
第四章 日本史の課題
18.最澄と空海
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到達できない目標なら、「さとり」はないに等しい。
宗派は、ここから生まれるともいえる。
「さとり」と現在の位置関係だ。この二つの位置の空間的時間的距離・差がどれくらいあるのか。
そして、その差をなくす手法は? 違いが宗派だ。
宗派の時代の理解のしかたで、つまり「さとり」への到達時間・手法というふたつの要素で、宗派を説明できる。
短く、簡単になるほど、現代に近づく。軽薄短小は、この仏教からはじまるのかもしれない。
順番は、天台宗の最澄、真言宗の空海、浄土宗の法然、浄土真宗の親鸞、そして禅だ。
最澄は、旧仏教のひとつ法相宗の徳一と論争する。
徳一は藤原仲麻呂、すなはち恵美押勝の子といわれるが、その真偽は不明。しかし最澄・空海らがともに東土の菩薩、一遇の辺主と認めた人物である。
最澄と徳一、ふたりの論争を三一権実論争という。
最澄の認識は、
<日本人全体が成仏できる段階にきている。後は、彼岸(仏の国)へ人々を乗せる大乗の船の操縦者ともいうべき菩薩の位にある人々(国宝)を養成すればいい>
一方、徳一は
<いや、成仏できる段階ではない。また、すべての日本人が成仏できるのではない>
最澄は、この論争と、かれの理論を実証するための菩薩僧育成・戒壇設立に帰国後の全精力をかたむける。
空海はそれを横で見ていた。徳一からの批判(『真言宗未決文』)は空海にもあったが、空海はそれにはかかわらないようにしていた。また、徳一も最澄・空海という二人の天才との論争となると大変なので、空海との論争は自然とごぶさたになった。
空海という人はなかなかすみにおけない人だったようだ。
さてその空海だが、「さとり」=成仏はもっと簡単になる。
最澄にあっては誰もが成仏できるとしながら、成仏にはなお受戒し、修行をした菩薩位の僧侶を必要とし、やがてすべての国民が「さとり」に到達するとした。
ところが、空海は即身成仏が可能だという。それが密教だ。ただし仏陀が否定した呪術でもある。
最澄と空海、ふたりは同じ時代に生きた。八〇四(延暦二三)年には、鎮護国家の使命をもつ仏教徒として、ともに唐に渡った。
それでいて、最澄は天台宗を、空海は真言宗を樹立する。同じ社会を見ながら、ふたりは置かれた立場の違い、考え方の違いから、別の世界観を作った。
その違いはどこから生まれたのか。
最澄、天台宗が考える世界は、次の通りだ。
世の中いろいろである。地獄の苦しみにあって将来の展望もない人がいるかと思えば、満ちたりた生活をしていて将来も安泰な人がいる。数えると、奴隷から王侯貴族まで三千の世界が、差別的な世界があるように見える。
しかし、それは本当だろうか。
気分を変えて世の中を眺めてみよう。すると、苦しみと思えていたこの世も、なかなか面白く、いいものだと思えてくる。
見方を変えると、三千の世界が見えてくるだろう。人間一人一人、そうすることがあるだろうし、できる。
つまり人間はみんな同じなんだ。
それを同じでない、差別があると思っている人は、三千の世界のどれかに固執しているか、見方が片寄っているからだろう。
ある時、そのように見えるにすぎない。すべては仮の世界だ。差別で苦しむというのは、その仮の世界に苦しんでいるのにすぎない。早く、いま見ている世界が仮の世界であることに気づきなさい(仮諦)。
すると、耐えがたい現実と思っていたのが、そうではないことが理解できる。
幸福もそうだ。すべて仮のもので、真理は、空なんだ。なにもない空であることに気づきなさい(空諦)。
するとわかってくるでしょう。われわれが、仮の世界にいて、それがもともとなにもない空の世界であることを。仮に存在していて、実際には何もない「空」の世界に生きていることを(中諦)。
以上が、天台宗の教義の一念三千論、円融三諦論の概略である。
それは、ほんらい人間が同じ(平等)でありながら、現実では差別的な存在である事実に悩む人々を救済する。
その背景には三千世界と言うように、人々の多様な存在がある。人々は、日本的風土の中に、多様に存在できるだけの社会基盤を形成していた。
