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                                                  「民主制の擁護」
   H・ケルゼン 「デモクラシーの本質と価値」 研究ノート

 (ハンス・ケルゼン著、『デモクラシーの本質と価値』(岩波文庫、昭和41年)(原題: Hans Kelsen, "Vom Wesen und der Demokratie", 1929.))

 序言

 1789年のフランス革命と1848年革命という2つのブルジョア革命によって、民主主義原理は一つの自明の理となった。第一次世界大戦直前の2、30年間において階級闘争が激化しつつあったにもかかわらず、民主主義的な国家形態に関して、ブルジョアジーとプロレタリアートとのあいだに何の意見の対立もなく、自由主義と社会主義は何らイデオロギー上の差異を示していない。デモクラシーは19世紀と20世紀を普遍的に支配した時代精神であったが、それだけに乱用され、様々な意味を負わされ、しばしば矛盾する意味が込められた。さらにロシア革命によってデモクラシーの修正が迫られ、大衆運動は社会主義の実現以前に、民主主義原理を実現すべき段階において分裂した。
 「しかし、新共産主義学説によって理論的に基礎づけられ、ロシアのボルシェビズム党によって実際上実現せられたプロレタリア独裁のみが、デモクラシーの理想に対立しているものではない。プロレタリアのこの運動が、ヨーロッパの精神と政治に与えた巨大な衝動は、その反動として、ブルジョアジーの反民主主義行動を発生せしめた。この運動は、イタリーのファシズムに理論上と実際上の表現を見出す。
 それだからデモクラシーは、かつて君主の専制政治に対抗したのと同じように、今日ではー左右双方からのー独裁政治に対抗しつつ、問題となるのである。」(pp. 30-1)
→長尾龍一氏による説明:
 「市民革命の結果として『民主主義』が正しくよきものであるとの信念が自明化されると、『民主主義が正しいものである』という命題は『正しいものが民主主義である』という命題に転化してしまった。いまや各人各様に自らが正しいと信ずるものが即ち『真の民主主義』であるとされ、他者のそれは『民主主義の履き違え』であると宣言される。そしていかなる革命もいかなる政変も『真の民主主義』の実現であると宣言される。こうしてかつて長所をも短所をももった一つの統治形態であった民主主義は完全無欠にして神聖なる制度として崇められるが、その内容たるや曖昧にしていかなる独裁者も心置きなく民主主義の使徒たるの栄誉を担うことができるようになった。」(長尾龍一著、『ハンス・ケルゼン』、東京大学出版会、UP選書、1974年、pp. 247-8)

 第1章 自由

・デモクラシーの理念のなかの2つの要素:
 デモクラシーの理念においては、自由(Freiheit)と平等(Gleichheit)という、実践的理性に由来する2つの要請が結合している、あるいは社交的生物としての2つの原始本能の充足が要求されている。
 (1) 自由  社会生活から生ずる強制に対する反動、自分が服従しなければならない他人の意思に対する抗議、他律の苦痛に対する異議が認められることが要求されている。「これは、自由を要求する過程において、社会に対して反抗する自然そのものである。」(p. 32)

 (2) 平等  「人間にとって、自分の価値に対する原始的な感情が、他人のあらゆる優越価値を否定することに、より直接に現われれば現れるほど、また主人や命令者に直面して、服従を強制せられた者の体験が、より根本的であればあるほど、社会秩序を強いる他人の意思の重圧は、いよいよ重苦しく感ぜられてくる。彼も自分と同じように一人の人間である。われわれは平等である。それなら、彼が自分を支配する権利はいったいどこにあるのか。」かくして、全くもって否定的な、内心に奥深く根差す反英雄崇拝的な平等の理念は、自由の同じく否定的な要求の導出を補完している。(p. 32)

・自由の意義の転化(Bedeutungswandel)、あるいは自由思想の変形(メタモルフォーゼ):
 われわれは理念において平等である、という仮定から、人は他人を支配してはならぬ、という要求が導出されうる。「しかし経験は、もしわれわれが現実に平等であろうと欲するならば、われわれは自らを支配せしめなければならぬ、ということを教える。」(p. 33)それゆえに、政治思想はいまだかつて、自由と平等との相互の結合を放棄しなかったのである。この自由と平等という2つの主義の総合こそ、デモクラシーの特色をなすものである。
 ex. キケロ
 「かくて国民の権力が最高にあらざれば、いかなる国家においても、自由はその住所を有することなし。しかして何物たりとも、自由より美味なるものはあり得ず。されどもし自由にして、平等と同一にあらざれば、自由としての名に値せざるものというべし。」(p. 33)

Cf. 平等によって修正された自由についての補足:
 「民主制の本質の理解は、自由の理念のみで尽くされる訳ではない。自由の理念自体では、いかなる社会秩序の根拠ともなりえない。社会秩序とは本来拘束、規範的拘束、社会的拘束を意味するもので、この拘束こそが共同体を成り立たせているものである。政治主体がその求める自由を自己のみならず他者にも欲すること、「我」と「汝」を本質を等しくするものと感じ、「我」のみならず「汝」をも自由ならしめようとすること、民主制の原理の最も深い意味はここにある。かくて民主的社会形態の思想が成立するためには、平等の理念が自由の理念にプラスされ、それが自由の理念を制約しなければならない。」(ケルゼン、政治体制と世界観」、『自然法論と法実証主義』。引用は長尾、『ケルゼン研究T』、信山社、1999年、p. 293 より)

・「自由の理念が、それ自らによって否定された社会的なもの、いなさらに政治的・国家的なものの計算(Kalkül)の中に入り込みうるためには、ただその意義の転化(Bedeutungswandel)によってのみ可能となる。この転化において、一般的には社会的拘束の、したがって特殊には国家の絶対的否定から、社会的拘束または国家の一種特別な形式が発生し、これがその弁証法的対立と結合して、国家いな一般には社会のあらゆる可能な形式を代表するようになる。デモクラシー(民主政治)とアウトクラシー(独裁政治)とがすなわちこれである。
 社会が、そのうえ国家が存在すべきものならば、人間相互の関係を結びつける一つの秩序が妥当しなければならぬ。それなら支配が存在しなければならぬ。われわれがしかし支配せられねばならぬならば、われわれ自身によってのみ支配されることを欲する。自然的自由から、社会的あるいは政治的自由が分離する。服従こそするが、自分自身の意思にのみ服従し、他人の意思には何ら服従しない者は、政治的には自由である。国家形式と社会形式との原理的対立は、これをもって開始される。」(p. 33-4)

・認識論からみた、自然と社会、因果律と規範の対立:
「一般に社会が、自然とは異なった組織関係として可能であるべきものとすれば、自然的法則性とならんで、特殊な社会的法則性が与えられねばならぬ。因果律に対して規範が対立する。自由とは本来は、自然の立場からは、社会的法則性の否定を意味し、社会の立場からは、自然的(因果)法則性の否定(意志の自由)を意味する。「自然に還れ」(あるいは「自然的」自由に還れ)とは、社会的拘束から解放されよ、との意味にほかならない。社会へ(あるいは社会的自由へ)とは、自然的法則性から自由になれという意味である。この矛盾は、「自由」が、特殊な、つまり社会的(すなわち倫理的・政治的な、法律的・国家的な)法則性の表現となるやいなや、また自然と社会との対立が二つの異なった法則性の、したがって二つの異なった観察方向の対立となるやいなや、はじめて解決せられるのである。」(p. 34)

・自由(概念)の意義の転化、あるいは、原始的自由の本能の変性(Denaturierung)、あるいは、アナーキーな自由からのデモクラシーの自由の誕生:
 「人々は、市民による政治的自治としての自由、国家における支配的意思の形成に対する参与としての自由を、古代的な自由の理念として、支配から自由になること、一般に国家から自由になることという観念につきるゲルマン的自由理念と、対照するのを常とする。・・・自由問題のゲルマン的構成から、いわゆる古代的構成へと移る歩みは、あの避けることのできない転化過程の第一段階にすぎないもので、人間の意識が、自然の状態から国家的強制秩序の状態へと進行してゆく過程で、原始的な自由の本能が屈服したあの変性(Denaturierung)の最初の段階にすぎないものである。この自由概念の意義の転化は、われわれの社会的思索の機構にとっては、非常な特徴を示すものである。政治的イデオロギーにおける自由の思想にぴったり適応し、いくら珍重してもしすぎることのないこの巨大な意義は、その思想が、人間の魂の最奥の源泉(letzte Quelle der menschlichen Seele)から発し、また、社会に対して(gegen)個人を対立せしめるあの国家敵視の原始本能(Urinstinkt)から発する限りにおいて、説明することができる。しかもほとんど謎のような自己欺瞞(fast rätselhafte Selbsttäuschung)を行いながら、この自由思想が、個人の社会内(in)における一定の地位に対する単純な表現となってしまうのである。アナルヒー(無政府)の自由から、デモクラシーの自由が生ずる。」(pp. 34-5)

※「謎のような自己欺瞞」についての補足:
 ケルゼン自身による説明 (『民主主義の諸基礎』(H. Kelsen, "Foundations of Democracy," Ethics, Vol. LXVI, Nr. 1, Pt. 2, The Univ. of Chicago Press, 1955, p. 38)):
 「自由という象徴は、社会的範疇となるためには、根本的な意味転換を遂げざるをえない。それは、一切の社会秩序の否定、一切の統治が存在しない自然状態(a state of nature)という意味を変じて、社会秩序樹立の特定の方法、統治の特定の形態を意味するものとならざるをえない。社会や国家が可能であるとすれば、人間の相互的行為を規制する規範的秩序が拘束力をもち、その秩序による人間の人間に対する支配が是認されねばならない。ところが、支配服従が人間界に不可避であるとすれば、我々は自己自身によって支配されることを欲する。こうして自然の自由は、社会的・政治的自由に転化する。社会的・政治的自由とは、規範的秩序のもとでの自由であり、社会法則のもとでの自由であるが、しかし他者の意思でなく、自己の意思に服すること、自己が制定に参加した法に服することを意味する。民主制と専制制を分かつ決定的な基準は、このように変化した自由の観念の有無にある。」(長尾龍一著、『ケルゼン研究T』、信山社、1999年、p. 290)
→長尾龍一氏によるまとめ:
 「こうして彼は、まず自然状態のアナーキーから出発し、後に社会を構成するという、社会契約説の理論を非歴史化した仕方で、論理的に・・・(中略)・・・踏襲しているようにみえる。ここに社会契約説の古典的思想家ルソーが、『民主制の理論家として最も重要な人物』として登場する。ルソーは『各構成員に防御と保護を与えつつ、なおそこで各人が、万人と結合しつつも、自己自身にのみ服従し、従前と同様に自由であるような結合の形式』を求めたが、これこそ『アナキーの自由』から『民主制の自由』への転化の際の、かの『まるで謎のような自己欺瞞』の具体的内容だということになる。」(長尾龍一著、『ケルゼン研究T』、信山社、1999年、p. 290)

・J. J. ルソーによる、最善の国家に対する疑義、問題提起:
「各構成員を防御保護し、その中において各個人が全員と結合しながら、しかも自分自身にのみ服従し、以前のように自由に止まることができるような社会形式を、どうしてわれわれは発見することができようか?」「イギリスの国民は自由であると思っているが、それは大きな思い違いである。彼らは単に議会選挙の間だけ自由であるにすぎない。議員の選挙がすんでしまえば、彼らは奴隷生活を送るものであり、[自由な者など]皆無である。」(pp.35-6)
→たとえ支配的な国家意思が、直接的な人民投票によって決議・成立するとしても、各個人はほんの一瞬、投票のときだけ自由であるにすぎない。それも、敗北した少数の側に投票しないで、勝った多数とともに投票したときに限られる。「したがって民主主義的自由の原理は、投票の多数によって勝つという可能性が最小限度に制限せられることを要求するようである。そこで条件付多数(Qualifizierte Majoriität)や、場合によっては全員一致(Stimmeneinhelligkeit)が、個人的自由の保障とみなされるゆえんである。」(p. 36)しかし、条件付多数や全員一致の適用は、現実の利害対立の場面においては成立の余地はまず無いといってよく、「ルソーのような自由の使徒ですら、全員一致を国家創造の原始契約に限ってのみ要求している。」(p. 36)しかし、このように全員一致の原理を国家創造という仮説的な行為にだけ限定することを説明する合理的根拠は存在せず、厳格に解すれば、自由の要求から発した、基本契約締結の際の全員一致の原理は、秩序の継続・維持も全員の継続的な同意に依存し、各人はいつでも社会を離れる自由を有し、社会秩序の承認を拒絶することによってその効力から免れることも自由である、という結論が妥当なものとなろう。
→「ここにおいて、個人的自由の理念と、その最奥の本質に従えば、客観的な、すなわち終局的には規範服従者の意思から独立した妥当性においてのみ可能な、社会秩序の理念とが対立し、解決することのできない闘争がはっきりとあらわれる。」(p. 37)

