|
二期八年にわたる奥島式改革路線の腐敗
早大奥島当局が、かくも安易に、学生・教職員らの個人情報を警察権力に提供し・かつそれが批判されても居直り続けていること。ここに、二期八年にわたる奥島総長下の理事会が推進する「早大改革」の反動性と腐敗ぶりが如実に示されているといえよう。
去る九七年九月には、早大学生部長(当時)の石川正興法学部教授が、自宅に警視庁の公安刑事を招き入れ、謀議を行なっていたことがのちに明らかとなった。九七年九月という時期は、全国一の学園祭である「早稲田祭」を、早大当局が中止にする(七月)という自治破壊が行なわれた直後であり、また全早大生が反撃の運動を展開している真っ最中の・後期授業開始の時期。明らかに石川教授は、公安刑事とこうした学生の運動にたいする対応を協議していたのである。
このような警察との癒着は今なお続いている。昨年七月三一日夜の、早大生二千名による「部室閉鎖」にたいする抗議行動の際には、警視庁の機動隊までもが出動したのである。しかもこの部室撤去に反対する運動を破壊するために、キャンパス内にも公安警察を徘徊させていたのが奥島当局なのだ。
奥島当局は、産官軍学共同を根幹とする早大の反動的改革を、学生や教職員による批判を圧殺しつつ推進するためにこそ、警察と一体となって、学生自治活動の破壊に狂奔してきたのである。
実際奥島当局は、拡張主義的な再編プランゆえの早大財政の破綻をのりきるために、スライド制による学費値上げや、教職員の賃金カットを強行してきた。あるいは「インキュベーション・オン・キャンパス」と称してベンチャー企業の育成を奨励したり、早大における戦前の国策研究機関であった「興亜研究所」の流れを汲む「アジア太平洋研究センター」を設置したりしてきたのである。あるいは「学問の府」にあるまじき「収益事業」の拡大と、それに伴う大手ゼネコンとの癒着の形成。こうした能力主義・国家主義的な奥島式「早大改革」と拡張主義的大学経営路線をとる現理事会の腐敗ぶりを示したものこそ、今回の名簿提供事件といえるであろう。
今回の高裁判決によって、奥島理事会そのものの責任が厳しく問われたのであり、今後、奥島総長の辞任を求める声が高まるのは必至だ。
【戻る】
【トップページに戻る】
|