しかし、ある事柄について、意見を求められたとき、対応は様々である。しかし、人は、常に何かを決めるような立場にはある。例えば、朝になって、目がさめると、体を起こすかどうか、顔を洗うかどうか等、等から始まり、会事をするかどうか、職場に出かけるか、等でこれらを習慣的に行うか、意識的に実行しているかの違いがはあるにしてもである。まあ、こういうようなことは、通常は、何かを決めることの範疇には容れないと思われるが。

  出初めが長すぎて、一体何を話題にしているのか、という質問がきそうであるが、最近になって、学生の頃にあるひとが「出家の弟子」(倉田百三著)を読むとよいといって、貸してくれたことがあったことを思い出だした。理由は、五木寛之氏の「大河の一滴」という文庫本がジュンクドウの入口に山積されていたので、何故この本がこんなところにと思って読んでみると、「出家とその弟子」について、倉日百三が若いとき(26歳)に書いたもので、大正6年(27歳の時)の初出版から現在に至るまで延々と読みつがれているということが書かれていたからである。「大河の一滴」の宣伝をしているわけでもなく、NHKの番組に倣ったわけでもないが、「大河の一滴」という題名からしてやや人生の終盤にさしかかった人間が今まで何をしてきたのだろうかと、ふと、思いかけていた時に、たまたま、何かを訴えるように思えたからに違いない。内容は、生と死、人間の一生は苦しみの連続では、たとえ憲法で基本的な人権の保障があっても、人間の精神的な悩みや『生老病死』の面倒までみてくれるわけでないことを自覚することにより、生活に萎えることから立ち直ってきたと述べている。『人は重い荷を背負って永い道を行くが如し』と昔の人がいっているが、現在は、封建時代にあった苦しみが消えているかもしれないが、現代には現代の苦しみが新たに生じ、どの世においても苦しみはあり、いずれの時代の苦しみが深く重いかを比較することはできないのではないか。と五木氏は問うている。原始時代と現代の違いは、地球と自然の寄生虫であったヒト科の動物が異常に増殖し、地球や自然を大量に破壊する存在となったことや、天変地異を恐れ超自然的な力を信じていた人間達が、科学の進歩とともに宇宙の主人顔をはじめたところぐらいではないか、と問うている。

  そして問う、『泣きながら生まれてきた』人間が『笑いながら死んでいく』ことはできないものかと。答として、『何も期待しないという覚悟で生きることではないか』と。そこに、他人からの親切とか、優しさなどへの本当の『感謝』というものを感じることができる。親は子に、夫は妻に、国民は国に、勤め人は勤め先に、生徒は教師に、教師は生徒に期待すべきではない。生き方を思想家や哲学者に教えてもらうわけにはゆかない、と。

  今の日本に何が欠けているか、について、氏は、仏教の話、法然を師とする親鸞の教えについて言及する。親鸞は、日本独自の仏教を確立したたぐいまれな思想家とし位置づける。(梅原猛氏は、『歎異抄』を現代語訳しているが、氏はそこで、唯円による宗教思想書と見ている。)親鸞の探求した阿弥陀仏信仰は、『名号』を拝むが、それは字を拝むこと・目に見えない無量、無限の科学的合理的世界と対立する世界=浄士をさしていると。現実に生きることは、地獄と極楽を絶えず行き来しながらくらすこと。人はみな大河の一滴であると。

  五木氏はまた中国の屈原と辺地の一漁師とのやりとりをあげ、世の中を濁水にたとえ、濁った水でも自分の足ぐらいは洗えるとの話を挙げて、人生のあり方を考えるかてとしている。
  『大河の一滴』には、深い感銘をうけたが、現代は、つくづく『女性社会』かと思われた書物にであった。『中国てなもんや商社』(谷崎光著)。中国との商取引、交渉術など涙を笑いにかえて、現場での体験を生々しく訴えている。中国人の渋とさというか、粘りっこさというか、中華料理がなぜできたかを、想像できるように思われた。

****************事務局だより******************
1.例会について
 阪神地区の会員を中心に、毎年5月と11月の第4日曜日に研究例会を開催しています。奮って御参加下さい。また、発表のご希望の方は事務局(家)までご連絡ください。なお、他の地域にも同様な会合を開催いたしたくご協力の程よろしくお願いいたします。その他、今後の具体的な活動について、ご意見やご提言をお寄せくだされば幸です。
2.新登録者(新会員)について
 2002年度には4人の方が登録されました。日本センターの発展と財政基盤の確立のために、毎年2桁の登録者が必要です。会員拡大のためにどうかご協力ください。(現行の制度では会費制でなく、2,500円の申込金で終身会員となります。)また、ご寄付の方もどうかよろしくお願いいたします。
3.財政について
(例年、フランス本部に報告と納金済みですが、本年度はまたその請求は来ておりません。)
(1)収入について
。横娃娃映度からの繰越金 28,468円
登録者の申込金 10,000円
4麌婉 48,000円
合計 86,468円
(2)支出について
)槁送金分 21,000円
(内訳:登録者4人分の申込金の2分の1、および寄付金の3分の1)
⇒港料、通信費の支出 30,261円
2002年への繰越金 35,207円
合計 86,468円
(昨年11月例会より、些少ですが講師への謝礼を支出することにしました。)
4.ホームページについて
http://www.geocities.co.jp/WallStreet-Stock/6640/top.html
新たに掲示板を設置しております。日々思うことを何でも書き込んでください。
<HP管理>帝塚山大学法政策学部 専任講師 末吉洋文 sueyoshi@tezukayama-u.ac.jp

※例会の報告者は、報告後に末吉宛まで原稿データを上記宛まで送って頂けると幸いです。





第42号(2002年11月)

「法の支配」と地球市民               日本センター代表 家 正治

 ドイツの宰相ベートマン・ホルウェークは、1914年8月、議会で開戦理由として、ドイツがロシアとフランスから挟撃されて緊急状態に陥れられたと説明し、「必要は法を知らない」と強調したことがある。今、国際社会は、「法の支配」の貫徹にとって重大な危機に立っている。なお、「法の支配」は国内社会では「人の支配」に対置される用語として使用されているが、国際社会では「力の支配」の反意語として使われている。

 第2次世界大戦後、米国と旧ソ連をそれぞれ中心とする陣営間の「力の対決」が続いたが、1989年11月に冷戦の象徴とも言うべき「ベルリンの壁」が崩壊し、人類はポスト冷戦時代を迎えた。二極対立の敵対と敵視の時代から、協調と協力の時代を迎えるかに思われた。もっとも、ポスト冷戦時代の単極支配においては二極時代のように双方からの抑止力が存在せず、冷戦時代よりもかえって危険な事態をもたらすことにもなる。

 その後ポスト冷戦時代の平和への息吹は、例えば1991年9月の南北両朝鮮の国連同時加盟、同年12月13日の南北朝鮮両首脳間の「南北間の和解と不可侵および協力、交流に関する合意書」署名、また同月31日の南北政府間の「朝鮮半島の非核化に関する共同宣言」合意が朝鮮半島に緊張の緩和をもたらした。しかし、その後の推移は、超大国の単極支配による冷戦時代の危険な側面が、とくにブッシュ米政権登場後、とりわけ9・11同時多発テロ事件以降突出するに至っている。

 ブッシュ米政権は、包括的核実験禁止条約、対人地雷禁止条約、国際刑事裁判所設立条約、地球温暖化防止議定書、弾道弾迎撃ミサイル制限条約、生物兵器禁止条約検証議定書、等の一連の条約に反対や離脱などの反対の態度を表明した。このような一方的態度は、国際社会が築き上げようとしてきた国際秩序への努力を反故(ほご)にしようとするものであり、国際社会の「法の支配」にとって由々しい事態と言わなければならない。

 ところで、9・11同時多発テロの発生から26日後の10月7日、米英両国はアフガニスタンへ自衛権を根拠に武力攻撃を行った。テロ行為は糾弾されなければならないが、米英両国の武力攻撃も自衛権発動の要件に合致していない。ブッシュ大統領は、本年(2002年)1月、一般教書演説で、北朝鮮、イラン、イラクを「悪の枢軸」と発言して、「力の外交」を一段と強化させた。また、本年9月にブッシュ米政権が発表した「米国の国家安全保障戦略」は必要な場合には先制攻撃もすることを述べている。

