第一回 鈴木淑夫世田谷フォーラム

第一部 鈴木淑夫講演 全文 
日本経済と『バカの壁』
 

-「バカの壁」を取り払う発想の転換で日本経済は立ち直る-




1 日本経済の立ち直りは本物か?

 それでは只今から、エコノミスト鈴木淑夫としてですね、また一国民として、今の日本経済をどうみているかということを、なるべく分かりやすくお話したいと思います。

 みなさん、最近新聞、テレビ、雑誌などご覧になっていて、何かいよいよ日本経済は立ち直ってきたんじゃないか。あるいは「日本経済復活への序曲」などという本まで出まして、そんな雰囲気を感じていらっしゃると思うんですね。しかしご商売をされておられる方はいかがでしょうか。「ああ、日本経済の潮目が変わってきたな、今度は立ち上がるぞ」という感じを実感しておられる方はいらっしゃるでしょうか。私はそうではないというふうに思います。

 なぜ新聞雑誌があんなに騒いでいる。あるいはついこの間発表になりました昨年の10-12月期の成長率ですね。実質GDPがどれだけ成長したか。年率で7%も成長したんだっていう数値がでました。数日前にそれが6.4%に下方修正されました。それでも6.4でもかなり高い。去年の平均成長率は2.7%に達した。もうこの10年間、日本経済まるでダメで、平均すると1.1%ぐらいしか成長していないですね、毎年ね。それですから2.7というと結構高い。ほれ見ろと。だからいよいよ日本経済立ち上がったんだと言っていますが、私は何かおかしいなと感じておられる皆様方の方が正しいと思います。

 昨年の平均成長率、2.7%なんていう数字はですね、実はそんなたいしたことないんです。この平均1.1%の停滞の間にも、例えば1996年、7年、あの頃には3%を超える成長率がでているんです。それからついこの間2000年も3%に達する成長率がでています。だから3回目の小さな回復がおきているということは間違いないけれども、それが前回や前々回とは質的に違って、いよいよこれで日本経済が持続的に、1.1%成長の時代から2%、3%の時代に入ってきたんだというのは、これは少なくとも今出ている数字から判断したら言い過ぎなんですよ。はしゃぎすぎなんですね。

 
 2  輸出と対中貿易に支えられた景気

 私は、数字の話よりももっと中身を見てほしい。中身を見ると、そんなはしゃぐような話じゃないと思います。というのは、今、日本経済の回復をひっぱり始めたのは、輸出それから輸出関連の企業の設備投資、その二つだけでひっぱっているんですね。つまり外のおかげで、外国のおかげで立ち上がっているんです。国内はといえば、相変わらず消費はパッとしない、住宅投資も低迷している、公共投資はどんどんどんどん下がっている。ですから一口に言いまして、中小企業あるいは消費関連の商店街、地域経済、全然停滞したままなんですよ。それらを置いてきぼりにしてただ輸出関連のところだけがよくなっている。だけど統計的に計算すると、輸出関連のところがよくなっていますから、まあ2.7%成長という数字が出ているということにすぎないんですね。

 なぜそんなに輸出がいいかと言いますと、今、米国経済、これが少し、大統領選挙を控えての大型減税のせいも一つあります。少し勢いが出てきているということ。それから中国がですね、2008年に北京オリンピックでしょう。2010年に万国博覧会を初めてやるんですね。それに向かって建設ラッシュ。もう、やっぱり底の浅い中国経済ですから、たちまたもう基礎的な資材が足りなくなってきた。鉄鋼とかアルミとかプラスチックとか、基礎的な資材が足りなくなってきくちゃった。だもんですから日本ではどちらかというと鉄鋼とかアルミやなんか含めて非鉄と言いますね、鉄鋼、非鉄、それからプラスチックは化学でしょう。これはもう斜陽産業みたいだったんですが、この辺が息をふきかえして、どんどん中国に輸出をしている。
 

 3 世界最先端にある日本のデジタル技術メーカー

 もう一つ息をふきかえした、これは非常に前向きな話なんですが、いわゆるIT、インフォメーションテクノロジーですから情報技術ですね。情報技術っていうのは例のインターネットやなんか使う、あの情報技術関連の産業が日本を新たな技術革新を伴ってまた立ち上がってきているんです。最近、電気製品を買いにいらっしゃったことありますか。DVDレコーダとかね、プラズマテレビとかね、わけのわからんものがものすごく沢山でているじゃありませんか。あれです。一昔前のIT産業といえばパソコンがその代表でしたね。その部品だったんですね。今はそうじゃなくなってきた。それとは別のもう一つのいわゆるデジタル家電というのが出てきているんですね。薄型のテレビ。薄型のテレビといえば液晶テレビだと思っていたら何とプラズマテレビなんていう難しいのでてきた。こっちの方がもっと性能がいいですね。それからDVDレコーダ、プレーヤー。だいたいそういうものはビデオのテープでやるものだと思っていたらディスクがでてきて、その方がずっと音も綺麗だし、能力もあるというようなことがおきている。それからもう今お子さんたちが片手でこうやって写真を撮りますね。デジタルカメラ。またそれがくっついた携帯電話。このへんの一連のものが全部日本が開発した新しい部品を基礎にして出来上がっている完成品なんですね。この面で日本はまた世界をリードしはじめています。これが輸出で伸びているというのがもう一つあります。