・絶対的多数決こそが、自由の理念に最も適っていることの説明:
 「デモクラシーは、自由の理念に従いー仮説的ではあるがー契約により、従って全員一致により成立した秩序を、多数決によって修補形成してゆく間に、その原始的理念に単純に接近してゆくことをもって満足している。さらに自治について論ぜられたり、また多数の意思が妥当を要求する場合には、各人は彼自身の意思にのみ服従するものであることを論じたりするのは、自由思想の変形途上における一段の進歩である。
 しかし、多数とともに投票したものは、もはや彼自身の意思にのみ服従するものではない。このことは、彼が投票に際して表明した意思を変更する場合にすぐに経験することである。このような意思の変更について法律的な基準がないということは、・・・(中略)・・・彼が服従せねばならぬ秩序の客観的妥当性を余りにも明白に示すのみである。」(p. 38)
 彼という個人が再び自由になるためには、多数ゆえに一旦は支配的となった国家意思を改めて変更するために新たな多数を見出さねばならず、変更しようとする国家意思の創造に必要な多数に条件が付けばつくほど、各個人と支配的国家意思との一致はますます困難となり、個人的自由に対する保障はいよいよ少なくなる。もし全員一致が必要となるならば、事実上、国家意思の変更の可能性は排除されたに等しい。
 「かつては自由理念に全く従って行われた国家秩序の創造に際して、個人的自由の保護に役立ったものが、その秩序からもはや免れ去ることができなくなると、その後は自由の桎梏となってしまう。国家創造や、法規的秩序または国家意思の原始発生は、実際には社会的経験においてほとんど問題にならないといってよい。ほとんどすべての人は、その成立に協力したこともなく、従って最初から他人の意思として個人に対立せねばならぬ既存の国家秩序の中に生まれてくる。ただこの秩序の修補形成、変更が問題となるにすぎない。そしてこの観点の下においては、(条件付多数ではなく)絶対的多数決の原理が、確かに自由の理念に対して相対的に最大の接近を意味する。」(pp.38-9)

・多数決原理の弁護:
 たとえ「すべてではなくともーできるだけ多数の人間が自由である、すなわちできるだけ少数の人間が、彼らの意思とともに、社会秩序の普遍的意思と矛盾に陥らなければならぬ、という考えだけが、多数決原理への合理的途上に導くものである。」(pp. 39-40)多数決原理はこのように自由の理念から導出されるべきものであって、人間の意思が相互に平等であるといういうことは多数決の前提ではあろうが、もし平等の理念からのみ多数決原理を導出しようとすると、多数決原理は機械的で無意味な性格を帯び、多数票は少数票よりも重いといった間に合わせの表現に過ぎないものと化す。
←「この平等であるということは単なる比喩であって、人間の意思や人格を有効に測量し、計算しうるということを意味するものではない。」(p. 39)

・民主主義の、自由主義からの開放と、民主主義国家の権力の拡張傾向:
 国家的支配からの自由という観念から国家的支配への参与という自由概念の転化は、同時に、民主主義の自由主義からの開放を意味する。すなわち、「国家的秩序に服従する者が、この秩序の創造に参与する程度に応じて、デモクラシーの要求が実現せられるとみなされ」(p. 40)、理想的なデモクラシーの状態であるか否かは、国家的秩序が個人を掌握したり、個人の自由を侵害することとは別の次元の話とされた。「従って、個人に対して、国家権力を無制限に拡張しても、従って、個人的「自由」を完全に無視しても、自由主義的理想を全く否定しても、ーこのような国家権力がこれに服従する個人によってのみ形成せられるならば、デモクラシーはなお可能である。そして歴史は、民主主義国家の権力が、独裁国家のそれに劣らず拡張せられる傾向があることを示している。」(pp. 40-1)

・政治的自由のさらなる転化=社会集団の自由(国家人格説):
 「自由要求の出発点を形成する各個人の意思と、個人に対し他人の意思として対立する国家秩序との間の、避けることにできない相違に直面して、この相違が近似的には最小限に低減せられてたデモクラシーにおいてすら、政治的自由の観念においては一段の転化が行われる。本質的には不可能な個人の自由は次第に背後に立ち去り、社会集団の自由が前景にあらわれてくる。自分と同輩のものの支配に対する抗議は、政治的意識においてーデモクラシーでも不可避なー支配の主体を推し出してくる。すなわち、匿名の国家人格を構成する。外から見える人間からではなく、この匿名の人格から、最高権を発せしめる。秘密に満ちた全体意思と、全く神秘的な全体人格とが、各個人の意思と人格から開放せられる。この擬制的な隔離は、隷属者に対して行われないで、むしろ支配を事実上に行い、その時から実体化せられた支配主体の単なる機関としてあらわれるあの人間の意思に対して行われる。独裁政治においては、血と肉とを持った人間がーたとえ神にまで崇められようともー支配者とみなされる。民主政治においては、国家そのものが支配の主体としてあらわれる。ここに国家人格というベールが、人を人が支配するという民主主義的感情にとってたえがたい事実を隠蔽する。国法学にとって基本的となった国家人格説は、疑いもなくその根底をこのデモクラシーのイデオロギーにもおいている。」(p. 41)

・隷属者たる孤立した個人から、自由な国民への推移(自由思想の意義の転化過程の最終段階):
 「自分と同輩のもが支配する、という観念が一たん除かれると、個人は国家秩序に服従しなければならぬ間は自由ではない、という認識にもはや閉じこもる必要はない。支配の主体の推移とともにまさしく自由の主体も推移する。個人が他の個人と有機的に結合して国家秩序を創造する限りは、まさにこの結合の中において、そしてこの中においてのみ「自由」であるということをますます力強く主張するようになる。そこで、隷属者は再び国民としてその自由を取り戻すためにその全自由を放棄した、というルソーの思想は、隷属者と国民とを区別することによって、社会的観察における完全な立場の変更と、問題提出の完全な推移とが示されているが故に、非常に特徴的な言葉である。隷属者とは、個人主義的社会認識にもとづく孤立した個人であり、国民とは、普遍主義的社会認識にもとづく、集団中の、より高い有機的な全体の部分のみを形成する、非独立的な一員である。この集団は、自由をねらいとした評価の全然個人主義的な出発点から発して、超絶的な、形而上的な特性をもつ。この舞台交代はすこぶる完全であるので、個々の国民が自由であることは根本においてもはや正当ではない、少なくともかかる主張はもはや問題とはならない。・・・(中略)・・・この結論は、国民はその総括である国家においてのみ自由であるから、必ずしも個々の国民ではなく、国家の人格が自由であるということを要求する。このことは、自由国家の国民のみが自由である、という命題も表現している。個人の自由の代わりに、国民の主権があらわれてくる。」(p. 42)

・しかし、こうした自由思想の自己発展に従いたくはない者、従うことのできない者は、自由の原始的な意味と終局的な意味とのあいだに横たわる矛盾に直面して、後者を非難するであろう。「そして、国民は一般意思を通してのみ自由であり、従ってこの意思に服従することを拒絶するものに対しては、国家意思を強制するという主張の前にも少しも尻込みをしなかった、デモクラシーに関して最も才能ある著述家が引き出した結論を理解することを断念するにちがいない。」(p. 43)


 第2章 国民

・デモクラシーの定義:
 デモクラシーは、その理念に照らせば、共同社会意思あるいは社会秩序が、これに服従する者すなわち国民によって形成される一つの国家形式あるいは社会形式である。あるいは、「デモクラシーは、指導者と被指導者との同一、支配の主体と客体との同一を意味し、国民の上に国民の支配を意味する。」(pp. 44-5)

※ケルゼンのデモクラシー理解についての補足ー「人民による政治」から「人民のための政治」への概念転化に対する批判ー:
(ケルゼン、『民主政治の真偽を分かつもの』、(古市恵太郎訳、理想社、1959年 原題: H. Kelzen, Foundations of Democracy, 1955)
 「古代ギリシャの政治理論のなかで作り上げられたデモクラシーという語の最初の意味は、人民による政治、ということであった。この言葉によって表わされる政治的現象の本質は、治められる者の政治への参加、政治上の自己決定という意味での自由の原理、であった。そしてこれが、デモクラシーという語が西洋文明の政治理論に受け継がれたときに担っていた意味なのである。ところで昔も今も人民による政治が要求される理由は、いうまでもなく、そのような政治が人民のための政治だと考えられることである。「人民のための」政治とは人民の利益のために働く政治をを意味する。しかし何が人民の利益か、という問いには、いろいろ違った答え方が可能であるから、人民自身が自分たちの利益であると信じているところのものが、必ずしも唯一の可能な答えであるとは限らない。それどころか、人民の、彼等の利益に関する意見とか、それを実現せんとする意志とかが果して存在するかどうかさえ、疑って疑えないことはないのである。そのため、およそどんな政治でも自らを人民のための政治だと考えることが可能であり、事実あらゆる政治はそう考えている。それが全然人民による政治でなくてもそうなのである。既に古代ギリシャの昔、プラトン、アリストテレスの如きデモクラシーの反対者たちは次のような点を指摘している。人民による政治とは、要するに政治的実践に未経験な、政治生活に関する問題や事実について必要な知識を持ち合わせていない人々による政治のことであるから、それは少しも人民のためになるようなものではなく、結局、人民の利益に反する政治にならざるをえないのだ、と。その後も数多くの政治評論家たちが繰り返し独裁政治の宣伝に努めてきた。つまり伝統的君主制にしろ指導者独裁にしろ、ともかく独裁政治こそ、人民による政治、すなわちデモクラシー以上に人民のための政治だというのである。この議論にもいくらかの正しい意味が含まれていることは否定できない。また「人民のための政治」が「人民による政治」と同一ではないことも否定し得ない。それにしても、デモクラシーだけでなくこれと正反対の独裁政治までが人民のための政治でありうるのであれば、この「人民のための政治」という特色がデモクラシーの定義の基本的要素でありえないことは明らかである。」(古市訳、pp. 7-8)
 [「人民による政治」という]語は、人民が直接にか間接にか参加する政治、を意味する。すなわちそれは、人民議会の多数決、あるいは幾人かの個人から成る一つの、または幾つかの団体の多数決、によって行われる政治、あるいは単一の個人であっても人民により選ばれた者によって行われる政治のことである。」(古市訳、pp. 8-9)
 「人民による政治というデモクラシーの概念を斥けて、それを他の概念、特に人民のための政治という概念に置き換えてよいということにはならないのである。かくて、政治への参加ということ、別の意味では、社会を構成する社会秩序の一般的および個別的規範の創設や適用に参加するということが、デモクラシーの最も本質的な特徴と考えられねばならない。この参加が直接的であるにしろ、間接的であるにしろ、言い換えたら、直接デモクラシーと代議制デモクラシーの何れが存在しているにしても、そのどちらの場合にも、デモクラシーと呼ばれるに相応しい政治制度の基準になるのは、まさに手続きのこと、すなわち、社会を構成する社会秩序を創設したり適用したりする特定の方法のことなのである。」(古市訳、pp. 9-10)
→長尾氏の説明:
「ケルゼンによれば民主制は「人民による政治」(government by the people)と定義されるべきであって、「人民のための政治」(government for the people)と定義されるべきではない。前者は人民の意思を政治に反映させる具体的な制度を要請し、専制制や寡頭制という他の政治形態と可視的な形で区別されうる。それに対し後者は「何が人民のためか」の認定権の所在について何の解答も与えないから、いかなる政治形態とも結びつきうる。即ち専制制も寡頭制も「人民のため」と標榜しうる。そのことを最も明確に示すのは「すべては人民のために、しかし何ものも人民によらず」(Tous pour le peuple, rien par le peuple.)という啓蒙専制君主フリードリッヒ二世の言葉であろう。実際古来の専制支配者は何れもこの種の「慈恵的専制主義」(benevolent despotism)をもってその支配を基礎づけたのである。」(長尾、「民主制論」、『ハンス・ケルゼン』、東京大学出版会、1974年、所収、p. 43.)