 米国がイラクへ武力攻撃に踏み切ることを懸念して、ヨーロッパの諸国をはじめ全世界において、また米国国内においても、イラク攻撃反対の世論が広がっている。国際平和を守るために、国家を越えた地球市民としての意識を深め、より一層の平和への世論を広げるとともに「法の支配」を強化する必要があろう。


「冷戦後の国際社会における国連事務総長の役割―アナン事務総長の問題提起に触れながら―」

学術博士(神戸市外国語大学) 末吉 洋文

国連が発行している雑誌(UN Chronicle)に「ハマーショルドならばどのように対処したのであろうか?」(“How would Hammarskjold have handled this ?”)という論文が掲載された。執筆者は現アナン第7代国連事務総長である。しばしば国連事務総長の「お手本」と形容されるハマーショルド事務総長ならば現代の国際社会にどのように対処したのであろうか、という非常に興味深い問題提起である。

 国連事務総長には国連憲章上「行政職員の長」(第97条)として位置付けられているが、同時に第98条において「事務総長は、総会、安全保障理事会、経済社会理事会及び信託統治理事会のすべての会議において事務総長の資格で行動し、且つ、これらの機関から委託される他の任務を遂行する。事務総長は、この機構の事業について総会に年次報告を行う。」と規定される。同条に基づき安全保障理事会から任務の委託を受けて平和維持活動(PKO)の最高指揮官として判断を下したり、特定の委託された任務を遂行したりする。また、年次報告書は当該年度の国連活動に対する事務総長の政治的思想を示す文書でもあると同時に、それは国連総会における議論のたたき台となっている。さらには第99条において「事務総長は、国際の平和及び安全の維持を脅威すると認める事項について、安全保障理事会の注意を促すことができる。」この条文に基づき、国連事務総長は実に広範な政治的活動を行ってきている。

ハマーショルド氏は1953年から1961年まで第2代国連事務総長として奉職した。その時代は、米ソ両大国による冷戦が開始され、特にアフリカやアジアにおいて両国の影響力を受けた勢力が覇権をめぐって争うなど、紛争が堪えない時代でもあった。こうした時代背景の下、ハマーショルドは米国人飛行士中国大使館監禁事件や国連平和維持活動の活動上の指針である「研究摘要」の作成等の事例において、憲章の拡大解釈を行い、自らに課せられていると見なす国連事務総長としての役割を見出したのである。

ところで、国連は冷戦の終結を契機としてその役割が見直されるに至った。事務総長の役割との関係で列挙しうる重要な国際社会の変化は第一に米国のユニラテラリズム、そして第二に「市民社会」概念の登場、そして第三には「国際の平和および安全の維持」に関連する社会開発の重要性が再認識されるようになっていることである。国連事務総長は国連の行政長官として、そして「国連憲章の番人」として様々な問題に対峙しなければならない。ハマーショルド第2代事務総長が憲章の目的のために権限逸脱ともとられかねない活動を行ったように、アナン事務総長も時代の要請に応じて国連事務総長としての責を果たすことが要請されているといえる。もっとも、全てが事務総長の手に委ねられているわけではない。我々ひとりひとりも「市民社会」の構成員として国連活動への理解と支持を忘れてはならない。


現代の少年と少年法の問題

同志社大学大学院生 東大視

 私が今回「地球市民の会」で私の専門分野である少年法について発表する機会をいただいたとき、タイトルを先生にお伝えする1分前まで方向性を考えあぐねていた。少年法について語るとき大きく分けて2つの方向性があるといってよい。1つは刑事訴訟法の特別法という位置より法律学的に議論をするやり方、もう1つは現在の少年の置かれている社会的状況より社会学的・心理学的・教育学的な視点より議論をするやり方である。私の専門は法律学としての少年法であるのはもちろんのことだが、単に法律学的に解析するだけでは少年法の本質は見えてこないと思っている。そこで、大学院で臨床心理学・精神医学を学んで自分の研究に活かしている。今回は1時間の発表ということで両方の視点より語るのは非常に難しいと思われたので一方の視点に絞ろうとしたのであるが日夜考えて続けても絞りきれない。そこで、私の欲張りな性格を表面に出して両方の視点からの発表を試みた。

 第犠呂任麓匆餝愿・心理学的・教育学的視点より論述を試みた。とくに私が力を入れている心理学的視点では「天秤理論」という(まだ未完成ではあるが)仮説を用いて少年の心の不安定さの詳述を試みた。第蕎呂任亘[С愿論議の面より述べた。特に国民が問題としている顔写真非公開の問題(少年法第61条)および被害者の権利については詳しく説明を施し議論をできるように整理した。次に第珪呂任呂海譴らの少年法に何が求められているのかの理念的な方向性を示した。そして最終章では未来の子供達に何をしてあげられるか?を社会的・心理学的・教育学的・法律学的視点のそれぞれからまとめたものである。

 日本の国民の「法意識」は先進国の中で最低であると私は思ってやまない。感情論で法律論を揺さぶるマスコミがあり、それがあたかも「正義」であるかのように信じ込んでいる国民の愚劣さがあり、それにおもねる信念なき法曹者がいるという恥ずべき国が日本なのである。法律論が感情論で処理されたとき、近代国家の礎である「法治国家」はもろくも崩される。感情論的「正義」は愚劣な国民に浸透しやすいがそれは同時に国家の法秩序自体を揺るがしかねない大きな問題なのである。その法秩序の崩壊の一端を今回の少年法改悪論議に見て取れるところに日本の危うさがあるように感じる。

 地球市民の一員として、日本国民の法知識の向上および法意識の高揚を願ってこの発表を世界に発信したい。

****************事務局だより******************

1.地球市民国際登録本部の副会長であり、フランス登録本部長でもある、ルネ・マルシャン氏が、2002年6月5日に逝去されました。日本登録本部は、本部長の名で以下のような弔文を国際登録本部の会長、ダニエル・ドゥラン氏宛に送付いたしました。

ルネ・マルシャン氏に対する追悼文

ルネ・マルシャン氏の御逝去の報に接し、地球市民の会日本登録本部は、衷心より哀悼の意を表しますとともに謹んで御冥福を祈念申し上げます。同氏の御生前の御功績は偉大であり、その御逝去による損失は甚大なものです。しかし、同氏の御逝去を乗り越えてまた御遺志を継いで、私たちは前進する決意であります。

2002年6月

日本登録本部

本部長:家正治

2.総会報告について

 地球市民登録の総会が2002年3月23日にパリで開催され、その報告が本部より送られてまいりました。日本登録本部に係わる内容として、インターネットにより日本の地球市民の会のサイトに接触できること、フランス、ベルギー、オランダ、カナダの登録本部とともに日本登録本部の会報から情報が得られること、また日本登録本部では6ヶ月ごとに日本語版と英語版の会報が刊行されていること、が記されています。

3.国際登録本部の役員について

 上記の総会の終了後、直ちに執行理事会が開催され、以下の国際登録本部の役員が選出されました(任期:2006年まで)。

 会長:ダニエル・ドゥラン

 副会長:ルネ・マルシャン

 事務長:リリアン・メッツークレンカー

 会計:バシル・ギンガー

4.研究会合について

 毎年5月と11月には、原則として第4日曜日に研究会合を神戸で開いています。報告をご希望の方は事務局までお申し出下さい。

5.ホームページについて

(http://www.geocities.co.jp/WallStreet-Stock/6640/top.html)

<連絡先>末吉洋文(学術博士(神戸市外国語大学))suepon@fa2.so-net.ne.jp



第41号(2002年5月)

