自由民主党歴代執行部

年月日 総裁代行委員 幹事長 総務会長 政調会長 備考
1955.11.15 鳩山一郎
(旧民主党)
緒方竹虎
(旧自由党)
岸 信介
(旧民主党)
石井光次郎
(旧自由党)
水田三喜男
(旧自由党)
自由党と日本民主党が合同。総裁を置かず代行委員制を敷き、第3次鳩山内閣が発足。
三木武吉
(旧民主党)
大野伴睦
(旧自由党)
1956. 2.10 鳩山一郎
(旧民主党)
松野鶴平
(旧自由党)
1.28に死去した総裁代行委員の緒方(旧自由党総裁)の後任に松野が就任。
三木武吉
(旧民主党)
大野伴睦
(旧自由党)
年月日 総裁 副総裁 幹事長 総務会長 政調会長 備考
1956. 4.5 鳩山一郎
(鳩山派)
- 岸 信介
(岸派)
石井光次郎
(石井派)
水田三喜男
(大野派)
初の総裁公選。旧自由党系の白票その他により、鳩山首相が圧倒的得票で初代総裁に就任。
1956.12.14 石橋湛山
(石橋派)
- 三木武夫
(三木・松村派)
砂田重政
(河野派)
塚田十一郎
(石井派)
鳩山総裁引退。公選で石橋が決選投票で岸に逆転勝ちし第2代総裁に就任。
1957. 3.21 岸 信介
(岸派)
- 三木武夫
(三木・松村派)
砂田重政
(河野派)
塚田十一郎
(石井派)
2.23に石橋首相が病気のため辞職。石橋は総裁のまま岸外相(首相臨時代理)が首相に就任し、党大会で岸首相を第3代総裁に公選。
1957. 7. 大野伴睦
(大野派)
川島正次郎
(岸派)
砂田重政
(河野派)
三木武夫
(三木・松村派)
内閣改造及び党役員改選。幹事長に岸派大番頭の川島を起用し副総裁に大野が就任。
1957.12. 佐藤栄作
(佐藤派)
死去した砂田総務会長の後任に佐藤が就任。
1958. 6. 大野伴睦
(大野派)
川島正次郎
(岸派)
河野一郎
(河野派)
福田赳夫
(岸派)
総選挙後の党役員改選。
1959. 1. 9 大野伴睦
(大野派)
福田赳夫
(岸派)
益谷秀次
(池田派)
中村梅吉
(河野派)
反主流3閣僚の辞任を受け、内閣改造及び党役員を改選。
1959. 1.24 岸 信介
(岸派)
大野伴睦
(大野派)
福田赳夫
(岸派)
益谷秀次
(池田派)
中村梅吉
(河野派)
公選で岸総裁を再選。党役員はそのまま。
1959. 6. 大野伴睦
(大野派)
川島正次郎
(岸派)
石井光次郎
(石井派)
船田 中
(大野派)
参院選後の内閣改造・党役員改選。幹事長に川島が復活
1960. 7.14 池田勇人
(池田派)
- 益谷秀次
(池田派)
保利 茂
(佐藤派)
椎名悦三郎
(岸派)
日米新安保成立後、岸首相退陣表明。総裁公選で池田が党人連合の石井、藤山を破り第4代総裁就任。
1960.12. - 益谷秀次
(池田派)
保利 茂
(佐藤派)
福田赳夫
(岸派)
総選挙後の第二次池田内閣組閣及び党役員改選。
1961. 7. 大野伴睦
(大野派)
前尾繁三郎
(池田派)
赤城宗徳
(岸派)
田中角栄
(佐藤派)
内閣改造及び党3役改選。大野が副総裁に復活
1962. 7.14 池田勇人
(池田派)
大野伴睦
(大野派)
前尾繁三郎
(池田派)
赤城宗徳
(岸派川島系)
賀屋興宣
(無派閥)
公選で池田総裁を再選
1963. 7. 大野伴睦
(大野派)
前尾繁三郎
(池田派)
藤山愛一郎
(藤山派)
三木武夫
(三木・松村派)
内閣改造及び党3役改選。
1964. 5.29 - 大野副総裁死去(後任は空席)。
1964. 7.10 池田勇人
(池田派)
川島正次郎
(川島派)
三木武夫
(三木・松村派)
中村梅吉
(河野派)
周東英雄
(池田派)
公選で池田が佐藤、藤山を破り3選。
1964.12.1 佐藤栄作
(佐藤派)
川島正次郎
(川島派)
三木武夫
