早大奥島当局は七月三十一日をもって学内の全ての自治・サークル活動スペースを「使用停止」とすることを宣言した。だが、「使用停止」のその日、早大生の怒りが爆発。早大生約二〇〇〇名は、「部室強制撤去反対」「総長は学生の前に出てこい」とシュプレヒコールをあげながら、八月一日午前四時半に至るまでの大集会を行ない、当局に抗議の声をつきつけた。さらに、この日以降も早大生は連日にわたって、当局による部室強制封鎖を実力で阻止するための闘いを全力で推進してきた。以下、これらの一連のたたかいの模様を報告する。
七月三十一日・日中
当局の「集会禁止告示」・仮処分決定に抗議 |
七月三十一日。この日、学内には早朝から異様に緊迫したムードが立ちこめた。
早大当局は、すでにこれに先立つ七月十九日に、なんと〃三十一日当日には学内で一切の集会を催すことを禁ずる〃という、前代未聞の告示を行なっていた。学内各所を威圧的に徘徊するガードマンたち。早大当局が、この日に早大生の「部室撤去阻止!」の声が爆発することをいかに恐れているのかは一目瞭然だった。
だが、部室強制撤去や新学館での管理強化に怒る早大生にとってはそのような威圧的な姿勢は通用しない。「7・31集会実行委員会」(以下7・31実行委)は昼休みより、大隈銅像前で断固として「全早大生集会」を開催し、当局による部室強制撤去を阻止すべく気勢をあげたのだ。商学部自治会・中島健委員長が高らかに呼びかける。「戒厳令まがいの言論封殺をぶっとばして、当局の部室強制撤去を実力で阻止しよう!」
ちょうどその時、三号館前で集会を独自に開催していた地下連の学生たちの前に、紙屋学生部長が東京地裁の裁判官とともにあらわれた。部室撤去に抗議する地下連メンバー三名にたいし、「学外退去」を命ずる「仮処分決定」の通告を行なったのだ。まさにこれは、学生を「犯罪者」扱いし、権力に売り渡すということではないか。7・31実行委は地下連の学生とともに、この措置に対して厳しく抗議し、さらに本部棟前でも抗議行動をくりひろげた。
さらに学生たちは、キャンパスにあらわれた西原社学学担、大久保二文学担らに対して、部室強制閉鎖についての見解を質した。だが、当局者らは学生との話し合いには一切応じず、ガードマンに守られながらかたくなに沈黙してその場から走り去ることしかできなかった。『学生の同意を得ている』などとマスコミには触れ回っている大学当局者が、実際のところ部室撤去の〃正当性〃を学生の前に明らかにすることができないということがここに示されている。学生の怒りはいよいよ高まるばかりだ。
七月三十一日・夕方〜夜
高まりゆく「強制撤去阻止」の声 連帯あいさつも |
日も落ち始めた午後六時、7・31実行委は大隈銅像前にて「大討論集会」を開催。この場には厚木基地爆音防止期成同盟前書記長・浜崎重信氏が駆けつけ、連帯のあいさつを行なった。「戦争に反対する自治団体を破壊する当局の姿勢は危険だ。学生はこれを許さずがんばってほしい」。大きな拍手が巻き起こる。さらに集会では早稲田祭のビデオを上映。スクリーンの中で活発な学生文化が咲き乱れている。この早稲田祭に示されたような早稲田学生文化の伝統、これを根絶するためにこそ部室強制撤去や「新学館」での管理・統制の強化がもくろまれている。学生はこのビデオ上映をうけて、改めて〃このすばらしい学生文化を絶対にここで絶やさせるわけにはいかない〃と気勢をあげたのだ。ときに午後七時。大学が宣言しているロックアウト時刻=部室「使用期限」まで、あと三時間。
七月三十一日・夜〜明朝
ついに大爆発―徹夜の激闘をうちぬいた二〇〇〇名 |
午後九時。早大生五百名を結集してこの日最後の銅像前集会が開催された。目前に迫ったロックアウト時刻。「午後十時をもっての部室『使用停止』を、学生の実力で阻止するぞ!」闘いの熱気は最高潮に達しようとしている。周りで見ていた学生たちもどんどんこのたたかいに合流していく。そう、いまや早稲田の杜は、学生のみなぎる怒りで激しく振動しているのだ。
午後九時半。学生たちは第一学生会館前に移動した。伝統ある学生自治の砦、第一学生会館。これを当局は三十一日午後十時をもって使用停止とし、無に帰そうとしている。こんな暴挙を誰が許すものか!
学生の波が第一学生会館前の通りを立錐の余地もないほどにうめつくそうとした、まさにその時だ!