地球環境の保護と地球市民

                                                             日本センター代表 家正治

20世紀は軍事力と経済力が大きく支配した時代であった。しかし、経済は大きく発展したものの、人々に遍く均霑したものではなかった。国連開発計画が発表した『人間開発報告』1999年版によれば、1997年の一人当りの国民総生産は、サハラ以南のアフリカが513ドル、後発開発途上国が256ドルであるのに対して、先進国は2万7,146ドルにのぼっている。このような先進国の経済発展は、地球温暖化という深刻な影響をもたらしている。

新聞報道によれば、南太平洋の島嶼国ツバルは9つの珊瑚礁の島からなる面積計26万平方キロ、人口約1万1,000人の国であるが、温暖化による海面の上昇で水没しようとしており、同国の人々は2002年からニュージーランドへ移民を始めるとのことである。温暖化以外にも、酸性雨、水資源汚染、砂漠化、オゾン層破壊など、地球環境の悪化が進んでいる。

ところで、トレイル熔鉱所事件―カナダのトレイルにある鉛や亜鉛を精錬する民間会社の熔鉱所が排出する亜硫酸ガスが米国の農作物や森林資源に損害を与えたとして米国とカナダが争った事件―で、仲裁裁判所は1938年の中間判決で1932年から37年に至る期間の損害を認めてその賠償額を定めるとともに、1941年の最終判決で損害発生防止義務の存在を認めた。本件で注目される点は、私人の行為によって国家が国際責任を負うことを認めたことと、国家はその領域を使用するにあたり、隣接国の領域に対する権利侵害をひき起こすことを防止するための管理責任を負うとしたことである。

しかし、国際社会が人類的視点から地球環境保護の問題にアプローチするようになったのは、「かけがえのない地球」(‘only one earth’)のスローガンの下に1972年に開催された国連人間環境会議以降のことである。そして、1992年には国連環境発展会議が開催され、「環境と開発のリオ宣言」が採択された。リオ宣言は、前文で「我々の家である地球の不可分性と相互依存性を認識」するとともに、第1原則で「人は、自然と調和しつつ健康で生産的な生活を営む権利を有する」と「第3世代の人権」の一つといわれる環境への権利について表明している。第3世代の人権とは、個人、NGO、国家など種々の団体や組織の国際的な連帯による努力の中で初めて実現できる性質の人権である。また、第2原則で、環境に対する国家の権利と責任について規定する。さらに、第7原則で、「共通であるが差異のある責任」について宣明している。大量消費・大量廃棄によって経済発展してきた先進国と途上国とには地球環境問題をめぐる責任の度合いには違いがあるとする言葉である。

地球環境保護の問題は個別国家の努力だけでは到底解決することができない。責任には差異はあるものの先進国も途上国も一丸となって、また個人や団体も地球市民意識をもって連帯・協力して、同問題に対処する必要があろう。

ホームレスを支援するボランティア活動〜釜が崎支援機構の活動を中心に〜

                                                             スポーツクラブ「ビッグスポーツ」インストラクター 西村直美

「これが本当に日本人?」

はじめて「釜が崎」に足を踏み入れたとき、異次元に入り込んでしまったような気がした。「新今宮」駅を出てすぐに「あいりん労働者福祉センター」がそびえ立っている。その下にたむろする人々。あまり見ないように早足で通り過ぎた。小さな宿屋、食料品店、そして放置自転車。すれ違うのは薄汚れたおじさんが圧倒的に多い。道端に座り込む人、毛布をかぶって寝ている人もいる。私はその中で一人浮いている。

かつて日本最大の「寄せ場」として繁栄した釜が崎は、今や日本最大のホームレスの街である。

 何度も訪れ、ここに慣れてくるにつれて、色々なことがだんだんと見えてきた。釜が崎のホームレスは、高度成長時代、日雇土木労働者として日本のエンジンとなって働いた。(それ以前は兵役に出て日本のために戦った人も多い。)そして今、彼らは働きたくても仕事がない。高齢化もしてきている。なのに生活保護は受けられない。住所がないからだ。真冬には路上で死んでいく人達がいる。アルコールに溺れるしかない人もいる。孤独を抱えて。そして今も新たに増え続けるホームレス。行政は彼らに冷たい。若者たちに「襲撃」されることもある。

 「釜が崎」ではいくつもの民間支援団体が活動している。今回は、キリスト教系の各団体で構成される「キリスト教協友会」と、協友会がメンバーとして加わる「釜が崎支援機構(NPO釜が崎)」の活動を中心に紹介させていただいた。また、諸外国のホームレス支援の現状を日本の現状と比較してみて、日本の行政の姿勢、市民の意識、そして民間支援団体に改善すべきところがたくさんあることがわかった。

 訪れてみて知ったのは、ホームレスのおっちゃんたちは恐くないということ。親切な人、陽気な人は多い。人が良すぎるために全てを失ったのではないかと思う人もいる。中にはアル中や精神病の人もいるので油断はできないが、危険な目にあうことはほとんどない。「釜が崎」のことを知らない人は、特に若い人に多い。一人でも多くの人に知ってもらいたい。ボランティアを勧めているのではなく、ただ行って、見てほしい。価値観を変えるために、インドまで行く必要はない。ここは価値観を十分変えてくれる。

新たなホームレスは増え続けて、釜が崎を越え、地方にも拡大している。どんどん身近になっている。このままホームレスを、現代の「えた」「非人」にしてはならない。行政の姿勢も、私たちの意識も、それに近いものがあるのではないか。だからまず、「けがれ」から目をそらすことをやめて、直視することから始めるべきだと思う。きれいごとではなく、そうしないと、気がつくと日本はホームレスであふれ返ってしまうかもしれない。明日は我が身かもしれないのだ。


核なき世界を求めて…「非核地帯」

                                                             姫路獨協大学大学院 福島崇宏

 第二次大戦末期の日本の広島・長崎に対する原子爆弾の投下により、我々は無差別大量破壊兵器としての核兵器の存在を実感した。戦後、その絶対的な力をめぐって米ソ両国が核開発にしのぎを削ることになり、原子爆弾に引き続いて水素爆弾、更に今日では純粋水爆の開発が進行中である。そのような核の恐怖から逃れるための一つの手段として、一定の地理的範囲において核兵器の開発、取得、保有および管理を禁止し、更に核兵器保有国(米・英・仏・ロ・中)がこの域内への核攻撃をしないとする消極的安全保障を付与することで、核兵器が排除された状態を作り上げることを目的とした国際法上の制度を非核地帯と呼ぶ。

 1962年10月、キューバ危機の時に、米ソの核による恐怖の均衡が臨界点に達した。これを契機として創設されたのが世界最初の非核地帯、トラテロルコ条約〔ラテン・アメリカ及びカリブ地域における核兵器の禁止に関する条約。署名・1967年。発効・1968年。〕である。その後、南半球では非核地帯創設に対する気運が高まり、更に米ソ冷戦の終結により、ラロトンガ条約〔南太平洋非核地帯条約。署名・1985年。発効・1986年。〕、バンコク条約〔東南アジア非核兵器地帯条約。署名・1995年。発効・1997年。〕、ペリンダバ条約〔アフリカ非核兵器地帯条約。署名・1996年。未発効。〕が相次いで創設された。条約により軍事的利用や核爆発が禁止されている南極を合わせると、南半球では非核化が達成されていると言える。

 そこで、非核地帯を更に北半球にも広げるための取り組みが始まっている。具体的にはまず、モンゴルが自国領土を非核兵器地帯とする宣言を行い、この宣言は1998年12月に国連総会決議として全会一致で採択され、同国には非核兵器地位が付与された。中央アジアの5ヶ国(カザフスタン・キルギス・タジキスタン・トルクメニスタン・ウズベキスタン)の間では中央アジア非核兵器地帯の創設に向けた会議が開催され、世界で最初に核兵器が使用された広島にちなみ、同条約の愛称を「ヒロシマ条約」とする構想が進められている。更に中・東欧、中東、南アジアにおいても非核兵器地帯の構想の実現に向けた努力がなされている。