(三木・松村派)
中村梅吉
(河野派)
周東英雄
(池田派)
池田総裁が病気引退を表明。池田指名の佐藤が臨時党大会で第5代総裁就任。
1965. 6. 川島正次郎
(川島派)
田中角栄
(佐藤派)
前尾繁三郎
(池田派)
赤城宗徳
(川島派)
内閣改造及び党役員改選。佐藤派の田中蔵相が幹事長就任。
1966. 8. 川島正次郎
(川島派)
田中角栄
(佐藤派)
福永健司
(前尾派)
水田三喜男
(船田派)
内閣改造及び党役員改選。
1966.12.1 佐藤栄作
(佐藤派)
- 福田赳夫
(福田派)
椎名悦三郎
(川島派)
西村直巳
(佐藤派)
公選で藤山を破り佐藤総裁再選。内閣改造及び党役員改選で福田蔵相が幹事長に就任し川島副総裁は退任。
1967.11. 川島正次郎
(川島派)
福田赳夫
(福田派)
橋本登美三郎
(佐藤派)
大平正芳
(前尾派)
総選挙後、第ニ次佐藤内閣は全閣僚が留任し党役員のみ改選。川島が副総裁に復活。
1968.11.27 佐藤栄作
(佐藤派)
川島正次郎
(川島派)
田中角栄
(佐藤派)
鈴木善幸
(前尾派)
根本龍太郎
(園田派)
公選で三木、前尾を破り佐藤総裁3選。内閣改造及び党役員改選で福田幹事長は蔵相に戻り幹事長には田中が復活。
1970. 1 川島正次郎
(川島派)
田中角栄
(佐藤派)
鈴木善幸
(前尾派)
水田三喜男
(村上派)
総選挙後、第三次佐藤組閣及び党役員改選。
1970.10.29 佐藤栄作
(佐藤派)
川島正次郎
(川島派)
田中角栄
(佐藤派)
鈴木善幸
(前尾派)
水田三喜男
(村上派)
公選で三木を破り佐藤総裁4選。内閣改造及び党役員改選は行われず。
1970.11.9 - 川島副総裁死去(後任は空席)
1971. 6. - 保利 茂
(佐藤派)
中曽根康弘
(中曽根派)
小坂善太郎
(大平派)
参院選後の内閣改造及び党役員改選。保利官房長官が幹事長に就任。田中は通産相、福田蔵相は外相に横滑り
1972. 7.5 田中角栄
(田中派)
- 橋本登美三郎
(田中派)
鈴木善幸
(大平派)
桜内義雄
(中曽根派)
佐藤首相引退。総裁公選で田中が福田を決選で破り第6代総裁就任。
1972. 8. 椎名悦三郎
(椎名派)
空席の副総裁に椎名が就任
1972.12. 椎名悦三郎
(椎名派)
橋本登美三郎
(田中派)
鈴木善幸
(大平派)
倉石忠雄
(福田派)
総選挙後の組閣・党役員改選で、福田が入閣し三役ポストも獲得。
1973.11.25 椎名悦三郎
(椎名派)
橋本登美三郎
(田中派)
鈴木善幸
(大平派)
水田三喜男
(水田派)
愛知揆一蔵相急死を機に内閣改造及び党役員改選。福田が蔵相就任
1974.11.11 椎名悦三郎
(椎名派)
二階堂 進
(田中派)
鈴木善幸
(大平派)
山中貞則
(中曽根派)
内閣改造及び党役員を改選。官房長官だった二階堂が幹事長に回る
1974.12.4 三木武夫
(三木派)
椎名悦三郎
(椎名派)
中曽根康弘
(中曽根派)
灘尾弘吉
(旧石井・無派閥)
松野頼三
(福田派)
金脈問題で田中首相退陣。「椎名裁定」により三木が両院議員総会で第7代総裁就任。幹事長を総裁派閥から出さない申し合わせにより中曽根が就任
1976. 9.15 椎名悦三郎
(椎名派)
内田常雄
(大平派)
松野頼三
(福田派-無派閥)
桜内義雄
(中曽根派)
「三木降ろし」の党内抗争収拾のため内閣改造及び党役員改選。幹事長に親三木の松野起用意向が反主流派反発を呼び内田で妥協。総務会長に回った松野は就任後福田派脱会
1976.12.23 福田赳夫
(福田派)
- 大平正芳
(大平派)
江崎真澄
(田中派)
河本敏夫
(三木派)
総選挙敗北で三木首相辞任。話し合いで福田を第8代総裁に選出。
1977.11.28 船田 中