・「国民」とは何か
 第1章でみたように、デモクラシーにあっては、「国民」は国民という大勢の人間が単一体として構成されていることが求められる。デモクラシーにおいてその理念からして、単一の国民は、もはや単なる支配の客体ではなくて、むしろ支配の主体である。しかし、思考・感情・意欲が一致し融合したものとしての国民の単一性、利害の連帯関係としての国民の単一性などというものはあくまで政治的・倫理的要請であって、その単一性は規範的意味においてのみ論じることのできる性質のものである。「この要請を、国民的または国家的イデオロギーが、たしかに全く一般的に使用せられ、従ってもはや再吟味せられることのない擬制の援けをかりて実現する。これは根本において単なる法律的事実であるが、この事実は、国民単一性として、すなわち規範に服従する人間の行動を規律する国家的法規の単一性として、ある程度精密に書き直すことができる。この法規の中においてー秩序を形成する法律的規範の内容としてー「国民」を、一つの特殊な社会秩序よりも国家の要素として、人間行動の多数の単一性が成立する。このような単一としての「国民」は、決してー素朴な観念が誤解するようにーいわば人間の総括、集塊としてではなく、国家的法規によって規定された個々の人間行動の一組織にほかならない。何となれば、人間は決して全体として、すなわち彼のすべての機能をあげ、その精神的、肉体的生活のあらゆる方面にわたって社会的共同体に所属するものではない・・・(中略)・・・。多かれ少なかれ人間生活の大部分は、常にこの[国家]秩序の外側に存在しなければならないし、人間生活のある程度まで国家より自由な範囲が常に保持せられなければならない。」(pp. 45-6)

→このように、「もし国民の単一性が、国家的法規によって規定せられた人間行動の単一性であるにすぎないならば・・・(中略)・・・国民は再び支配の客体としてのみ、求められた単一体となる。支配の主体としては、国民はその国家秩序の創造に関する限り問題となるにすぎない。そしてまさにこのデモクラシーの理念にとって決定的な機能の中に、まさしく「国民」が規範創造の手続にあらわれる限り、この国民と、規範服従者の総括として規定せられた「国民」との間に不可避な差異が生じる。」(pp. 46-7)というのも、規範や秩序に服従する国民全員が規範創造の手続きに参与するわけでなく、したがって支配の主体としての国民を形成しうるものでもないことは自明の理であるからである。
 支配の客体としての国民の全員が支配の主体になれない制約、能動的な意味での国民の拡張を制約する制限にはいくつかのものがあるが、まず第一に政治的権利、参政権の問題がある。民主主義のイデオロギーが支配に参与する国民の範囲を大きく制限することを容認するということは、注目に値する。制限の具体的な基準としては、年齢や精神的・道徳的健康、階級、性別、国籍などがあるが、こうした制限が課されているからといって、一つの国家秩序をデモクラシーと呼ぶ妨げとはならない。そして、こうした制限は受動的な意味での国民の概念には存在しない。
 しかし、国民の理想的概念から現実的な概念へのさらなる前進を期するならば、政治的有権者の数と、実際に政治的権利を行使する者の数との差異をも勘定に入れなければならない。この差異は政治的利益の程度によっても異なるが通常は非常に大きく、デモクラシーについての組織的な政治教育によってのみ減少せしめられる。
 「民主主義理念の基礎たるべき「国民」は、支配する国民であり、支配せられる国民ではないから、現実主義的観察の立場からすれば、ここで問題となっている国民の概念をさらに一層制限することが許されるかもしれない。従って、政治的権利を事実上行使しつつ国家的意思形成に参与するあの大衆の内部で、判断のない多衆として、自己固有の意見をもたず、他人の影響に従うものと、独立した意思決定によってーデモクラシーの理念に適応しつつー自己のとるべき方向を与えながら共同社会意思形成の手続に関与するあの少数を区別せねばなら」ない。(p. 49)

→「政党とは、公共関係を構成する上に及ぼす現実的影響を確保するために意見の同じものを結合するものである。」(p. 49)
 政党は何の法律的形式ももたず、自由な団体形成という緩やかな形式を採るにもかかわらず、その内部において共同社会意思形成の非常に重要な部分が行われる。それが初めて表面化するのは国民集会や議会の場においてであるが、ほとんど決定的な準備がおこなわれるのは実際には政党内においてである。

・デモクラシーと政党国家:
 「孤立した個人は、国家意思の形成の上に何ら有効な影響を獲得することができないから、政治的には全く現実的な存在をもたない。したがって個人が種々の政治的目標の観点の下に共同社会意思の形成に影響を及ぼそうする目的をもって、共同社会に総合統整(integrieren)される場合にのみ、デモクラシーは真実に可能である、したがって個人と国家との間に、政党として、個人の同方向に向けられた意見を総括するあの集合体が入り込んでくる、ということは公知の事実である。立憲君主制の政治理論や国法学説によって好まれた政党に対する不信用が、デモクラシーの実現に対して観念論的に仮装した攻撃であったことは、真に疑うことができない。自己欺瞞か阿諛のみが、政党がなくともデモクラシーは可能であるといつわり信ずることができる。デモクラシーは必然不可避的に政党国家である。」(pp 50-1)

・政党敵視の議論:
 政党は単なる利己的な集群利益を代表する組織であるのに対し、国家は集群利益を超越し政党の彼岸に立ち、共同社会全体の利益を代表する「超党派的」、「有機的」組織である。それゆえ、両者は本質的に相容れない存在である。
→これに対するケルゼンの反論:
@同じ政党といっても、利益政党の他に、世界観政党も、現にドイツに存在する。もっともこれとても、現実の利益共同社会から完全に隔絶した存在というわけではないのだが。
A歴史的にみて、あるいは現実主義的にみて、現実の諸国家も一支配集群の利益を優先的に代表する存在であることに政党とかわりはなく、国家を全体利益を擁護する道具であると詐称することは、精々のところ実態を隠蔽し現実を正当化することを意味するにすぎない。
B「超党派的」全体利益の理想や、宗教・階級・民族の区別のない共同社会全員の連帯といった理想は、形而上的で超政治的な幻想である。
 →もしそうならば、政党以外のいかなる種類の組織が国家意思の形成に関与すべきか、と問えば、いかに政党批判の議論に問題があるかが判る。今日政党に代わる存在として、唯一、職能代表が考えられているが、職能団体はその性質からして専ら経済的利益を問題にするものである以上、政党以上に利益団体としての性格を呈しているといわざるを得ない。

→政党国家としてのデモクラシー:
 「実際には経験において与えられ、ここでは避けることのできない利益の対立に際して、共同社会意思は、もし一方的に一群のみの利益を代表してはならないとすれば、相対立する利益の間の合成力か、妥協かのほかの何ものでもありえない。国民が政党に分類せられることは、真実にはこのような妥協を成立せしめるための組織的な条件がつくられ、共同社会意思が中間線の方向に動くことに対する可能性が与えられることを意味する。政党の形成に反対し、従って終局的、固有的にはデモクラシーに反対する行動はー意識的すると否とを問わずー唯一無二の集群利益の単独支配を目的とする政治的勢力のために奉仕する結果を生み出す。このような利益は、これと対立する利益を顧慮しないことを望まれる程度に比例して、観念論的に「有機的な」「真実な」「十分理解せられた」全体利益として覆面を被ろうと努力する。政党国家としてのデモクラシーは、政党意思の合成力としてのみ共同社会意思を成立せしめようと欲するから、超党派的、「有機的」全体意思というような擬制を放棄することができる。」(pp. 52-3)

・民主政治の発展によって、「国民」は政党に編成されるようになった。換言すれば、孤立した各個人は、政党に統整されることで、国民と呼ぶことのできる社会的勢力として開放された。しかし同時に、現実の政党内の生活においては、政党規律がいまだ力を持っているがゆえに、個人が民主的自治を与えられるその程度は、通例、極めて少ないというのが実情である。

・「こうして「国民」の理想概念から現実概念へと推移する転化は、自然的自由から、政治的「自由」への変形に劣らず深く進んでゆく。従ってイデオロギーとレアリテートとの間の距離、それのみならずイデオロギーとその実現可能性の最大限との間の距離は、非常に大きいものであることを認めなければならない。」(p. 54)
→ルソーの次の言葉は、単なる修辞的誇張以上の意味がある。
 「語の固有な意味におけるデモクラシーは、いまだかつて存在しなかったし、将来も存在しえないであろう。何となれば、より多数が統治し、より少数が統治せられるということは、自然的秩序に違反するものであるから」。

・議会主義デモクラシーにおいて、投票権にまで弱められる政治的権利:
 自然的自由が多数決による政治的自治にまで矮小化し、国民が政治的有権者と政党にまで矮小化されても、これらだけで、デモクラシーの理念が現実において甘受しなければならない矮小化のすべてなのではない。「というのは、社会秩序が事実上政治的有権者すなわちその権利を国民集会で行使するものの多数決によって創造せられうることは、近代国家の広大さとその任務の複雑さをかえりみるとき、もはや政治的形式としては何らの可能性をも示していない直接民主政治においてのみ可能であるからである。近代国家におけるデモクラシーは、間接的、議会主義的デモクラシーである。ここでは規範的共同社会意思は、政治的有権者の多数によって選挙せられたものの多数によってのみ形成せられる。従ってここでは、政治的権利はーそしてこれが自由であるー主として単なる投票権にまで弱められる。自由の理念を、従ってデモクラシーの理念を制限する今まで述べたすべての要素の中で、議会主義はおそらく最も重要なものである。」(p. 55)


第3章 議会


・議会主義の危機:
 18世紀末から19世紀初頭にかけて専制政治に対して行われた戦いは、議会主義のためのものであった。国民代表に国家意思の形成への参与を認め、専制君主の独裁と身分制の法的秩序を終焉させた憲法には、政治的進歩や公正な社会秩序の形成などが待望された。「そして議会主義が、十九世紀と二十世紀の国家形式として、世襲身分の特権に対するブルジョア階級の完全な開放、それ以後にはプロレタリアの有産階級に対する政治的同権、それとともにこの無産階級の道徳的、経済的開放の開始というような、真に尊敬すべき功績をつねに指摘することができるにもかかわらず」、同時代の歴史著述や今日の政治的イデオロギーの議会主義原理に対する評価は好意的なものではなく、左右から挟撃され完全否定されるに至っており、独裁や職能代表への叫びがますます高まっている始末である。(p. 56)

・議会の有用性と近代デモクラシーの存在如何:
 「議会がはたして現代の社会問題を解決する有用な道具であるかどうかの点に、近代的デモクラシーの存在如何がかかっている。もとより、デモクラシーと議会主義とは同一ではない。しかし、近代的国家にとっては直接的デモクラシーは実際上不可能であるから、議会主義こそ、デモクラシーの理念が今日の社会的現実内で実現せられる唯一の現実的な形式であることを、おそらく真面目に疑う理由はないにちがいない。従って、議会主義に対する決定は、同時にデモクラシーに対する決定である。」(p. 57)

・議会主義の定義、本質:
「議会主義とは、国民によって、普通平等選挙権の基礎の上に、従って民主主義的に選挙せられた合議機関によって、多数決原理に従い、規範的国家意思を形成することである。」(p. 58)

・議会主義と自由:
 今日、余りにも自明の理であるために容易に忘れ去られていることであるが、議会主義を支配する理念も、自由の思想、民主主義的自治の思想である。自由の理念は、その最奥の本質に従えば、すべての社会的なるもの、政治的なるものを否定し、あらゆる社会理論や国家実務の対位法(Kontrapunkt)を形成しているにもかかわらず、もしくはそれゆえに政治的思索の永遠の属音(Grunddominante)として残存する。
 しかし、自由の理念は純粋のままでは社会的、政治的なるものの領域に入り込むことができないために、議会主義原理においても自由は自由の本源的な力を阻む2つの要素、すなわち多数決原理(cf. 第1章)と意思形成の間接性と結合ないしは融合しなければならない。ここでいう意思形成の間接性とは、すなわち、社会関係の複雑化と国家的共同社会の規模の拡大ゆえに直接民主主義の実践は技術的に不可能なために、国家意思が国民自身によって直接形成されずに、国民によって構成された議会を通じて形成される事実を指す。したがって、自治ないしは自由の思想は社会的分業の欲求と結合し、議会主義は自由の民主主義的要求と社会的分業の原則との妥協として現れる。たとえ議会が国民によって選挙されたとはいっても、国民とは全く異なる機関である議会によって国家意思が形成されることは、必然的に自由の制限を意味する。

・代表の擬制:
 代表の擬制とは、「議会のみが国民の代表者であり、国民はその意思を議会においてのみ、また議会によってのみ発表することができるという思想である。しかし事実はこれに反し、議会主義原理はあらゆる憲法において例外なく、議員はその選挙人から何ら拘束的な指令を受け取るべきでなく、従って議会はその機能において国民から法律上独立しているものである、という規定と結合しているのである。」(p. 60)
 それゆえ、代表の擬制は国民主権によって正当化される必要があるが、デモクラシーに反対する勢力からデモクラシーが明白な虚偽の上に建設されているという都合のいい批判を受け、国民主権の原理による正当性の附与が受けられない。

・代表の擬制の思わぬ保守的な機能:
 この擬制は、民主主義の強大な圧力のもとに興った19-20世紀の政治運動を中庸なものに統御した。「この擬制は、国民大衆が選挙せられた議会で政治的に自ら決定するものと信ぜしめた一方、政治的現実において、民主主義理念の過度の緊張を妨げるのに役立った。この過度の緊張は必然的に政治的技術の不自然な原始化と結合したであろうから、社会的進歩にとって危険なしではすまかった。」(p. 61)