「すべての早大生の諸君!
ついにたたかいの火ぶたは切って落とされた!
われわれは部室の強制封鎖を絶対に許すことはできない。身をもって、これを阻止していこうではないか!」―夜空を切り裂き響き渡る烈々たるアジテーション。声の主は第一学生会館屋上にいた。早稲田大学新聞会幹事長奥野が、まさに今こそ当局のもくろむ部室強制撤去を最先頭で阻止せんとする、そのような決意を高らかに表明しているのである。同時に屋上より舞い散る「7・31実行委」のビラ。集まった早大生たちが雄叫びをあげる。臨界点にたっした早大生の怒りが、ついに炎と燃え上がった!
つづいて商学部自治会・中島委員長が一学屋上からアジテーションを行う。ますます結集する学生たち、その数は実に二〇〇〇に達しようとしている。一学正面玄関前では、学生たちが拡声器で次々に、部室撤去を許さないという意志を表明。サークル活動に賢明に取り組んできたものとしての、また早稲田の自治の伝統を守りぬかんとするものとしての、腹の底からの怒りの表明だ。
その時、一学に近い南門付近に、約百名の当局者・ガードマンが危機感もあらわに登場した。この一団を率いる安藤文人・第一文学部教務担当教務主任らは、奥島総長のもっとも忠実な手先の一人として、文学部で凶暴な自治破壊に〃専心〃してきた、最悪質の反動教員だ。「当局がきたぞ!」学生の一声で、抗議行動の焦点は南門へ。「当局は帰れ!」「奥島(総長)は出てこい!」の声が当局者に何度も、何度もたたきつけられる。これに度肝を抜かれたのは当局者だ。彼らはなんとか一学に接近しようとするものの、学生の〃人間の鎖〃にはばまれて一歩も前に進めない。結局キャンパス内に押し戻された彼らは、学生のたたかいがキャンパス内にも波及することを阻止するために南門を閉鎖するのが精一杯だった。ここにおいて学生は、三十一日午後十時の一学ロックアウトを実力で阻止したのである。どうだ、これが学生の団結した力だ! 意気あがる二〇〇〇の早大生。
早大生は、つづいて正門前で当局者と対峙した。居並ぶ当局者たちは学生のたたかいの高揚を前にただただ押し黙ることしかできない。
その時だ。正門ロータリー付近に機動隊車両四台があらわれた。警官隊が列をなして立ちはだかり、学生を威圧する。「当局が通報したのだ!」これまで警察の手を借りながら数々の悪質な自治破壊に手を染めてきた当局のこと。誰もが瞬時にそう直観し、そして怒りを炸裂させた。
「警察は早稲田から出ていけ!」「警察と結託した当局の弾圧を許さないぞ!」この声に警官隊も圧倒された。コマンドカーの上から学生たちに「退去」を呼びかけていた警官も、ついには意気消沈して沈黙してしまうほどだったのである。そう、たとえ権力にすがりつこうとも、早大生のたたかいの奔流を押しとどめることは決してできはしないのだ。
正門前ではやがて7・31実行委が主導する形で学生による一大抗議集会が催され始めた。焦りに駆られた安藤教員らが「この集会を主導しているのは(外部の政治集団の)革マルです、革マルです」と狂乱的に叫び続ける。だが、いまさらどこの誰にそんなケチな悪宣伝が通用するというのか! 学生たちがつぎつぎにマイクを手にとって発言に立つ。「当局はこれだけの学生の声を聞く気がないのか」「『革マル』といえば学生の声を押さえ込めると思ったら大間違いだ」「自治弾圧を許さないぞ」……すっかり肩を落とす当局者。悪質教務たちも当初の〃パワー〃はどこへやら、そそくさと正門前から退散していくありさまだ。
夜が更けてもたたかいの炎は夜空を焦がしてごうごうと燃えるばかり。こうして早大生は、当局者たちにたいしてあくまで総長との直接交渉を要求しながら、実に八月一日午前四時半にいたるまで、断固として集会を貫徹したのである。そして、この日をもっての一学の「使用停止」を、まさに学生の総力で粉砕したのだ。薄明に照り映える第一学生会館は、学生に対して開かれたままだ。早大生はたたかった。そして体を張って示したのだ。早大学生自治の大いなる伝統は、今もここに脈々と受け継がれているということを。
八月一日〜六日
連日にわたって一学ロックアウトを阻止しつづける |
一夜が明けても早大生の怒りはおさまらない。早大生は八月一日から六日に至るまで、連日にわたって一学前で集会を開催。午後五時のロックアウトを実力で阻止しつづけた。当局はこの学生の抗議行動を前にして、一学に指一本触れることができない。こうして、七月三十一日の「使用停止」宣言以降も学生たちは、この一学をサークル活動スペースとして現実的に使用しつづけたのである。発揮された早大学生自治の力を、それぞれにかみしめながら。