このため、仏教のさとりを「空」としながら、そこに到達する手法を提出するのに三千世界という、現実存在を描いた。それなくしては、説得力は生まれない。
そして、一念三千の世界を、地獄・餓鬼・畜生・阿修羅・人間・天上・声聞・縁覚・菩薩・仏(十界)と階層的に描くように、現実の律令体制がもつ階層性に重ねあわされている。もちろん、それは不変固定的ではない。人は徐々に上の階層に移っていく。そうしてやがて、仏国土に到達する。
それは律令体制に参加することが、成仏につながることであると、言っているのだろう。いまは苦しいかもしれないが、やがては成仏できる。それもいまの苦しみは仮の世界でのことだ。
それは最澄への国家からの要請でもあった。最澄は、平安朝国家の樹立者、桓武天皇の命を受けて、還学生として唐に渡った。
平安朝国家の安泰を願って、まさに鎮護国家の柱としての、天台教学を樹立しなければならなかった。
すべての国民を秩序に組みこみ、それぞれがその秩序を守ることで、仏国土に渡るものでなければならなかっただろう。
隋も同じであったといわれる。漢帝国崩壊後、三国(魏・蜀・呉)、呉・西晋、五胡十六国・東晋、南北朝などさまざまな王朝時代をえて、五八九年、楊堅(文帝)は再び中国に統一国家・隋を形成する。しかし、南北朝の遺臣の反目、胡民族と漢民族との対立から、かれらの神々を越える存在・仏教を必要とした。そして、統一国家のピラミッド型秩序を反映した天台宗を隆盛させた。
それは日本も同じだ。中国がそうであるように日本も仏教にすがる。
その第一歩が、儒教の天という法則を越えた「さとり」という真理からの現世世界の解説であり、真理に到達すべき手法を提示した最澄であった。
しかし、現実はしばしばのべた通り、平安朝国家の柱・律令体制は口分田の班給とともに崩壊しつつあった。口分田からの逃亡はとまらない。
そして、桓武天皇はなくなり(八〇七年)、平城天皇が、さらに嵯峨天皇がたった(八〇九年)。嵯峨天皇には桓武天皇が試みた律令体制完成の熱意はない。
口分田からの逃亡、各地の開墾、荘園の成立、土豪の躍進、バラバラになっていく現実を、事実として受けとめ(儒教のように天子の不徳であるとせず)、そのうえで国家として存続する方法が求められた。
律令体制の階層性で、すべての人を包みこむのはもう無理だろう。人間ひとりひとりを個別に、かれらの自立志向を認め、なおかつそれを包みこむ国家であらなければならない。空海はそれに応えた。十住心だ。
八三〇(天長七)年、空海は『秘密曼荼羅十住心論』を提出する。
十住心とは、異生羝羊心、愚童持斎心、嬰童無畏心、唯蘊無我心、抜業因種心、他縁大乗心、覚心不生心、一道無為心(天台宗)、極無自性心(華厳宗)、秘密荘厳心(密教)である。
難しい言葉が続く。もう少し分かりやすく、空海が現実をどのように認識し、その仏教的な対応策を出し、人々を納得させたか説明してみる。
さて、現実であるが、
<大山徳広ければ、禽獣争ひ帰し>
と、徳のもとに、すべての人々が参集することをいい、現実世界がさまざまな人間をふくむことを示す。
その世の中が混乱していることは事実であろう。この事実を、どう説明するか。
空海はいう。
<それ災禍の興るに略して三種あり。一には時運、二つには天罰、三には業感なり。>
時運、これは尭とか湯の聖王の時代でもあった災難であり、どうしようもないものである。ただし聖王はその準備を怠らない。
天罰、理に背く教え、命令がある時に、天が下す罰である。
業感、「悪業の衆生同じく悪時に生じて」という状態。悪が一斉に現われることをいう。
では、現実の混乱によるわざわいとは。
<如来の在しし日すら純善を得ず。何に況や末代の裔をや>
釈迦在世の時代でも、悪い奴はいたんだ。現在、いないという方がおかしいだろう。
<然るに今世間を見るに、逃役の者衆く、・・・。代を御むる聖皇、時を佐くる賢臣・・・>
悪いのは、時運のわざわいによるという。帝が悪いのでも、人々の悪行ゆえでもない。単なるわざわいである。
賢臣は、いかにそれに備えるか?