・代表の擬制への批判と議会主義の本質:
 デモクラシーが議会主義を求めて独裁政治と戦っている間は、議会が本当に国民意思を表現できているかどうかという観点から国家を批判することなど、意味をなさなかった。しかし、1789年のフランス国民議会に見られるように、議会主義原理が勝利するに至って、国民主権の原則を引き合いに出して議会は国民の代表であり、国民の意思は議会行動においてのみ発表せられるという学説の著しい擬制は、もはや批判されずにはすまなかった。
 したがって、議会によって形成される国家意思と国民の意思は全く異なっており、議会は国民の意思を真に表現できないという今日の論難・暴露は当たっている。しかし、この論難が有効で妥当となるのは、議会主義を国民主権の原理によって正当化し
、議会主義を自由の理念から完全に規定できるなどと考える場合のみである。
→議会主義の本質はすでに述べたように、代表の擬制の援けを借りずに決定すべきものであり、限られた範囲での自由の理念の実現に過ぎず、「国家秩序を創造する特殊な社会技術上の手段として是認せらるべきものなのである。」
→そして、「もし議会主義を、政治的自由の原始的理念と分化的分業の原理との必然的妥協として理解するならば、議会主義の可能な改革の運動が進行すべき方向もまたすでに明白に知ることができよう。」(p. 62)

・議会主義の必然性:
 議会主義の改革の問題に入る前に、議会主義の排斥などということが、今日政治的に可能かどうか、考える必要がある。ある程度進歩した共同社会においては、議会やそれに類似した機関、例えば諮問機関といった合議機関が形成され存在するのは偶然ではなく、社会的発展の必然であるといってよい。独裁政治、専制政治においてさえ、枢密顧問官などからなる諮問機関の専制君主に対する影響力が、憲法上の規定よりも遥かに大きいことがしばしばである。
 「従って、議会を近代国家の機構から全く遠ざけようとする企ては到底継続して成功するはずのものではない。結局は、いかにして議会は召集せられ、構成されるか、その権限はいかなる種類、程度でなければならないか、というような方法を論ずることができるにすぎない。国家の身分的編成やまたは独裁をめざすあらゆる努力が、たとえ予定通りどれほど議会主義の否定を要請しようとも、ついには単なる議会主義の改革という結論に終わるのである。」(p. 66)

・国家的秩序の創造過程の2つの段階:
 国家的秩序の創造過程を意味する「国家意思の形成」過程は、まず一般的・抽象的規範形成過程から始まり、つぎに具体化・個別化の過程である個々の命令行為や強制行為などの国家行為の状態に移行していく。

 第4章 議会主義の改革

(1) 民主主義的要素の拡大の方向での、議会主義の改革:
 国民が投票行為にのみ限定されている議会主義においても、より高い程度において立法に参与することは可能である。ただし、それが国家意思形成の改善を意味するかどうかは別の問題である。

@国民投票(レファレンダム)
 国民投票といえども、議会主義の利益において、議会主義原理を補完するものとして必要なものであることを確認すべきである。「この場合、国民をして投票せしめる対象は議会の決定であって、すでに公布せられ有効となっている法律ではない」。「国民投票を行うべき条件としてこれまで確認されているものは、両院間の衝突の場合、元首または議会における条件付少数の提議の場合などである。」(p. 68)
→「国家意思形成の上に国民のできうる限りの直接的な影響が考慮されねばならぬとすれば、国民投票が、議会で確定した議決と矛盾する場合には、この議会は解散せられ、新しい選挙によって別個の議会が構成されねばならない。この新議会は、国民の意思のみを表明するものとはいまだ必ずしも主張せられえないが、少なくとも国民の意思とは矛盾衝突するものではない。」(p. 68)

A国民発意(イニシアチブ)
 「これは一定の最小限度の数の投票権をもつ国民が、法律案の提議を行うことができて、議会はこれが議事規則上の取り扱いにつき義務を負うものである。」(p. 68)その際、発案は仕上げられた法律案である必要がなく、一般的な指令を含めばよいというふうにして、国民の要求の貫徹をできるだけ容易にすべきである。

B命令的委任(Imperative Mandat)
 今日、命令的委任実現の方向性は否定できないものとなっている。「すでに比例代表選挙制度の移入は、単純な多数代表選挙制度において必要であったよりもより以上に厳格な政党組織の必然性をもたらした。従って今日では、政党に組織せられた選挙人団による議員の不断の統御という考えは、決して拒絶せられるべきものではない。」(p. 69)

※「今日、議会制度に対して支配的な不満に対する主要な原因の一つであることは疑いのない議員の選挙人に対する無責任制は、十九世紀の国法学説が信じたように、議会制度にとって本質的に必要な要素では絶対にない。すでにいうまでもなく今日有効な憲法の中においてすら、注意を引くに値し、一層発展の可能性があるある種の条項が見出されるのである。」(p. 69)

C免責特権(Immunität)の廃止
 「選挙人に対してではなく、国家の官庁とくに裁判所に対して根を下ろし、以来議会制度の確固不動たる構成部分を形成してきたあの議員の無責任制は、排除せられ、または少なくとも制限せられねばならぬように思われる。議員は議会が同意する場合にのみその犯罪行為のため司法権によって訴追せられ、またとくに拘禁せられうるというこの特権は、議会と国王の政府との最も激しい対抗時代である身分制君主制の時代に成立したが、議会と政府との対立が前代と異なった意味においてもなお存在し、議員が権力を乱用する政府によって議会上の職務から奪い取られる危険がー司法権の独立により確かに本質的には減少したがーまだ全く排除せられなかった立憲君主制の内部では、なお是認されてもよかったであろう。しかし議会主義共和国内では、政府は議会の委員会にほかならず、反対党いな全公衆の最も鋭い統御の下に立ち、司法権の独立は立憲君主制の時代に劣らず保障されているから、議会をそれ自身の政府から保護しようと欲することは、おそらく余り意味はないであろう。多数の横暴に対する少数の保護としても・・・(中略)・・・この疑問となる特権はまじめには問題とはなりえない。このような多数に対する少数の保護は、多数が議員を訴追する官庁の手に少数を手渡すことを議決しうる限りは、すでに不可能であるからである。」(p. 70)

D離党もしくは除名に伴う議席の喪失
 「多くの新しい憲法が、議員はその選挙人の委託にはもちろん拘束されないが、そのために、またはそれによって選出せられた政党から脱党するか、または除名されると、直ちにその議席(Mandat)を失うという規定を設けていることは、もはやこの[議員の無責任制の]原理の破壊を意味するものである。このような規定は、制限的名簿の方式によって選挙せられるところでは、どこでも当然の結論として生ずる。というのは、選挙人がーこの場合のようにー選挙すべき議員の選択について何らの影響を与えることができず、彼の投票行為はむしろ一定の政党への信仰を示すことのみに制限せられ、選挙運動を行う候補者は従ってー選挙人の立場からはー選挙人の政党に所属するという理由によってのみその議席をうるとするならば、議員が彼を議会に送った政党にもはや所属しなくなれば、彼の職を失わねばならぬということは、当然の結論にすぎないからである。もちろんこれには、確固とした、相対的に継続する選挙人の政党組織を前提とする。もし政党が一選挙のためにのみ組織せられ、選挙後は再び解散するならば、議員の議席の存続を、議員がそのためにまたはそれによって選挙せられた政党に止まることにかからしめるような規定は不可能となる。」(pp. 71-2)なお、議席喪失の決定は裁判所に任せるのが一番良いだろうが、その手続きの提議権は離党によってその利益が損なわれた政党に与えてしかるべきである。

(2)議会に専門性を附与する方向での、議会主義の改革:
 議会主義への批判で国民無視に対する批判に次いで多いのが、議会が公共生活の諸領域に関する立法に必要な専門的性格を欠いているという批判である。この専門議会の要求の根底にあるのは、議会が国民全体の普遍的意思を代表することよりも、分業の原理の追求を優先させる考え方である。すでに、行政の所管諸部門に対応する議会の専門委員会の形でかなりの程度実現されている。すなわち、「この専門委員会は、その中で決定的な仕事がなされているから、すでに今や全員会議を単に形式的な投票器具にまで引き下げてしまっている。」(p. 74)
→経済議会の思想:
「この専門議会はー総括的機関としての一般的、政治的議会を余分なものとすることはできないがー普通選挙により国民全体から形成せられないで、むしろ専門的な、すなわち職能身分的に編成せられた選挙人群から発生しなければならぬ限りは、かかる要求においては、国家的意思形成の職能身分的組織におけるデモクラシーの、とくに議会主義の止揚ではなくて、改革がくみとられねばならぬ。最近その実現のために努力しつつある思想は、とくに経済議会の思想である。すなわち、まず最初にむろん旧議会と並んで、鑑定し、協議し、時には停止的拒否権を与えられた団体としての議会がこれである。この構成にあたっては、農業と工業、製造業と商業の対立のような生産内部の複雑な対立や、さらに生産者と消費者、企業家と労働組合の対立などについて、何らかの妥協を見出さなければならない。」(p. 74)さらには、一つの立法機関が、全く異なる原則によって編成された政治的議会と経済議会という二つの部分機関から構成され、国家意思形成の際、この両院は同等の権能をもち、両院の議決の一致をも求められるとされたなら、このことが一体何を意味することになるのか、未だ判然とはしていない。


 第5章 職能身分制代表

 この間に議会主義の単なる改革を飛び越えて、保守的な立場から議会主義を職能代表で代用しようという要望が出されてきた。そして、国家意思の形成に際して機械的に多数が決定しないで、職能別に分類された集団が有機的に国民全体の構造に占める重要性に見合った分け前をもたねばならない、と主張されてきた。
 しかし、この職能代表という理念の実現の方が、解決しがたい困難につきあたることであろう。
・職能代表制の問題点:
@国民を職能別に編成するということは、職能毎に共通の「利益」に沿って国民を編成することを意味するが、それは国家意思の形成にあたって考慮される利益のすべてを包含するものでは決してない。職能別の経済的利益は、全く種類の異なる重要な利益、例えば宗教、倫理などの利益と競合する。人は一般に、「それぞれの職業の狭い限界を超越して、全体の公正な、合目的的な、また単にごく普通の秩序に興味」を有している。こうしたあらゆる生活問題を、一体どの職能集団内部で決定されるというのか。(p. 77)
A進歩した経済において職能数は無数にあり、それゆえ職能毎に共通の利益の上に形成される職能別の編成は、極度に分化する傾向がある。しかし職能集団間には共通の利益は存せず、むしろ利益の対立が存在する。そしてこの利益の対立は、集団ごとに共通の利益を組織すればするほど、一層先鋭化する。職能間の多種多様な利益の対立を、一体どのようにして職能代表制に解決できるというのだろうか。確かに、同一職能内の問題は、職能団体の自治によって比較的容易に解決されるかもしれない。ただしその場合も、人々が好んで誇らしげに誇示する、同一職能内の雇用主と従業員とのあいだに容易に同意が成立するという事実は、単に従業員という経済的弱者が他の職能の階級仲間のあらゆる援助を欠いているという状況を反映しているだけのことである。しかも大抵の問題が、何か一つの職能だけに関係する問題であるということはなく、他の職能もその直接に関係する職能とは異なる利害関係を有している。したがって、職能別という原理・イデオロギーそのものから、この職能間の利益の衝突という根本問題に対する解答を引き出すことは不可能である。
Bつぎに、各職能集団が国民全体に占める重要性を決めるといっても、一体誰にどんな基準で順位が決められるのだろうか。仮にこの問題が解決されたとしても(もちろん無理であるが)、各職能集団の意義に比例した代表からなる職能議会が形成されたとしても、その職能議会内での統一的な意思形成に関する原則も結局は「機械的な」多数決原理に訴えざるを得ないであろう。そしてもし仮に職能議会で多数が決定するならば、個々の選挙人を単に一定の職業の従事者としてではなく、国家全体の一員として、それゆえ議会も職業問題だけではなく国家秩序全体を扱うものとして据えることの方がより意味があるであろう。これが、なぜ職能代表がこれまで民主主義的議会に取って代わることができずにきたか、せいぜいで議会と並んで、決定権のない諮問的な会合として存在してきたにすぎないことの理由である。「その主要な機能は、法律制定に際して問題となっている利益を明白に発表し、本来の立法者に教示することに限定せられる。まさにこの故に、職能身分制組織の思想は国家形式の問題の解決には十分ではない。」(p. 80)

