ラブダコス家の因縁話

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  発掘されたテーバイの門  
 

 アイスキュロスの悲劇作品「テーバイに向う七将」。その作品の舞台となったテーバイの門が発掘されたと聞き、その門の跡を訪ねてみたいというのが、今回の旅の具体的な目標の一つだった。
 テーバイ神話に依れば今から三千数百年の昔、現在のパレスチナあたりにあったシドーンの町の支配者アーゲノールは、娘のエウローパをゼウスにさらわれた為に、彼の4人の息子達にエウローパを探し出して連れ戻すようにと命令した。
 アーゲノールの息子のカドモスは、彼の一族を引き連れて船で出発し、サントリーニ島、ロドス島を経てエーゲ海の北のトラキア地方、サモトラケ島を巡った後に、ギリシャ半島を南下し、デルフォイで神託を得て現在のボイオチア地方へとやって来て、ディルケの泉の傍らの丘にアクロポリス・テーバイを築いたという。
 ホメロスの「イリアス」で有名なトロイ戦争より更に数十年昔の紀元前約1300年頃、多くのオイディプス神話の舞台となったアクロポリス・テーバイ。最近日本では蜷川幸雄演出の「オイディプス王」が話題を呼んだ。2003年にはギリシャ国立劇場が来日し、ソフォクレスの「アンチゴネ」を上演した。中でも ラブダコス - ライオス - イオカステー - オイディプス - エテオクレスポリュネイケスアンチゴーヌ、イスメネ等々の、誇り高いラブダコス家の一族を主人公としたギリシャ悲劇の数々。世代を超えて続いていく、その因縁話の舞台となったアクロポリス・テーバイ。
 その彼等が生きていた街が今でもギリシャに残っているのならば、一目見てみたい、その街に立って見たい、というのが私の永年の夢だった。
 

 
 

オイディプス王以降−トロイ戦争以前の話

 
 

スフィンクスの謎を解く

オイディプス

 テーバイの有名なオイディプス王の話は別のページに譲るとして、オイディプス王以降−トロイ戦争以前の話である。
 オイディプス王が自らの両眼を抉ってテーバイの街を去った後、テーバイはオイディプス王の2人の息子、エテオクレスとポリュネイケスが交替で治める事になった。しかしエテオクレスは、統治の交替の時期がきてもポリュネイケスに政権を譲らなかった。その為ポリュネイケスは、テーバイの宝・ハルモニアの首飾り等を奪ってアルゴスのアドラーストスの元に走り、その地で出会った勇者テューデウスの協力を得る事となった。更にポリュネイケスはハルモニアの首飾りを使い、彼に同調する勇者達をアルゴスの地で集め、その軍勢を率いてテーバイに戻って来て、故郷の街を包囲した。
 アルゴス勢は長期間テーバイ城を包囲し、テーバイ側もその間よく防戦し、戦いは長期化した。
 この争いについてのデルフォイの神託は、オイディプスが未だ生きていたにも関わらず「オイディプスの墓がある国が、テーバイを滅ぼす」というものだった。この神託により二人の息子は、にわかに当時アテネ周辺を放浪していた父オイディプス王の許を訪れ、それぞれ自分達への加勢を依頼する。この二人の子等の非礼に怒ったオイディプス王の言葉「子等は剣を取り、いつか宝を争う」の予言が、今度は成就しはじめる。

 アイスキュロスはその作品「テーバイに向う七将」の中で、使者(偵察)の口を借りてこう述べさせている。(このHP内の全引用:人文書院「ギリシャ悲劇全集T・U」)
 ポリュネイケスが率いる攻め手のアルゴス勢は、終に総攻撃を仕掛ける事を決め、テーバイの七つの門に一人づゝ攻撃の責任者を籤で割り当てた事。その籤の順番と、それぞれの門を引き当てた攻め手の七人の英雄は以下のようであった事。また使者
(偵察)の報告に応える形で、城を守る側のエテオクレス王は、テーバイ側の各門を守る英雄を以下のように割り当てたという。
 そして彼自身は、昔、父オイディプスが自分達兄弟にかけた呪いの意味を知っており、その呪いの実現を懼れつつも、ポリュネイケスが攻撃を受け持ったヒュプシスタイ門へ、敢えて向って行く。

 オイディプスの二人の息子、エテオクレスとポリュネイケスの、どちらが兄なのかは良く分かっていない。悲劇作家アイスキュロス「テーバイに向う七将」ではエテオクレスが兄ということになっているが、ソフォクレスの「コロヌスのオイディプス」ではエテオクレスが弟という事になっている。
 

 
 
番号

籤の順

テーバイの門 攻め手(アルゴス勢) 守り手(カドモス勢)
1. 1. プロイティダイ門 テュデウス メラニッポス
2. 6. ホモロイダイ門 アムピアラオス ラステネス
3. 2. エレクトライ門 カパネウス ポリュフォンテス
4. 7. ヒュプシスタイ門 ポリュネイケス エテオクレス
5. 4. クレナイアイ門 ヒッポメドン ヒュベルビオス
6. 3. ネイタイ門 エテオクロス メガレウス
7. 5. ボロライアイ門 パルティノパイオス アクトル

 
 

闘う英雄(トロイ戦争)

 

 

 

 このヒュプシスタイ門の攻防で、争いの当事者兄弟は同士討ちとなり、ともに戦死してしまう。オイディプス王の息子同士が相討ちとなったために、戦の名目が無くなり、この戦いは終戦となる。アイスキュロスの「テーバイに向う七将」では、テーバイ側が全ての門を守りきり、オイディプスの二人の遺児を除いて、他の六つの門の攻防を受け持った英雄達は全て生き残る事となった。(ところが現在伝わる「テーバイ神話」では、攻めた7名の勇者の名前や攻撃を担当した門も異なり、また攻撃の6名までもが最期の戦闘で死亡したと伝えている。) いずれにせよここに至って、オイディプス王の子供等に対する呪いの予言が成就し、ラブダコス家の循環・回帰型悲劇がここでも強調される事となる。

 ラブダコス家の悲劇はこの二人の死にとどまらず、更にポリュネイケスの葬儀をめぐってアンチゴーヌの死、その許婚のクレオンの息子とクレオンの妻の死へと連鎖していく。(ソフォクレス「アンチゴーヌ」)