 日本を含めた北東アジアにおいても非核地帯構想案がいくつか出されている。一方で同地域には核兵器国である中国、ロシアがあり、更には日本、韓国には核超大国である米国の軍隊が駐留しているなど、地帯創設に向けて解決しなければならない高いハードルが数多く存在するのが現実である。そこで全世界の非核化に向けて、まずは我々地球市民の一人一人が非核地帯創設に向けた機運を高め、理解を深めていくことが重要であろう。

****************事務局だより******************

1.  例会について

神戸地区の会員を中心に、毎年5月と11月に研究例会を開催しています。奮って御参加下さい。なお、日本の他の地域にも同様な会合を開催いたしたく御協力の程宜しくお願いいたします。また、「地球市民の会」の今後の具体的な活動について、ご意見やご提言をお寄せ下さい。

2.  新登録者(新会員)について

2001年度には4人の方が登録されました。日本センターの発展と財政基盤の確立のために、毎年2桁の新しい登録者が必要です。会員拡大のために御協力下さい。なお、登録申込書は事務局(家)までご連絡下さい。また、御寄付の方も宜しくお願いいたします。(現行の制度では会員制ではなく、2,500円の申込金で終身会員となります。)

3.  財政について(フランス本部に報告および納金済み(2002年3月8日))

(1)       収入について

     2000年度からの繰越金    32,354円

     登録者の申込金        10,000円

     寄付金            45,000円

合計                87,354円

(2)       支出について

)槁送金                              20,000円

              (内訳:登録者4人分の申込金の2分の1、および寄付金の3分の1)

              ⇒港料、通信費等の支出    38,886円

              2002年への繰越金                     28,468円

              合計                                                        87,354円







第40号(2001年11月)

「米国の『報復戦争』と地球市民運動」  日本センター代表 家 正治

 去る10月7日(現地時間)、米英両軍は米国での同時多発テロの容疑者とみなすウサマ・ビンラディン氏が率いる組織「アルカイダ」のアフガニスタンの訓練施設やタリバン政権の軍事施設などへの武力攻撃を行った。米国連大使が国連安保理に提出した報告では、米国は同時テロを受け、諸外国とともに固有の個別、集団的自衛権を行使して行動を開始したとの解説を行っている。

 国際社会は国家をその基本的な構成単位とし、国家を越えた集権的な権力体は存在しない。第1次世界大戦までは、国際法を侵犯して他国の法益を侵害した場合、被害国自身による自力救済、「自助」が認められ、それには戦争と復仇があった。すなわち、紛争を強制的な手段で解決することが禁止されていなかった。しかし、第1次世界大戦後、戦争の違法化が進み、現在の国連憲章は武力による威嚇と武力の行使を禁止し(第2条4項)、紛争の平和的解決を国家に義務づけている(第2条3項)。もっとも、憲章は「共同の利益の場合を除く外は武力を用いない」(前文)として、共同の利益の場合には例外を設けている。その例外として、憲章により認められている武力の行使は、国連による軍事的強制措置(制裁)の場合と国家による自衛権に基づく場合だけである。

 しかし、9月11日の同時多発テロという不法行為が停止している以上、自衛権を根拠にして武力を正当化(合法化)するには無理があろう。自衛権は現実に行われている不法な武力攻撃を排除するためのものであるからである。また、国連憲章は、自衛権に基づく措置は「安全保障理事会が国際平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間」に限定している。理事会は9月28日に決議を採択して、テロへの資金調達行為防止などの第7章の下の措置を決定した。その後は個別国家から国連に問題の処理を委ねるべきであろう。なお、安保理決議が武力行使を個別国家に「授権」しているとの見解があるが、9月12日の安保理決議にはそのような文言はない。

 それでは、すでに侵害された法益の回復や救済を目的として行われる復仇(最近では対抗措置の用語が一般に使用される)により合法化できるであろうか。武力による威嚇と武力行使が禁止されている今日では、当然に武力行使を伴う復仇行為は禁止されている。

 ところで、現在のところテロに関する一般的な定義は存在していない。しかし、一定のテロ行為を規制し処罰するために12の条約がすでに作られている。それらの条約は、関係の暴力行為が犯罪であり、処罰のための裁判権を設定し、「引渡しか訴追か」の義務とともに司法共助を定めている。今回の場合、国連あるいは国際協力によって設置される国際刑事法廷で、客観的な証拠に基づく容疑者(集団)に対する審理が行われるべきであろう。

 国際社会においてテロ(テロリズム)を無くし「法の支配」を確立するためには、国連という国際協力の機関を中心に遂行すべきであろう。現在、最も富んだ国が経済的に最も後発の国に武力攻撃を行っているが、なぜ米国がテロの目標にされたか、またテロ発生の大きな要因といわれている貧困をどのようにして無くするかを考える必要があろう。「グローバル化(世界化)」の諸現象が登場して久しいが、しかし「地球市民」としての意識は十分定着していない。この定着こそが21世紀の発展を左右する大きな鍵であると考える。

女性の社会進出について
                                               広島大学大学院  田原 洋子

日本での女性の労働面における社会進出の飛躍的向上は、1980年に女子差別撤廃条約に批准するために国内法整備に着手し、従来から制定されていた勤労婦人福祉法を改正し、男女雇用機会均等法を制定したことにはじまる。この法律はその後、1997年に改正され今日に至っている。

 この改正男女雇用機会均等法の下で、日本の労働面における男女の平等は本当に進展してきているのであろうか。ここでは改正男女雇用機会均等法以降、激しくなってきた間接差別の問題をパートタイム労働を例に取り上げ、そこから労働における男女平等を妨げる今日的問題点を述べる。何故なら日本においては、パートタイム労働の法整備はこれまで取り組まれてこなかったこと、長びく不況と経済改革の下で一番の被害にあっているのはパートタイム労働者であること、そしてパートタイム労働者は女性労働者にほぼ等しいことから、パートタイム労働の問題こそ女性差別の間題であり、日本における男女の不平等を端的に物語っているからである。

 そこで最初にパートタイム労働者の概念を述べるが、これはフルタイム労働者の対概念である。1週間の所定労働時間が、同一事業者に雇用される通常の労働者のそれより短い労働者を指す。1993年に日本で制定された「パートタイム労働法」の中で、パートタイム労働者のことを「短時間労働者」と呼んでいる。一方、1988年労働大臣告示39号「パートタイム労働者の処遇及び労働条件等について考慮すべき事項に関する指針」では所定労働時間が固一事業所において、同種の業務に従事する通常の労働者のそれに比して相当程度短い労働者のことを指す。この法律及び指針は、いずれも使用者に努力義務を課すだけで何ら法的規制は存在しない。

 ところで、パートタイム労働者の中に、フルタイム労働者と所定労働時間がほとんど変わらないパートタイム労働者が日本には存在する。この種のパートタイム労働者を疑似パートと呼ぶ。この疑似パートの存在が、パートタイム労働の問題をより複雑にしている。即ち、この疑似パートは勤務時間・仕事内容の面では、正社員であるフルタイム労働者と同じ扱いでありながら、賃金・待遇の面で差別的な扱いを受けている。

 ILOでは、パートタイム労働者がフルタイム労働者と同一の保護を受けられるよう規定する条約が採択されたが、日本はこの条約には批准していない。このことは、我が国のパートタイム労働者に対する概念のあいまいさも手伝って、男女差別の問題を放置したままにすることを意味する。

 ILO条約や女子差別撤廃条約の「同一価値労働同一賃金の原則」に基づき、客観的基準から、男女間の異なる労働の質の比較・評価に対する平等な取扱いが日本国内において確立されてゆくならば、労働者における男女賃金格差が是正され、パートタイム労働をはじめとする間接差別を解消してゆくことにつながるのではないだろうか。

