結合通信(2回生配当)14:

今日はコグツキー先生とマシュルーム・ハンティングに森へ行きました。
「これはなんていうキノコですか?」
「さあてね」
この手の質問には先生はまず答えてくれません。質問を変えます。
「食べたらどうなりますか?」
キノコの傘は赤茶色、ひだはややクリームかかっていて、柄は縦に裂けます(つまり通俗的な「毒茸テスト」をクリアーする訳です)。特にへんな匂いもしません。
「ひどく苦しむだろうな」
キノコ中毒の兆候が現れるのは、普通数十分から数時間ですが、このキノコは違っていて数日から1週間もたってから症状が出ます(そのせいで、以下の症状はずっとキノコのせいではなく、風土病の一種だと考えられていました)。その毒は神経に働いて、手足の末端が赤く腫れ上がり、そこにを針やキリで突き刺したような痛みが走ります。拷問のようです。その他には吐き気も発熱も呼吸困難も何も起こりません。はっきりした意識のまま、その激痛は1カ月から2カ月も続くのです。のた打ち回ると、関節が動いて余計に痛みが増します。治療法もなく、せいぜい手足を冷水につけて痛みを和らげるくらいですが、それも1カ月もやっていると、肉が白くぶよぶよにふやけて、ついには骨が見えてきてしまいます。
「これも毒キノコですか?」
「精神の状態を変えるキノコだ」
「ドラッグですか?」
「食べてみるかね?」
「い、いえ。けっこうです」
先生は顎に手をやって、しばらく何か考えていました。
「みんなを呼んで来なさい」
先生は何か話をしてくれるみたいです。

 うん、そうだな。(前に座ってる一人をのぞき込んで)君はコーヒーを飲むかい?
「いいえ」
「ぼくは飲みます」
じゃあアルコールは?
「えーと、……飲んだことはあります」
(先生が笑ったので、みんな笑いました。)
後ろの君、今食べてるのは?
「え? あの、すいません。チョコレートです」
構わないよ。これからする話に関係があるんだ。あと、煙草はどうだね?となりの君は?吸ったことある?
「いいえ、ありません」
あと……そうそう、砂糖だ。これは、みんなよく口にしてる。そのまま固まりを食べる人はないだろうが。まだまだあるけど、これくらいにしよう。
 さて、精神を変調させる物質には、大きく分けて3つの種類がある。興奮剤(覚醒剤)Stimulantsと、抑制剤 Depressants、それに幻覚剤 Psychedelics/Hallucinogensだ。

 コグツキー先生はこの後、手短に天然の興奮剤になるコーヒーやカカオやコラの実、コカの葉、ブラジルのガラナ、アルゼンチンのホーリーの葉からとれるマテ茶、あとタバコ;抑制剤ではあらゆるアルコールやケシの実(そこからとれるアヘンやヒロポンやヘロイン);幻覚剤では森で見つけたキノコやペヨーテ・サボテン、ヒルガオの種、アフリカのイボガの根、南米のヤヘイというつる植物からとれる幻覚ドリンク、魔術師たちが好んで使ったナス科の植物(チョウセンアサガオ、ジムソンウィード、ベラドンナ、ヘイベイン、マンドレイク、セイクリッド・ダトゥーラ等)を挙げられました。それでも、先生は現物を見せられないのをきまり悪そうに(先生は「名前」なんかで説明したくないのです)、そしてもっと詳しく知りたい者は、あの若先生が詳しいから聞きに行けばいい、と云い添えられました。