八月三日には7・31実行委は「総長団交要求集会」を開催。この場にあらわれた坂上恵二・学生部事務部長は、学生らの「二〇〇〇人の学生の声をどう評価するんですか」との追及に対し「あんなのはただの〃お別れパーティー〃だよ」と言い放ち、あくまで総長との交渉を要求する学生の声から逃げ回る姿勢を鮮明にしたのだった。だがこうした姿にこそ、学生のたたかいがいかに奥島当局を追いつめてきたのかが鮮明に示されているというものだ。
八月七日、午前九時。連日の学生のたたかいに業を煮やした奥島当局が、強硬なまきかえしにうってでた。約五十名のガードマンと百名におよぶ教職員が、第一学生会館の封鎖をあくまで阻止するためにたたかっていた学生を暴力的に排除しながら一学に突入。内側から封鎖し、学生を閉め出したのである。殴る、蹴る、ひき倒す……文字通りあらん限りの暴力を用いたこの強制封鎖! 学生の「部室撤去阻止!」のたたかいに心底恐怖し困り果てた当局が、まさに最後の手段として選んだのがこれだった。
当局はつづけて工事関係者を投入。一学の周囲を鉄板で完全に覆い、学生が決して中に立ち入ることのできないようにするとともに、外壁に張られてあった7・31実行委のステッカーや垂れ幕をズタズタに切り裂いたのだ。
絶対に許せない! すべての早大生は目に焼き付けたのだ、この日の光景を。まさに、このように抗議する学生に対してはその声を暴力で圧殺することによってはじめて成り立ちうるのが、奥島当局いうところの「自由闊達な早稲田文化」なのだということを。
八月十日〜
〃終日ロックアウト〃に抗して ―そしてさらなるたたかいへ |
奥島当局は、すでに前日の八月九日に十一号館地下の強制封鎖を行なったことにふまえて、夏期長期ロックアウトの前日であるこの日に、学内のすべての地下部室を封鎖することをもくろんでいた。これを許さないために早朝から抗議に駆けつけた学生にたいして、当局がとった対応とはなんであったか。なんと、当局は、この日終日、すべての門を固く閉ざし、一切の学生の入構を禁じるという暴挙にうって出たのだ。一般各所に林立する〃混乱回避のため許可なきものの立入を禁ず〃の看板。なんと卑劣なやり口なのか。まさに、反対の声を封じるためには手段を選ばない、教育機関としてもあまりに異常な姿勢ではないか。
すでに学内に泊まり込んでいた地下連の学生はキャンパス内で地下部室強制封鎖に抗議。7・31実行委も正門前で抗議行動を展開した。またこの日文連は新学館大ラウンジで会合を開催し、新学館でのサークル活動への大幅な規制・統制をうち砕いていくための方針を確認。要求書を学生生活課に提出した。
午後六時、7・31実行委はロックアウト弾劾をかかげた大集会を開催した。すでにこのとき当局は、大隈講堂前および正門前広場にも学生の立入を禁止。なにがなんでも抗議集会を行なわせないかまえだ。学生はこれに抗議しながら、正門前広場でこの「立入禁止」を現実的にうち砕く形で、三時間にわたる集会を貫徹したのであった。
七月三十一日から数えて実に十一日間。激闘に次ぐ激闘を、早大生はたたかった。早大当局は、学生の「部室撤去反対・総長は団交に応じよ」の声に文字通り一切耳を傾けることなく、一学・二学の封鎖、地下部室の閉鎖を強行した。絶対に許し難いことである。だが早大生は、奥島当局が今後「新学生会館」において、学生自治を否定する形で強めようとしている管理・統制、これをうち砕くための新たなたたかいの陣形をすでに整え始めているのだ。当局のもくろみは、既存自治・サークルスペースの強制撤去をつうじて、ここ早大から学生自治の息吹そのものを根絶やしにしていくということにこそある。だからこそ、当局のふりおろす攻撃をうち砕く力は、学生の団結を一歩一歩広げていくこと、そして強めていくこと、このことの中にしかないのだということを、たたかいに加わった早大生たちはその体で実感しはじめている。そう、その意味でも、この十一日間のたたかいの経験はまぎれもなく〃本物〃なのだ。当局の学生自治破壊を根底的にはねかえす力として、現に結実しつつあるところのものなのだ。
もう、次なるたたかいは始まっている。
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