(船田派)
大平正芳
(大平派)
中曽根康弘
(中曽根派)
江崎真澄
(田中派)
内閣改造及び党役員改選。
1978.12.1 大平正芳
(大平派)
- 斎藤邦吉
(大平派)
倉石忠雄
(福田派)
河本敏夫
(三木派)
総裁予備選挙で敗れた福田が本選辞退。大平が第9代総裁に就任。幹事長に自派の鈴木起用が福田派の反発に合い、斎藤で妥協
1979. 1.24 西村英一
(田中派)
党大会で副総裁に西村が就任
1979.11.16 西村英一
(田中派)
桜内義雄
(中曽根派)
鈴木善幸
(大平派)
安倍晋太郎
(福田派)
総選挙後、「四十日抗争」を経て第2次大平内閣組閣及び党役員改選。
1980. 7.15 鈴木善幸
(鈴木派)
西村英一
(田中派)
桜内義雄
(中曽根派)
二階堂 進
(田中派)
安倍晋太郎
(福田派)
非主流派の欠席で大平不信任可決され衆参同時選挙突入後の6.12に大平首相急死。選挙後、話し合いで鈴木総務会長(宏池会代表)が第10代総裁に就任。
1980.11.27 鈴木善幸
(鈴木派)
- 桜内義雄
(中曽根派)
二階堂 進
(田中派)
安倍晋太郎
(福田派)
大平前総裁から引き継いだ残り任期満了による総裁改選で鈴木総裁が無投票再選。総選挙で落選していた西村副総裁は退任。
1981.11. - 二階堂 進
(田中派)
田中竜夫
(福田派)
田中六助
(鈴木派)
内閣改造及び党役員改選。二階堂を幹事長起用
1982.11.25 中曽根康弘
(中曽根派)
- 二階堂 進
(田中派)
細田吉蔵
(福田派)
田中六助
(鈴木派)
鈴木首相退陣。総裁公選(予備選)で中曽根が河本、安倍、中川を破り第11代総裁就任。二階堂留任、内閣は8人が田中系
1983.12. - 田中六助
(鈴木派)
金丸 信
(田中派)
藤尾正行
(福田派)
ロ事件の田中有罪判決後の総選挙で敗北。「田中影響力排除」のため二階堂幹事長退任
1984. 4. 二階堂 進
(田中派)
副総裁に二階堂前幹事長が就任
1984.10.31 中曽根康弘
(中曽根派)
二階堂 進
(田中派)
金丸 信
(田中派)
宮澤喜一
(鈴木派)
藤尾正行
(福田派)
非主流派の「二階堂擁立」不調に終り、中曽根総裁が無投票で再選。
1986. 7. - 竹下 登
(田中派)
安倍晋太郎
(安倍派)
伊東正義
(宮澤派)
衆参ダブル選挙で大勝。竹下が幹事長に就任し二階堂は副総裁から外される。
1986.9.11. 中曽根康弘
(中曽根派)
- 竹下 登
(田中派)
安倍晋太郎
(安倍派)
伊東正義
(宮澤派)
中曽根総裁の任期1年延長を決定
1987.10.31 竹下 登
(竹下派)
- 安倍晋太郎
(安倍派)
伊東正義
(宮澤派)
渡辺美智雄
(中曽根派)
中曽根総裁の任期満了により「安竹宮」が後継総裁に立候補し、中曽根の指名で竹下が第12代総裁に選出。
1989. 6.2 宇野宗佑
(中曽根派)
- 橋本龍太郎
(竹下派)
水野 清
(宮澤派)
村田啓次郎
(安倍派)
リクルート事件で竹下首相辞任。山下元利(二階堂系)が立候補の動きを見せるが、竹下派の推す宇野宗佑外相が両院議員総会の「起立多数」で第13代総裁に選出される。
1989. 8.8 海部俊樹
(河本派)
- 小沢一郎
(竹下派)
唐沢俊二郎
(中曽根派)
三塚 博
(安倍派)
参院選敗北で宇野首相退陣。公選で竹下派の推す海部が林義郎(二階堂系)、石原慎太郎(安倍派)を破り第14代総裁就任
1989.10.31 海部俊樹
(河本派)
- 小沢一郎
(竹下派)
唐沢俊二郎
(中曽根派)
三塚 博
(安倍派)
竹下・宇野の残任期間満了で海部総裁を無投票で再選。
1990. 2. - 小沢一郎
(竹下派)
西岡武夫
(宮澤派)
加藤六月
(安倍派)