⇒「職能身分組織は、その性質に適応した、広範囲の分化への非常に強力な傾向に対して、何ら固有の統整原理(Integrationsprinzip)を均整力として提供することができない。国家意思の形成に対して、職能身分群の自治に任されている純粋に内部的な事件に関しない限りは、全ての群、またはその決定について利益を有する群の意思の一致のみが、職能身分制憲法の国家意思形成に関する原理でなければならぬということを、人々は十分な正当さをもって主張してきた。これはもちろん実際には不可能である。ここにおいてか、各群は全体に対するその意義に応じた持分を国家意思の形成に際して容認せられねばならぬ、という、民主的議会主義原理に対して職能身分的思想の切り札として投出すのを常とする公式が、いかに全く内容空疎で応用できないしろものであるかが判明する。さしあたりこの職能身分的思想は、代議制度を、従って議会主義をー往々主張せられたようにー排除しうるものではなく、民主主義的代表組織の代わりに再び他の代表制度をおきかえうるにすぎない。この両者間のすべての相違は、選挙団体としてデモクラシーのようにー直接であれ間接であれー政党が活動しないで、職能身分的に組織せられた群が活動する、ということにすぎないであろう。何となれば、意思形成の直接性は、職能身分的に編成せられた群の内部でも実行性はないからだ。したがってこれは、身分議会(Ständeparlament)の実現を論ずるものにすぎない。」(pp. 78-9)

・最近高まってきた職能代表の要求には、民主的議会においてそれまで少数派であったプロレタリアが多数派になり、民主主義憲法下において何の影響力ももてそうにないブルジョアジーの権力欲が含まれている。無産の労働者が同一職能の資本家的雇主と結合するよりも、職能横断的に労働者間で連帯することの方が有利であると考えるようになった状況に直面して、雇主側も職能別編成を超えて結合することを迫られている以上、職能代表制の実現は不可能であり、一階級の他の階級に対する独裁的支配以外に、今日の議会主義的・民主主義的国家形式の排除は不可能であろう。


 第6章 多数決原理

 多数決原理は概念上、少数の存在を前提しており、階級支配を防止するのに適している。この原理から直接に、多数に対して少数を保護する必然性が生じるわけではないが、少なくともその可能性は生まれる。また少数保護は、近代憲法で保障されている基本権・自由権・人権・公民権の本質的な機能である。これらの権利は、もともとは専制君主制の法原則に支持されて「公共の利益」に関するものについては個人の領域への侵害が明白には禁止されてはいなかった執行権に対して、個人を保護するために考え出されたものであった。しかし立憲君主制や共和制の下、行政や裁判が法律上の授権に基づいてのみ可能とされ、この執行の合法性が明確に意識されるようになると、基本権や自由権は、行政や裁判が特殊な憲法的形式において行われるという前提の下においてのみ、意味をもつこととなった。すなわち、通常の手続きによらずに、高められた定足数や特別多数といった条件の付された手続きを経て制定された憲法的法律のみが、執行権が基本権や自由権を侵害するための基礎を形成することができる、ということである。
 理論的には単なる法律と憲法的法律との区別は可能であるが、現実には議会(の立法)手続きの分化のみが問題となる。多数派がその意思の遂行を少数派に対して放棄するということはまずありえない以上、事実上、議会手続きにおける自己抑制のみが憲法的制度として可能となる。この自己抑制は、自由権や基本権が国家に対する個人の保護から、多数派に対する少数派の保護に転化することを意味している。このことはまた、個人の権利侵害が、少数の同意によってのみ、多数派と少数派との合意によってのみ可能となる、ということを意味する。
 第1章でみたように当初は絶対多数こそがデモクラシーの理念にふさわしいものであったが、ここにきて条件付多数の方が自由の理念により一層接近したものであることがわかる。

・多数決原理のイデオロギーとレアルテートの区別と、多数決原理の真の意義:
[イデオロギー]
 第1章でみたように、観念論的には民主主義的自由イデオロギーにおいては、多数決原理は共同社会意思をこれに従属する個人意思とできうるかぎり多く一致させて形成することを意味する。もし共同社会意思がより多くの個人意思と一致するならば、現実的に可能な形での自由=自治に到達する。
 また、多数も少数を代表するものであって多数意思は全体意思であるという擬制を度外視すれば、多数決原理は多数の少数に対する支配の原理としてあらわれる。
[レアルテート]
 しかし現実には、多数決原理が少数に対する多数の支配としてあらわれるということはほとんどない。逆に、数字上の少数が数字上の多数を支配することがありうる。「すなわち支配群が何らかの選挙技術上の技巧によって外観上多数群とみなされるように隠蔽されることもあるし、・・・(中略)・・・少数政権のように公然と行われることもある。」(p. 84)
→「多数決原理の意義は、数字上の多数の意思が勝つという点に存しないで、この観念を設定し、このイデオロギーの作用の下で、社会的共同体を形成する個人が主として[多数と少数の]二つの群に分類されるという点に存する。その眼目は、多数を形成する傾向、多数を獲得する傾向から活動が発生し、終局的には二つの、本質的にはただ二つの群のみが対立して支配を争うとともに、共同社会の内部で活動する無数の分化分裂的本能がただ一つの原則的対立にまで克服せられる、ということにある。・・・(中略)・・・この社会的統整(Soziale Integration)の力こそ、まず第一に多数決原理を社会学的に特徴付けるものである。」(pp. 84-5)
⇒このように多数派と少数派の形成が実際の数の多寡とは無関係であるとすると、多数決で決められたといってもその意思は、少数に対する多数の独裁というよりも、むしろ多数と少数相互間の影響力の産物、衝突しあう政治的意思方向の合成力として発生する。また少数派が無力とみなされた場合、少数の存在自体が無意味と化すと同時に、それが意思形成への参与の断念を意味する以上、概念上少数の存在を前提とする多数から多数としての性格をも奪い、やはり少数に対する多数の独裁を不可能にする。そうであるがゆえに、議会制民主主義においては、少数に対して、多数派の決定に影響を与える手段が与えられているのである。「全議会手続はその弁証法的・矛盾背反的な弁論と答弁、議論と反駁とを目指した技術をもって一つの妥協をうることを目的としている・・・(中略)・・・。ここに現実デモクラシーにおける多数決原理の固有の意義が存在する。従ってむしろこれを多数・少数決原理といった方がよいであろう。この原理が、規範服従者の全体を主として多数と少数との二群にのみ分類する一方、この最終的統整を、それによってのみ多数の群も少数の群も形成せられうる妥協への強制によって準備したのちに、全体意思の形成に際して妥協の可能性を創造する。妥協とは、結合しつつあるものを分離するものを、結合せしめるもののために立ち退かせることを意味する。あらゆる交換、あらゆる契約は妥協である。何となれば妥協とは一致調和することを意味するから。多数決原理がまさに議会主義の組織内で政治的対立の妥協、調停の原理として認められるゆえんは、議会の実際を一見すればすぐに分かることである。実に全議会手続は、相互に対立する利益の間でこのような中間線を目指し、相互に作用する社会力の合成を求めることに向けられている。議会手続きは、議会に代表される各群の様々の利益が発言せられ、そのものの利益として公の手続きにおいて宣言せられうることに対して保障を与える。そして議会の特殊な弁証法的・矛盾背反的な手続きがより一層深い意味をもつとすれば、政治的利益の命題(テーゼ)と反対命題(アンチテーゼ)との対立から何らかの総合(ジンテーゼ)が成立するということにすぎないであろう。しかしこのことはここでは次のように言うことが出来る、すなわちー人々が議会主義に対し、その現実とイデオロギーとを混同しながら誤ってみなしているように、「より高い」絶対的真理、群の利益を超越した絶対的価値が成立するものではなく、妥協が成立するものであると。」(pp. 85-7)

・比例代表制の理念の、デモクラシーのイデオロギーへの適合:
 以上のことから議会制度は、多数代表制よりも比例代表制の基礎の上に形成されるべきである。比例代表制が選挙行為の主体として求めるのが、全体としての選挙人団体ではなく、同一政党に所属する者、同じ政治的信条をもった人々から成る部分的選挙人団体であり、彼らに対して議席が比例配分される。そのとき、統一体として考えられる議員団・代表を選出するのは全体としての「国民」であるという観念は放棄される。比例代表制においては、ある政党に投じられた投票総数は他の政党に投じられた投票総数に「反して」ではなく「並んで」存在し、勝者と敗者の区別が不明確である。その選挙結果において、選出された代表の集団は、どの選挙人の投票とも反することなく、いわば全員一致によって成立したといえる。「もちろんこれは理想的な場合にのみ該当する。何となれば、一議席を獲得するため最小限度に必要な票数にも達しなかった代表せられない小数が通例存在するであろうからである。」理論的には、比例代表制の一方の限界は、一党に投票が集中し全議席が独占される場合であるが、この場合も比例代表制の理念が実現されていないのではなく、本来の意味での全員一致である。もう一方の限界は、ただ一人の選挙人からなる政党が比例的に代表される場合であり、この場合選挙人と同数の被選挙人が必要となり比例代表制としては破綻しているが直接民主主義と同じことである。それゆえ、「国家意思の形成に際して私の代表者として・・・(中略)・・・私によってー私の意思に反しないでー代表者に任ぜられた者だけを承認することができ」、比例代表制は「公正」と思われる最奥の原則すなわち自由の原理もしくは急進的デモクラシーの原理に適っているといえる。(pp. 88-9)

・比例代表制の現実の、デモクラシーの現実たる議会主義への適合:
 多数代表制で想定される極端なケースとは、議会に多数派のみが代表され、少数派が全く代表されない場合である。「反対党がなければ議会手続はその固有の意味を全然実現することができないであろう。もしこの意味を正しく理解したならば、一般に少数のみが議会にあらわれるということはもはや肝要なことではなく、むしろすべての政治群がその大きさに比例して議会に代表せられ、妥協が成立しうるための原則的前提である事実上の利益状態が議会において何はとにかくまず表現せられる、ということが非常に重要となる。この場合には、もし議会の決定が終局的にはどうしても多数決の原則に従ってのみ成立しうるならば、すべての少数を比例的に代表せしめても無意味ではないか、との比例に対して非常にしばしば提起された意義も消失するであろう。何となれば、小数が多数意思の上に及ぼす電気感応のような影響は、この一つまたは数多くの少数がより強力に議会に現れれば現れるほど、ますます重大とならねばならないからである。比例選挙制度は、多数の意思が無制限に少数の意思を支配することを妨害すべきあの自由の傾向を強めていることは、疑う余地がない。」(p. 90)
 また一般に比例代表制への批判として、小党分立の結果、議会においていずれの党も過半数の議席を獲得できず、議会手続きに不可欠な多数派の形成が難しくなる傾向があるという指摘は正しい。しかしよりよく検討すると、「比例選挙制度は、政党連合の必然性すなわち政党群の間の小異を捨ててより重大な共通の利益に結合する必然性が、選挙人団の範囲から議会の圏内に移動するということを意味するだけである。政党連合の中におきかえられ、多数決原理によって強制せられた政治的統整は不可避なもので、社会技術的には決して害悪ではなく、むしろその反対に一つの進歩を意味する。このような統整が、広範な選挙人大衆の中よりも議会自身の中でより一層よく進行するということは、おそらく真実には否定しえないのである。比例選挙制度によって促進せられ進展してゆく政治的利益集団の間の分化は、実に多数決原理によって保障せられた合目的的な統整の必然的前提としてのみ認められうる。比例選挙制度は他の制度よりもより以上に政治的有権者を政党に分類することを前提とし、そしてー政党組織がまだ十分に発達していないところではーこの発達を早め、強めるという顕著な傾向をもつ。これは政党を憲法上にも国家意思形成の機関とするという・・・(中略)・・・方向における決定的な一歩である。しかし比例がこれを成就しなかったところでも、民主主義的政党国家の本質を決定するあの力の競争の成果として認められた一つの効果をめざす。ここでは唯一集群の利益が国家意思とはならないで、国家意思は、政党的に組織せられた多数の集群利益そのものが相互に格闘し、一つの妥協に到達する手続きによって決定せられる。しかし国家意思が一方的な政党利益を表現してはならないとすれば、できるだけすべての政党利益が表明せられ、相互に競争に入り、それによって終局的にそれらの間に妥協が成立するための保障が与えられなければならぬ。この保障こそ、比例選挙制度の上に建てられた議会における手続きが提供している。」(pp. 91-2)