回答の鍵となるのが、次の言葉だ。
<また人王の法律と法帝の禁戒と事異にして義融せり>
王の法律と、人々の行動を規制する仏教の戒とは同じだ、と読めようか。
ここに、空海が天皇より東寺を賜ったことを重大視する意味がある。また空海の権力への積極的な接近策がある。
それは仏教が、彼の密教が、時を佐ける賢臣のものであるとする認識がある。
<それ病なきときは則ち薬なし。障あるときは則ち教あり。妙薬は病を悲んで興り、仏法は障を愍んで顯る。・・・疾に軽重あれば、薬に強弱あり。障に厚薄あれば、教に則ち浅深あり。>
そして、最澄の天台宗で不十分であるのなら、今求められているのは、密教でなければならない。
<答ふ、顕密の義、重重無数なり。若し浅をもって深に望むれば、深は則ち秘密、浅略は則ち顕なり。>
重い、つまり深刻な社会状況に応えられるのは秘密=密教である。
十住心からいえば、次のようになる。
天台宗のうえのランクに置かれた極無自性心とは、人間ひとりひとりが個別に自立でき、個別に生活を営めるように見えるが、それは違う。人間ひとりひとり、すべては、ほかとのなんらかの関係によって、存在できているのだ、という。
自立しているように見えて、ほかとの関係があって存在できている。それを知ることである。空海はこうもいう<水は自性なし、風に遇うて即ち波たつ>と。
最澄は、一念三千論で、人間の平等性を示した。ただし、そこには誰もが持っている一念に集約される十界という階層性を提示した。
空海は十界(階層性)にかわって十住心(心のあり方)をおき、現実の個別的な動きを追認した。人間の平等性はより強まった。
しかし、人は他人の存在によってのみ存在できている、という秩序観をもたない関係だけで、現状を説明するのだろうか。また、それで鎮護国家の仏教たりえるか。
未完成・自立できない個人の上に、完全で自立した国家がなければならないだろう。その完全なる国家の意志によって未完成の個人は生存できているのではないか。個人は国家に従属してのみ成り立つのであり、個人は国家の命令に従わなければならない。
この古代国家の要請はどうなるのか。
独立してバラバラに存在できるように見えるかもしれない。しかし見えるにすぎない。未完の個人のうえには完成体(国家)がある。それを理解し、体得するのが秘密荘厳心、真理をえて成仏できる、つまり密教だ。
秘密荘厳心は『秘蔵宝鑰』にある。
<顕薬は塵を払い、真言庫を開く、秘宝忽ちに陳して、万徳即ち証す>
顕薬=顕経(法華経、華厳経など仏陀が語ったとされるもろもろの経典)は塵を払って綺麗に見せることができる、しかし、真言=密教は仏教の本質を現わす。
顕経は、釈迦が誰かに語った具体的な言を伝えている。具体的に個々の事象にあてはめていて、さとりの立場から一貫して説かれていても、場合によっては相反する場合もある。
密教は、そうした問題はない。釈迦の教えの真意を伝えている、ものとする。
仏教は空海によって日本的変質を遂げた。いや、ヒンドゥー教の影響を受けた密教の経典・『大日経』『金剛頂経』を導入することで日本の仏教となったのかもしれない。それは、密教は仏教といえるのか、の疑問にもなる。
仏教の「さとり」は、空を知ることである。ところが空海は、
<・・・まさに知るべし、自身即ち金剛界となる。自身金剛となりぬれば堅実にして傾壊なし、我金剛身となると。大日経に云はく、この身を捨てずして神境通を逮得し、大空位に遊歩して、しかも身秘密を成すと。・・・>(『即心成仏義』)
<・・・大日経に云はく、我は一切の本初なり。号して世所依と名く。説法等比なく、本寂にして上あることなし、と。
謂はく、我とは大日尊の自称なり、・・・>(『即心成仏義』)
仏教には仏陀というさとりの体得者はいた。しかし、「一切の本初なり」という神観念はなかった。
しかし空海は、密教の経典『大日経』の説く絶対者・大日如来を、華厳宗の「如来の浄法身は、三界に倫匹無し、諸の世間を超出して、有に非ず亦無に非ず」教義のうえのランクに置くことで、「さとり」を永遠の宇宙的実体(『日本仏教史』末木文美士著)だとする。「空」へのさとりが、不壊の金剛身、あるいは大日如来になることを可能にした。
現実を否定(空)する仏教が、苛酷な現実の認識を迫られた結果、即身成仏を可能とせざるをえない状況があったのかもしれない。それは空海による政治権力への接近から生まれた。そのために密教という手法を樹立した。それが現実の苦痛、災難を取り除き、解消する。王の法、仏の戒、意義するところは同じとしたことの結果だろう。仏教は間違いなく鎮護国家のものでもあった。
空海の物的世界の認識=六大論(地水火風空識)もそのためのものだ。大は原理で、地・水・火・風・空の物質的原理に、識という精神的原理を加えらることで出来あがる世界だ。五行の関係ではなく、識が地水火風空を統轄する。つまり識という現実的存在を超越する存在がある。識との合体あるいは体得が密教である。
律令体制の崩壊にともなう全体と個の、律令体制での階層性を喪失した新しい関係を模索するものだろう。しかし、それは識という超越した存在に規定され、個の現状は、いかに厳しいものであろうと、無条件に認めるべきものとされる。
救い、あるいは全体と個人とをつなぐもの、それは密教しかない、と。
国家(天皇・全体)と個の接続を保証する呪術だ。
しかし、到底不可能な修行期間を必要とした「さとり」(成仏)が、たとえ大日如来の体得と内容はかわるものの、なぜいまそのままでできるほど、簡単になったのか。
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