核軍結における反核NGOの影響力−反核運動の歴史的考察からの分析−     大阪大学大学院 小林 真樹

国際社会における平和構築のひとつの手段として、軍縮がある。軍縮の中で最も優先的に解決されるべき問題は、政治に利用され、その被害が甚大である核兵器の軍縮である。しかし現在、核軍縮は停滞している。その理由としては、核大国が核兵器によって得られる利益や立場に固執していること、多くの国々の安全保障攻策が核抑止理論に立脚していること、新たな核兵器国の登場によって、NPT体制に揺さぶりがかけられていることなどが挙げられる。このような核軍縮の停滞を打開するアクターのひとつとして、反核NGOの存在に注目する。国益の対立からしばしば紛争状態に陥りがちな政府間外交に対し、脱国家型のNGOは、国益を超えた新しい国際秩序を構築し硬直した国際問題の解決に貢献する可能性をもっている。さらに、閉鎖的な外交の場に市民が関与することによって、外交を国益追及型から国家の壁を超えた市民の利益を優先するための手段に転換させる契機となる。反核NGOの活動に着目し、国家による権力政治のレンズを通してではなく、市民レベルの視点から今後の核軍縮の行方を捉えることは重要であると考える。

 冷戦中、反核NGOは、ヨーロッパを中心に大規模な核実験反対のデモ行進、集会、署名運動を展開した。国連軍縮特別総会(1978年、1982年、1988年)ヘの参加を果たし、INF(中距離核戦力)条約にも大きな影響を与えた。また、自治体レベルにおいても反核運動が盛んとなった。冷戦中の活動が政府への一方的な抗議であったのに対して、冷戦後は、反核に同調する国家との協力を得ることに成功した。1992年に発足された世界法廷プロジェクトにおいては、核兵器に反対する法律家国際協会(IALANA)、核戦争防止国際医師の会(IPPNW)、国際平和ビューロー(IPB)によって、国連総会や世界保健機構で非同盟諸国への働きかけが行なわれた。最終的には、核兵器の使用は国際法に一般的に違法であるということと、NPT第6条(核軍縮条約交渉の義務)を補強する内容の勧告的意見を得ることができた。また、1995年には「アボリション2000」というNGO間の地球規模のネットワークが誕生した。このアボリション2000から中堅国家構想が設立され、2000年NPT再検討会議においては、新アジェンダ連合と協力して核保有国へ圧力をかける活動を行なった。今後もこのような同調国との協力が反核運動の重要な要素となるであろう。

 このように、反核NGOの活動は国際社会における影響力を強めてきた。冷戦が終わって10数年たった今、NGOのネットワークとインターネットの普及によって、地球規模の迅速な活動が可能となっている。また、世界平和という共通の目的のもと、他分野の地球規模の問題を扱うNGOとの協力も今後は必要となってくるだろう。


****************事務局だより******************

1. 神戸地区の会員を中心として、毎年5月と11月に研究例会を開催しています。これまで神戸周辺の会員の方々にのみ案内状を出していましたが、会の活性化のために全会員に案内状を出すことにしました。お近くにお立ち寄りの方々をはじめとして、御参加下されば幸甚に存じます。なお、日本の各地にぜひ同様な会合を開催したいものと考えています。幹事役を自薦、他薦下さいます様お願いいたします。
2. 現行の制度では、2,500円の申込金で終身会員となります。財政基盤を確立し、会をより一層活発なものにしましたNPO登録するためにも、会員制に切り替えてはどうかとの意見が以前から出されています。そのためには、事務局体制の強化をはじめとする組織上の確立など種々の問題を解決しなければなりません。御意見をお寄せ下さい。
3. 2000年度には4人の方が登録されました。日本センターの発展のために、当面毎年2桁の登録者の拡大が必要です。拡大に御協力下さい。なお、登録申込書につきましては、事務局までご一報下さい。




第39号               (2001年5月)

「南北問題と地球市民」
                                                         日本センター代表 家 正治

 ポスト冷戦時代の市場経済のグローバリゼーションは、全体として世界経済を活性化させている側面があるが、反面ますます富める国とますます貧困化していく国とのギャップを大きくするとともに、先進国と発展途上国とを問わず国内での貧富の格差を拡大させている。国連開発計画(UNDP)の発表(1999年)によれば、西側の経済大国7ヶ国(カナダ、フランス、ドイツ、イタリア、日本、イギリス、アメリカ)の世界人口に占める割合は11.8%しか占めていないが、世界の国内総生産(GDP)に占める割合は64.0%にのぼっている。これに対して、発展途上国などの77ヶ国(G77)は、世界人口の76.0%を占めているが、世界のGDPの16.9%にとどまっている。また、世界銀行の報告(2000年)によれば、世界の人口の約半数に相当する28億人は1日2ドル未満で生活し、さらにこの内12億人は1ドル未満で暮らしており、1ドル未満の生活者の分布は、南アジア諸国が全体の43.5%、サハラ砂漠以南のアフリカ諸国は24.3%を占めている。また、市場経済のグローバリゼーションを押し進める原動力は競争であり、これが極端な形で進めば環境悪化や資源の浪費をもたらすであろう。

 南の国々は、「南北問題」の解消のために、1970年代に入って、第2次世界大戦後の国際経済秩序そのものの変更を求めて新国際経済秩序(NIEO)を主張した。従来の国際経済秩序が最恵国待遇に示されるように形式的平等を原則とするのに対して、NIEOは一般特恵待遇のように2重基準を導入して実質的平等を原則とするものである。しかし、今日、NIEOについてはもはや口にされず、国連の経済社会理事会をはじめとして国連の存在はますます影を薄くしている。それに代わって、戦後の国際経済秩序の枠組みをなすブレトン・ウッズ体制のIMF、世界銀行、GATT/WTOが冷戦終結後ふたたび大きな影響を及ぼしている。

 エチオピアのサルフィソ・キクボ氏は、「エチオピアの農民はよく働くが、常に敗者である。創造性や勤勉が適正な報酬をもたらさないような社会の仕組みができあがっている」と述べている(『暁』No.30)「南北問題」には複合した要因がからみついており、その解決には種々の角度からのアプローチが必要であるが、その解消を早めるためには、地球市民としての意識がグローバル化することが必要であると考える。

国際司法裁判所の現状と課題
                                                  大阪大学大学院  高橋 明子

現在、世界各地で多くの国際紛争が行われているが、平和な国際社会の存続のためには紛争の平和的解決は不可欠である。さらに国際紛争の性質は複雑であり紛争当事国間の直接交渉だけで平和的解決を導くのには限界があると言えよう。そのため第三者による当事国間の和解の促進が重要となるのである。国際裁判は第三者の介入の一つであり、国際司法裁判所(ICJ)のはその中の常設裁判所である。

1946年4月18日に国際連合の主要機関として発足した国際司法裁判所だが、1960年代までは付託される件数も少なく、取り扱う地域も欧米に限られていた。しかし、1970年代に付託件数は増加し、取り扱う地域もアジア・アフリカを広く含む事となった。1980年代以降、付託件数は1年に約3、4件と比較的安定しており(1999年には17件と急増)、国際紛争の解決において国際司法裁判所にはある一定の需要があり、国際社会から必要とされていると考えられる。

しかし、現在国際司法裁判所は数多くの問題を抱えている。例えば欠席裁判や安全保障理事会との権限関係などにおいても多くの問題点が存在する。

国内裁判では国家権力のもとで裁判制度が存在しているため欠席裁判は欠席国に不利であると言えるが、国家主権のもとで存在する国際司法裁判所では、一方の当事国が審理に欠席してもあくまでも両者を公平に取り扱うよう試みて判決を下している。その姿勢は正しいと思われるが、実行においては管轄権の判断や欠席国の不正規な意見や見解、職権調査による事実認定の困難性など問題点は多い。安全保障理事会との権限関係においては、1989年のロッカビー事件で安全保障理事会が憲章第7章の拘束力を持って裁判所の取り扱う事件に立ち入っている。これによって国際司法裁判所が司法機能を行使する上で、安全保障理事会の存在と行動がその制的要因となるのか否かという問題が浮かび上がるのである。

以上のような問題点を抱えてはいるが、平和な国際杜会存続のため国際司法裁判所に期待される所も大きい。今、国際司法裁判所に求められる事は「国際社会における信頼醸成」であると私は考える。国家主権が依然と存在する社会においては、国家の信頼を得る事が機関の存続と紛争の解決のために必要だからである。そのためには国際司法裁判所が司法的解決の限界と紛争解決システムとしての役割を認識し、国際連合における「法の独立」を確立する事が望まれるであろう。