 これは結構なことなんですが、しかしこの輸出をどんどん伸ばしている企業、これはね、アメリカの研究所が研究した成果を発表しているんですが、何と日本のそういう輸出の先端をきっている産業は、アメリカの同じ産業よりも生産性は2割高い。まさに世界一ですね。アメリカより2割高い水準だ。この連中がワーッとやっている。ところがその後がいけない。しかしこれは日本の働いている人達のたった10%しかそこで働いていない。残りの9割の人が働いている部門というのは、今度は国内向けの部門です。これはアメリカの生産性の6割ちょっとぐらいのレベルだって言うんですね。全然低い。1割と9割ですよ。1割がいくらがんばったって9割が、全然低い。そういう状態だって言うんですね。だからいくら1割が華々しくやっていても9割の方の、中小企業、サービス産業、非製造業、地域経済、そういうところは沈滞したままだという状況です。
 

 4 リストラとパートタイマーの増加が支える景気の脆弱性
 
 高度成長の頃はですね、昔は輸出が伸びれば、輸出産業がよくなる、輸出産業がよくなればそこで雇用を増やす、賃金を上げる。だから一般の人達の所得が増える。だから一般の人達はその所得を使って消費を増やす、住宅投資を増やすって言うんで、国内産業がワンテンポ遅れてよくなってきた。こういうパターンだった。ところが今はそうじゃない。輸出産業がよくなった。じゃあこの連中、雇用を増やし賃金を上げているか。全然そういうことしていない。雇用は少し増えはじめたが、中身を見ると実はこういうことをやっています。正社員、特に男子の40才代、50才代の正社員、これ一番給料が高い。この人達を優先的に早期退職してもらっている。じゃああとどうやって補うか。一つは時間外で補うんですが、もう一つはやっぱり人手が足りなくなると、今度はパートタイムの社員を増やしている。パートタイムの社員、それも若い人、あるいは女性を増やしていく。この人達の給料は男子正社員の40才代、50才代よりずうっと低い。それだけじゃありません、1週間の内20時間以下しか働かないパートの社員については、企業は例の年金保険料を負担しないでいいんですね。今、年金保険料、厚生年金、半分ずつでしょ、個人と企業が。これパートタイマーについては企業は負担しないでいい。ですから全体の人件費というのはぐっと安くなるわけですね、一人当たりの人件費は、そのパートタイムの社員をどんどん増やしていれば。パートタイムの社員の比率というのはどんどん今上がっています。

 驚いたことに、総人件費、我々国民の方から見れば、国民の所得ですが、総人件費っていうのは未だに減っているんです。経済成長2.7%やったのに、去年。去年1年間の総人件費は下がっている。こういう形の回復をしている。だもんですから、売上げは数%しか伸びていないその輸出関係の企業は、利益は20%、30%増えている。それはもう総人件費を抑えているから。ですから売上げがそんなに伸びないで、稼働率がそんなに上がらなくたって、収益は上がるという体質に変わってきたんですね。まさにリストラの成果が出ているんです。これはこれで企業経営としてはいいことなんですね。企業経営としてはいいこと。だけど経済全体を見たら、輸出の伸びがやがて雇用を増やし、賃金を増やして、国民の所得を増やして消費に火をつける、そこでいよいよ国内経済もよくなってくる。商店街も賑やかになってくる。地域経済も息をふきかえす。ここの流れがプツンと切れちゃった。それが今の経済の特色です。

 要するに、日本経済は、最初に言ったように、輸出と輸出関連の設備投資だけが引っ張っている今の回復は、やがて輸出の伸びが落ちてきた時、あるいは設備が十分、輸出関連の設備が十分整った時おしまいになる。そういうふうに思います。
 

 5 2005年度・現在の日本の景気を支えているアメリカ経済及び中国経済の成長は鈍化する

 したがって、今の回復というのは、今年いっぱいは大丈夫かもしれないけれど、来年あたりにはもうおかしくなる。来年のアメリカ経済は、私ちょうどニューヨークに行ってきまして、いろんな人と話し合ってきましたけれど、来年のアメリカ経済、そりゃ今年より成長鈍化という点ではほとんどの人の意見は一致していますね。悲観的か楽観的かの分かれは目は、今年の後半からおかしくなるのか、来年に入ってからかという点です。

