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| 0 はじめに | 何故、政策なのか?
反対運動も陳情も「お上」を相手にしているのは同じです。反対型市民運動の限界が明らかになる一方で、自分たちの関心領域に関わる問題・課題を、自分たちの手で解決しようと自主的に活動を展開する市民活動が増えてきました。 これまでの行政主導の政策の立案・形成・実施という公共政策のあり方、また公共財・サービスの供給のあり方を根本的に改革する必要に迫られています。公(おおやけ)=国家・行政であるといった「お上」依存意識からの、それと一体になった行政による公的世界の独占からの脱却が始まりつつあります。 反対・陳情・要求は、「あとはよろしく」と政策立案から実施までをあいも変わらず「お上」に依存し、行政の権限と領域ばかりを拡大することです。 これまで不透明きわまりなかった政策作成を市民の手で。そのスキル・ノウハウを市民の間に公開・蓄積し(オープンソース化)、政策を市民の共有財産(シェアウエア)とするために。 |
| TOP PAGE | 0 何故、政策か? | 1 ターゲットの設定 | 2 問題の分析 | 3 政策案の創案 | 4 政策案の選択 | 5 政策案の明確化 | 6 政策相関図(リンクマップ) | 7 リンクマップの検証と評価 | 8 政策案の完成と発表 |
| 道具箱 | 調査の仕方(一般編) | 調査の仕方(行政情報編) | 交渉の仕方 | # 参考文献・リンク集 | |||||
| ADVANCED | 0 当事者性の政策術 | 1 政策資源の政策術 | 2 対案づくりの政策術 |
「反対運動」から、「対案づくり」へ
このところ何かと評判が悪い反対型・反権力型の市民運動は、当然の事ながら「強大な権力」の存在を前提にその態度変更を目指しているので、日常生活の諸問題に対応する場面になると、そのままでは国家・行政への改善要求(「おれたちは困ってる、なんとかしろ」)のみに取り組む運動となります。
そうした市民運動に「反対ばかり唱えよって」と眉をひそめる地元の名士が、議員相手に自分の親類の進学や就職を、あるいは地域の道路改修を「ひとつよろしくたのむ」のと要望・要求するのと、どこが違うのだということになってしまいます。
しかし、反権力型運動が振るわなくなったもっと大きな理由は、権力にいくら要求しても、権力側がそれに応じられなくなった・甲斐性がなくなったからです。反権力・要求型運動は、受け皿である「強大な権力」「大きな政府」を必要とします。実際のところ、行政需要が多様化・拡大していった大きな要因のひとつが、他ならぬ反権力・要求型運動でした(もうひとつの要因は、社会システムの変化でしょう)。そしてそうした行政需要に対応するための行政の能力は、すでに限界に来ています。
集団をもってする運動の要求は、受益者が少数ではみんな運動に参加・協力してくれませんから、いくらかなりとも公益性を必要とします。たとえば「保育園の統廃合」に反対する運動になるわけですが、それに応じるのと、「この子をどこかの保育園へ入れてくれ」と地元名士の要望に応じるのとは、権力側も大変さが違います。実のところ、保育所が不足してくれた方が、地元名士や議員さんのありがたみは増しますから「小さな政府バンザイ」というところです(実際、公共事業が減り出すと、すがる必要が増えてかえって自民党が強くなります)。
反権力・要求型運動がもはや、さほど有効でない(行政には金も智恵がないらしい、あっても様々なしがらみで使えない)ことがわかりました。まして要求が権力側の施策として実を結ぶのは、うまくいったとしても多くの時間がかかります。ここにも反権力・要求型運動の問題点があります。
本当に困っている人は、いま・ここで困ってる。この「いま・ここ」の困難や問題を解決するのに、権力・行政という迂回路を通るだけが解決策ではないはずだ、と、自分たちの関心領域に関わる問題・課題を、自分たちの手で解決しようと自主的に活動を展開することが多くなってきました。
しかし我々が抱える問題のうちには、「いま・ここ」で工夫したり取り組んだりするだけでは解決しようのないものもたくさんあります。むしろ、だからこそ「問題」と呼ばれるのです。個人やコミュニティだけで解決しようのない問題を、社会に訴え世論を喚起したり、公権力という回路を使って改善しようという場合、かつてのように窮状を訴えるだけ(解決策はお役人や専門家におまかせ)という訳にはいきません。彼らには金がないばかりか、智恵もない(あっても使えない)のですから。もし任せれば足りるとしたら、最初からそれら「問題」の多くは生じていないでしょう。
「政策」とは何か?