 「へ? ドラッグの講義をしろって?何で?」
「コグツキー先生の推薦なんです」
ジュリアがみんなを代表して云いました。
「話が何か途中みたいで、気になって仕方がないんです。ウィンビー君なんか、あれ以来、チョコレートもノドを通らなくて」
 若先生はいつも冗談ばかりいっているので、本当はもっと真面目な先生に聞きに行きたかったのですが、コグツキー先生のお勧めなので仕方ありません。
「よかったじゃないか。チョコレート中毒にならなくて」
「チョコレート中毒ってあるんですか?」
本当に心配になってウィンビー君は尋ねます。心配ないのに、また冗談に決まってます。
「あるよ。お前ら何にも知らないんだな。コグツキー先生は、どこまで話したって?」
私たちは、興奮剤や抑制剤や幻覚剤があるというところまでだ、と云いました。
「先生は、学園で勉強してたとき、自分でドラッグ作ってたって本当ですか?」
「ほんの2、3度だよ。そんな大げさなもんじゃない。だいたい……そうだな、とりあえず『チョコレート中毒』から始めるか」

 これぐらいは知ってるだろ?チョコレートってのは、カフェインたっぷりのカカオ豆に大量の砂糖をぶちこんで作る。カフェインってのはアップ系ドラッグ(覚醒剤のこと)の一種で、大脳皮質を中心に中枢神経系を興奮させ、脳幹網様体の賦活系を刺激することにより知覚が鋭敏となり精神機能が後進させるため、眠気・疲労感が除去される。脳血管を収縮させて、脳血液量を減少させもするんだけどな。アンフェタミンやコカインもだいたい同じ作用がある。ドラッグの売人がいうだろ、「兄ちゃん、疲れがとれる薬あるんだけど」って。さて、カフェインは砂糖と一緒に摂取すると習慣化しやすい。コーラとかコーヒーもそうだな。あとチョコレートから最近、PEA(フェネルチアミン)という覚醒剤と分子構造の良く似た物質が検出された。これが特に高いチョコレートの依存性のカギらしいな。
 で、そのコーヒーだ。「カフェイン」って名前自体、コーヒーからのもんだが、コーヒーの薬理効果はただのカフェインよりはるかに強力で有害だ。まだよく分かってない成分とカフェインの相互作用があるらしい。コーヒーは世界中で規制の受けてないドラッグ(依存性薬物)だが、先進国ではコーヒーの銘柄と同じくらいの数の制酸剤のブランドがある。コーヒーは確実に胃をぼろぼろにするからだ。あと泌尿器系の疾患の原因にもなるし、神経−筋肉のバランスをくずして震えを生む原因にもなる。異常出産につながるという説もあるな。カフェイン依存の奴は、摂取をやめるとカフェイン禁断性頭痛に襲われる。カフェインにゃ身体的依存性があるんだ。精神的依存性はいうにおよばない。
 カゼ薬があるだろう。総合感冒薬っていう風邪自体は直らないが症状を軽減する奴だ。鼻水なんか止めるように抗ヒスタミン剤なんかが入ってるが、これは気分を憂鬱にさせることがあるので(人によっては相当酷い目にあうことがある)、それを軽減するため覚醒剤のカフェインを一緒にいれてることが多い。落ち込むところを、興奮させて支える訳だ。
 タバコは、今まで知られてる中で最も強力な覚醒作用を持つ植物だ。コカインやアンフェタミンの場合、経口摂取より効果が急速なので多くのジャンキーは注射する。そうすると効き目も激しく速いが(ラッシュという鮮烈な多幸感を味わう)、効かなくなるもの急激で15分〜30分くらいで激しいクラッシュ(現実への急降下;反動の疲労感、だるさ、憂鬱)を経験する。それで何度も使いたくなる訳だが、ニコチンでそんなことしたら一発で死ねる。ニコチンは猛毒だ。喫煙の場合、ニコチンのほとんどは燃焼熱で破壊されるが、強力さはかわりない。それでも常習的に喫煙できるのは、耐性の形成が非常に速やかだからである。耐性というのは、繰り返し摂取するうちに、同じ量の薬物だと効かなくなることをいう(逆にいえば、同じ効果を得るにはもっとたくさんの薬物が必要だということだ)。ドラッグの売人からすれば、ますますたくさんの「商品」が売れる、それどころか需要がさらなる需要を生み出すので笑いが止まらないだろう。この耐性が、ヘロインだと数日から数週間、後で触れるアルコールの場合は数カ月もかかるのに、ニコチンの場合わずか数時間で生じる。ニコチンの売人(多くが政府や大企業)はウハウハだろう。アルコールやヘロインを中毒的でなく使用する人は数多くいるが、ニコチン使用者の場合、中毒者でない人はほとんどいない。ごくたまに週に2、3本しか吸わない喫煙者がいるが、そういう人はしばしば意識の変化・覚醒効果を経験するが、すでに耐性の形成されている常習者は大きな意識の変化を経験することはほとんどない。このような効果の伴わない、行為そのものを目的とする摂取の悪循環は、他のドラッグでは中毒の末期にしか認められない。
 ニコチン摂取の習慣は、もともと新大陸のインディアンのものだったが、世界に広まったのは喫煙法だけだった。それにくらべて噛み煙草やかぎ煙草はずっとマイナーである。頬や舌や鼻の粘膜から摂取するこれらのやり方は、ニコチンを燃焼させない分、ずっと大量摂取につながり興奮作用も大きい。が、血液への入り方が違うので、喫煙よりはずっと中毒にはなりにくい(意識変革剤としての使用に適している)。空気も汚さないし、当たり前だが二次喫煙者も出さない。
 