NPT体制と核軍縮
                                  神戸大学大学院 巽 千春

 冷戦の終結を契機として、第三世界を中心とする地域紛争が多発し、また大量破壊兵器の拡散が近年の国際社会の懸案事項となりつつある。また核兵器問題に関しては米ソ間での核軍備競争を中心とする垂直的拡散から、イラクや北朝鮮等に見られる水平的拡散に対する懸念が増大しつつある。1968年に署名された核兵器不拡散条約(以下、NPT条約という)により確立された核兵器不拡散体制(以下、NPT体制という)は、水平的拡散を防止する最も高い普遍性を有する制度として受容されている。そこで以下に、NPT体制が確立されるに至った経緯及び同条約の内容、NPT体制の現在の状況、及び将来への課題について概観する。

 第一に、NPT体制確立に至るまでの経緯及びNPT条約の内容を概観する。核兵器不拡散の発想は、原子力の平和利用との関連で1950年代に浮上した。同条約起草に向けた議論は1960年代から開始されたが、NATO枠内での多角的核戦力(MLF)問題との関連で、核兵器の『管理』の解釈をめぐる米ソ間の対立が見られた。また同条約は国際社会を『核兵器国』『非核兵器国』とに二分し、核軍縮に向けた交渉を行う義務を賦課し、条約の運用を検討するため再検討会議の開催が義務付けられている。

 第二に、NPT体制の現状についてであるが、それは再検討会議最終文書の内容に反映されている。1995年の最終文書では核軍縮に関する具体的な措置が盛り込まれ、非核兵器国に対する核兵器使用を禁止した「非核兵器国の安全保障」に付いては「国際的に法的拘束力を有する文書の形を取ることがあり得る」と明記されている。また2000年会議では、具体的措置に関しては、さらに踏み込んで核兵器国によって執られる措置が明示的に列挙されている。また核軍縮の方針が画定され、不可逆性の原則が適用されることが盛り込まれた。そこで核軍縮に逆行が許されない事が国際的な政治的約束として確立されたのである。ただ核軍縮の具体的な日程は明記されず、インドやパキスタン等、条約非締約国の存在に伴う問題も残されている。

 最後に将来の課題についてであるが、多極化する国際社会の中で兵器の拡散問題も多様化しつつある。つまり核兵器だけでなく他の大量破壊兵器の拡散問題も顕在化しているのである。そこで再検討会議で採択される文書の大部分は、法的拘束力を有さないが、関係諸国の政治的意思を喚起する機能があるため、核軍縮措置の進展に向けた将来的な慣行の集積に資するものと考えられる。そこで再検討会議等を通じて、NPT条約に規定される事項だけでなく、他の関連事項にも取り組んでいく必要があるだろうし、非同盟諸国等、中小国の安全保障政策に基づく要求をも検討する必要があるだろう。

****************事務局だより******************

1.神戸地区の会員を中心として、毎年5月と11月に研究例会を開催しています。これまで神戸周辺の会員の方々にのみ案内状を出していましたが、会の活性化のために全会員に案内状を出すことにしました。お近くにお立ち寄りの方々をはじめとして、御参加下されば幸甚に存じます。なお、日本の各地にぜひ同様な会合を開催したいものと考えています。幹事役を自薦、他薦下さいます様お願いいたします。

2.現行の制度では、2,500円の申込金で終身会員となります。財政基盤を確立し、会をより一層活発なものにしましたNPO登録するためにも、会員制に切り替えてはどうかとの意見が以前から出されています。そのためには、事務局体制の強化をはじめとする組織上の確立など種々の問題を解決しなければなりません。御意見をお寄せ下さい。

3.本部および他国のセンターからのニュース等をお求めの方は事務局に御連絡下さい。

4.新登録者について

 2000年度には4人の方が登録されました。日本センターの発展のために、当面毎年2桁の登録者の拡大が必要です。拡大に御協力下さい。なお、登録申込書につきましては、事務局までご一報下さい。

5.財政について

(1)収入について(本部に報告及び納金済)

1999年度からの繰越金 20,584円

登録者の申込金10,000円

4麌婉48,000円

合計78,584円

(2)支出について

)槁送金21,000円

(内訳 登録者4人分の申込金の2分の1、及び寄付金の3分の1)

⇒港料、通信費等の支出25,230円

2001年度への繰越金32,354円

合計78,584円

 財政基盤の確立のために、登録申込金の増収が先決であると考えます。

また、ご寄付の方もよろしくお願いいたします。

6.経費削減のため、研究例会の案内とニュースを電子メールによっても配付する予定です。電子メールの利用が可能な方は、アドレスをお知らせ下さい。また、電子メールは利用できるがニュースの実物を希望される方はその旨お伝え下さい。

<連絡先>神戸市外国語大学大学院 博士課程 末吉洋文 g99006@ug.kobe-cufs.ac.jp






第38号(2000年11月)

21世紀のキー・ワード:世界・文化・人権
                                日本センター代表 家 正治

 私たち人類は、新しい世紀、21世紀を迎えようとしている。このような大きな節目の時において、私たちは20世紀を回顧し、そして21世紀を素晴らしい世紀にするための決意を固める必要があるのではないかと思っている。

 21世紀の原理として、南山大学の野田宣雄教授は「民族・宗教・アジア」を、また神戸大学の五百旗頭真教授は「人権・環境・国家」を新世紀の価値観として提起されている。両教授に準(なぞら)えていえば、筆者は「地球・文化・人権」の3つのキー・ワードを指摘したいと考えている。

 想い起こせば、20世紀において、それぞれの国が軍隊と武器を持ち、戦争を繰り返し、多くの人々が亡くなりまた傷ついた。戦争を無くすためには、戦争原因を除去するとともに国際社会の構造を変えていく必要があるであろう。そのための前提として、世界は一つという世界共同体の意識が芽ばえまた強化されなければならないであろう。このことは、平和の問題だけでなく、地球環境の保護や保全といった全人類的な問題の解決のためにも必要であろう。

 また、20世紀は軍事力に対する依拠とともにあまりにも物質やモノを重視しすぎていた。21世紀には、芸術をはじめ人間の精神活動や人間の心の問題を含めた文化が重視される世紀にしなければならないのではないかと思っている。

 さらに、世界人権宣言や国際人権規約の採択にも示されるように、人権の国際的保障は第2次世界大戦後の潮流となっている。しかし、現実の世界は、ジェノサイドや人権侵害が引き続き起こっている。21世紀が人間の尊厳の世紀にするためには、人権内容をさらに充実させ豊富なものにするとともに、人権が完全に実施されるためのシステムの構築がなされなければならないと考える。

 21世紀を以上の3つのキー・ワードという原理に基づく世紀が実現できるかどうかは、私たち人類の努力如何にかかっている。20世紀には戦争や核兵器の保有というマイナス(負)の側面だけでなく、人間のための科学技術の発展や非植民地化などのプラス(正)の側面も存在した。私たちは、人類発展の歴史を確信して、前進することが肝要であると思っている。

定住外国人の参政権について
                                                             神戸市職員 小林裕和

我が国社会における急速な国際化の進展とともに、外国人住民の数は飛躍的に増加し、現在では180万人の外国人が地域社会の一員として生活している。この過程において、外国人の住宅問題、生活保護の適用、国民健康保険への加入など、外国人の権利をめぐる問題がさまざまとりあげられてきた。しかしながら、最後まで残っている問題が定住外国人の政治的処遇、とりわけ、地方参政権の付与や公務就任の是非が問題となってきたのである。

最高裁判所の1995年2月28日第三小法廷判決では、定住外国人に地方参政権を認めない現行地方自治法、公職選挙法は違憲ではないとしつつも、長年、我が国に在住する定住外国人に地方参政権を付与することは、立法政策上の問題と指摘し、外国人に対する参政権は国民主権原理から認められないとする従前の立場から一歩踏み出したのである。