 それから中国の方は中国の方でね、もう本当に資材が不足してきて、資材のところ、値段がジャンジャン上がってきた。そこだけインフレが上がっている。製品価格はデフレです、日本は。資材はインフレです。そしたらどうなりますか。企業は製品安、原料高ですから、収益が伸びなくなっちゃうでしょう。その危険が出てきています。

 
 6 景気を持続させるために思い切った規制撤廃の政策を徹底せよ

 ですから私は、このまま放っておいたら今年いっぱいでこの景気もお終いですねというふうに考えています。じゃあどうしたらいいのか。私が政権をとっていれば、あるいは政策を動かす立場にあれば、何をするか、何よりも全力を上げて、その沈滞している9割の、国内のビジネスチャンスを増やすことをやります。商売のチャンスを増やす、投資のチャンスを増やす。そこに全ての政策努力を集中していきますね。それにはどうしたらいいんだろうか。ビジネスチャンスを増やすということは、今まで色々な規制で出来なかった規制を取っ払っていくということです。規制撤廃をもっと一生懸命やって、商売のチャンスを増やすということです。

 さっき司会の佐藤さんがバカの壁ということをおっしゃっていた。私はバカっていうのはあんまり、穏当の言葉じゃないから、バカの壁なんていうのが何で去年あんなに流行ったのかと思いまして、遅ればせながら養老孟司さんの「バカの壁」っていうこんな文庫本を買ってきてサーッと読んだ。なかなか面白いことを書いてある。バカの壁っていう意味、正確にご存じですか。養老孟司さんによればね、要するに、それ以上は考えなくなっちゃう。それは思考停止の状態になる。難しいからこれ以上考えるのはやめたとか、あるいはもうこれがいいに決まっているから他の奴の言うことは聞かない、聞く耳をもたないということで、思考停止になっちゃう。それでもうここから向こうへはいかないといって建てちゃうのがバカの壁だと言うんですね。これ正しいことだ。もうそれに決まっている。で、それ以上考えないのがバカの壁。なあるほど、それで流行っているんだなと。今年に入ってからもあの本まだベストセラーで売れていますものね。それで私はね、「経済政策にみるバカの壁」という論文を書いたらね、PHP研究所のボイスっていう月刊誌がね、すぐそれかってくれましてね、来月早々に出る、5月号になるんですかね、そこに載りますが。
 

 7 「改革特区」の発想は社会主義の発想である

 私はそこに沢山書いてあるんですが、今の話のコンテキスト、つまり文脈の中で言いますとね、小泉政権はそれじゃあ規制撤廃について何をやっているでしょうか。経済改革特区というのをやっているんですね。経済改革特区。特区ていうのはどういうことかと言うと、中国でものすごく流行って成功したんですよ。ああいう社会主義計画経済の途上国が市場経済に移るにあたって、いっぺんに市場経済にしたら国中何がおきるかわからない。心配なものですから、シンセンとか特定の地域に特区というのを作って、そこだけ規制を撤廃して市場経済にして、で、様子を見て広げていったんですね。

 小泉内閣は特区というのはいいことだと。中国で計画経済から市場経済に移行する自由化のプロセスで特区というのは非常にうまくいったじゃないか。これはいいことだと。そこで思考停止ですよ。そこで思考停止。特区はいいことだ。特区をやりましょう。私は特区という形で規制改革をしていまーす。私に言わせるとね、特区という言葉のところでとまっちゃっている。バカの壁を立てちゃったと思うんですね。そこにバカの壁を立てた。特区といのはね、今言ったように、途上国である社会主義計画経済が市場経済に変わる時にはいいですよ、そうやって実験するのは。先進国で、すでに市場経済になっている日本が、ちょっと国内の規制がきついから、規制を緩めて国内のビジネスチャンスを増やしましょうという時にね、何で途上国の中国の旧社会主義国の特区の真似するんですか。
 

 あの特区のやり方というのはひどいんですよ。各自治体が、私の所だけどぶろくを作らしてくれ、どぶろくの規制を廃止してくれ。そういうことを言ってくるわけですね。どぶろくってわかりやすく言いましょう。それでもこの規制を撤廃すれば、どぶろくを作る産業は出てきますわね。もっと生活に密着したところでは、幼稚園と託児所っていうのは別なんですね。幼稚園は文部科学省、それから託児所は厚生労働省ですね。所管が別だから一緒に経営出来ないんですね。こんな馬鹿なことない、これ一緒にさせろとかね。そういう規制撤廃を各自治体が言ってくる。そうするとこの自治体が言ってきたのをそれぞれ所管の官庁に投げる。所管の官庁がオーケーといったことについてだけ、そこの自治体についてのみ規制撤廃する。これが特区なんですね。
 