 アルコールは、オピエート類(アヘンやヘロイン)と同じダウン系ドラッグ(抑制剤)だ。その名のとおり、興奮剤とは逆に、神経系の作用を低下させる。ところが飲み始めの血中濃度が低いときは、興奮剤とよく似た効果を及ぼす。つまり、気が大きくなり、活力、暖かみ、自信を覚え、不安や抑圧が減退する。これは抑制心をもたらす部分の方が先に作用低下させられるからだと考えられている。本人の自信と裏腹に、反射作用や反射時間、筋肉反応効果は目に見えて低下している。性欲が増すと思ってる奴もいるが、タガがはずれて抑圧と緊張が解けただけで結局チンチンは立たない。これは同じダウン系のオピエート類も同じで、ジャン・コクトーもこういっている。「つまり、のむ者を去勢してしまうまで嫉妬深い阿片ほど、気むずかしい恋人はいないということ」(『阿片』)。
 アルコールは使用量のコントロールが非常に難しい。ちょうどいい加減というのが難しい。だいたいアルコールの有効量と致死量の比は、わずかに1:3だ。酔っ払う量のわずか3倍飲めば死に至る。こんな有効量−致死量比の小さいドラッグは他にない。またアルコールの耐性の形成は著しく、普通アルコール中毒者は、通常人には致死量に当たる量のアルコールを飲用してる。
 アルコールは、肝硬変、糖尿病、潰瘍など全身の臓器に甚大な障害をもたらし免疫力を低下させ結核やエイズ等の感染症にかかりやすくするが、最も直接的に影響を受けるのが脳・神経系である。アルコール中毒は、最も治療の困難な薬物中毒である。アルコールの身体的依存性(禁断症状)は、イリーガルドラッグ中最悪といわれるヘロインのそれに等しい(逆にアップ系ドラッグのアンフェタミンやコカインには身体的依存性はない)。多くの場合、激しい幻覚・せん妄を伴い、運動傷害、異常発汗、てんかん様の前身痙攣、失神、昏睡、発狂などを経験する。いずれにせよ、最強最悪の依存性物質であることはまちがいない。もっとも体内で猛毒のアセトアルデヒドに変わり、飲みすぎると気分が悪くなるので、よほどの理由・社会的圧力でもないと数年で中毒となることはない。その代わり20〜30年でツケが回ってくるので、その間酒税は稼げるし、20歳あたりから飲み始めてもらえば、労働力として役立たずになる頃に廃人になってくれる、福祉が助かる、お上が未成年者の飲酒を近じ、しかもアルコールを容認するのはこうした理由からだ。
 19世紀イギリスでは、アルコール飲用の習慣を抑制するために、同じダウン系ドラッグであるアヘンを半ば黙認した(もっとも酒税は国家の主たる収入の一つだったので、アルコール統制の運動を行なったのは多く民間人だった)。酒より阿片の方がまし、という訳だ。精神作用があるアヘンは患者の意識を変えしばしば満足を与えるために、その薬理効果以上に、万能薬と見なされていたこともあって、中毒者が急増した。最もアルコールを適度に飲用して長生きする者がいない訳ではないように、阿片常用者が皆廃人になるわけではない。『阿片常用者の告白』を書いたトーマス・ド・クィンシーは本当に、大学生の時から74歳で死ぬまでずっと阿片中毒だった。これは当時の平均寿命からみてそれほど若死にではない(ずいぶん長生きだ)。阿片中毒者のアヘン剤に対する渇望は、アルコール中毒者のそれと同じくらいだが、紙巻きタバコ喫煙者のそれほどは強くない(煙草はひどい)。