総選挙後の組閣及び党役員改選。大幅に議席を減らした渡辺派(中曽根派から代替り)は三役を失う
1991. 4. - 小渕恵三
(竹下派)
小沢幹事長が都知事選敗北の引責辞任
1991.10.31 宮澤喜一
(宮澤派)
- 綿貫民輔
(竹下派)
佐藤孝行
(渡辺派)
森 喜朗
(三塚派)
政治改革関連法案が廃案となり衆議院解散決意の海部首相は竹下派の支持を得られず、続投も断念。公選で宮澤が渡辺、三塚を第15代総裁就任
1992. 1. 金丸 信
(竹下派)
副総裁に金丸が就任
1992. 8. - 佐川献金問題で金丸副総裁が辞任
1992.12. - 梶山静六
(小渕派)
佐藤孝行
(渡辺派)
三塚 博
(三塚派)
内閣改造及び党役員改選。金丸問題で竹下派は分裂し反小沢の梶山が幹事長就任
1993. 7.30 河野洋平
(宮澤派)
- 森 喜朗
(三塚派)
木部佳昭
(渡辺派)
橋本龍太郎
(小渕派)
内閣不信任決議案が羽田派等の造反で可決。分裂した自民党は総選挙で過半数割れし宮澤総裁辞任。公選で河野が渡辺を破り第16代総裁就任
1993. 9.30 河野洋平
(宮澤派)
- 森 喜朗
(三塚派)
木部佳昭
(渡辺派)
橋本龍太郎
(小渕派)
宮澤前総裁の残任期間が満了し、河野総裁を無投票で再選
1994. 7. 小渕恵三
(小渕派)
森 喜朗
(三塚派)
木部佳昭
(渡辺派)
加藤紘一
(宮澤派)
村山連立政権の与党に復帰し、河野総裁、橋本政調会長入閣。小渕が副総裁就任。
1995. 8. 小渕恵三
(小渕派)
三塚 博
(三塚派)
木部佳昭
(渡辺派)
加藤紘一
(宮澤派)
参院選後の役員改選。総裁再選を目指す河野総裁は三塚派の協力を取りつけるため、会長の三塚を幹事長に起用
1995.10.1 橋本龍太郎
(小渕派)
- 加藤紘一
(宮澤派)
塩川正十郎
(三塚派)
山崎 拓
(旧渡辺派)
河野総裁が再選を断念し.公選で橋本が三塚派の小泉純一郎を破り第17代総裁に選出。96.1に村山から禅譲を受け内閣組閣。
1996.11. - 加藤紘一
(宮澤派)
森 喜朗
(三塚派)
山崎 拓
(旧渡辺派)
総選挙後、第二次橋本内閣組閣・党役員改選。落選した塩川の後任に森が就任。
1997. 9.11 橋本龍太郎
(小渕派)
- 加藤紘一
(宮澤派)
森 喜朗
(三塚派)
山崎 拓
(旧渡辺派)
橋本総裁を無投票再選。党三役は留任、内閣改造で入閣した元ロッキード有罪議員の佐藤孝行が与野党の批判で1週間で辞任
1998. 7.24 小渕恵三
(小渕派)
- 森 喜朗
(三塚派)
深谷隆司
(旧渡辺派山崎系)
池田行彦
(宮澤派)
参院選敗北で橋本総裁が辞意。公選で小渕外相が小渕派離脱の梶山静六前官房長官と三塚派の小泉厚相を破り第18代総裁
1999.9.21. 小渕恵三
(小渕派)
- 森 喜朗
(森派)
池田行彦
(加藤派)
亀井静香
(村上・亀井派)
橋本前総裁の残任期間満了、公選で小渕総裁が加藤紘一、山崎拓を破り再選
2000. 4.5 森 喜朗
(森派)
- 野中広務
(小渕派)
池田行彦
(加藤派)
亀井静香
(江藤・亀井派)
小渕病気入院。主流派幹部5人の談合で推された森幹事長を両院議員総会で第19代総裁に選任。後任幹事長には幹事長代理の野中(小渕派)が昇格
2000. 7. - 野中広務
(旧小渕派)
小里貞利
(加藤派)
亀井静香
(江藤・亀井派)
総選挙後の役員改選。総務会長は加藤派内で加藤側近の小里に交代。
2000.12. - 古賀 誠
(加藤派堀内系)
村岡兼造
(橋本派)
亀井静香
(江藤・亀井派)
「加藤の乱」収拾のため内閣改造及び党役員改選。幹事長には親野中の古賀が就任
2001. 4.24 小泉純一郎
(無派閥[森派])
- 山崎 拓
(山崎派)