 8 官庁が持つ既得権を剥奪してビジネスチャンスを国民に解放すべき

 所管の官庁にこの規制撤廃をしていいかって聞くのはね、私に言わせればね、まな板の鯉に包丁を持たせるようなものですよ。いいって言うわけないじゃないですか、自分の権限を手放すんだから。だから言ってきたうちの2割もオーケーになっていないですね。こういうところにバカの壁を立てているから、今一番大事なビジネスチャンスを増やすという、その規制撤廃がすすまないんだというふうに思いますね。

 一番大事なところはね、例えば、株式会社に病院とか学校とか農業をやらせろっていう規制撤廃があるんですね。ご承知のように病院というのは医療法人じゃなきゃやっちゃいけない。医療法人を握っているのは厚生省です。旧厚生省です。学校っていうのは学校法人じゃなきゃやっちゃいけない。これ握っているのは旧文部省でしょう。農業というのはやっぱりその農家じゃなきゃやっちゃいけないんだと。これを握っているのは旧農林省じゃないですか。そこをとっぱらってね、株式会社が全部やっていいんだというふうにしたらビジネスチャンスが増えますよ。だって、教育とか病院とか老人ホームとか、それからある意味では農業はこれからの発展産業ですよ。
 

 9 教育・病院・農業はこれからの発展産業となる

 何故かと言うと、農業に株式会社を入れるということはどういうことかと言うと、株式会社でも農地を買っていいよ。農業を営んでいいよということなんですね。今、それシャットアウトでしょう。株式会社にそれやらせたら何を始めると思いますか。おそらく食品加工産業と結びついて大規模な農業をやるでしょうね。今、しかたなくて海外でそういうことをやっていますけれどね。オーストラリアやなんかでね。それを国内でやります。農業は発展してきますよ。我々が欲しがっている素晴らしい加工食品が出てくると思いますね。

 それからね、学校とか病院。とにかく学校は駿台予備校っていうプライベイトな所にものすごい人が殺到しちゃって、学校法人の学校より殺到して、この駿台予備校に行けば大学に入れるみたいになっちゃって、とうとうあの駿台予備校は駿台大学になっちゃいましたけれども。ことごと左様に経営者が頭を使って学校をやったら、そりゃあもう経営なんかしたことのない大学の先生方がやっている大学よりいい大学になっちゃうと思いますね。

 それから病院や老人ホームもそうですよ。ホテル経営のノウハウをもっている民間経営者がやったらね、すばらしい病院や老人ホームになってくるだろうと思います。それでお互いに競争する。
 

 10 「高速道路」も「郵便局」も公共財・民営化には馴染まない

 これはほんの一例ですが、頑として所管の省庁は法人の参入を許してはいけないと言っています。だからそのバカの壁の特区の制度には絶対に個人企業参入というのは入ってこない。企業が入ってきたらね、もっと国内経済でビジネスは拡大してくる。これは一つのわかりやすい例です。これ喋っているとすごく長くなりますから、このへんにしますが。要するに、バカの壁を立てちゃって特区というのはいいことだ、あるいは何でもかんでも民営化というのはいいことだと。民営化という言葉のところでバカの壁立てちゃっているでしょう。だけど、高速道路なんていうのは本来民営化するものじゃないですよ。あんなものは政府が作るものです。あれ経済学では公共財といって、政府がやるもんだ。民間にまかしたらうまくいかない分野です。それから郵政三事業だってね、郵便事業で全国一律に同じ料金でやれる、全国に郵便局がある。こんな便利な国民の財産を民営化する馬鹿がいるかというんですよ。郵貯と簡保は民営化すべきですよ。郵便事業、それに繋がった郵便局のネットワークは国民の大事な共通財産です。こんなもの民営化していいわけない。民営化と言えばうけるんだと、進歩的なんだ、改革なんだというところでバカの壁を立てているから、そこから先の思考がない。そのバカの壁を打ち破って思考していけば、考えていけば、民営化に馴染むのと馴染まないのがある。郵便貯金と簡易保険は民営化に馴染む。郵便事業はダメだ。道路建設は高速道路といえどもダメだというふうになっていくと思うんですね。

 詳しくは来月号のボイスを読んでいただきたい。あるいは、今の僕のホームページにその原稿を掲げてありますが、あっちこっちにバカの壁を立てて思考停止しているために、本当の規制撤廃、本当に民間にビジネスチャンスを増やす改革が行われていない。だから輸出がぽしゃった時が日本の景気の最後という状態にいくだろうというふうに私は思っています。

 年金については後でまた植草さんと討論をする際に意見を申し上げたいと思います。時間でございますので、これで終わりたいと思います。ご静聴いただきましてありがとうございます。


鈴木淑夫世田谷フォーラム

2004.3.13 世田谷区民会館集会室にて収録