 あらゆる薬がそうなんだが、その効き目は使用者のセット(期待、精神状態)とセッティング(使用の環境)に大きく依存する。おおざっぱにいって主体的原因と客体的原因だ。医療用の薬は、馬鹿な医者がヘマをやらないように、できるだけ薬力学的作用を限定し、投与量と薬理効果の比例関係を確立しようとするから「薬というのは成分と効果が単純な因果関係にある」ように思えるけど、そんなのむしろ例外的で、要するに嘘っぱちだ。例えばパーティで陽気さをもたらした量のアルコールが、ひとり部屋でうずくまって飲んでいる際にはひどい憂鬱をもたらすことがある。これは阿片でもヘロインでも、アンフェタミンでもコカインでもマリファナでもLSDでもPCP(エンジェルダスト)でもみんな同じだ。アップ系、ダウン系、幻覚作用をあわせ持つマリファナは、セットとセッティング次第で様々な効果を得られる(かなりしばしば見られる「効かなかった」というのもセットとセッティングが駄目だったからである)。人の持つ苛虐性・暴力性を拡大させ、否応なしに犯罪に走らせる「悪魔の薬」といわれるPCP(エンジェルダスト)も、安価で強力な酩酊感・遊離感を伴うが故に、怒りと欲求不満に満ちた(他のドラッグを入手できない)ティーンエイジャーに好んで用いられたことから、そのような風評を得たのだ。PCPは暴力的素養のないものを決して暴力に走らせることはないし、組成と作用は合法的に処方されているケタミンという医薬品とほぼ同じである。ケタミンのユーザーはPCPのユーザーとはまったく違った階層の連中であり、主に病院関係者や年配の富裕者だった。結果PCPは「悪魔の薬」であり、ケタミンは今も非統制薬品であるという訳だ。
 医療中にアヘン剤中毒になった者と、日常生活の難局を切り抜ける手段としてアヘン剤を求めて中毒になった者とは大きな違いがある。オピエート類は、苦痛や不快感から人々を解放し(アスピリンより強力な鎮痛剤)、時間が経つのを速め、使用者が一時的に現実から逃れられたような気にさせる。したがって多くの場合、アヘン剤中毒者は非生産的であり、またアヘン剤は非合法品であるのでその入手には多額の金を費やさねばならないが、その金の入手のため、中毒者は非社会的行動を採らざるを得ない。事実、アヘンを合法的に常習できる者(それだけの資金力・コネ・医療上の必要等の理由のある者)は、中毒者の典型症状を示すことが少ないし、例え中毒者となっても、職務や社会的責任を果たし外面的にはノーマルと思われている。大げさにいえば階級差がある。そういえば「宗教は国のアヘンである」とかいった奴がいたっけ。




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