ここではすでに定住外国人に対して地方参政権を認めている北欧各国の状況やその他のヨーロッパ諸国の現状を概括し、とりわけ、そのとりまく政治的状況や国民の議論、そしてよってたつところの法制度や地方自治制度に類似点があるドイツでのこの問題の経過を論じた。

ドイツではヨーロッパ連合参加への動きから、域内国出身者の定住外国人に対する地方参政権の付与は基本法も改正し、国民的な合意が得られているが、定住外国人一般になると各政党間の対立が激しく、国民的な合意がいまだ形成されていない。

我が国においてもドイツの政治状況と同様、なかなか政党間の意見の一致をみなかったが、ここにきて、定住外国人の地方参政権を求める声が地方議会を中心にしてあがり、国民的議論となってきた。従前のこの問題は、もっぱら旧植民地出身者の在日韓国人・朝鮮人の市民的権利の問題であったが、近年は、あたらしく定住する意思をもって来日する外国人に対する政治的権利の問題でもあった。

現在の状況は、定住外国人に対して地方参政権を認める方向にあることは確かであるが、実現までにはまだ、紆余曲折が予想される。しかし、参政権や公務就任権など定住外国人の政治的権利が実現され、すべての外国人の人権がより保障されることが、我が国が国際社会で名誉ある地位を占める道ではないかと思う。

移民国家オーストラリアにおける市民権

大阪大学大学院文字研究科博士後期課程 浅川晃広

オーストラリアは、イギリスによる開拓以来、歴史的に移民とともに発展してきた国家である。1901年の連邦結成とともに、いわゆる「白豪主義」が確立され、非白人系の移民を厳しく制限してきたが、第二次大戦後の大量移民政策、1970年代の多文化主義政策の開始とともに、世界中から多くの移民を受入れている。

そうした中で、1949年にオーストラリア市民権が創設され、多くの改正を経て今日に至っている。1949年の創設時は、戦後の大量移民政策を導入したチフリー労働党政権のもとで、カルウェル初代移民大臣を中心として行われた。ここでは、英国臣民に対しては、事実上1年で登録によって市民権が取得できる、非英国臣民は5年間の居住が要求され、宣誓を行う必要がある帰化との差異が存在していた。また、オーストラリア市民は英国臣民であるとの位置づけもなされていた。

この後の自由党政権時には、市民権創設に反対したにもかかわらず、帰化申請の際のさまざまな制限を徐々に撤廃する法改正を次々と行っていった。特に、1969年の改正においては、英語に熟練した者の帰化において、居住期間を3年とし、また、オーストラリア市民権が「英国臣民としての地位」を有するものとの改正が行われた。

チフリー政権以来、23年ぶりに復活したウィットラム労働党政権においては、移民の選別において人種による基準を撤廃し、いわゆる多文化主義政策を導入したが、市民権法の改正にも着手した。このとき、居住期間を一律に3年とし、英国臣民に認められていた登録制度を廃止し、また、申請年齢も18歳以上とされた。さらにホーク労働政権時の1983年の改正では、居住期間が2年に短縮され、また、言語要件も従来の「十分な英語能力」から「基礎的な英語能力」へと緩和された。さらに、オーストラリア市民権が英国臣民の地位を有することも停止された。

そして、1993年のキーティング労働党政権においては、これまで、強い反対を受けていた帰化の際の宣誓の文言から女王に関する言及が除かれ、まったく新しいものとなっている。以上のように、移民の市民権取得が緩和されていくなかで、帰化者数も増加し、1970年代中ごろまでは4万人前後だったものが、1990年以降は10万人を超えでいる。

このように、多文化主義政策の採用により、世界中から移民を受入れる中で、移民を市民として受入れる方向性をオーストラリアはとってきた。それが数々の市民権法の改正過程に見られることであり、特に、1970年代以降は顕著である。このことは、日本における外国人参政権といった方向性とは明らかに違ったものであり、十分に参考とすべき事例といえよう。

なお、また、その一方で、1986年の改正においては、無条件の出生地主義を撒廃し、出生によってオーストラリア市民権を取得できる者は、両親のうちどちらか一方がオーストラリア市民ないしは永住者であるものに限定するなど、不法な滞在の抜け道として利用されることには毅然とした措置をとっていることも指摘されなければならない。

他国の地球市民の会支部からの手紙

 地球市民の会英国支部の支部長、ジャック・ナトリー氏から手紙が送られてきました。

以下はその全文です。

2000年7月23日

家 正治様

 地球市民の会登録ニュース(英語版)第37号(2000年5月)をお送り頂き、有り難うございました。掲載内容を今後の活動に役立てたいと思います。

 地球市民の会日本支部は、世界で注目されている様々な出来事に対して、重要な情報を提供されておられますね。

 ここ英国では我々の活動はかなり知られておりますが、登録者は大変少ないです。これは世界的な問題への解決へ向け、本部より十分な取り組みがなされていないためかと推察します。例えば、水戦争への恐怖です。多くの中近東諸国が水不足に悩まされている中、トルコではイスラエルへ水を売っています。

 資料を同封いたしますので、ご覧頂き関心をお持ち頂ければ幸いです。

                                                                                                                              敬具

地球市民の会 英国支部長 ジャック・ナトリー

上記文中の資料を参照されたい方は事務局までお申し出下さい。

 また、地球市民の会ブルンジ支部のミスイガロ・アセサ・シャンドラック氏(アフリカ財団総支配人)より、日本支部ニュース第36号の炭崎貴子氏の記事に注目され、(財)神戸国際協力交流センターのより詳しい情報を送付するようにとの依頼の手紙がありました。なお、炭崎氏にはその旨連絡いたしました。

 また、地球市民の会本部(パリ)より、2000年10月18日にパリで開催される地球市民の会総会への招請状が届きました。日本支部として、代表団を派遣する力量はありませんが、来年度の総会には小規模でも派遣できます様に今から準備を整えたいものです。

****************事務局だより******************

1.ニュースを送付しても戻ってくる方がおられます。ご転居の際には新しい住所をご連絡下さい。

2.神戸では5月と11月に学習例会を開催しています。神戸周辺以外の方々には案内状は出していませんが、必要な方はご一報下さい。

3.本会は新会員の申込金(2、500円)の2分の1とカンパの3分の2だけで運営しています。財政的にパンク寸前です。会員拡大にご協力下さい。

4.経費削減のため、研究例会の案内とニュースを電子メールによっても配付する予定です。電子メールの利用が可能な方は、アドレスをお知らせ下さい。また、電子メールは利用できるがニュースの実物を希望される方はその旨お伝え下さい。

<連絡先>神戸市外国語大学大学院 博士課程 末吉洋文 g99006@inst.kobe-cufs.ac.jp




第37号               (2000年5月)

地球市民運動と民族問題
                     日本センター代表 家 正治

第二次世界大戦後、注目されることの一つは、国際関係が緊密化するにともない国際公序の観念を前提とする強行法規が出現し、また国際社会全体の法益の概念に基づく国際犯罪の観念も登場してきたことである。また、地球環境の保護や深海底資源に見られるように、個別国家を越えて「人類」概念がわずかながらも登場している。また、20世紀には「国際組織の世紀」とも呼ばれるように、国際社会の組織化を意味する国際組織が多く存在するにいたっている。さらに、民間団体(NGO)をはじめとする非国家主体の活動や役割も増大し、国際社会における「市民社会」の占める位置が大きくなっている。このように、国家主権という垣根が低まり、国際社会というよりか国際共同体ともいうべき状況となっている。

 以上のような共同体意識とは逆に、とりわけポスト冷戦時代になって、冷戦の枠組みに閉じこめられていた民族問題が解き放たれて、民族紛争が多発している。第2次世界大戦が終結した1945年当時、世界人口の半分は植民地支配の下にあった。戦後、燎原の火のごとく高揚した民族解放運動は、1960年には「アフリカの年」と呼ばれるように、ピークに達した。この非植民地化は戦後の国際社会の構造変化の中でもっとも大きな特徴の一つである。民族のエネルギーは植民地支配を打ち破る上で大きな力を発揮した。