・議事妨害(Obstruktion)の意味:
「もし議会手続きを支配している多数決原理の固有の意味[=多数・少数決原理]を理解したならば、議会主義に関して最も難しい、そして最も危険な問題の一つである議事妨害をも正しく判断することができる。議会手続きを規定している法規や、とくにここで少数に対して与えられた権利は、議会機構の活動を一時的に麻痺せしめることによって、その希望しない多数決定の成立を弱めたり、またはさらに不可能にしたりするために少数によって乱用されることができる。この際長広舌をふるったり、記名投票を誘発したり、議事日程の対象に先立って審議せられねばならぬ緊急動議を提出したりするなど、議事規則上の手段や、そのほかこれに類似する方法を利用する限りは、これを「技術的」議事妨害と呼ぶ。これに対して「物理的」議事妨害とは、喧騒を起こしたり、設備の対象を破壊したりするなど、直接または間接に暴力を使用することによって議会手続きを不随にすることである。後者はその形式的な違法性のためにすでにあらゆる弁護を欠いている。前者も、議会の意思形成を一般的に阻害する限り、議会の議事規則の精神、意味に反するものと判断せられなければならぬ。しかしこれらをただ単純に多数決原理と結合すべきものではないとして否定することは、多数決原理を多数支配と同一視する場合にのみ可能であろう。しかしこういうことは不都合である。議事妨害は、事実上は議会の意思形成を一般的には不可能とはしないで、むしろ終局的には多数と少数との妥協の方向へと強制する一手段であることがまれではなかった。」(pp. 92-3)

・多数決原理成立のための文化的条件:
 多数・少数決原理が成立するためには、多数派と少数派相互間で意思の疎通がなされなければならない以上、文化的・民族的に同一の社会、特に同一の言語が必要である。多民族国家や国際社会においては、文化や民族の問題に関する決定は中央議会の手を離れて、部分的な各民族集団の手に分権的に委ねられなければならない。多数決原理を人類全体に適用することの困難は、多数決原理自体に欠陥や限界があるというよりも、過度に中央集権的に拡張しようとする点に存する。

・階級社会への多数決原理の適用は不可能か:
 第二義的な技術的な意見対立の克服に適した多数決原理は、階級対立という深刻な問題には適用できないといわれる。しかし、最初からあらゆる問題で本質的に利益の調和が存在するような人間社会など存在しはしない。むしろそうした調和は、不断に更新される妥協によって作り出され続けられて初めて得られるものなのである。
 階級的に分裂した社会に多数決原理を適用するなどということは無理だという議論は、この原理自体の欠陥・不十分さについての認識からなされているというよりも、階級対立を平和的に調停するよりも、暴力革命や独裁専制によって解決しようとする意思によるものである。
 社会がブルジョアジーとプロレタリアートという2つの階級に分裂し対立している状態を、妥協と調停によって平和的に均衡状態にもっていくことは必要であり可能でもある。そしてこの多数派と少数派の2つの階級に分裂している状態自体が、多数・少数決原理やデモクラシーの適切な表現ともなっている。


 第7章 行政

 第3章でみたように、社会的・国家的意思形成の過程は立法の一般的規範の創造と国家の個別的行為の2段階に分かれている。これまでは、前者に関して普通選挙権やレファレンダムを求める要望で満足していたが、これらが実現された今、後者に関して行政と裁判という執行の民主化が問題となっている。
 一般的規範の創造=立法は相対的に自由な意思形成であるのに対し、執行は相対的に拘束された意思形成である。適法性や合法性の理念の下に行われる執行は、時に国家的意思形成過程においてデモクラシーの理念と衝突する。
 しかし執行機関の民主化が立法の民主化やデモクラシーの理念と合致するわけではない。例えば地方分権によって地方自治体に多くの権限が委譲され、しかも中央の立法機関とこれら地方自治体の意思に齟齬が生じた場合、中央の立法機関に代表された全体の意思の執行が、部分的な意思を代表する地方自治体によって麻痺させられる可能性がある。それゆえ、執行の民主化は立法のデモクラシーを犠牲にしてのみ成立するものであり、むしろ行政の裁量の範囲の方を制限する必要がある。「執行の適法性はーこれは民主主義立法では国民意思、従ってデモクラシーそのものを意味するー中級や下級官庁では、自治行政団体によるよりも、中央政府によって指名せられ、これに対して責任を負う単独機関、すなわち国家意思形成のこの部分の独裁的組織による方が一層よく保護せられることは、疑いない。」(p. 101)つまり、行政における合法性の理念は、行政の民主化を制約するが、立法のデモクラシーのためには必要なのである。
 それゆえ、執行の適法性を保障する行政裁判制度、憲法裁判制度が求められる。個々の行政行為の合法性や、命令・法律の合憲性を問うことが課題になる。これまでみてきたように、少数がデモクラシーの本質にとって重要な存在であり、少数が多数の横暴にさらされてはならず、執行権に自由権や基本権の侵害を認める憲法的法律の制定のために少数保護を目的に高められた定足数や特別多数といった立法手続きが求められる必要性が高いほど、少数派は憲法裁判所に提訴する可能性をもたなければならない。

・「政党の勢力範囲は立法部にあって、執行部にはない」(p. 105)
 デモクラシーの原理が立法と内閣の任命に限られるならば、従って執行の段階の前で止められなければならないならば、必然的に政党の活動範囲の境界線も同じところに引かれなければならない。執行が依拠する合法性の原理が、裁判所や行政官庁の法律執行への政党政治の影響を排除するからである。


 第8章 指導者の選択

・理念的にはデモクラシーにおいては、指導者は存在しない方が好ましい。「指導者的性格をもつ人物は、理想的デモクラシーでは占める場所がない。」(p. 108)
 Cf. プラトン『国家』(ソクラテスの言葉として)
 「われわれは彼を崇拝に値し、驚嘆すべくかつまた敬愛すべき人物として尊敬するであろう。しかしわれわれは、このような人物はわれわれの国家には存在しないし、また存在してはならないことを彼に気づかせたのち、彼の頭をオリーブ油で塗り、花環で飾りつつー国境の彼方へ見送るであろう。」

・「しかしデモクラシーの自由理想、支配のないこと、従って指導者のないことは、いまだかつて近似的にも実現せられたことはない。何となれば、社会的現実は支配であり、指導であるからである。社会的現実では、どのようにして支配意思が形成せられるか、どのようにして指導者が創造せられるかの方法についてのみ論ぜられうる。従って、支配意思は国民の意思であるということではなく、規範服従者の広範な層が、共同社会の成員の最大可能な数が意思形成の過程に参与する、しかもこれもー少なくとも通例はー一般に立法とよばれるこの過程のある一定の段階にのみ参与する、しかも立法機関の創造に際してのみ参与するということが、デモクラシーにとって特色となる。」(pp.108-9)
→このことから自ずと、大衆の中から台頭する指導者の機能は、法律の執行に限られることに。確かに政府は立法に対しても影響力を及ぼすことができるが、政府が議会(多数派)の支持を必要とすることの方が重要である。議会は、多数と少数の対立に特徴付けられながら、政府に対して有効な現実的制約となっている。この権力分立の点で、君主が法律を発布し、君主自らが、もしくは君主に従属する行政機関によってその法律の執行が行われる君主制とは大きく異なる。

・権力分立が民主主義原理であるか否かについては、イデオロギーと現実との背馳を考慮すると、一概には言えない性質の問題である。
 イデオロギー的には、権力の分離、立法と執行の分割は、国民は国民自身によってのみ支配せられることを欲するという思想にはなじまない。「何となれば、この命題からは、すべての権力従って国家意思形成のすべての機能は、国民に、または国民を代表する議会に集中せられるべき」だからである。(p. 110)モンテスキュー以来、権力分立の教義の政治的意図は、民主主義の準備のためではなく、民主主義運動によって立法から追い出された君主に執行の領域において権力伸張の可能性を与えるためのものであった。
 アメリカのような共和国において、権力分立の教義を真に受け、意識的にイギリス国王の地位を模倣して大統領職を設定したことは、歴史の皮肉である。大統領が国民の直接選挙によって任命されるとはいっても、ただ一人の人間が議会から独立し、任期という時間的制約以外これといった制限も受けないというのは、意図されたような国民主権原理の強化ではなく、むしろ弱化であり、自らを国民全体、国家機関として合法化する君主政治や独裁政治と大差はない。真の国民意思とは、あらゆる国民政党を包括する多党的な議会において、それらの力の共同作用から形成されるものである。
 しかし一般的には権力分立は、以下の2つの点で民主主義の観点から意味がある。
@権力分立が権力の分割を意味し、国権の拡張と専断的な行使を促進する傾向のある権力の集中を防ぐこと。
A権力分立が政府の権限を行政に限定することで、立法の過程に政府の影響力が及ぶことを阻止し、国民がこの過程に影響力を行使する可能性が開かれること。

・現実のデモクラシーにおいては、デモクラシーのイデオロギーとは違って指導者や支配者のいない社会ではなく、また独裁政治や寡頭政治とちがって指導者の少ない社会でもなく、大勢の指導者で溢れていることが特徴的である。そのため、デモクラシーの本質的要素として、被指導者あるいは被治者のなかから指導者を選出するという特殊な方法=選挙が生まれてくる。

・選挙の機能:
[イデオロギー]
 「民主主義イデオロギーにおいては、選挙は選挙人から被選挙人への意思譲渡である」。(p. 113)
→しかし、現実には意思を譲渡することは不可能である。「人は意思において代表せしめることができない」とルソーが教えたように、委任することは事実上、棄権することを意味する。選挙に関するこうしたイデオロギー的解釈が、自由の擬制を保持する意図から生じていることは確かである。自由を欲する意思は自分自身によって支配されることしか認めない以上、被選挙人によって創造された支配者の意思も選挙人の意思であるとみなされなければならない。ここに、「選挙人と被選挙人との擬制的同一が生じる」ことに(p. 114)。しかし選挙の意味の客観的解釈は、こうしたイデオロギー的な主観的解釈とは異なる。

[現実]
 選挙の本質は議会という機関の形成にある。そしてその特徴の一つが、選挙によって形成された議会は、これを選出した選挙民よりも上位に立つという点である。なぜなら、議会は選挙人を服従せしめる支配意思、選挙人を拘束する規範を作るからである。独裁政治が機関を形成する際に指名という手法を用いるのとは対照的である。ただ、被指導者が指導者を、規範服従者が規範を制定する権威者を生み出すことが、意思の譲渡というイデオロギー的擬制を導く背景である。

・指導者調達の原理ーアウトケファリーとヘテロケファリー:
 マックス・ウェーバーのいう「アウトケファリー」(Autokephalie、自家調達)とは、民主的な選挙によって支配者を被指導者のなかから指導者の地位に引き上げる指導者調達の原理であり、現実デモクラシーの大きな特徴である。これに対し、独裁政治(のイデオロギー)においては、支配者は被治者から超絶した、より「高い」、全く異なる存在とされる。そのため独裁者は、神の血統などといった形で宗教的に神格化されたり、魔術の力などで神秘的に正統化され、人間の理性や合理的認識では理解できない神聖不可侵の存在とされる。かくして、神格化された独裁者による指導もまた、絶対的な価値を代表するとされる。しかし現実においては、指導者の死がこうした独裁のイデオロギーを苦しい立場におく。その場合具体的には、指導者の地位の簒奪か、あるいは自国民からではなく外国人から指導者を迎え入れる「ヘテロケファリー」(Heterokephalie、外部調達)が行われる。
→「民主主義イデオロギーの体系においては指導者選出の問題は合理的考察の焦点となる。指導者は相対的価値を代表するのみであって、何らの絶対的価値を体現するものではない。指導者が一定の期間、ある一定の方向においてのみ「指導者」とみなされる。その他の点では彼はその同輩と同等であり批判の下に立つ。かくてここでは支配行為の「公開性」(Publizität)があるに反し、独裁政治では秘密の原則(Prinzip der Geheimhaltung)が支配する。独裁政治における指導者は共同社会に対し超越的であるのに反し、民主政治においては、指導者は共同社会に対して内在的であるという事実から、独裁政治にとっては、支配行為の執行者は常に社会秩序の上に立ち、その下には立たないものと観念せられ、従って本質的に無責任である、という特色ある結論が生じる。これに反して指導者の責任は現実デモクラシーに特徴的なものである。しかしなかんずく、デモクラシーにおける指導は、なんら超自然的な性質ではなく、人は何人でも指導者となることができるから、指導は一個人または二、三少数者の継続的独占ともならない。現実デモクラシーの様相は、程度の差こそあれ速やかな指導者の交代という事実を示している。たしかにここでも、指導者が自ら指導的地位を継続的に主張するという傾向を確認することができる。しかしこの傾向は、ここでは何といってもイデオロギーから発し、人間の精神の中に彼らの行動の動機として活動する抵抗力と衝突する。指導の合理化は、その結論である公開、批判、責任、指導者の自由な選択の観念とあいまって、指導者が不動となることを不可能にする。しかし、指導者が不動とならぬ程度に比例して、指導のイデオロギーも変化する。現実デモクラシーにとっては、この結果、被指導者の共同社会から指導者の地位へ不断に上昇することが特色となる。」(pp. 116-7)
⇔「アウトクラシーでは上昇の可能性は全くないか、またはあってもごく少ない。そして相対的に変化することのない支配関係の中に頑固な束縛が存在する。従って特殊に民主主義的な指導者選択の方法は、アウトクラシーに対比して、選択に対して役立てられる素材、すなわち指導的地位をうるため競争する人々の本質的な拡張を意味する。」(p. 118)