堀内光雄
(堀内派)
麻生太郎
(河野G)
森総裁が辞意。予備選圧勝の小泉が公選で橋本、麻生、亀井(本選辞退)を破り第20代総裁就任。就任後三役は派閥を離脱
2001. 8.10 小泉純一郎
(無派閥[森派])
- 山崎 拓
(山崎派)
堀内光雄
(堀内派)
麻生太郎
(河野G)
小渕・森の残任期間満了で小泉総裁を無投票再選。三役は留任。
2003. 9.21 小泉純一郎
(無派閥[森派])
山崎 拓
(山崎派)
安倍晋三
(森派)
堀内光雄
(堀内派)
額賀福志郎
(橋本派)
公選で小泉総裁が亀井、藤井、高村を破り再選。党内反発の山崎を副総裁に昇格させ幹事長に安倍官房副長官を抜擢。第1次大平内閣の斎藤以来25年振り総裁派閥からの幹事長起用。
2003.11.10 - 総選挙で山崎副総裁が落選し辞表を提出。
2004.9.27 - 武部 勤
(山崎派)
久間章生
(旧橋本派)
与謝野 馨
(無派閥)
内閣改造及び党役員改選。郵政民営化実現を重視し幹事長に山崎派中堅の武部を抜擢、また無派閥の与謝野を政調会長に起用した。
2005.10.31 - 武部 勤
(山崎派)
久間章生
(旧橋本派)
中川秀直
(森派)
総選挙圧勝後、特別国会で郵政民営化法案等成立後の会期末に内閣改造及び党役員改選。武部、久間留任、中川前国対委員長が政調会長就任。
2006. 9.25 安倍晋三
(森派)
- 中川秀直
(森派)
丹羽雄哉
(丹羽・古賀派)
中川昭一
(伊吹派)
小泉総裁の任期満了による総裁公選で安倍官房長官が麻生、谷垣を破り第21代総裁に選出。歴代最年少。森派から三代連続。
2007. 8.27 - 麻生太郎
(麻生派)
二階俊博
(二階派)
石原伸晃
(無派閥)
参議院選挙惨敗を受けて党役員と内閣改造。
2007. 9.23 福田康夫
(町村派)
- 伊吹文明
(伊吹派)
二階俊博
(二階派)
谷垣禎一
(谷垣派)
安倍首相辞意。福田元官房長官が麻生幹事長に圧勝し第22代総裁に選出。史上初の親子総裁。森-町村派から四代連続。選対委員長を四役に格上し古賀元幹事長を起用。
2008. 8.1 - 麻生太郎
(麻生派)
笹川 尭
(津島派)
保利耕輔
(無派閥)
内閣改造及び党役員改選。挙党態勢を意識し麻生前幹事長、郵政造反組の保利を起用。
2008. 9.22 麻生太郎
(麻生派)
- 細田博之
(町村派)
笹川 尭
(津島派)
保利耕輔
(無派閥)
福田首相辞意。麻生幹事長が総裁選で圧勝し第23代総裁に選出。幹事長に細田幹事長代理が昇格。総務、政調、選対、国対は再任。
2009. 9.28 谷垣禎一
(古賀派)
- 大島理森
(高村派)
田野瀬良太郎
(山崎派)
石破 茂
(額賀派)
総選挙に大敗し16年振りの野党転落。谷垣元財務相が河野太郎らを破り第24代総裁に選出。
2010. 9.9 大島理森
(高村派)
石原伸晃
(山崎派)
小池百合子
(無派閥)
石破 茂
(額賀派)
党役員改選。大島前幹事長が副総裁に昇格。小池が女性初の三役就任。
2011. 9.30 大島理森
(高村派)
石原伸晃
(山崎派)
塩谷 立
(町村派)
茂木敏充
(額賀派)
党役員改選。副総裁と幹事長は留任。
2012. 9.26 安倍晋三
(町村派)
高村正彦
(高村派)
石破 茂
(無派閥)
細田博之
(町村派)
甘利 明
(山崎派)
安倍元首相が石破前政調会長に決選投票で逆転勝ちし第25代総裁に選出。総裁経験者の再登板は史上初。
2012.12.25 高村正彦
(高村派)
石破 茂
(無派閥)
野田聖子
(無派閥)
高市早苗
(無派閥)
総選挙に圧勝し政権復帰。三役に女性二人は史上初。
・名前の下の( )内は所属派閥を表し、形式上は派閥解消または派閥離脱が行われた時でも実質的な所属派閥を記載している.