 現在、この地球上には7000から8000の民族が存在するといわれている。植民地がほとんどなくなった今日、これらの民族は200ほどの国家に分かれて居住している。これらの民族はすべて国家的独立を志向しているわけではない。しかし、最近の民族紛争の頻発は、人類の歴史の逆行とみるべきものであろうか、それとも人類が地球規模のアイデンティティーに向かう過程の一つの現象と見るべきものであろうか。

 来るべき21世紀において、個人と地球市民との間に介在するものとして、国家も含めて民族あるいは地域という中間的な実体(集団)がやはり必要であろう。個人の尊厳が守られることとともに、人間には一定規模の集団としての一体感・アイデンティティーが不可欠であろう。しかし、極端な個人主義(利己主義)とともに、あまりにも不寛容な自民属中心主義(ethnocentrism)や過激なナショナリズムを排するために、人類愛につながる地球市民意識が必要である。この意識を涵養し伝播させるために、地球市民運動を一層活発化させることが肝要であろう。


地球市民と地球環境問題
           立命館大学政策科学研究科博士課程 竹内 慶司

 20世紀も終わろうとしているが、現在解決を迫られている地球的問題群が山積している。地球環境問題もその1つであり、地球全体の環境悪化に対する問題意識は世界中で大きく高まってきている。すなわち地球環境問題とは、その発生原因が自国であれ、他国であれ、その影響が自国や他国のみならず、地球全体にまで及ぶ環境間題である。具体的には、地球の温暖化(二酸化炭素等の増加)、酸性雨、オゾン層の破壊、砂漠化、海洋汚染、野生生物種の滅少等幾多の問題が続いている。

 まさに我々は地球市民として考え、行動していかねばならない問題ではなかろうか。市民にとって一番身近な環境問題である廃棄物処理の問題を例にとり、この問題を考えてみたい。市民の生活から出るごみは一般廃棄物と呼ばれが、このごみの処理にはごみの焼却場とごみの最終処理場(埋め立て地)が欠かせない処理設備である。問題となるのはこのごみの処理設備をどこに設置するかということである。

 しばしばこの問題で議論されるのが、ニムビイ「NlMBY(Not in my backyard)」(必要は認める、しかし私の家のそばでつくられるのはごめんだ)である。これは時には住民エゴ、地域エゴとも呼ばれる。

 生産活動から排出される廃棄物である産業廃棄物についてはこの問題(処理場の設置場所)はさらに深刻である。表面的には産業廃棄物は排出者責任とされているが、実際は専門業者まかせで、不法投棄が大きな社会問題になっている。香川県の豊島の例はその典型である。不法投棄を解決するための新たな産業廃棄物の処分場の設置場所についての紛争では、設置候補地での住民投票にも発展している。

 国内で処理することが難しいとなれば、国外で処理しようとする行為や取り引きが活発になり、まさに国境を超える環境汚染の問題として国際的に注目をあびた。特に有害廃棄物の国際移動は「バーゼル条約」(有害廃棄物の越境移動の規制に関する条約1989)により厳しく規制されることになった。

 これらの問題はいずれも広い意味での「ニムビイ」に属する。すなわち地球環境の保護についても「総論賛成、各論反対」がしばしばおこっており、これが常態といえる。

 我々が提案する「地球市民として考え行動する」対策案は次ぎのことを要求する。

|狼綉模で考え、地域規模で行動する(Think globally, Act locally)。

ごみ処理の問題は地域の環境問題であるが、同時にそれは地球全体の廃棄物処理間題につながっており、その適正な処理方法や、ごみの減量方法は地球規模の観点から選択される。

∪策に提案していく。一行動を政策に結び付ける。

いずれの環境問題は複雑であり、様々な紛争が存在し、「ニムビイ」はその典型例である。紛争のあるのが健全な社会の常態であるから、そのなかで、現実の政治に結びつく政策の選択をしていくのが、地球市民の行動である。「そのうちなんとかなるだろう哲学」を排除していく行動こそ地球市民の義務である。


国際刑事裁判所設立への動きとその役割について

(株)コンベンション・リンケージ 中村 加奈

 現在、国際刑事裁判所(International Criminal Court: ICCと略称)設立の動きが国連を中心に進められている。ICCは旧ユーゴ・ルワンダ国際刑事裁判所が安保理決議により設立されたアドホックな裁判所であるのと異なり多数国間条約により常設の裁判所として設立される。

 そもそも国際刑事裁判所とは、国際犯罪を犯した個人を直接国際法で裁く為の裁判所である。国内法で裁けない犯罪を国際社会が裁く事で独裁者の出現を防ぎ、実効的に人権侵害を防ぐ。その為に国家は権限(刑法を制定し犯罪人を裁く)の一部を国際機関に委ねるのである。

 国際刑事裁判所設立への動きは第一次大戦後に遡る。パリ講和会議で国際刑事裁判所設置の設立が提唱された。しかし国際法が未成熟である事や国際情勢からその提唱は却下され、その後2度にわたる国際連盟での設立の試みも失敗に終わった。そして第二次世界大戦後、初の国際軍事裁判である東京・ニュルンベルグ裁判を経て、国連においても国際刑事裁判所設立が提唱されたが冷戦等の政治的状況もあり長年その動きは滞った。ところが90年代に入り、設立への動きが急速に本格化し始める。そしてILCは1994年に草案を完成し、ICC設立アドホック委員会(Ad hoc Committee)、ICC設立準備委員会(Preparatory Committee)、ICC設立ローマ会議を経てICC設立ローマ条約は採択された。

 条約によれば設立される裁判所の概要は以下のようになる。まず基本原則として々餾歇匆颪鳳いて最も重大な犯罪のみを取り扱う、国内の司法制度が存在しないか機能しない場合に限り機能する(補完性の原則)。具体的にはジェノサイド罪、人道に対する罪、戦争犯罪、侵略の罪(条件付きで事項管轄権の中に含まれた)の犯罪を扱う。告訴できるのは加盟国、安保理及び検察官である。裁判は二審性で、安保理は決議により捜査・訴追の停止ができるなど強い権限を持つ。刑法の一般原則や被告人の権利についても詳細な規定がある。また被害者やその家族の為の基金も設けられる。議論の分かれた刑罰は懲役・罰金刑に限られ、死刑は科されない。

 こうして設立に向け最終段階を迎えたICCだが事項管轄権や刑罰の問題、安保理の権限についての問題などまだ議論は残されている。また、安保理常任理事国であるアメリカ・中国が反対を表明しておりICCの実効性に大きな影響を及ぼすと懸念される。

 国際犯罪は日常生活とかけ離れていると思われがちだが国際犯罪を防ぐ事が大きな意味で私たちの生活を守ることになる。現在ICC設立のアピールがNGOを中心に草の根レベルで行われており、我々もICCが今後どうなってゆくのか見守る必要があるのではないだろうか。

****************事務局だより******************

1.  神戸地区の会員を中心として、毎年5月と11月に例会を開催し、勉強会を開いています。ご関心をお持ちの方は事務局までご一報下されば幸いです。なお、日本の各地にも(当面、広島と東京)、同様な会合を開催したいと考えておりますが、なんとか本年こそ実現したいものです。

2.  現在の制度では、2.500円の申込金で終身会員となります。財政基盤を確立し、会をより一層活発化しまたNPO登録を行うためにも、会費制に切り替えてはどうかとの意見もあります。活動上のことや組織上のことを含めてご意見をお寄せ下さい。

3.  新登録者について

1999年度には5名の方が登録されました。日本支部の発展のために登録者の拡大にご協力下さい。

4.財政について

1)収入について(本部に報告及び納金済)

1997年度からの繰越金                                2,156円

登録者の申込金                                  12,500円

寄付金                                            43,000円

  合計57,656円

2)支出について

)槁送金                                                          20,584円

(内訳 登録者5人分の申込金の2分の1、および寄付金の3分の1)

⇒港料、通信費等の支出                                          12,560円

2000年度への繰越金                                                  24,512円

合計57.656円

財政基盤の確立のために、登録申込金の増収を考えなければならないと考えます。また、ご寄付の方もよろしくお願いいたします。

                                                                以上





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