・デモクラシーと独裁政治の優劣:
@独裁者が、最善者のみが支配しなければならないという原則を唯一代表している独裁政治に、デモクラシーは勝てないという議論は、古来から好まれてきた議論ではあるが、内容的には空疎である。「最善者」とは誰のことか、どんな方法でその「最善者」を支配的地位につけるのかが問題になるが、上述のように、独裁主義は指導者の誕生を神秘的・宗教的ベールで覆い隠してしまっており、指導者選択の合理的方法を全く知らない。
Aしかしデモクラシーにおいても、大衆の最悪の直覚によって大言壮語者や扇動政治家を支配者の地位につけてしまうことがあるという批判に対しては、デモクラシーにおいては指導者の地位を公衆の競争対象にし、指導権の獲得競争を最大限に広範な基礎におく方法が採られているのに対し、独裁政治においては才能ある者に自由な進路を見出す保障が与えられることは稀であると反論することができる。
Bデモクラシーは「指導的地位への上昇を容易ならしめると同時に、一指導者が役に立たないことが分かると、速やかに再び排斥せられるための保障をも与えているに反し、アウトクラシーは、職能の終身の原則またはさらに相続の原則をもって、まさにこれと正反対の意味で作用するという事実があらわれる。そしてこれはデモクラシーではここに支配している自己証明の原則と批判の自由によって、公の行政における損害は容易にかつ速やかに暴露せられるに反して、アウトクラシーは、一旦任命せられた公務員の権威を保守的に保護するという有力な原則によって、伝統的な隠蔽組織を発展せしめるという事実と、最も密接な関係におかれている。これは皮相な観察者をして、アウトクラシーよりもデモクラシーにおいて、より大きな腐敗堕落を看取せしめるゆえんである。」(pp. 119-120)
→「天才的な、道徳的な人格が自らを無制限の君主として発展せしめうるのは、たしかに大いなる祝福である。しかし歴史は、内部的に崩壊したデモクラシーと並んで、権力政治的にも文化政治的にも繁栄したデモクラシーを知っていると同じように、歴史はまた買収せられない公平心をもって、光栄に満ちた皇帝の理想的な容貌と並んで、その国家を滅亡せしめ、その国家を名状しがたい不幸に陥れた堕落した帝王の恐怖すべき肖像をも示している。」(p. 120)


 第9章 形式的デモクラシーと社会的デモクラシー

・自由民主主義、議会制民主主義の擁護:
 マルクス主義者の側からは、多数決原理に基づいたデモクラシーは規範服従者に対して共同社会意思形成上の形式的な平等を認めただけのブルジョア・デモクラシーとされ、これに対して実質的な平等を保障する社会的、プロレタリア的デモクラシーを対抗させている。しかしこのような対立図式は完全に否定されなければならない。
 デモクラシーの理念を最も規定するのは自由であって、平等ではない。確かに、平等の思想も民主主義イデオロギーの理念において、全ての者が平等に自由でなければならないという自由の理念の中に含まれた形式的平等の意味で一定の役割を担ってはいるが、それは自由に比べて第二義的なものにすぎない。
 デモクラシーが、自由に含まれた形式的で政治的な平等以上の平等とは何ら関係ないということは、物質的な平等、経済的な、実質的平等の実現が民主主義国家によってよりもむしろ、独裁国家や専制国家によってよりよく達成されるという事実に明白に示されている。
 デモクラシーという言葉は、社会秩序創造の「方法」を表すための言葉であって、経済的平等といった秩序の「内容」を表すために使用することは、明らかに術語の乱用である。このような乱用は、デモクラシーという標語を明白な独裁のために役立てるという、意図的なものではないにしても、憂うべき事態を招くことになろう。
→「デモクラシーのための戦いは、歴史的には政治的自由のための戦い、すなわち国民が立法と執行とに参与するための戦いである。」(p. 123)しかし「人々は単純にーこの形式的な概念と対立した社会的デモクラシーの概念の結論においてーデモクラシーとディクタトール[独裁政治]との区別を否定し、表面上社会正義を実現する独裁を「真の」デモクラシーであると説明する。そしてこの説明は、今日のデモクラシーと、さらに部分的には彼らの実質的な利益に大いに反してまでもデモクラシーを今日まで導いてきたあの集群[=ブルジョアジー]の功績とを、不公正な方法で誹謗するという反作用を伴っている。」(pp. 124-5)

・社会主義の理想の遂行のためには民主主義的な方法は放棄されなければならないということが、まさに社会主義の理想であるというのは奇異に聞こえる。なぜなら社会主義は、マルクスやエンゲルス以来、搾取され貧困に陥ったプロレタリアートが人口の圧倒的多数を占めるようになり、少数派のブルジョアジーとの階級闘争のために、プロレタリアートは階級意識を持たなければならない、という社会主義の政治・経済学説の前提から出発しているからである。
 しかし既に19世紀前半におけるブルジョア・デモクラシーの揺籃とその後の発展は、社会主義の前提とは一致しなくなっていた。というのも、「もし社会主義的心情に教育せられたプロレタリアが多数を形成し、普通平等選挙権が多数に対し議会内の支配を確保するならば、何が故に単なる政治的デモクラシーが同時に経済的デモクラシーにならないのであろうか、すなわち、何が故にブルジョア的・資本家的集団が支配して、プロレタリア的・共産主義的集団が支配しないのであろうか?」(pp. 125-6)
→この問題に答えるのに、選挙の技術的問題やマスコミの影響を挙げるだけでは十分ではない。その最も大きな理由は、数十年間言い続けられてきた社会主義の教義とは矛盾して、経済的平等と、その条件である生産の国有化・社会化とに利益を有するプロレタリアが未だ多数を構成していないからであり、社会主義が事実上単独支配するにいたったところでさえも実情は同じようなものだということである。このことはまた、一部の社会主義政党の政治的手法において、共産党の一党独裁への原理の転換が現れてきていることの理由でもある。
→そのため、左翼のプロレタリア政党から、この民主主義の形式では近い将来において権力を奪取することなどできないとして、デモクラシーは見捨てられる。さらに、右翼のブルジョア政党からも、この形式ではこれ以上権力の維持は不可能であるとして、デモクラシーが放棄されるに至っているのである。


 第10章 民主政治と世界観

・絶対主義的世界観と相対主義的世界観:
 「絶対的真理の認識、絶対的価値の透察が存在するかどうかは、すなわち疑問である。これは、アウトクラシーとデモクラシーとの対立が順応するところの世界観、人生観の原理的対立である。すなわち絶対的真理と絶対的価値に対する信仰は、形而上的な、とくに宗教的・神秘的な世界観の前提をつくる。しかしこの前提を否定し、すなわち相対的真理や相対的価値のみが人間の認識にとって到達しうるものとなし、一切の真理や価値はーこれらを見出した者でさえーいつでもそれを放棄し他の者に道を譲るにやぶさかであってはならないという考え方は、現実的なるもの、すなわち所与・認識可能なもの、可変にして常に変転しつつある経験から出発し、従ってこの経験に対して超絶的な絶対者を排除する批判主義、実証主義の世界観に導く。この世界観(Weltanschauungen))の対立に、価値観(Wertanschauungen)の対立、とくに政治的な基本的見地の対立が対応する。すなわち、形而上的・絶対主義的世界観に独裁主義行動が帰属し、批判的・相対主意的世界観に民主主義行動が結びつく。
 絶対的真理と絶対的価値とが、人間の認識にとって閉ざされているとみなす者は、自己の意見だけでなく、他人の反対の意見をも少なくとも可能であるとみなさなければならない。この故に、相対主義は民主主義思想が前提とする世界観である。デモクラシーは、あらゆる人の政治的意思を平等に評価する。どんな政治的信念でも、どんな政治的意見でも、その表現が政治的意思でありさえすれば、同じように尊重する。この故にデモクラシーは、あらゆる政治的確信に対して、それ自らを発表し、人間の心を捉えんとして行われる自由競争の中で勢力を得る平等な可能性を与えている。この故に、国民集会や議会において規範制定に先立って、主張と反論(Rede und Gegenrede)を通じて展開する弁証法的手続きを民主主義的と認めることは、決して不当なことではない。デモクラシーにとって非常な特色となっている多数の支配は、反対をー少数をーその最奥の本質よりして概念上前提しているのみならず、政治的にも承認し、基本権や自由権・比例代表制で保護するという点で、他の一切の支配と区別される。」(pp. 130-2)

Cf. 絶対主義的-相対主義的世界観に関する、ケルゼンの政治思想史理解:
 「古代におけるソフィストたちは相対主義者であった。彼等のうちで最も有名な哲学者プロタゴラスは人間は万物の尺度であると説いた。そして彼等を代表する詩人エウリピデスは民主主義を賛美した。しかしながら各時代を通じて最大の形而上学者たるプラトンはプロタゴラスを論難して神こそ万物の尺度であると唱えた。その彼は民主主義を卑しむべき政体として排斥した。彼の理想国は全き専制支配である。アリストテレスは『形而上学』において絶対者は「自らは動かされずして他を動かすところの第一動因」であり君主として宇宙に君臨するものとなした。この哲学者がその『政治学』において世襲君主制を民主制に勝るものとしているのは当然である。彼の形而上学の帰結として生ずるところの目的論的自然観は原子論の機械論的世界観と正面から対立するものである。原子論者は原因であり同時に目的であるようなものの存在を峻拒しそれによって近代科学の創始者となった。デモクリトスはレウキッポスと共に反形而上学的原子論を展開したのであるが、その彼が「民主主義のもとでの窮乏が君主制のもとでの見せかけの繁栄より好ましいのは自由が隷従より好ましいのと同様である」と述べたのは偶然でない。
 中世においてキリスト教形而上学が「君主制こそ最善の政体である、なぜならそれは神の世界支配の似姿だからである」という確信と手を携えていた。トマス・アクィナスの『神学大全』やダンテ・アリギエーリの『君主制論』は哲学的絶対主義と政治的絶対主義が一致している古典的な例である。ところがニコラ・クザーヌスはその哲学説において絶対者は不可知なりと唱え、その政治理論においては人間の自由と平等を擁護した。近代においてはスピノザがその反形而上学的汎神論と、道徳や政治の領域における民主主義的諸原則への明示的な左袒とを結びつけた。それに反し形而上学者ライプニッツは君主制を擁護した。英国における反形而上学的経験論の擁護者たちは政治的絶対主義に対する決然たる反対者であった。・・・カントはその自然哲学においてはヒュームに従って一切の形而上学的思弁の実りのなさを示したが、倫理学においては彼がその理論哲学において極めて首尾一貫して排除した絶対者を再び導入した。それと同様彼の政治的態度も一貫性を欠いている。彼はフランス革命に共感しルソーを尊敬したがプロイセン警察国家の絶対君主制のもとに住んでいたため政治的発言においては慎重たらざるをえなかった。それ故彼は政治理論においては自らの真の意見を表明しえなかったのである。それに反し絶対的にして客観的なる精神の哲学を唱道したヘーゲルは、又絶対君主制の擁護者であった。」
(H. Kelzen, "Absolutism and Relativism in Philosophy and Poltics," What is Justice? 1957, pp. 204-5. 引用は、長尾龍一著、『ケルゼン研究 T』、pp. 139-140. より)
→「ケルゼンは、アドルフ・メンツェルに従いつつ、古来偉大な形而上学の唱道者たちが何れも反民主主義的・独裁主義的な政治的立場をとったのに対し、民主主義を弁護した哲学者たちは殆ど常に経験論的・相対主義的世界観の持ち主であったことを指摘する。」(長尾、『ケルゼン研究 T』、p. 139)
 しかし、以上のように民主制を相対主義との関連で捉えようとする彼の民主主義論には次のような反論が考えられる。@民主制は相対主義ではなく、何らかの価値への確信に基づくものであること、A相対主義は民主主義を基礎付けるどころか、不決断、状況追随、信念の欠如、倫理的ニヒリズムを帰結する、と批判されうる。上記のケルゼンの政治思想史理解についても、ジョン・ロックは自然法論者であったし、ペロポネソス戦争期のソフィストで神を人為の捏造だと唱えたクリティアスはアテネにおけるスパルタの傀儡政権の首領であり仮借なき独裁者であったことなど、反証を挙げることは容易に可能である。
⇒長尾氏の見解:
 「確かに相対主義を徹底するならば、自由と隷従、自律と他律、寛容と偏狭、民主制と専制制の選択に際しても相対主義である筈であり、ケルゼンが自由・自律・寛容・民主制を選択しているのには、相対主義以外に何らかの前提が介在しているに相違ないということは容易に看取されうるところである。然らばケルゼンは相対主義によって民主制を基礎づけると唱えながら、隠秘のうちに別の前提を密輸入しているのであろうか。」
 「ルソーは「人間は自由に生まれたが、至る所で鎖につながれている。それは何故か」という問いを発したが、ケルゼンの政治思想の出発点にあるのもこの問いである。・・・(中略)・・・ルソーの問い自体は既に「人間は自由に生まれた」こと、自由の抑圧は特別の正当化事由がある場合にのみ正当化されることを前提としている。ケルゼンの民主制論はこうして相対主義以前に人間の根源的自由という価値判断を前提している。この自由自体を相対化するならば、もはや自由は隷従に対し、民主制は専制制に対して何の優位ももたないものとなる。ケルゼンの相対主義は自由の理念をその適用除外としている。」
 「この適用除外をケルゼンは隠秘に行っているのか。否、彼の民主制論の主著『民主制の本質と価値』(一九二〇[本書第1版の刊行年])の第一章は「相対主義」ではなく「自由」であ」り、公然とこの適用除外は行われている。
 しかし、こうした適用除外が仮に認められるとしても、「自由のみを例外とした相対主義なるものが相対主義の名に値するのか、そもそも相対主義は例外を許容する原則なのかは、従来疑問とされてきたし、実際重要な問題」として残ったままである。(長尾、「民主制論」、『ハンス・ケルゼン』、東京大学出版会、1974年、所収、pp. 52-4.)
⇒ケルゼンにおける民主制と自由と相対主義との関係についての長尾氏のまとめ:
 「民主制が単なる「人民による支配」・多数決原理のみを意味するとすれば、多数者の専制もまた正当化されざるをえないようにみえる。しかし民主制の基礎をなす相対主義からすれば、多数者の少数者に対する支配の正当性も暫定的・相対的なものにすぎない。従って少数者の保護、野党の存在の容認、反政府的言論の自由・政権交代の可能性は民主制の本質的要素をなすものである。・・・(中略)・・・そもそも自由主義自体が相対主義的世界観の一帰結である。自由主義は個人の行動原理としては自己と異なった価値観との共存を意味し、政治体制としては多元的な諸価値に対する権力の不介入を意味する。」(長尾、「民主制論」、『ハンス・ケルゼン』所収、pp. 46-7.)

