結合通信 16:

 分類術は、論理学の科目の一つです。新入生が学ぶのは、特に一般分類術で、分類する対象を決めていません。だから物を「分類術」すれば整理整頓ができて素早く探せるようになるし、事例を「分類術」すれば図鑑が作れるし、調べたことや考えてることを「分類術」すれば論文が書けます。なんだか分からないものを「分類術」すれば名前が付けられます。
 たとえば図書館の本も「分類術」されて、並べられています(開架式なんです)。分類の要は、分類の体系と分類記号の体系が完全に一致していることです(結合法です、ルルスの術です)。分類記号は十進法の数字です。数字なので、順序構造を持っています。任意の数字を比べると、(どんなに似通っていても些細な違いさえあれば)必ず大きい小さいがあるということです。つまりどんなに似ているものも違っているものも、分類記号にしたがって、完全に配列することができます。
 この分類体系(システム)では、あらゆる主題、事項を分類することができるように工夫されています。そして分類の体系(システム)は、分類記号を通じて、配列(位置)のシステムと対応しています。つまり図書館では、(それがどんなものであっても)主題、事項が決れば、それに対応するしかるべき位置が決ります。記憶術は、空間的表象を記憶のインデックスにする方法ですが(昔の王侯貴族はそのために劇場を作ったそうです)、私たちは「図書館」を使って、どんなことでも(しかるべき「位置」に分類(配置)して)すごく細部にいたるまで覚えてしまうことができます。このことは百科事典ならぬ「百貨店」でも応用がききます。何十巻もの本(あるいは無尽の学の成果)を覚えるのに、デパートに出かければ良いのです。
 けれども(そういうのは分類術のほんの初歩で)、大切なことはtaxonomy(分類:事物を既存のクラスに振り分けること)でなくて、classification(分類:似ているものを呼び集めてクラスを作ること)の方です。私たちはその都度、本当に自分の「図書館」をつくらなくてはなりません。
 それは実際に本や主題が並べてあるわけではない「見えない図書館」ですが、私たちは「見える図書館」以上にその様子をありありと思い描くことができるのです。
 「見えない図書館」は、ただその人のためだけのものではありません。私たちはお互いの「図書館」を探索したり、閲覧したりもします(それぞれちがう場所(分類)に収められた同じ本をお互いに読んでみたり、同じであるべき場所にある異なる本同士を貸し合ったりします)。
 だから、あちらこちらを「図書館」は歩いています。会えば互いに挨拶します。キスしてる「図書館」もいます。「図書館」の柵の前で、私たちは友達の「図書館」に会ったりします。彼らは、自分が知っていることの目録を持っていて、そういった目録全てを持っている「図書館」もいます。








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