「反対だけでは駄目だ、対案を示せ」と口にされることが多いのは、しかし一方では「どうせお前ら烏合の衆だ。反対ではまとまれても、案をまとめるなんてできないだろう(それぞれの利害にバラバラになるのが関の山だろう)」と高をくくっている人たちが随分と多いからでもあります。そう口にする人たちの、市民団体やグループを見るうさんくさそうな目が、「一般市民」と「うるさそうな連中」を分けて見ているその目が、それを物語っています。
行政などの政策担当者は、「なんだ、またあの何も考えず要求ばかりしてる無責任な連中か」などと思っているかもしれません。せっかく「誰が見てもすばらしい」政策を提案したとしても、「そんなアイデアは誰だって(私だって)考えてたことがある。むしろ言い古されてる。現実には、まさに『総論賛成・各論反対』で、利害や既得権のある××や○○が黙ってる訳がない」などとは、口に出したりはしないでしょうが(そこはお役人です)、心の中はこれと当たらずとも遠からずでしょう。
ところで、辞書には
| せい‐さく【政策】 (policy) (1)政治の方策。政略。 (2)政府・政党などの方策ないし施政の方針。 (広辞苑第4版) |
とありますが、しかし政治家が作れないから官僚がつくったり、地方自治体の職員に今更ながら「政策立案能力」が求められたり、誰が作るモノかいまひとつはっきりしないし、政治家や官僚が作りさえすればそれが「政策」になるのかといえば、それもどうも怪しい。さまざまな政治家や官僚や国家や行政が気付かないのか/気付かない振りをしてしているのか、どうにも取り上げられもしない多くの「問題」を直面していると、ここにこそ「政策」が(今は欠けているけれど)必要なのじゃないのかと、考える人たちがいます。
家の前の街灯が故障しているなら、役所に電話すればいい。苦情や陳情で済むのなら、「政策」は出る幕はない。まして、未だ存在しない「政策」を作り出そうとする訳がない。つまり「政策」心が芽生えようとするところには、お互いの私利私欲、利害(インタレスト)の主張や押し出しではなく、もっとちがうレベルの思考と意向があります(むしろ関心(インタレスト)の重なりと共鳴とでもいったものの方が多く見受けられます)。「公共」の問題・課題としてそれを取り上げ、「公共」の仕組みを通じてそれを解決しようという取組があります。漢字たっぷりに言えば、「公(おおやけ)=国家・行政、という根強いお上依存意識に支配された公共概念の再検討、またその裏返しとしての行政の公的世界の独占からの脱却」の端緒が、です。
「政策」/「政策づくり」をオープンソースで
コンピュータのソフトウエアの世界で、私たちは大きな経験を得ました。
ユーザーは、その「中身」も「作成プロセス」も知ることなく、代わりにソフトメーカーに代金を払うことで、ソフトウェアを使用してきました。ソフトメーカーにとって、ソフトウェアは商品であり、その「中身(ソースコード)」は企業秘密でした。
「オープンソース」の基本のアイデアはシンプルなものです。ソフトウェアの「中身(ソースコード)」がオープンにされ、インターネット上の世界中のプログラマがそれを読み、修正することができるなら、プログラマたちはソフトウェアを改善し、あるいは改良し、あるいはバグ(不都合)を直します。ひとつの企業の中にクローズされていた場合とは比べモノにならないほどの速度で、進化していくソフトウェアを見たとき、従来のソフトウェア開発の遅いスピードに慣れていた人たちは驚愕しました。
私たちは従来の、どこで誰が何を考えて作っているのかわからない「政策」というものを、目的も、作り手も、作り方もオープンにしていくことが必要だと考えています。そうすることで、多くの人が「政策」を改善し、改良し、そのバグを直すことに参加できるようにしていこうと思います。政策も政策作成もオープンソースで。それは、政策の進化のスピードを上げ、また政策づくりのコストを下げることでもあります。
この不完全な「マニュアル」も、どうか多くの人々の参加で、改善され、改良され、バグが修正されることを、その過程の中で「政策作成のスキル」が共有(シェア)されていくことを期待しています。ご意見や改善提案、もっとよいマニュアルやスキルの紹介など、
までお寄せください。
市民の間に、政策と政策立案のスキルの蓄積を。そして「政策」のオープンソース化を。
※正式の「オープンソースの定義」は、http://www.opensource.org/osd.htmlを参照。
おまけ:「反対運動」の大切さ
時節柄あるいは時代の尻馬に乗って、「反対運動」を否定するような書き出しで始めてしまいましたが、これだけだと大切な点を見落とすことになります。
日本では、「市民運動」は環境問題をめぐって始まりました。1963年から64年にかけて行われた静岡県三島市・沼津市・清水町の石油コンビナート誘致阻止運動という「反対運動」がそれです。住民はその反対運動の中で地元の科学者を参加させて自主的に環境アセスメントを実施し、国のアセスメントと対決します。結果、住民側アセスが正しく、静岡県と沼津市は誘致を断念しました。市民による反対運動が地元自治体を通じて要求を実現させるという「事件」の最初がこの出来事です。
重要な点は、当時はまだ「公害」や環境破壊を扱うための理論や言説がほとんど存在せず(経済過程がもたらす環境破壊による社会的損失を取り扱える経済理論も、誰の所有物でもない自然環境の破壊が誰の権利の侵害になるのか示す法理論もありませんでした)、石油コンビナートがもたらすであろう状況を「問題」として取り上げること自体が不可能と思えるほど困難だった点です。おそらく「反対運動」なしには、そうした「問題設定」すらあり得なかったでしょう。
かつて、国が課題と指針を示し、さらには具体的方策まで提示していた「時代」、地方自治体はそれに従って施策や事業を実施していけば、大きくコースをそらしたり、深刻な失敗をおかすこともないと考えられていました。そこでは与えられた課題に対してその解決策を策定するような「事業立案能力」が、そのまま「政策立案能力」と呼ばれ自治体職員(行政マン)が持つべき資質とされました。自ら「問題設定」「課題設定」を行わない、政策立案!!
ところで、80年代に入って、あれほど盛んだった日本の環境問題運動はどこへ行ってしまったのか、というのが欧米の見方だそうです(あのエコロジーブームはその後にやってるのですが)。世の中に最初から出回ってる「問題」をつまみ喰いするのでなく、新たな「問題設定」能力を失ってしまったことが「反対運動」の衰退なのかもしれません。
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