・イエスとデモクラシー:
「ヨハネ福音書の第十八章には、イエスの裁判が描かれている。率直な、素朴のなかにも簡潔な叙述は、世界文学が生み出した最も崇高なものに属する。そして意図することなしに、相対主義のーデモクラシーのー一悲劇的象徴となっている。人々がイエスを、神の子、ユダヤ人の王と僭称しているという告訴の下にローマの総督ピラトの前に連行してきたのは、過越節の時である。このローマ人の眼には哀れな愚か者にしか見えなかったイエスに対して、ピラトは皮肉を込めて尋ねた、「それではあなたはユダヤ人の王なのか」。これに対してイエスは非常に真面目に、そして神から与えられた使命への熱情に燃えながら答えた。「あなたの言う通り、わたしは王である。わたしは真理についてあかしをするために生まれ、また、そのためにこの世に来たのである。誰でも真理につく者は、わたしの声に耳を傾ける」。そこで古い、疲れ、従って懐疑的になった文化に属する人間であるピラトはイエスに尋ねた。「真理とは何か?」彼は真理とは何であるかを知らず、ローマ人として民主的に考える習慣になっていたので、人民に訴えて一つの票決に附そうとした。かれは再びユダヤ人のところへ行って、イエスの言葉を伝え、彼らに言った。「わたしには、この人に何の罪も見出せない。ところであなたがたの習慣では、わたしは過越節には、罪人を誰か放免することになっている。ついては、あなたがたは、わたしがこのユダヤ人の王を許すことを望んでいるのか。」人民投票はイエスの釈放を認めなかった。ー満場の民衆は呼号して曰く、「その人ではなく、バラバを」と。−聖書の著者は附け加えている。「さて、そのバラバは、強盗であった」と。
 絶対的真理の証としての神の子およびユダヤの王を信ずる人々にとって、これこそデモクラシー肯定ではなく、デモクラシー反対の適例であると反論するであろう。そしてわれわれ政治学者としても、この反論は一応承認せざるをえない。但し、それには一つの条件がある。即ち、信仰者の奉ずるその政治的真理が必要とあらば流血の暴力をもってしても敢て貫徹されるべきであるという確信が、真理に対する神の子の確信の如く堅固でなければならない。」(pp. 133-5)
(なお同様の記述が、ケルゼンの『民主主義の諸基礎』(邦題『民主政治の真偽を分かつもの』)の第1部、17章「イエスとデモクラシー」にもある。)
⇒「ピラトはユダヤ教的真理とキリスト教的真理の選択を迫られたが、彼自身は「地上的真理のみに依拠する者」であったから、この二つの超越的真理の何れにも関心をもたなかった。そこでまずイエスの言動が実定刑法上の犯罪にあたるか否かを考えて彼に何の罪責もないと判断した。しかし彼は現地の慣習という第二の実定法を重視する属領の総督であったから、その慣行とローマの民主的慣行に従って決定を民意に委ねたのである。超越的真理を信じない法実証主義者にして民主主義者のケルゼンの自画像がこのピラトの像に投影されている。ところで仮にケルゼンのいうように「地上的真理のみに依拠する者」のみが民主主義者でありうるとすれば、この場面においてイエスもユダヤ教徒も民主主義者ではなく、唯一人ピラトのみが民主主義者だということになる。民主主義を奉じない「民」に票決を委ねる民主主義者、これがケルゼンの描いたピラトのおかれた甚だ皮肉な状況である。そして、民主主義的なオーストリア憲法を起草しながら、その憲法によって導入された民意は左右の全体主義的世界観政党であり、その結果として遂にオーストリアを、またドイツを逐われたケルゼンの運命もまた「民主主義者なき民主制」中の唯一の民主主義者であったピラトの運命を踏襲している。」 (長尾、「民主制論」、『ハンス・ケルゼン』、p. 61)


※「闘う民主主義」問題に対するケルゼンの態度:

 いわゆる「闘う民主主義」問題とは「民主主義の自己矛盾」の問題、すなわち「自由の敵にも自由を承認すべきか」、「民主主義を敵視する多数派の民衆は、民主主義の敵か味方か」という問題のことである。
 ケルゼンにおいては、具体的には次の3つの問題、@民主的政府の、民主制に敵対的な野党に対して採るべき態度、A多数派の民衆が自ら進んで民主制を放棄し、独裁者に政権を与えた場合の、民主主義者が採るべき態度、B独裁的権力に対する民主的抵抗者の採るべき態度、の問題が取り上げられている。

@について
 「民主制は、反民主的傾向に対し自らを擁護するにあたって、なお寛容たることが可能か。それは可能であるー反民主的思想の平和的表現を抑圧しない限度において。民主制はまさにかかる寛容によって専制制から区別される。我々はこの区別を維持する限りにおいてのみ専制制を排除し、民主政体を誇ることができる。民主主義は自らを放棄することによって自らを擁護するという訳にはいかない。しかし実力によって政府を倒そうとする試みを抑圧阻止することは、一切の政府の権利であり、民主主義や寛容の原則に抵触するものではない。単なる思想の表現と実力行使の予備との間に明確な限界を画することは往々困難であろう。しかし民主制の維持の可能性はかかる限界を見出しうるか否かにかかっているのである。かかる限界を画することには一定の危険が伴うであろう。。しかしかかる危険を冒すことこそ民主制の本質でありまたその栄誉である。民主制がかかる危険に耐ええないとすれば、それは擁護に値しないであろう。」(H. Kelzen, "What is Justice?," What is Justice? 1957, p. 23. 引用は長尾、『ケルゼン研究T』、p. 295より)
→ここでは民主制は民主制の平和的敵対者に対しては寛容であるべきであるが、暴力で民主制を転覆しようとする者を、その準備をしている者を含めて、抑圧することは「政府の権利」として許容されるとしている。

Aについて
 「民主制が自己に忠実であろうとすれば、民主制絶滅運動をも容認し、それに他の政治的立場と同様の発展可能性を保障せざるをえない。かくて民主制は最も民主的な方法で廃棄されるという奇妙な場景に直面する。」「こうなると「その際民主制の理論的擁護を止めるべきか。民主制はもはやそれを欲しない民衆の反抗に抗し、まさしく民主制破壊の意思において結集した多数者に抗しても擁護さるべきなのか」という問いも生じてこよう。こういう問題設定自体が否と答えることと同じである。多数の意思に抗し暴力にさえ訴えて主張される民主主義はもはや民主主義ではない。民衆の支配が民衆の反対に抗して存立しうる筈がないし、そのようなことは試みるべきでもない。民主主義者は身を忌むべき矛盾に身を委ね、民主制救済のために独裁を求めるべきではない。船が沈没してもなおその旗への忠実を守るべきである。自由の理念は破壊不可能なものであり、それは深く沈めば沈むほどやがて一層の情熱をもって再生するであろうという希望のみを胸に抱きつつ、海底に沈み行くのである。」(ケルゼン、「民主制の擁護」(1932年) (長尾訳、『ハンス・ケルゼン』、東京大学出版会、UP選書、1974年、所収、p. 255))
→@のような自由な言論によって、民主派と反民主派が民衆の支持をめぐって争い、反民主派が勝利を占めた場合がAの問題である。ここでは民主制救済のための独裁、民衆教育のための過渡的独裁の思想は排除され、民主主義の名のもとに永続的独裁を正当化する危険が回避される代わりに、反民主派の民衆に一度選ばれた独裁者の永続的独裁の危険に道が開かれる。しかしこのようなケルゼンの考え方では、もし民衆が考え直して民主制を求めたとしても、そのときにはもはや独裁制の下、合法的な民主化実現の可能性が完全に閉ざされている以上、結局は暴力革命しか手段が残されていない、という疑問が生じる。このような暴力革命を選択するのか、啓蒙的独裁者による権威主義的民衆の自由教育の可能性に賭けるのかは、俄かには結論の出せない困難な問題である。

Bについて
 「自由という理想はーどの社会的理想でもそうであるようにー政治学的見地からは、どこまでも相対的な理想である。しかし情感的価値づけの見地からみれば、自由は或る個人の最高究極の理想、すなわち、その人がこれと対立する他のどの価値にも優先して選びとる程の価値、でありうるのである。私はデモクラシーが実現しようとする自由のために、無条件的に戦い、且つ死することができるが、だからといって他方で、私が合理的科学の見地から私のその理想を相対的だと認めても、ちっともさしつかえないのである。シュムペーターの次のことばは全く正しい。「自分の信念の相対的有効さを十分知っていながら、しかも何ら躊躇することなくその信念のために戦うことこそ、文明人の、未開人と異なる点である。」」(ケルゼン、『民主政治の真偽を分かつもの』、(古市恵太郎訳、理想社、1959年 原題: H. Kelzen, Foundations of Democracy, 1955)
→ここでは、「私はデモクラシーが実現しようとする自由のために、無条件的に戦い、且つ死することができる」という一節が、暴力的闘争手段を含むのか、それとも単に政治犯・思想犯として断頭台に登ることを意味するのか、が問題となる。もし暴力的手段を含むとすれば、自由の理念の再生を胸に抱きつつ海底に深く沈み行くというAの記述とは矛盾し、より積極的な「闘う民主主義」を承認していることになる。しかし「闘う民主主義」に関して、ケルゼンが、1932年に著された「民主制の擁護」の立場を、『民主主義の諸基礎』が書かれた1955年の時点において、変更したのかどうかについては不明である。
(以上、この「闘う民主主義」の問題については、長尾龍一、『ケルゼン研究T』(信山社、1999年)の第V部、第1章「ケルゼンと民主制」を参照した。)


参考文献

H・ケルゼン

『デモクラシーの本質と価値』、岩波文庫、昭和41年
「民主制の擁護」(1932年) (長尾龍一訳、『ハンス・ケルゼン』、東京大学出版会、UP選書、1974年、所収)
『民主政治の真偽を分かつもの』、(古市恵太郎訳、理想社、1959年 原題: H. Kelzen, Foundations of Democracy, 1955)

長尾龍一

『ハンス・ケルゼン』(編著)、東京大学出版会、UP選書、1974年
『ケルゼン研究T』、信山社、1999年

その他

矢部貞治、『デモクラシーの本質と価値』 「序文」、岩波文庫、1932年

樋口陽一、「憲法ー議会制論」、鵜飼、長尾他著、『ハンス・ケルゼン』、東京大学出版会、UP選書、1974年、所収

高田篤、「シュミットとケルゼンー民主制論における相反とその意義」、加藤、古賀編『カール・シュミットとその時代ーシュミットをめぐる友・敵の視座ー』(風行社、1997年)